第四章

第46話 来訪者

 領主のいるナツィオーニの町から送られたきた五人に対して、一体どのような対応を取るべきか。

 歓迎の宴が開かれるまでのほんの僅かな時間の間に、緊急の集会が開かれることになった。

 日が暮れようとしている。

 忙しく村長の家に集まったエイジたちは、机の前で皆一様に押し黙り、集会の開始を待った。


 息苦しいな。

 空気が実体を持っているみたい。

 まるで、見えない重りで上から抑えられているようだ。

 こういうのは苦手なんだけどなあ。

 エイジは椅子に座ったまま、今回の集会の目的を考える。


 ナツィオーニから送られてきた人材は、エイジの開発を促し、税収を増やすことが目的だ。

 そのためフランコは、鍛冶の手伝いをさせるよう要請してきた。

 つまり、新入りに対してどのような対応をするかだけでなく、エイジ自身がどのように使い、関わるかが大きな焦点になってくるだろう。

 弟子を増やすという方針自体に、エイジに反対はなかった。


 一人、また一人と村の幹部が集まってくる。

 領主から送られた人材をどのように迎えるか、その重要性を把握しているためか、みんな顔つきが厳しかった。

 それもそうだろう。


 一体どういう役割になっているかは分からないが、村の実情を把握し、スパイのような役目を果たすことは間違いない。

 撹乱や妨害といった手段はさすがに取らないだろうが、いざナツィオーニとの関係性が悪化したらどう転ぶか、誰にも想像できない。


 ボーナが部屋を見渡した。

 エイジもつられて確認する。

 マイクにフェルナンド、ジョルジョにベルナルド。

 この場で足りないのは、ジェーンの姿ぐらいだろうか。


「さて、全員集まったかぇ」

「揃ってるぜ。婆さんに言われたように、ジェーンには宴会準備の指揮に回ってもらってる」

「うむ。では始めようか」


 マイクの目は険しい。明らかに感情を害しているようだった。

 ベルナルドやジョルジョも不機嫌そうに口をへの字に歪めているし、フィリッポは普段に増して無口になり、大きな体に威圧感をたぎらせている。

 感情的にならず、落ち着いた態度を保っているのは、フェルナンドとエイジぐらいのものだ。


 誰もが、唐突な他所者の来客に、静かな怒りを溜めている。

 先に一つ断りを入れているだけでも、対応はずいぶんと変わっただろうに。

 人の感情を逆撫でするのが上手なことだ。

 いきなり来ました、では何の準備もできていない。

 最低でも宴会や寝床の調達は、迎える側としてもする必要があるだろう。

 そうなると日常雑貨から炭や薪と、準備するべきものは膨大な数にのぼる。


「では早速じゃが、どのようにワシらは対応すれば良いと思うか、意見を聞こう」

「村八分にしようぜ。ナツィオーニの奴らなんて信じられるかよ」

「んだんだ!」


 直ちに発言したマイクの内容に、ベルナルドが即座に同意を示す。

 他の参加者も声には出さないが、反対意見は出てこなかった。


 これはかなり嫌われているな。まあ当然か。


 エイジにとってその反応は想定した範囲だ。

 領主の対応は税収ばかりを求め、公共機関としての役割を果たしていない。

 評判はあまりに良くなく、税や賦役が厳しいとタル村でも聞いていたくらいだ。

 つまるところ、イメージできるのは暴君だ。


 エイジもまだ浅い関係性しかないが、決して好意は抱いていない。

 ごく少数の助けを得て、鍛冶場を作った。

 製鉄は千度を遥かに超す熱さの中で行われる。

 真夏の作業は吹き出す汗すら瞬く間に乾き、塩が噴く程の過酷さだった。


 鉄が認められてからは、ひたすら村の道具を作り続けてきた。

 鍬や鎌といった農具から、鋸やノミといった工具、鋏や爪切りといった日常用品から、包丁に鍋という調理器具。


 ありとあらゆる面で、エイジは村の発展に寄与してきた。

 助けがあったからこそだという前提は踏まえ、それでも自負がある。

 汗水を垂らして、生活の糧を作り上げてきたのは自分たちだ。


 領主たちは、それを何の助けもなく、苦労を知らず上前だけをはねようという。

 好意を持てるわけがなかった。


 しばらくすると、フェルナンドが小さく手を挙げた。

 やっぱりな、と思う。

 反対意見を言うならフェルナンドだろうと予想していた。この人が普段、最も理性的だ。

 ボーナに目で促されて頷く。


「まあ待ちなよ。僕は除け者にするなんて意見は反対だ」

「なんだよ、お前はナツィオーニの奴らに肩を持つっていうのか?」

「そうは言ってない。だが、相手を知らずに最初から排除する必要はないと言ってるんだ」

「ケッ、お高く止まっちゃって」


 嫌な空気だった。

 外からトラブルがやってきたことで、村全体の協調が壊れそうになっている。

 幸い、マイクもフェルナンドも気心がしれた相手だ。

 止めるしかないか。

 エイジが立ち上がりかけた時、ボーナが叱責の声を降らせた。


「やめんか、このバカ者が! ……ああ、マイクは本物のバカじゃったな」

「オラとしたことが、バカの言うことを鵜呑みにしちまっただ」

「だからバカ扱いやめろよ!」

「マイク……悪かったな。そうだな、マイクはそのままで良いんだぞ?」

「そこで謝るなよ! 余計に俺が惨めに見えるだろうが!」

「そうじゃなかったのか?」


 マイクの声に、皆が笑う。

 張り詰めた空気が一瞬にして、柔らかなものに変わるのを感じる。


 エイジは深く息を吐いた。

 先程から息苦しかった。

 嫌な緊張に包まれ、手にじんわりと汗をかくような雰囲気だったが、今ならば落ち着いてじっくりと発言することも出来る。


「マイクさんのおかげで全員が落ち着けたみたいですね」

「そうか? 俺にはよく分からねえけど。というか、俺は逆に今ので腹が立ったんだがな」

「私の意見もフェルナンドさんに賛成です。領主に対して良い感情があるわけじゃないですが、だからといって最初から排除するのは短慮です。彼らが私たちの手伝いをしてくれるというのなら、しっかり働いてもらえば良いじゃないですか」


 フェルナンドは軽く頷くことで、同意してくれている。

 ボーナもまた、長としてエイジの意見に賛成なのだろう、続けろ、と目線で促された。

 感情的に同意しにくいマイクが、反対に回る。


「そうは言ってもよ。あいつら技術を盗むつもりだろう?」

「そうでしょうね。滞在させるのも、制作現場に携わろうという魂胆でしょう」

「じゃあなんでそんな落ち着いているんだよ」

「条件は鍛冶の手伝いをさせろでした。技術を教えろではありません」

「そりゃそうだが」

「つつ、つまり。手伝いにも、炭を作ったり石を掘ったり、手伝いにも色々あるってことだ」

「なるほどな! それなら嘘にはならないな。フィリッポ頭いいなお前」

「お主とはえらい違いじゃな」


 フィリッポは普段吃音癖があるためかあまり喋らないが、話すときは常に核心をついてくる。

 今も一言喋った後、すぐに俯いてしまう。

 だが、エイジには言葉を継いでくれたことが嬉しかった。

 少なくとも考えを読み、反対ではなく賛成側に立っている。


 鍛冶をするにも、原料の調達が非常に時間がかかっているのが現状だ。

 最初はそちらを手伝わせれば、エイジは鍛冶や開発に専念できる。


「それに皆さん軽く考えていますね。――鍛冶はそんなに簡単な技術じゃない」


 一人前になったと認められるには最短五年。筋が悪ければ十年かかる。

 手伝うだけで技術を盗めると思っているなら、それは甘すぎる考えだ。

 自分一人で一から試行錯誤で腕を磨くならば、それこそ何倍もの時間がかかる。

 これまで青銅の鋳造ばかりしてきた職人たちでは、鉄を叩くという感覚は恐らく理解できないだろう。

 とはいえ――。


「私は本気で手伝ってくれるというなら、弟子に取ることも構いませんよ」

「おいおい、本気か?」

「ええ。今後この鉄製品の話が広まれば、私とピエトロだけでは生産が追いつかないのは分かりきっていますからね」

「それにしたって、あいつらに教えることはないだろ。盗みに来てるんだぞ?」

「それでも一生懸命にやってくれるなら、良いんじゃないですか? 村の関係と、本人の責任は別問題でしょう。それに一人前になって帰る頃には、この村はもっと大きく発展してるはずですよ。技術に差がある以上、簡単には追いつけないと思います」

「それだったら他の奴に教えたら良いじゃねえかよ。ただでさえ勝手に持って行くんだ。これ以上技術をやる必要はないだろう」

「こちらから誘うんじゃなく、向こうから来てくれているんです。熱意があるなら、応えても良いんじゃないでしょうか」

「……婆さん、どうすんだよ」


 溜め息をついて肩を落としたマイクがボーナに目を向ける。

 エイジもまた、村長の言葉を待つ。

 自分の発言は、相手の善意を信じたものだ。対して、マイクはより現実的な考え方だ。

 その分、人の情には欠ける。


 村長がどちらを選ぶかは、エイジには分からなかった。

 どちらの言うことも間違いではない。だから、判断は長が決めるべきだ。


 手に汗を握る。

 どちらの結果が出ても、恨み言を言うのはやめよう。

 目をつむり、結果を待つ。

 ボーナの息を吸う音が聞こえ、体が震えた。


「その発言はまだ置いておこう。先ほども言葉に上がったように、来た人間次第じゃ」

「……それもそうですね。私も適性のない人に教えたいとは思いませんから」

「つまり、今回は様子見。最初は直接鍛冶には関わらせないってことで良いな?」

「ええ。構いません」

「それだけじゃなく、新開発にもあまり接触させないようにした方が良いと僕は思う。酒造りとか、酒造りとか」

「簡単だけど、その割に大切なものも沢山あるから分かるけどよぉ。フェルナンド、お前は酒を独占したいだけだろ」

「んだけど、それだと頼める仕事が本当に限られるべ?」

「か、簡単な力仕事なんかは、頼めばいい」

「大工仕事の一部も良いのでは?」


 そもそも、鍛冶の手伝いだけというのはかなり無理のある注文だ。

 エイジ自身も開発のために、いろいろな仕事を手伝っているし、収穫の際などは、村総出で動く必要がある。

 エイジが今回村の収穫に携わらなかったのは、農具の修繕という形で常に働き続けてきたからだ。

 収穫の裏方という立場に立ったにすぎない。


 村の共同作業に参加させないのであれば、当然食料といった村の資源を渡すわけにはいかなくなる。

 そのためにも、エイジの仕事の負担を減らすためという名目でも、村の共同作業に協力させよう、という結果になった。


「そろそろ意見も出尽くしたかぇ?」

「ひとまずは」

「「異議なし」」

「では解散。宴会では喧嘩腰にならず、まずは人物の把握に努めること」


 了解、と声を揃えて、集会は解散した。

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