第21話 交渉開始
「雨の中よく帰ってきたね。寒かったろう」
「そうですね。思っていたよりも雨露ってのは体が冷えます」
「今着替えを用意するからこっちにきな」
ボーナに誘われるまま、エイジは一室に入った。
ぽたりぽたりと体にまとわりついた水が水滴となって床を濡らす。
タオルと着替えを手渡されると、エイジは物陰でへばりついた服を脱いだ。
そんなエイジにボーナが真剣な声で話しかける。
潜められた声は、先程の男に聞こえないように気を付けたためだろう。
「これからフランコという男が税金に対して交渉をしかけてくる」
「交渉ですか? 一方的に税率を決めるのではなく?」
「あんたが普通の農家だったらそれで済むんだけどね。あんたの作った鍛冶はこれまでの常識に当てはまらないだろうから、新しく取り決める必要がある」
「なるほど。では気を付けないといけませんね」
「そうだね。とはいえお前さんはこの村のことも、外のこともよく知らないんだ。おそらくボロ負けするじゃろう」
深刻なことをさらりと告げられた、エイジは言葉を失った。
思わずつばを飲み、空白になった思考をどうにかして回転させる。
冗談では?
そんな疑問も思い浮かんだのだが、ボーナの表情は冗談を言っているようには見えない。
「そんな。なんとかならないんですか?」
「いや、今回に限っては負けてええ」
「どうして?」
「お前さんが飛び抜けた優れた技術を持っているわぇ。それだけでなく、あまりに頭が切れるとなると、危険な奴だと捉えられるじゃろう。それよりは、技術バカで扱いやすい男だと思い込ませたほうがええ。島の発展に役立つと思われたら、後々がやりやすい」
「なるほど。でも搾取されるのはイヤですよ?」
「うむ、だから最低限の助け舟を出すが、あとは自力で頑張ってくれ。それが結果としてちょうどいい塩梅になるじゃろう」
「わかりました」
「正体を見せるのはじっくりと学んだ後でええ。来年、再来年で取り返すんじゃな。さて、あまりに待たせられん。ワシは先に相手をしておるから、準備ができたら部屋に戻るんじゃ」
しっかりとした足取りで部屋を後にするボーナを見て、エイジはかなわないな、と思った。
交渉人としてエイジよりも一枚も二枚も上手(うわて)だった。
重い沈黙が満たしていた。
テーブルを挟んで、エイジと村長、そして男が対面になる。
振り続ける雨の音に混じって、パチパチと薪炭の燃え上がる音が響く。
薄暗い部屋の中を竈と松明の火が照らしていた。
服を着替え、しばらく暖を取ったエイジは、油断なく男を見た。
「私はフランコという。領内の管理と徴税が主な仕事だ」
「鍛冶をやっています、エイジです」
ジッと見つめてくるのが何か嫌だな。
フランコは目線を逸らさない。
奥底まで見透かすような、まっすぐに観察してくる目に、エイジは苦手を感じた。
これほど注視するような視線を感じることはなかった。
強い圧迫感を感じる。
隣で村長がずずっ、と湯をすすりながら、フランコに会話を促すように目線を送ってくれる。
「いくつか質問をするので答えてもらおう。君はこれまで使われていなかった鉄を利用しているな?」
「そうです」
「これまでクズの金属だと言われていたのに、役に立つと?」
「そうです」
「どうしてそう思ったわけだね」
「分かりません」
「分からない?」
エイジは自分の身の上を語った。
記憶を失っていること。
だが、知識などはあること。
タニアに拾われ、村の一員となれるよう努力したこと。
自分には鍛冶師としての技術と知識、経験があること。
青銅しか使われていない現状に対し、自然と鉄を使えば良いと思ったこと。
エイジの答えにフランコは、短く相鎚と頷きを返した。
そして、なるほど分かった、と一応は納得の言葉を吐いた。
「話を作ったものについて進めよう。この鉄だが、切れ味は良いみたいだな。だが、すぐに錆が出たり、あまり耐久は良くないようだ」
「包丁や斧なんかでは上手く行ってますが、鍬や鎌はまだまだ改良しないとダメなようです」
「改善法の目処は立っているのか?」
「実験段階です。おおよそ、といった所です」
あまり詳しく答えるつもりはなかった。
エイジは自分を口が達者な方だとは思っていない。
喋れば墓穴を掘る事になる。
必要最低限に、無視しない程度でいいと思っていた。
フランコはエイジの態度に気を悪くすることもなく、言葉を続ける。
そして、衝撃を与える言葉を投下した。
「ふむ。他にも君は色々と大活躍をしているみたいじゃないか。私の調べた範囲によると、ハンマー、鍋、包丁、針、釘といった生活品に加え、
この男……!
衝撃に、思わずすぐに返事が出来なかった。
「……はい」
「よくそんな調べたもんだねぇ」
「村の皆さんに聞いたら最初は渋っていましたが、真心を込めてお願いしたら快くお答えいただけた。すごい数で驚いたよ」
村に公開した、これまでの製作品すべてがバレているとみて良い。
気付かれていないのは、タニアだけが使用している千歯扱(せんばご)きと唐箕(とうみ)ぐらいのものだろう。
もしかしたら、それすらも把握しているのかもしれない。
フランコがこの村に来てどれだけの時間が経ったのだろうか。
恐るべき情報収集力に、エイジは背筋がゾッと冷えるのを感じた。
そして、
一体どんな方法で聞き出したのだろう。
エイジには、フランコの仕事内容から容易に想像できた。
おそらくは税の引き上げか、取り立てを匂わせたのだと思う。
有能すぎる。
おそらく嘘や誤魔化しは一瞬で見破られるだろう。
エイジは自分の口がカラカラに乾いていくのを感じる。
ツバを飲み込もうとしたが、粘膜がヒリツクだけだった。
表情が硬くなっていくのを自覚しながらも、止められなかった。
「そんなに固くならなくて大丈夫だよ。何も取って食おうっていうんじゃあない」
「そうですか。でも、あなたは徴税官だそうですから。官吏の方を相手にすると、どうしても緊張してしまうんですよ。それに、とても有能そうです」
「そうか……。まあ、そういうものだ。仕方がない」
そう言って、フランコは少しだけ寂しそうに笑った。
その姿が意外で、おや、と思う。
この男は、自分の仕事をよく理解している、とエイジは思った。
役人として嫌われる役割であることを、自覚している。
そしてその上で、徹底的に動いている。
その姿が、鍛冶師として働く自分に重なった。
とはいえ、自分が働けば働くだけ、他者を幸せにする。
フランコは頑張ればその分、特定の誰かを幸せにし、誰かを不幸にする。
決して取る側、取られる側として相容れることはないし、好ましく思えない人物だが、その働きぶりと能力は認めなくてはならないな、と思う。
「さて、では働きぶりを確認しよう。先ほどの開発などを含め、エイジさんはこの三ヶ月ほどの間に五十点ほど作っている。しかも間に一度木炭がなくなり、木材集めで中断している。恐ろしいまでの行動力ですね」
「色々な人に手伝っていただいたり、時には全ておまかせしました」
「それでも大部分があなたの仕事です。これを単純に四倍すると、年間二〇〇点の生産能力があることになる」
ここで、一度言葉を切った。
そして、フランコは瞬きもせず、エイジをまっすぐに見る。
言い逃れは許さないぞ、という強い姿勢を感じた。
「――この内半分の一〇〇点を納めていただきたい」
「それは、厳しいですね。冬場は殆ど窯に火を入れないんです」
「ほう。なぜだね?」
「他の人が薪を使うからですよ」
冬場はどの家でも暖を取るために火をたく。
そうすれば木樵のフィリッポの仕事量ではすぐに限界が来る。
冬場は薪を溜め、暖かくなってきたら溜めてきた薪を使い、一気に仕事を仕上げるのが昔の鍛冶師の働き方だ。
「なるほど。では冬場の分を減らし、八〇点。その代わり石鹸もつける。これならばどうだね?」
「なるほど……」
確かに状況を見て妥協している。
小麦などの税率は五公五民だそうだから、年間の生産の半分というのは、理に適っているような気もする。
だが、引っかかるものもあった。
エイジの感覚では、交易品としてみた場合、鉄器具の価値は小麦などに比べかなり割高だ。
これは高税になるのではないだろうか。
エイジはなにも自分が贅沢をしたいために、税の高低を気にしているわけではない。
だが、税が低ければ村中で交換することや、交易に使うことで発展させることが出来る。
身近な人間に少しでも裕福な暮らしをしてほしい。
同じ仕事をしていて、半分が税に持っていかれるのは辛いものがある。
悩んでいる理由はそれだけではない。
フランコが強制ではなく交渉についているのは、エイジの生み出す物の価値を正しく計れていないからではないだろうか。
これらの理由から、税率を下げさせることは可能かもしれないとエイジは思った。
だが、どうやれば良い?
平等性に訴えるか。
いい手が思い浮かばないエイジに、救いの手が差し伸べられた。
それは、隣に黙って座り、気配を殺していた村長によるものだった。
「フランコ、あたしから少し提案があるんだがね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます