第三章
第25話 開発計画
村の今後の発展を考える会議は、村長の家のテーブルではなく、その前、晴天のもと広場で行われた。
村の主要な人物が集まる中、その中心には一枚の貼りあわせた木版がある。
大きな木版には、炭で略地図が描かれている。
村の中央にある村長の家が二重丸で書かれている。
その南には家がポツポツと点在し、エイジとタニアの家も南側にある。
その先に森が広がり、道を進めば遥か先にタル村に至る。
東側は現在新しい農法を試している共同の農地が広がる。
その先には川が流れ、川沿いに鍛冶場がある。
西には鉄鉱石や粘土が採掘される山が連なり、北側は木の伐採地になっている。
共同墓地もこちらだ。
村とは言うが、一軒一軒の家々は離れており、村の端の家同士が頻繁に顔を合わせることはない。
今後どのように開発していくか、集まった面々はエイジに注目していた。
さて、何から手を付けたらいいのだろうか。
記憶の戻ったエイジには、細かなことは分からなくても、恐らく効率的だろう、利益が出るだろう、と思えることが多々思いついた。
だが、始めましょうと言って、その日に成果が出るものではない。
そのためには準備を整え、労力を使って作り上げ、その後成果を待つ必要がある。
エイジの頭ではその明確な期間の予想がつかない。
だから、エイジは次の基準を開発の前提にした。
それを開発の複利効果とエイジは名付けた。
一つ一つは小さな積み重ねで構わない。
その代わり短期間で成果が出るものを次々と開発していく。
その方が生活が楽になり、余力ができて発展していく速度が早いのではないか。
大きな開発は成功すれば大きな利益をもたらすかもしれないが、その間村の労力は減り、生活は逼迫する。
もともと明日をも知れぬほど、貧しい生活ぶりなのだ。
一度天気が荒れたりして、作物の実りが少なければ、それだけで飢えに苦しむ。
そんな生活で大きな開発を実行することは、分の悪いギャンブルに全財産を賭けるに等しい、とエイジは思う。
今現在進行している開発は、農地開拓と農法改革、そして青銅製の道具から鉄製への切り替え、この三つになる。
「さて、農地の開拓はこのまま続けるとして、他はどうするかぇ?」
「私は石鹸を定期的に作れるようにして、交易品の定番にするのが良いと思いますよ」
「交換できる量も増えて良いな」
「木の伐れる量を増やすために、人がほしい」
ボーナの質問に対し、ジェーンの提案は尤もだ。
石鹸の製法はエイジとピエトロしか知らず、交換比率はとても高い。
しかも家畜の油は仕入れようと思えば非常に価値が低く安くつく。
衛生目的だけではなく、布の生産にも洗剤が欠かせず、布を作っている村から、定期的かつ多量の交換を望まれていた。
ノミやシラミを減らすという意味でも、エイジには大賛成だった。
むしろ製法を教えても良いぐらいだったが、ジェーンやマイク、フェルナンドたちは強く反対した。
儲けをただで教えるのは、お人好しにすぎるということだ。
マージンを取る方法も考えたが、今はこれについては保留する段階だった。
人がほしい、と言ったのは木こりのフィリッポだ。
村全体の木を一人で調達している彼は、エイジが鍛冶を始めたことで消費量が増えたのだと言った。
前述したが、鍛冶はとてつもなく炭を使う。
これは現在どこで働くか決めていない子供たちを手伝いに派遣することで、とりあえずの問題はすぐに解決した。
「エイジは色々あるんだろう? 蹄鉄といったかぇ」
「馬の蹄につけるものですね」
蹄鉄の仕組みを伝えていく。
だが、鉄製品の大まかな知識を取り戻したエイジは、蹄鉄の完成がなかなかに難しいこともよく理解していた。
馬がまだ使われていた戦前は、蹄鉄専門の鍛冶師が数多くいた。
それだけで飯の種になるぐらい、繊細な作りをしているのだ。
もちろん、何もつけないよりは遥かに良いことは確かだ。
だが生半可な技術では、馬の性能をすべて引き出すことができないだろう。
「他に何を考えてるんだい?」
「これまで個人の家に飼っていた家畜をまとめて住ませる畜舎……ですかね」
「一箇所に集める意味はあるのかぇ?」
「あります。今、私の家はイノブタを飼っていて同じ部屋に住んでいるんですが、みなさんも一緒ですかね」
「一緒だな」
「わしの家は人を呼ぶために飼っておらんがな」
「村長の家は例外ですよね? 牛と馬を一箇所に集めて、専門の人間が行うことで、各家庭の時間の短縮になります。また、馬糞、牛糞などを集めやすく、堆肥などを作りやすくなります。家の間取りを広く使えること、そして、一緒に住んでいる私達が病気になりにくいこと、ですね」
「病気になりにくいというのは何故なんだい?」
エイジはジェーンだけではなく、全員に対して説明を行なっていく。
微生物や菌という知識のない人間に、衛生状態を詳しく説明することは難しい。
なかなか理解は得られなかった。
結局、エイジは最も安易に信じられやすい、神や悪魔などの存在を例えに出すことで、ようやく説得に成功した。
畜舎を作ることを望んだのは、何より少しでも衛生的な生活をして、病気になって欲しくないという思いがあったからだ。
それに、農地開拓が進めば飼料も増え、そうすれば牛や馬をより多く飼えることで畜力が増え、また開拓が進む、という好循環を期待したからだ。
最初の規模を小さくすれば、失敗しても取り戻すことは出来ると考えた。
「エイジにはわしらに理解できん物が分かっとるようだが、まあ、考えはよく分かった。実際にどのように畜舎とやらを建てるのか、場所や方法はどうするのか、話を詰めていく必要はあるな」
「鶏は各家庭で、家の外に柵で囲っていただければいいと思いますよ」
「卵を取りにわざわざ歩ける距離ではない者もおるしの」
「あとは、うちの鍛冶場にある水車、あれは粉挽きにも使えるので、水車小屋を建てることも必要だと思います。あとは、各家の屋根を藁葺きではなくて瓦葺きにすることも必要でしょう」
「瓦とは?」
「土を焼いてつくった板状のものですね。重ねることで雨を防ぎますし、腐らないから藁葺きみたいに乾燥させるために手間がかかりません」
「その仕事って大工の担当ばっかりが増えるじゃないか! 最近はトーマスも使えるようになってきたけど、とてもじゃないが同時にそんなことを出来そうにないな」
瓦の説明を終えたエイジに、フェルナンドが慌てたように立ち上がる。
表情には余裕がなかった。
だが、エイジは首を振って否定する。
「大工は確かに仕事が多いです。でも、今農夫の方も開拓で大変なんです」
「エイジには監督と鍛冶と、皆ぎりぎりなんじゃ。お主だけじゃあないぞ」
「そう言われようと、トーマスと合わせても腕は四本しかない。当たり前のことだ。出来ないことは出来ないさ」
「まあ、冬の間に手が空いてる奴を動かせばいいんじゃないか」
「それだ! マイク、君は珍しく良いことを言った」
「確かに。うちのぼんくらとは思えないぐらいの名案だよ」
「おい、そりゃ褒めてるのか、貶してるのかどっちなんだ!」
「そりゃ、ねえ」
「うん」
あいまいな返答で言葉を濁すジェーンとフェルナンドに、マイクの問い詰めが始まる。
エイジは口元に笑みを浮かべながら、その光景を見守る。
「俺の提案が一番良かったんだから、もう少し普通に褒めろよ」
「ああ、エライエライ」
「村長まで!」
エイジは知っている。
家畜を少しでも殺さなくて良いように、マイクが野生の獣を必死で狩ってきている。
それだけではなく、村中の農夫と仲がよく、伝達を確実に行なって、運営を円滑に進ませている。
何かがあった時には自分が表に立って、批判や不満を受け止めている。
それらが皆分かっているから、この場に立っている。
エイジは頼ろうと思った。
この場に集まった皆にしっかりと頼れば、どんな困難を前にしても、やり遂げる事が出来るはずだ。
そして、そのためにもまずは村の人々の営みをしっかりと観察しようと決める。
木こりのフィリッポの仕事の仕方など、観察すれば道具を作ったり仕組みを考えたりなど、手伝える事はきっとあるはずだ。
やるべきことを前に、エイジに不安はなかった。
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