鬼星

藤原くう

第1話

 闇を滑る一隻の宇宙船があった。矢尻のような形をした宇宙船の右翼はもげ、煙を吹いている。三十分ほど前にスペースデブリと衝突してしまったのだ。

 パイロットは佐藤という。それなりに経験を積んだパイロットであったから、右翼がもげても慌てなかった。即座にSOS信号を放ち、同様のものをあたりへ垂れ流すビーコンを発射した。機体の応急処置もAIとの二人三脚で間もなく終わった。機体に開いた穴は塞がったものの、出力は安定しない。片方のエンジンしか動かせないのだからこれは当然といえたが、佐藤にとっては致命的な問題とは言えなかった。むしろそれよりも問題なのは――。

 佐藤は、目の前のコンソールを何度も確認する。酸素の量は半分を下回っている。これでは、我が家へ帰る前に酸素がなくなってしまう。

 任務を終えて、我が家へと返るところであった。酸素メータの隣に目を向けると、ボロボロになった写真が貼りつけられている。空を蹴る赤ん坊と彼を抱き、柔和な笑みを浮かべる女性……。

 写真を見ていると、やるせない気持ちになってきた。佐藤の拳が自らのももへ落ちる。

「死にたくない」

 言葉にすると、死にたくないという想いがめらめらと燃え上がる。

 宇宙船のコンピュータは幸いなことに壊れていなかった。周辺宙域のデータを呼び寄せる。あたりに人が住んでいる惑星はない。佐藤はため息をついた。ここら辺は、佐藤がよく通っているルートで、周囲に人が住んでいない閑散とした宙域であることは彼自身よく知っていることだった。

 諦められなくて、どこかに人が住んでいる――この際人が住んでいなくてもいい――惑星はどこかにないものか。

 宇宙船の望遠鏡を最大倍率にさせ、必死に探す。

 そのレンズの真ん中に、青い星が現れる。

 海がある。食い入るように見つめると、海だけではなく、緑もあった。恐らくは空気もあるだろう。空気があるなら生物も。

 佐藤はつばを飲み込んだ。スロットルレバーに手が伸びる。しかし、レバーを倒すまではしなかった。ゆっくりと深呼吸する。冷静にならなければ。宇宙空間では何が起こるのかわからない。とりあえずは、あの瑠璃色の惑星について調べてみなければ。



 真っ赤に焼けた視界がゆっくりと落ち着いてくる。

 片翼の宇宙船を襲う揺れがなくなり、シートにしがみついていた佐藤は、機体の状況を確認する。

 大気圏突入時の高温に晒された船体は、真っ赤になっていたものの、どこにも異常はない。少なくとも、大気圏突入でできた異常は。

 熱が引いたモニターの向こうは一面の青。よくよく見えると、うねっているようにも見える。海だ。風もあった。

 海がだんだんと近づく。違う。宇宙船の方が近づいている。宇宙船は今まさに、海へと落下しようとしていた。

 佐藤は操縦桿を握りしめ、スロットルをいっぱいにする。損傷著しかった右翼は、大気圏突入前にパージした。一基のエンジンで、宇宙船を強引に飛ばす。まさしくロケットのように飛翔する宇宙船はさながら流星のようだ。中で操縦していた佐藤はそれどころではなかった。筋肉をこわばらせ、機体を安定させようと必死であったから。

 このままでは、海へ墜落してしまうのではないかと思われた。しかし、遠くに緑が見えてくる。緑だけではない。いい感じの砂浜もあった。あそこへ着陸することに決めた佐藤は、操縦桿を傾けながら、ランディングギアを下ろす。

 バタバタともがきながら、宇宙船が着陸する。強引かつバランスのなっていない宇宙船は着陸の衝撃で傾いた。無事だった左翼が砂浜と接触し、機体が回転を始める。そこからは佐藤にはどうすることもできず、操縦桿から手を離し、回転する機体が木か何かにぶつからないことを天に祈ることしかできなかった。

 はたして佐藤の祈りは天へと届いた。

 回転の勢いは次第に失われていき、止まった。佐藤自身、信じられなくてすぐに脱出しなければならないのに、呆然としてしまった。

 我に返った佐藤は、慌ててキャノピーを開ける。宇宙船に異常がないとはいえず、燃料が漏れ出ていたら爆発する可能性さえあったからだ。

 何とか這い出した佐藤は宇宙船から距離を取り、背後を振り返る。左翼を砂浜へ突き刺したような恰好で、宇宙船は倒れていた。炎上していることはなかったが、左翼エンジンは砂でダメになってしまっているかもしれない――そう考えたのは、少ししてからだ。

 佐藤の視界の先、宇宙船の向こうには、人工物がそびえたっていた。

 駆けだしそうになって、佐藤は自分に言い聞かせた。相手が友好的な存在かどうかはわからないから、下手に近づくべきではない。遠くに見えるあのビルディングに住んでいるのが人間かそれに近しい種かはわからないのだから……。

 そう言い聞かせて、佐藤は宇宙船へと引き返した。そこには非常用の道具やら食料やら武器やらが一通り揃ったバッグがあった。それを木陰まで運ぶ。腕を突っ込むと、二つの道具が触れる。ナイフと拳銃。周囲をきょろきょろと確認しながら、装備する。どちらもよく手入れがされていて、いつでも使用することができる。

「これを使うときなんてこなければいいんだが」

 佐藤は輸送機のパイロットで、船の取り扱いはそこらのパイロットよりも長けていたが、戦闘経験があるわけではない。戦うなんて御免だった。

 とにかく、取り出したバッグを背負う。ずっしりとしていたが、歩けないほどではない。

 それにしても――。

 宇宙船からの情報によれば、この惑星には空気がある。未知の細菌、未知の病原体があるかもしれず、ヘルメットは開けていなかったが、地球の大気と同一であった。そういえば、海岸線には見慣れたヤシの木が立っている。

 あまりにも出来すぎている。幻覚を見ているのだろうか。

 AIに問い合わせたいところであったが、すでに沈黙している。着陸の際におかしくなってしまったのだろうと佐藤は結論付けた。AIが壊れたということは、ビーコンも送られているのか定かではない。だとしたら、いつまで経っても助けはやってこないかもしれなかった。

 いつまでもここにいないといけないなんて、考えられなかった。

 佐藤は、向こうにそびえたっている建造物へ視線を向ける。あそこになら、無線機か何かがあるのではないだろうか。

「とにかく行ってみよう」


 砂浜を後にした。防風林のような松林を抜けると、広葉樹林が広がっている。ジャングルのように鬱蒼としているわけではなかったが何となく心細い。

 ゆるやかな風を受けて、枝が揺れる。見上げると葉の葉脈越しに恒星が見えた。その恒星は太陽と瓜二つで、鳥のさえずりを耳にすれば、ここは故郷の地球なのではないかと思ってしまうほどだ。

 しかし、ここは地球から遠く離れた場所だ。だからこそ、目の前に広がる光景が現実のものとは思えない。やはり幻覚なのだろうか……。宇宙船を出てしまった以上は確かめる方法がなかった。

 先へ進むしかない。

 幸いなことに、危険生物の類が現れることはなかった。それどころか地面はなだらかで、雑草もそれほど生えていない。手入れがなされているという印象を受ける。しかし、友好的な生物も見当たらない。時折、空を飛ぶ小鳥が見えるばかりであった。

 黙々と歩き続ける。

 不意に、佐藤の目の前の視界が開けた。

 青い空へ屹立する灰色のビルディング。それは複数の紐がより合わさったような形をしており、先端は細い。根元の方はその紐が渦を巻くように方々へ広がっており、それが自らの巨躯を支えているのだと思われた。間違いなく、何かしらの生物が建造したものだ。佐藤の心に、じんわりと熱いものがこみあげてくる。

 日の下へと姿を出すと、今いるところは崖で、山に囲まれた場所に街は広がっているようである。山といってもそれほど高くはないが、山に囲まれた盆地はかなり広い。遠くから見えたビルディングはまだまだ遠い。

 ビルディングの周辺にはそれほど高くはない建物が軒を連ねている。城と城下町の関係のようだ。あのビルディングを中心に、街は広がっている。

 崖下に広がる光景に、佐藤は息を呑む。すぐに我に返って、どこからか街へ降りられないものかと周囲をきょろきょろ。あった。街の周囲を取り囲む山の二か所が低くなっていた。あそこからなら下りられるかもしれない。下りられないかもしれなかったが、とりあえず行動することにした。

 その場所にたどり着くと、下りられないこともなさそうであった。えいやっと飛び降り、舗装された道路に着地する。衝撃とともに、足がびりびりと痺れるような感覚。痛みもあったが、どこも痛めていない。

 ふうと息をついて、道路の向こう――街とは反対の方だ――に視線を向ける。一本線がどこまでもどこまでも伸び、右に曲がって見えなくなった。背後を振り返ると、直線はタワーめがけて突き進んでいる。この道路は街のメインストリートなのか。

「それにしては、静かだ」

 道路はほとんど無音といってもよかった。遠くでさえずりや羽ばたきが聞こえるのみで、大都会で耳にするような喧騒とはかけ離れていた。

 それに何より、生物の姿がどこにもない。これほど広い道であれば、どこかにいてもよさそうなものなのに、誰もいないのだ。

 この街は何かおかしい。

 そのような直感が佐藤を支配する。ここから逃げ出してしまった方がいいのではないか。

 次の瞬間には首を振っている。ここへ来たのは、助けを求めるためだ。大気があるとはいえ、記録のほとんどない惑星に長居はしたくない。何かしらの理由があって、詳細が登録されていないのだから、助けを呼んでさっさと帰るのが自分にもこの惑星の住民にもいいだろう。そのような理論で身を固めることでようやく、佐藤は街へ歩き出すことができたのだった。

 メインストリートとおぼしき道の真ん中を佐藤は闊歩する。本来であれば車か何かに轢かれていたかもしれない。というのも、道路には線が五本引かれており恐らくは四車線道路ではないだろうかと思われたからである。地面に触れてみる。青地の舗装路はほのかに熱を持っている。原始的な道路ではあったが、熱を持たないような工夫がなされている。

 それに何より、あの巨塔を建造した文明だ。かなり知的な生物が住んでいるに違いない。星間航行もできる程度の文明は期待できそうだ。

 道路の両側には歩道があり、家が建っている。その扉を見る限り、大きさは人間と大差ない。二足歩行する生物でもあるだろう。

 そのような物体はいくらでも目にすることができた。しかし、いつまで経っても、生物は現れない。街はしんと静まり返っている。空は明るかったが、この惑星に住まう生物たちにとって昼間は、睡眠の時間なのかもしれない。どこの建物にもカーテンがかけられていたから可能性はありそうだった。

 不気味なほど静かな街を佐藤は歩き続けていた。行けども行けどもビルディングは近づいてこない。何か乗り物があればいいのだが――タイミングよく、バイクが停まっていた。これを拝借してしまおうか。佐藤の前職はエンジニアだったから、ロックを解除しエンジンをかけることくらい容易い。バイクを調べてみると、その仕組みは人類のものと何ら変わらない。

 やってしまうか。

 実行に移す直前、佐藤は首を振った。ここには人類の知らない生物がすんでいる可能性があり、自らのとった行動が自身を、ひいては人間を窮地に陥らせるかもしれないのだ。軽率な行動は控えないと。

 しかし、あの建物めがけて歩き続けるのは骨が折れそうだった。

「…………」

 佐藤は、バイクの正面の建物に目を向けた。そこは一軒家で、バイクの持ち主が住んでいることだろう。

 異種族の存在がそこにはいて、向こうからすれば、彼もまた異種族。どのような反応を返されるかはわからない。激高するのか恐怖するのか、それとも友好的か。どのような存在なのかさえわかれば、対策のしようもあるというものなのに。

 とにかく、やるしかない。バイクを借りたいのであれば――というか、通信機の類を借りたいのであれば、どうせいつかは話しかけなければならないのだ。そう考えた佐藤は、意を決してインターホンを押した。

 ピンポーン。

 幼少期。母なる大地を駆けずり回っていたとき、幾度となく耳にした音。その間延びした音は確かにした。

 しかし、誰もやってこない。

 二回目三回目と間隔を開けて押してみるが、返事はなかった。

「すみません」

 一度インターホンを押してしまえば、ある程度の踏ん切りがついて、佐藤はドアを叩いた。ドンドンという音は家の中に響いたはずだが、やはり返事はなかった。

 誰もいないのだろうか。もしくは眠っているのだろうか。それならしょうがないと、佐藤は玄関を離れた。

 また歩き始める。そうすると、今度は車の停められた一軒家が見えてきた。車なら、バイクよりもずっといい。そう思って家の戸を叩く。またしても返事はなかった。次もその次も……。

「おかしい」

 絶対におかしい。佐藤の呟き声は嫌によく響いた。

 すでに十軒以上の民家をたずねていた佐藤であったが、一軒の扉も開かなかった。一軒二軒なら偶然だと切り捨ててもよかったかもしれない。偶然が十軒も続けばそれは偶然ではない。

 それに、街が静かだ。静かだということは本来はいいことなのだろうが、しかし、佐藤の足音以外に音がしないというのであれば、話は別だ。

 一軒家の扉に耳をつける。音は一切しなかった。物音一つしないし、身じろぎ一つしていない。

 誰もいない。いや、それどころか――。

「そんなわけ……」

 否定するような材料があるわけではなかったが、到底信じられるようなことではなかった。

 これほどまでに巨大な街に、自分以外誰もいないなんてそんなことが信じられるわけがないではないか!

「そんなわけがあるわけがない!」

 佐藤の拳が、扉へと振り下ろされる。ひときわ大きな音が、建物へと響いたが、反応するものはない。それこそが、佐藤自身の考えを裏付けている。

 ここには人っ子一人いない。

 そう思うと、ここにいたるまでに浮かんでいた好奇心とか期待といったものがしなしなと萎んでいく。

 恐怖が佐藤の体を支配する。

 狂ったように声を上げた佐藤は、一軒家の側面へと回り込む。そこには窓があって、透明なガラスの向こうはカーテン。

「そんなわけないそんなわけないそんなわけがない……」

 ぶつぶつと呟きながら、その手は腰に装備されていたナイフへと伸びる。震える手で、シースから抜き出そうとしたが、できない。舌打ちをした佐藤は、シースから抜くのをやめ、固定具のところから外した。そして、鞘ごとナイフを振るった。

 けたたましい音ともに窓ガラスが割れる。周囲に散乱したキラキラとした結晶を見て、佐藤はどこか満足そうであった。あれだけの音がしたのだから、家にいるであろう存在が寝ていたとしても気が付いたに違いないし、周囲に住んでいる生物だって気が付いたことだろう。

 しかし、いつまで経っても返事はなかった。警察がやってくることもなく、ただただ、不気味な静寂があたりには漂っていた。

「おーい! 誰かいるんだろう! いると言ってくれ」

 その叫び声は、悲痛な色を帯びていた。窓に手をかけ、家の中に入る。

 窓ガラスの破片を踏みしめながら、侵入した他人の家は静まり返っていた。窓の近くに突っ立って、自らが犯人だと自白するつもりであったが、待てども待てどもやってこない。業を煮やした佐藤は、地団駄を踏む。

 ――誰か返事をしてくれ。

 その一心で、佐藤はその部屋を見まわす。

 そこはどうやら、寝室のようである。ベッドがあり、毛布が敷かれている。その毛布を剥がしてみても、何もなかった。

 光に当てられたホコリが漂っている。足元には、ホコリが積もっていた。

 そおっと扉を開ける。廊下に出ると、そこにもまたホコリが積もっている。背後を振りかえれば、うっすらとした足跡が残っていた。

 足音をわざと立てながら、廊下を先へと進む。扉を勢いよく開ける。わが家ではしたこともない不躾な行い。今の佐藤は誰かに見つかりたい一心であった。

 リビングにも、何もいない。正面にはテレビがあった。旧式の薄型テレビは真っ黒で、そこには宇宙服姿の佐藤のみが映り込んでいる。

「こっちを見るな!」

 ホルスターに収められていた拳銃を抜き放ち、撃つ。拳銃はジャムることのない拳銃――といっても旧式のものと比べたら威力は雲泥の差である――から放たれた弾丸は、電気の通っていない液晶を貫いた。実弾であったから、雷のような発砲音が周囲へと鳴り響く。それは、佐藤の耳にも届いて、ハッと我に返らせた。

 腕には反動による痺れがあった。見れば、プルプルと震えている。

「なんてことをしてしまったんだ……」

 佐藤は頭を抱える。いかに一人が寂しかったとはいえ、よその家に乗り込んだ上、よその家のものを破壊するだなんてあってはいけないことだ。

 自己嫌悪に陥った佐藤は、よろよろとソファへ腰を下ろす。ソファの柔らかさは、自宅のものと何も変わらない。ローテーブルの上に置かれているリモコンだって。

 リモコン。

 佐藤はそれを手に取って、電源を入れてみる。つかない。液晶に穴が開いてしまったせいだろうか。ソファから立ち上がり、液晶テレビに近づく。

「コンセントが刺さってない」

 冷蔵庫へと向かう。開けると動いていないどころか何も入っていなかった。

 リビングを見渡す。家に侵入した際は気が動転していたから気が付かなかったが、生活感というものがまるでない。ものが極端に少ない。家具とかはあるのだが、その中には何も入っていない。ホテルのように感じたが、それにしてはホコリが積もっている。ホテルなら端々まで掃除の手が行き届いているはずだった。

 まるで、見せかけのようであった。

 例えば、映画のセットのような――。

 自分は映画のセットの中に迷い込んでしまったのか。それとも、そのように感じているだけ?

 何が何だか分からなくなってきて、佐藤の口から空虚な笑い声が漏れていく。自分の信じているものがとろけてしまって、よりどころを失ってしまったような感覚。佐藤は立っていられなくなって、その場にへたり込んだ。

 ここがセットだというのであれば、どうやって外へ出ればいいっていうんだ。考える気力もなかった。

 手の中には、拳銃があった。この拳銃であれば、ヘルメットを貫通して苦痛を味わうことなく死ぬことができるだろう。……もっともこの惑星に病原体がいるのではないかと心配していたのだから、その考えに従えばヘルメットを外せばいつかは死ぬ。しかし、佐藤は苦しみたくはなかった。

 震える手で、銃口をこめかみへと突きつける。

 後は重たい引き金を引き絞るだけ。

 いざ死ぬ段になると、怖かった。

 死にたくない。生きていても、この何もかもが見せかけの空虚な街で、寂しさに打ちひしがれながらのたれ死ぬだけだ。

 人差し指が、トリガーを引いていく――。

 ハンマーが弾丸を叩く直前、遠くで音がした。その音に反応できたのは、静寂に耳が慣れていたからかもしれない。とっさに、音がした方向を向いていた。

 バーン!

 耳元で轟いた発砲音が、何もかもを塗りつぶしていく。後に残ったのは甲高い耳鳴り。

 佐藤の体はゆっくりゆっくりと倒れていく。



「要救助者発見。収容する」

 白い宇宙服に赤いラインの入った隊員がそう言った。隊員の前では今まさにサイレンを搭載した純白の宇宙船に、宇宙服を着た男性が乗せられようとしている。彼のヘルメットには大きな穴が開いており、その中には少なくない量の血がこびりついている。彼の手には、緊急用の拳銃が握られていた。状況から察するに、自殺を試みようとしたに違いない。

 収容を確認してから、隊員は宇宙船へと乗り込む。助手席に座り、ベルトで固定する。そうすると運転席に座っていた相棒が、エンジンを起動させる。

 宇宙船が浮かび上がり、宙へと上がっていく。

「しっかし、自殺なんてどうして考えちまったかねえ」

 背後を振り返りながら、助手席の隊員が言う。惑星には、人が生きて行けるだけの大気があり、いくらでも住居はあった。しかし、後ろで応急処置を受けている彼は自殺を試みた。

「そりゃあ寂しかったからでしょう」

「寂しいって、パイロットだぞ?」

「パイロットだって一人の人間です。宇宙船の中で運転をしているだけなら、いくらでも耐えられるでしょう」

「それとは違うっていうのかい」

「ええ。ここがどこだかご存じで」

 助手席の窓から、遠ざかっていく街を見下ろす。そこには一つの街が再現されている。宇宙船が高度を上げると、似たような街が無数もあることに気が付いた。塔が真ん中にある街もあればそうでもない街もある。

「さあ。AI様は何かご存じで?」

「様付けはしないでもらえますか」機械の腕が、操縦桿を揺さぶる。それに従って機体が揺れた。「あの惑星は鬼星といいます」

「鬼星?」

「ゴーストプラネットと言った方が分かりやすいかもしれないですね」

「つまり、この惑星には誰も住んでねえってことか」

 街は雲の間に消えていく。宇宙船は大気圏を脱出しようとしており、瑠璃色の惑星は小さくなりつつあった。

 あの人が住むのに適した惑星には、人っ子一人住んでいない。地球を追い出された人間はコロニーを建造して、地球人と争っているというのに!

「なんて無駄な……」

「無駄だとわかっているからこそ、建築会社はこの惑星のことをひた隠しにしているのです」

「建築会社が関わっているのか」

「ええ。知り合いのAIが言っていたのですが、ここはショールームのような惑星があるらしいのですよ」

「ショールームって言うと、内検のための?」

「そうです。家を建てる際にどんな部屋なのかしらんと見学しに行く、あの住宅展示場のことですね。あれがあの惑星にあって、ARか何かでいつでも見て回ることができる――そういうコンセプトだったそうです」

「立派なことじゃないか」

「ワタシもそう思いますが、実際に建てる必要はないです。AR、VRなら仮想上に直接再現できるならばそちらの方がコストがかかりません。デザイナーが一人いればいいですからね」

「それで、使われなくなったってえわけか」

「そうです。そこに救護者は迷い込んでしまったというわけですね。幸か不幸か」

 ――生きてるんだから、幸運だろ。

 その言葉を隊員はぎゅっと飲み込んだ。彼には彼なりに考えて自らのこめかみを撃ちぬこうとしたのだから、隊員が文句を言う筋合いは全くなかった。

 飲み込んだ言葉の代わりに、窓の外へと視線を向ける。

 青色の惑星は、人間の都合など知ったことではないと回り続けている。

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鬼星 藤原くう @erevestakiba

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