第18話 躊躇いも迷いもない

 隕石を呼び寄せて敵を一気に殲滅する大魔法。

 アレを防ぐには百人以上の一流の結界魔導士が必要となる。


 単体でアレをどうにかできるとしたら、世界でも数える程度……すなわち世界最強クラスと言える存在たちにしかどうにかできぬほどの魔法。


 そのため、もはやこんな辺境の国の無名の軍など……



「……ふぅ~……害虫駆除も疲れますね……ア・ナ・タ」


「………」


「あ、今はキルルもいませんし……アナタ、膝の上をお借りしますね♥」



 息を吐いて、苦笑しながら自分の膝の上に向かい合うように座り、笑顔を見せてくるアネスト。

 戦場でこのようなことはあってはならない。

 だが、もはやこの場は戦場ではない。

 それをアネストも理解しているのだろう。


「アナタ……夫のために頑張った妻を褒めて可愛がって欲しいです」

「……相変わらず見事、そして恐ろしい魔力だ……アネスト」

「あん♥」


 アネストの頭を撫でるようにしながら抱きしめる。

 それだけでアネストは自分と体を擦りつけあうように動きながら、自分の背中に手を回してきた。

 行動だけは宝玉によるものなのだが、正直発言は宝玉だけではない本音が自分でもあったと思う。

 しかしそれでも嬉しそうにするアネストは、


「アナタ、ご褒美のキッスをください♪」

「うむ、ちゅっ」

「ふぁぁんん! あむあむちゅぷちゅぷ♥」


 自分がアネストの頬にキスをすると、過剰に反応したアネストが自分の首筋や頬に吸い付いたりキスをしたりと十倍返ししてきた。

 そしてやがて隕石落下によって天高く舞い上がった粉塵なども少しずつ晴れていく中で……


「…………こうなったか」


 少し前までは広い平原だった場所が、もはや草一生えていない巨大なクレーターと化し、そこにはもう誰もいなかった。

 

 剣も鎧も馬も、肉片一つすら残さぬ容赦ない消滅だ。



「アネストずるい。ジャーくん、私も頑張ったからチュウしよう」


「…………」


「あら、キルルもお疲れ様です。ですが、あなたは仕事の前に彼と思う存分イチャイチャしたではないですか。ですので順番的に次は私です」



 そして、サラリとスーの上に戻ってきたキルル。

 そう、自分は何もしていない。

 たった二人だ。


 キルルとアネストたった二人に千人の軍が全滅。いや、消滅したのだ。


 これがどれほどの意味を持つか?


 勇者の内の二人であり、人類の希望でもあるキルルとアネストが、人間を1000人殺したというのに、そのことに心を痛めることもなければ、迷いすらも微塵もなかった。

 

 それどころか、仕事を終えたと、もう興味すら失せて、今では自分の頬を舐めたり耳を甘噛みしたりすることの方が大事だと、脇目もふらない様子。


 

「……全滅させたとなると……大ごとだな」


「「ちゅぱちゅぱちゅっちゅ♥ ……?」」


「1000人の人間の消失だ。王国はより多くの兵を投入してこちらに向かってきて、そしてそれすらも全滅させてしまえば、流石にその噂は連合のところまで届くであろう」


「「ぺろぺろ、ちゅるじゅるじゅる♥」」


「そうなった場合、そなたらは……話を聞けぇえ! 自分の耳の穴に舌を入れるな吸うな、頬を舐めるな下腹部を何度も触るな!」



 人が真面目な話をしているというのに、この小娘共は卑猥なことしか……だが、二人は自分の言葉にキョトンとして……



「んもう、別に良いではないですか。あまり面倒なら引っ越せばいいだけですし。それに……」


「この国の軍よりもむしろ、連合の軍の方がやりやすい」


「……は?」



 どういうことか意味が分からなかった。

 顔も名前も素性も良く知らないこの国の連中を殺すことに躊躇いがないのは分かったが、これまで共に命を懸けて苦難を乗り越えてきたであろう連合と戦うことの方が楽? 

 しかも、戦うことにそもそも躊躇いがないのか?

 だが、自分の問いに二人は当たり前のように……



「だって、連合なら私たちも所属していましたので、兵の強さや将のことやキーマン、癖、弱点、全てを知り尽くしてますから」


「うん、負ける気全然しない」



 思わず寒気がした。

 どうやら自分は、最終決戦のあの時、冗談のつもりで口にした言葉が、本当に人類の命運を変えてしまったのかもしれん。

 人間などどうなっても構わんが、これで本当に良いのか――――



「それより、アナタ? 約束忘れていませんよね?」


「ん?」


「うん。帰ったら私たちを、ジャーくんが宝玉の力なしで自分の意思で私たちをベッドで可愛がってくれること」


「……あ……」



 いずれにせよ、人間たちの前に自分の命運が先だ!

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