第12話 土起こし

 開拓はゆっくりとだが、確実に進んでいる。

 鍛冶場の火入れをしていない時は、エイジも作業を手伝った。

 まずは狭い範囲でもいいから、確実に全行程を終えることが目的になった。


 まんべんなく大きな場所を少しずつ進めると、終わりが見えてこない。

 少しでも作業が終わった所を見ると、先の見通しが立ったような気がして、やる気を保つことが出来る。


 エイジは今、草刈りに精を出していた。

 やや柄の長い鎌を手に、草を低いところから刈っていく。

 前かがみが続き、直ぐに足腰が張ってくる。


 腰を叩くエイジの横で、一人の農夫が笑う。

 青黒く日に焼けた、鼻の大きな男だ。麦藁帽子の下で真っ白な歯が光る。


「あんま無理するんじゃないぞ、エイジさん」

「ありがとうございます。ベルナルドさんは凄く早いですね」

「俺たちゃ毎日やってるから、手慣れたもんよ」


 ベルナルドは長年の経験だろう、鎌の扱いも上手く、確実に草を刈っていく。

 切り残しで何度も鎌を振るエイジと違う。

 エイジは集中して手を動かす。

 失敗すると鎌に草が絡まり、手に重い反動が返ってくる。

 切りたての草からは、青い植物の匂いがプンと立つ。


「おおっ、もう慣れてきたのかい。早いなあ。見所あるぞ」

「そうですか? ありがとうございます」

「どうだ、このまま農家やらねえか?」

「いえ、私は鍛冶師が合ってますので」

「ハハハ、そりゃそうだ!」


 草は結局、幾らかは家畜の飼料に、そして草|葺(ぶ)きの屋根に、畑の堆肥として使われることが決まった。

 一部では集められた牛糞や豚糞を使ってすでに堆肥作りが始まっている。

 熟成されるまで半年はかかるだろうが、結果が楽しみだった。


 集められた背の高い草は、最近大量に作られた手押し車で一箇所に集められ、その後牛車に乗せて納屋に保管される。

 茎の根元だけになり、土が見え始めたら、島田鍬の出番だ。

 エイジは鍬を持つ。

 これまで持っていた青銅の平鍬よりも、かなり重たい。

 鉄であることに加え、島田鍬の大きな形状によるものだ。


 鍬の重量を活かして確実に鍬先を土に抉らせる。

 手に返ってくる感触は固い土のものだ。

 だが、家の裏で振るってきた時に比べれば、確実に深く、楽に土を返せることが分かる。


 力を入れすぎると土中の石にあたって鍬先が潰れてしまう。

 だが、力を入れないと深くは耕せない。


 引っ掛けるようにして土を起こしていく。

 土中には岩がゴロゴロしている。

 重たいそれらの岩を一つ一つよけていく作業を続けると、知らず大量の汗が噴き出る。


 普段とは違う筋肉を使うためか、全身の筋肉が強ばっていくのを感じる。

 吹き付ける風が冷たくなってきて気持ちいい。

 滞在から半年以上が過ぎ、9月になっていた。




 ベルナルドとジョルジョは二頭立ての牛犁で畑の反対側から土作りをしている。

 エイジが長い時間をかけて作った犁だ。

 前方にナタをつけて、前進するだけで自動的に土中に伸びた根を切れるようになっていて、長い大型の撥土板で土を完全に反転させる。

 犁の前方には二輪の車輪がついていて、操作のしやすいようになっている。


 といっても、これも土中の石が除けていないので、まずは表層から、ということになった。

 ベルナルドやジョルジョは、大型の犁、しかも重量級の物を初めて使い、その効率に驚いている。

 犁自体は普段から使用しているが、車輪を用いるという工夫がされていなかったので、軽い犁しか取り扱えなかったのだ。


「深く掘り返すって聞いた時はスゲー面倒なことをさせられると思ったけど、これなら出来そうだな、ジョルジョ」

「ああ。出来る範囲を少しでもやっておこう」


 他の農夫たちは、岩を取り除いた土に、方形ハローという四角い剣山を馬鹿でかくしたようなものを使って、土塊(つちくれ)を細かくしていく。

 そのままでは軽いので、取り除いた岩を上に載せる。


 本来ならこれも牛や馬に牽かせるのだが、家畜の数に限りがあり、開拓に回せる余裕がなかった。よって人力牽引だ。

 それが終わると、起こした土を篩(ふるい)にかけていく。

 竹で編まれた目の荒い籠状の篩だが、確実に小石を取り除いてくれる。

 細かく粉砕されていない土の塊もゴロゴロと残るので、籠を振ることで細かくしていく。

 とにかく大量の石があるので、これも重労働だ。


「綺麗な土だべ……」

「ああ。こんな畑、オラ見たことないぞ」

「エイジさんが言ってたのは、こういうのがずっと続いていく光景なんだろうなあ」

「オラ、ワクワクしてきたべ」


 土だけになったら、鍬を使って畝を作る。


「エイジさん、畝の方向は南北かい? それとも東西かい?」

「エンドウ豆を植えようと思ってるんですが、どちらが良いですかね?」

「ああ、じゃあ東西でいこうか」


 鍬先を使って土を盛っていく。

 20人ほどが集まって、丸1日をかけて出来たのが畝二つ分。

 だが、それでも何もない所から畑が姿を見せ始めたのだ。

 夕焼けに染まりつつある中、エイジにはそれが、素晴らしい変化の始まりに思えた。





 かまどからは肉の焼けるいい匂いが漂っている。

 時折木の皮の油が弾けるパチパチという音が響いてくる。

 エイジはテーブルの前に座り、料理が出てくるのを待つ。

 その前ではマイクがエールを口にしていた。


「ほんと、待たせたな」

「いえ、歓迎会をまさか開いてもらえるなんて思ってもいませんでした」

「歓迎会って言うには今更だけどよ。まあ俺たちゃ隣同士でもあるからな。こうやってたまには飯も一緒に食わないといけねーんだよ。ほら、お前も飲めるだろ?」

「いただきます」

「おおっ、良い飲みっぷりじゃねえか! やるなあ!」


 器に注がれたエールは、疲れた体に染み入るようだった。

 アルコールはそれほど高くないから、そんなに酒に強くないエイジでも楽しむことが出来る。

 厨房ではジェーンとタニアが仲良く並び、取り立ての鹿肉をどう調理するか、意見を交わし合っている。


 鹿肉は刺し身やシチュー、ステーキといった食べ方がある。

 やや臭いがキツく、油が少なく、身も現代人には固い。

 ジェーンは料理上手だとマイクから聞いていて、エイジはお腹がキュルキュルと鳴るのを自覚した。

 とにかく肉の香ばしい匂いが魅力的なのだ。


「お待たせ。さあ、いただきましょう」

「はい、エイジさん。熱いんで気を付けてくださいね」

「あ、いただきます」

「おお、美味そうだ。これはベーコンで巻いたわけか」

「鹿肉は油が少ないからね。玉ねぎも使ってるから、かなり美味しいと思うよ」


 切り分けた鹿肉を口元に運ぶと、カリカリに焼かれた熱いベーコンの脂がジワッと口元に広がる。

 固い肉の歯ごたえとともに、鹿肉のわずかな脂身と、軟らかくきつね色に染まった玉ねぎの甘い味。

 周りには炒ったクルミがまろやかさを出していて、ケールが口元をさっぱりさせる。


「美味しい……」

「なっ? カアチャンは本当に料理上手だって言っただろ?」

「何言ってんだい。ほら、タニアちゃん、どんどん食べてね。アンタも余計なこと言ってないで、冷めない間に食っちまいな」

「ジェーンさんって結構テレ屋さんなんですよ、エイジさん」

「確かに。薄暗い部屋の中でも分かるぐらい顔が真っ赤ですもんね」

「エイジさんもエールが止まってるよ!」


 肉を食べ、パンをちぎり、スープを飲む。

 時折の豪勢な食事に舌鼓をうち、満腹を喜び合う。

 村に回す分と、今日の宴会用の分と、マイクは今日かなり無理をして猟を行った筈だった。


 その上朝は指示出しを手伝ってくれている。

 最初は歩み寄りにくい人だと思っていたら、一度認めるととても良くしてくれるのが分かる。

 エイジは報いたいなと思う。


 マイクにだけではない。

 宴会を了承し、料理を作ってくれたジェーンにも、そして協力してくれている農家の皆にも。

 アルコールで熱くなった頭で、そんなことを考える。

 人の優しさが染みて、頭だけでなく胸も暖かくなるような、そんな食事だった。

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