第40話 賢明な判断

「この密林、随分と深い。沼や泥濘に気を付けろ! さらに、向こうは『操られているキルル様』がいる。これほどの状況下で何も罠が無いわけがない。神経を張り巡らせ、常に本陣の連絡部隊と繋いでいろ!」


「斥候部隊から一切連絡がない……やられたのだろうが……」


「まいるな……これは……だが、こちらも別に急ぐ必要もあるまい」


「そうも言ってられん。サンシャイ将軍の話では、シャイニさまたちはかなり強力な洗脳にかかっているとのこと……それこそ……我々を殺めることも……」


「もうすでに、取り返しのつかないことをされているかもしれん。その際は、洗脳であろうと連合裁判は避けられぬが……それでも大魔王や魔王軍を打倒するためにはあの五人がどうしても必要だ」


「我らが総大将、セクシィ王女もその認識のようだ。妹君を庇うことはできぬようだが、それでも勇者の奪還は使命とのこと」



 聞こえてくる。

 密林の足場の悪さや、その深さに愚痴を言いながらも進むしかない連合軍共の声を。

 奴らもやはりこの密林でこちらが仕掛けてくることを承知している。

 急ぎはするが、あまり隊列を間延びさせたりして足並みを乱すことは無いようだ。



 だからこそ、丁度良いのだ。



 隊がバラけないということは、それだけ密集しているということだ。

 これだけ足場の悪い深い森の中では全体で素早い動きもできまい。



「グリフォン部隊、上空から異常なし」


「ペガサス部隊、こちらも異常なし」



 さらに、全体を見渡すために密林の上空をグリフォンやペガサスに跨った騎士たちも注意している。

 とはいえ、これだけ広大で深い森の中、我ら六人を見つけることなど容易ではないがな。

 そんな中で、この状況を不審に思い始める将たちもいる。



「ふむ……異常なし……今のところ戦闘もなし……返って不気味ですね」


「我らに臆したわけではあるまい。とはいえ、この密林を超えたら、タンショー王子が仰っていたシャイニたちが囲われている建物の地点まで目と鼻の先。まさか五人と大魔王と魔王軍で正面から迎え撃つというわけでもあるまい」


「分かりませんね。ですが少なくとも、魔王軍が今のところ動いていないのは間違いないです。流石に魔王軍の大軍がこの大陸に足を踏み入れていれば、異大陸とはいえ私たちの情報網にかかるはずですから」



 シャイニたちより上の世代で、既に世界に名を轟かせる英傑たち。

 

「いずれにせよ、今のところ私の感知網にもかかっていません。まぁ、アネストが居れば、私の感知網のギリギリを見極められるとは思いますが……」


 アネストより先に大魔導士の称号を得ていた人類最強クラスの魔導士。

 ハーメシア。

 そして……


「姫様たちは何としても救わねば……ただ……女王陛下も万が一の時は……我にディヴィアス姫の誇りを守るための……命令を出されている……」


 唇をかみしめながら吐露するのは、ディヴィアスの国の将であり、連合軍の中でも若き猛将と恐れられている魔槍使いヴァギヌア。

 それぐらいで、後はシャイニの父親ぐらいだろう。

 この軍の中で武に関して警戒すべきなのは。

 そして、武以外も含めて真っ先に獲るべきは……



「ラブリィ……私の可愛いラブリィ……もしあなたが元に戻ることができなくて……その身の汚らわしい種も消さないというのであれば……せめてあなたの勇者としての名誉だけは守ってみせるから……ごめんね……無力なお姉ちゃんで……」



 ラブリィの姉にして軍の総大将。

 セクシィ。

 それを始末すれば終わりだ。

 そのためにも……



「うむ……セクシィ様。密林に入るのはもう少し待ちましょう。7割が密林の半分以上を進んだところで我らも入り、合流しましょう」


「ええ。最大限の警戒をしてから本陣は中へ入りましょう」



 うむ……無闇に入り込まずに、石橋もとにかく叩いて進むか。

 当然の判断だ。

 相手は大魔王たる自分と、洗脳されている勇者五人というのが奴らの認識。

 最大限の警戒をし過ぎてもおかしくないのだ。

 



 だからこそ……ダメなのだ……




 密林の中に大軍と共に入ったほうがこの場合自分たちは貴様らの位置を正確に把握できなかったのだ。



 

 貴様らは大軍と戦うことに慣れ過ぎている。そのため、少人数での動きをもっと警戒すべきだった。



 

 今の貴様らは軍の七割を密林の中に行かせた。しかも安全がちゃんと確認できるまでと、先頭を随分と先まで行かせ過ぎた。




 更に足場の悪い密林で、一度中に入った軍が踵を返して戻ってくるまで時間もかかるであろう。




 これで貴様らは、無防備な3割の兵に減らせたわけだ。




 我らはたった五人しかいないのだ。なぜ、密林の向こう側ではなく貴様ら側の方に息を潜めていると思わんのだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る