第20話 嵐の帰還

 タル村で一夜を過ごし、朝になった。

 目覚めて直ぐに交易品を牛車に詰め込む。

 今回交易したものは以下のとおりだ。


・塩 300キロ

・壺 大小 20個

・植物油 10キロずつ

・綿花 10キロ

・サフラン、タイム、セロリ、バジル、ディルなどの香辛料


「すごい量ですね」

「一度に積めるだけ積まないとな。毎日のように来られるわけじゃないんだ」

「私がついてきた分、貨物の量が減ったのではないですか?」

「いや、それは……! こうやって村の外に出ることも大切だよ。特にエイジは全然わかってないからな、いいサポートしてるよ」

「フェルナンドさん……そんな風に思ってたんですね。ひどいです。傷つきました」

「うるさい、年上をイジりやがって。嫌ならしっかり覚えておけよ」


 ソーセージやハムなどには香辛料が大量に必要になるらしい。

 その他細かいものでは染料となる貝や果実、草なども集められた。

 これらの交易品は全てがシエナ村が使うのではなく、また別の村との交易に使われるらしい。


 朝食をいただくと、すぐに出発する必要があったのだが、エイジの希望で焼き物工房を少しだけ見学することになった。




「ここで作っているんですね」

「狭くて何もない所ですが」

「いえ、充分です」


 わずか二畳ほどの狭い小屋だった。

 藁葺き屋根と最低限の柱とけた筋交いでできている。

 それが何軒も連なっている。

 部屋の中央には轆轤ろくろが備えられており、村の女がすでに壺を作っているところだった。

 それは、エイジの知る現代と大して変わらない姿だった。

 時代が経っても伝統的な工芸というのはその本質を変えないのだろう。


 轆轤がクルクルと回ることで、その上の土塊つちくれが回り、形を変えていく。

 見ていれば簡単そうに見える動きも、実際に手を当ててみれば綺麗な円を描くのが難しい。

 毎日同じ作業を繰り返し、経験を積んだ熟練の業でないと、良い物は作れない。


 壺の形になったものは、日陰に干されて、後日焼きを入れられる。

 窯も大きく立派なものだった。

 何度も使われているのだろう、何箇所ものひび割れが補修されていた。


「ここから壺や皿が出来ているんですね」

「そうです。素焼きや釉薬ゆうやくをかけた物など、様々な種類を作っています」


 ジローラモ以外にも、タニアが同行していた。

 興味深そうに見学するだけでなく、村人の欲しそうな道具などを聞いて回っている。

 へら一つでも、様々な形が存在していて、作るものに合わせる必要があるようだ。


「ありがとうございました。短い時間ですが、良い思い出になりそうです」

「喜んでいただけて何よりです」


 本当の短い時間だったが、エイジにとっては他の村の人の暮らしが垣間見えた、貴重な時間になった。

 シエナ村は、タル村よりも人口が多いので、少し労働に余裕が有ること。

 村の税や賦役がキツイことなど、鉄を打っているだけでは気付けないことにも色々と気づくことが出来た。

 あとは何故戦が起こったのかといった、新たに生まれた疑問は、タニアやフェルナンドに聞けばいい。


 牛車の荷物を再度点検し、乗り込む。

 帰りも手綱を持つのはフェルナンドだ。


「お世話になりました」

「また、いつでもいらしてください。今度は犁を見られることを期待してます」

「鍬や鎌も出来るだけ準備しておきます」

「お願いします。あなたが私たちにくれた鍋や包丁は、本当に有り難いものなんですよ」

「じゃあな、ジローラモ」

「気を付けて、フェル」


 二人の別れの姿はまるで悪友同士のようだ。

 ゴツっと拳をぶつけ合わせ、それっきり未練を残さない。

 牛車がぎぎっ、と小さなきしみ音を立てて、動き始める。


 後ろを振り返れば、ジローラモがいつまでも見送ってくれていた。






 帰りの車の中では、寝ることもなかった。

 

「しかし、どうしてそんなに税がキツイんですかね」

「どういうことだい?」

「一番大きな、その領主のいる町でさえ、人の数は四〇〇を少し超えるぐらいと言っていましたよね」

「うん、そうだね」

「それほど食料や物資を集められるぐらい力があるとはとても思えないですが」

「ああ、それはだね――」

「ナツィオーニの町が鍛冶で栄える町だからです」

「ナツィオーニ?」


 答えを横から口出ししたタニアに、フェルナンドが苦い顔になる。

 オウム返しのエイジの言葉に、タニアが頷く。


「話ではナツィオーニは二人以上の鍛冶師がいます。生活用品だけでなく、武器を作っているため、他所よりも圧倒的に力が強いんです」

「なるほど」

「といっても、今ほど税はキツくなかったんだぜ。酷くなったのは、やっぱり戦の後だな」


 ここでも戦だ、とエイジは思った。

 タニアが先の夫を失ったのも、戦が原因だった。

 タル村は一番大きな被害を出し、税の取り立てが厳しくなった。

 一体――


「どんな戦だったんですか?」


 思わず前のめりになった。

 それが失敗だったと気付いたのは、その直後にタニアの表情が曇ったからだ。


「事の始まりが何だったのか、僕にはわからない。ある日、この島の村という村が、東と西の二つの勢力にまとめられた。そしてシエナ村やタル村は島の中でも一番西側だったから、自然と西側に組み込まれたんだ。もともと武器らしい武器も持っていない僕たちは、弓やフォーク、ナタや斧を持って戦い始めた」


 自分たちの村を守るために、熊といった猛獣と戦う勇気がある彼らも、同じ人間と殺しあうのは強い抵抗があっただろう。


「全体で三〇〇人ぐらいが集まったかな。動ける男のほとんどが集まったと思う。弓を射って、手に持つ物を振って、その場で、沢山の人が死んだ。僕は運良く怪我を負うこともなかった。気づけば東側の首謀者、戦の張本人が死んだことで、戦いは終わったんだ。もう二度と繰り返したくない記憶だ」

「帰ってきた人も多くが病にかかり亡くなりました」


 専用の防具なんてないのだから、少しでも当たれば致命傷だ。

 医療技術は低く衛生も悪いから、破傷風などの病気になれば助からないだろう。

 島の人口は急激に低下したに違いない。


「それ以来、指揮を執った男の発言権が増して、これまで以上に管理がキツくなったんだ。各村の復興を促進して、かつ反逆を防ぐという名目で」

「それでジローラモさんがあんなに怒っていたんですね」

「ああ、タル村は結局戦に参加した一〇人、だれも助からなかった。僕たちの村でもタニアの元夫をはじめ、三人が死んで、四人が腕や足といった一部が動かなくなってしまった。本当に復興に使われるなら、まずは税を減らして欲しいもんだ」

「よく分かりました。ありがとうございます」


 フェルナンドも随分と不満が溜まっているようだった。

 鼻息が荒くなっていたが、ふとその視線が遠くへと走ったかと思うと、表情が変わった。


「獅子山に雲がかかってらあ。急いで帰らないと、夕方から一雨くるぞ」

「分かるんですか?」

「ああ。俺の指の先の山、あそこに雲がかかると、いつも夕方から降り出すんだ。荷物があるんだ。あまり濡らすわけには行かないぞ」


 牛車に毛皮をかけていく。

 麻縄で縛り、塩や油、香辛料といったものが濡れないように位置を調整する。


 果たしてフェルナンドの予見は的中し、急速に空は薄暗く、黒い雲が覆い始めた。


「降ってきやがった!」

「タニアさん、濡れないように、これ着てください」

「エイジさんは?」

「ちゃんとありますよ」

「おい、俺にもくれよ!」

「分かってますよ」


 鹿の毛皮は薄くよく伸びる。

 貫頭衣のように頭からかぶれば、天然の雨ガッパになった。

 ポツ、ポツと雨粒が落ち始めたと思ったら、しばらくして本格的な雨になった。


 秋の雨は冷たい。

 皮の撥水性がなければ、芯から冷えきっただろう。

 牛車はぬかるみ始めた道を牛が懸命に引っ張る。


「これはますます強くなるな。雷が落ちなきゃいいが」


 大粒の雨によって視界が悪い。

 見慣れた場所だと気づくのに時間がかかった。


「村に着いたぞ! まずは村長の所で荷物を全部下ろす」

「それが終わったら私はお風呂に入りたいですね」

「先に温かいお湯を飲めるように頼んでおきましょう」


 いかに毛皮を着ていても、完全に水を弾くことはできない。

 全身がぐっしょりと濡れ、体温を奪っていた。


 村長の家の前に着くと、納屋を開けてすぐに行動を開始した。

 エイジは牛車の毛皮を外し、バシャバシャと泥水を跳ねながら荷を移していく。

 塩や油の入った壺は非常に重い。知らず口から吐く息に白いものが交じる。


 タニアは自分の祖母に帰宅を告げ、湯の準備をしてもらいに行った。

 ギギ、と音がして家の扉が開く。

 だが、家の中から現れたのは、予想外の姿だった。

 長身の男だ。

 痩せた顔つきにひときわ目立つ、鋭い目つきがタニアを捉えたかと思うと、すぐさまエイジへと向かう。


「お前が――」


 男の誰何すいかの声が、雨音を忘れさせるほどに鋭く響き渡った。


「エイジという男だな?」



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中世初期(この作品の時代区分は古代末期)

肉系等の家畜、保存食は豚によるものが非常に多かったようです。

羊や山羊もかなり飼われていました。


逆に馬や牛はこの時代、とても数が少なかったみたいですね。

中世も中期以降には、羊が減り、畜力として牛馬の数が増えていきます。

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