第32話 ペロペロ

『うそだうそだうそだああああ! シャイ姉が、うそだああああ!』


 泣き叫んで発狂する王子。

 その隣では顔を青くして絶望と同時に激しい疑問を表情に浮かべているシャイニの父。


『なぜ、なぜ魔族が!? シャイニ、その男は誰だ!』

「あ~~、もう、お父さん! 人の夫を『魔族』なんて呼ばないでよ! 差別だよ! 多様性社会だよ! まったく……ゴメンね~ジャーくぅ~ん……お詫びにチュウしてあげるぅ~……むちゅうぅ♥」


 しかしシャイニはむしろ父の反応に眉を顰め、そして身体の位置を変えて見せつけるように自分と濃厚なキスをしてきた。



『や、やめえおぉ! シャイニ、お、お前は、なな、なんというふしだらな……言え! 何があった! その男は誰なのだ!』


「はいはい、紹介するって……この人はね~、本名はジャークレイ。私たちがつけたあだ名はジャーくん♪」


『……は? ジャ……ジャークレイ!? そ、それは……その名は?!』


「うん。この間まで、大魔王をしていたジャーくんだよ~」


『ッ!?』



 行為を続行しながら、父に向けて絶望的な、そして発狂していた王子すらも更なるショックを受ける言葉をシャイニはぶつけた。

 だが、同時に二人はハッとして……


『ジャークレイ……大魔王の……ジャークレイッ!?』

『貴様が……貴様がぁあああああああああああああああ!!』


 二人そろって怒りの声を荒げる。

 そして、二人が自分のことを知ったことで、何をどう思ったのかは容易に分かる。


『なんという……お前がジャークレイか! シャイ姉ぇに何をした! シャイ姉に!』

『おかしいと思った……おのれぇ、ジャークレイ、き、貴様、シャイニを犯し……洗脳したか!』


 そう……



「ちょ、タッくんもお父さんもやめてよ! そりゃ、魔王軍、魔族、大魔王とこれまでいろいろあったよ……人もたくさん死んだ……だから言えなかったの! でもね、もう私たちにはどうしようもないの! それぐらい、私たちはジャーくんをもう愛しちゃってるの! 世界とかがどうとかより、私たちはジャーくんとの生活を選ぶよ!」


『目を覚まして、シャイ姉! シャイ姉は操られているんだ! 大魔王に酷いことをされて……うぅ、シャイ姉……許さない……大魔王、貴様を絶対に許さないぞ!』


『おのれ、大魔王め! そなたに王としての誇りは無いのか! 捕らえた勇者を凌辱し……洗脳し……これが……これが貴様らのやり方か!』



 二人はこの状況を『大魔王が勇者に何かした』と思う。

 それは仕方のないこと。

 だが、自分は言いたい。何かをされたのは自分だということ。



「やめてて言ってるでしょ!」


『『ッ!?』』


「私たちがジャーくんに何かされてる? ふざけないで! 私たちは何もされてない! むしろ、逆だよ! ジャーくんは私たち……魔族と人間、大魔王と勇者の関係は決して祝福されないと思って、身を引こうとしたの……それどころか、私たちの前から姿を消そうとしたり、自殺しようとしたんだよ!?」


『『……え?』』


「なんでジャーくんがそんなことを思ったりしようとするのか……それは、今のお父さんやタッくんみたいな人間がいるからだよ!」



 もはや、どこからどう怒って泣けばいいのかと絶句して固まっている王子と父親。

 そしてシャイニは目元に涙を浮かべながら自分を引っ張って起こし、自分に後ろから抱きしめられるようなポジションになって……


「ジャーくん……後ろから優しく私を抱きしめなさい」

「……うむ」


 命令に従い、自分は両手でシャイニの首に巻き付けるように後ろからハグをする。な、なんだこれは……そしてシャイニは自分の耳元で……



「ごにょごにょ……ジャーくん、お父さんとタッくんに見せつけちゃうから……そのまま私の顔を……ペロペロしながら、シャイニは自分のものって強く宣言しなさい……」


「ッ!!??」



 耳元で小声で何ということを……し、しかし、自分は逆らえず……



「そ、ういう、ことだ……ぺろぺろぺろぺろ」


『なっ!? や、やめろおお! き、貴様、穢れた舌でシャイ姉の顔を!? や、めろぉおおおおお! やめて、やめてよぉおおお! 僕の、僕のシャイ姉ぇを!』


『ぐぅ、う、シャイニ……』


「覚えておけ、シャイニはもはや自分のものだ」


 

 言わされてしまった。



「うん、そういうこと♥ だからもう、私たちのことは放っておいてよ……お父さん……タッくん」


『う、うう……ひっぐ……めをさましてよぉ……シャイ姉ぇ……』


『ぐ、これほど強い洗脳を……いや、しかし、洗脳魔法がかかっているようには……ぐっ、どういうこと……いずれにせよ、許さぬ、許さぬぞ、ジャークレイ! すぐにコロシテヤル!』



 もう、明日にでも連合全体にこの話は……いや、勇者がこうなっていることを世間に知られたらこやつらにとってもマイナスゆえに、全部は言わぬだろうが……



「あーあ……タッくんとお父さんに祝福してもらえたら……応援してもらえたら嬉しかったのに……そうすればもう一個の報告も……」


『ぐひん……シャイ姉ぇ……』


「タッくん、そんなにお姉ちゃんの結婚が嫌だったの?」



 もう、ソッとしておいてやれ! それ以上話すな! 自分でも同情してしまう!

 


『すき、だったんだ……好きだったんだぁ! 僕は、シャイ姉のことがずっとずっとずっと好きだったんだ!』


「ふぇ?」


『結婚して欲しいと……僕の妻となり、ひっぐ、王女となって、一緒に国を、そして世界を導いて人々に幸せを……そんな未来を僕は夢見てたんだ! シャイ姉との未来を!』


「あ……ぇ……」


 

 そして、今になって知ったとポカンとした様子のシャイニ。

 

「あ~、そうだったんだ~……あ~、うん、なんか……うん、ごめんねタッくん……」

『やだぁ、謝らないでよぉ、シャイ姉、め、目を覚まして……帰ってきて、シャイ姉、おね、が……』

「うん、ごめんね……気づいてあげられなくて……ラブラブなところを見て知ってもらおうって思ったけど、うん、お姉ちゃんが間違ってたよ、タッくん……」

『謝らないでよぉ、戻ってきて! ううん、救う! 必ず大魔王の洗脳から救ってみせる、シャイ姉ぇ! だから――――』

「だから、違うんだって、タッくん! それに、もう私はジャーくんと皆と……そして……この子と―――――」


 この子……そう言って、シャイニは複雑そうに微笑みながら、自身の腹を撫でた。



『……え……』


『……なっ!?』



 それが、二人の本日最大最悪の絶望の報告となった。

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