第3話 大魔王を5等分

 自分は――――


「ッ!? ここは! っ……」


 頭の中で意識が戻った瞬間、自分はすぐに飛び跳ねた。

 自分はどうなったのか。

 ここはどこなのか。

 そして……


「あ~~、目が覚めたね、ジャーくん! お腹空いたかな? かなぁ?」

「ッ……シャイニ……」

「随分寝てて心配で、ラブリィはず~~っと手を繋いでたんだよぉ? だって、ラブリィの彼氏さんなんだも~ん♥」

「ラ、ラブリィ……」


 目を覚めた自分はどこかの部屋のベッドに居て、飛び起きて真っ先に視界に入ったのは、両脇で自分の手を繋いでいる、シャイニとラブリィ。

 見慣れぬ部屋。

 しかも……


「ここは……それにこの感じ……結界が……」


 部屋というよりも建物全体に強力な魔法結界を感じる。恐らく、アネストの魔法だろう。

 今の自分は? 魔力と体力は回復しているが、角は折れたままか……いや、ん?


「ッ、く、な、なに? これは!」


 それは、自分の身に起こっている角以外の異変。

 胸元に埋め込まれている……ッ!?


「これは、永久隷属の宝玉ッ!? な、なんだと!?」

 

 バカな! こんなものを埋め込まれているのか? これでは……これでは―――


「ごめんね。でもね、こうでもしないとジャーくんがバカなことしちゃうから……そんな悲しいことなんてさせたくなくて」

「そうだよぉ? 私たちの彼氏さんなのに、お互いを分かり合う前にバイバイなんて絶対にさせないから、一生私の彼氏さんだから絶対離さないからずっとラブラブだから」


 何の濁りもなく純粋な瞳で当たり前のように二人は自分に向かってそう言った。

 こやつら、まさか自分が死の間際で少し冗談交じりで告げたあの言葉を本気で……



「くだらぬな……小娘共。あのような安い言葉で情けをかけるとは……分かっているのか? そなたらは千載一遇のチャンスを逃しているということを!」


「「ジャーくん……」」


「宝玉がどうした! この程度、自分の力が戻ればいかようにでもできる! その時になって後悔しないよう――――」


「「私を抱きしめて頭をナデナデして~♥」」



―――ギュっ、ギュっ、ナデナデ……ナデナデ


「「ひゃあ~~~~~ん♥♥♥」」


「ッッ!!???」



 な、なに!? 自分の身体が意思と関係なく勝手に!? シャイニとラブリィを両腕で一緒に抱きしめて、そ、その頭を……撫でた?


「そなたら、な、何をしている!」

「あ~、そういうこと言うんだ~。彼女なんだから抱きしめてナデナデぐらい当たり前じゃん!」

「そーだよぉ? もっと彼氏さんと彼女さんでラブラブ~って、きゃ~~ん♥ ねえねえ~、ラブリィに、もっと愛を囁きながら撫でて♥」

「ふざけるな、愛おしいぞ、ラブリィ……ッ!?」

「あっ、ラブリィちゃんだけずるいよぉ! ね、ジャーくん、私にも同じの頂戴!」

「や、やめ、そなたら、何を、愛おしいぞ、シャイニ……ッ!?」

「ふぁ~~~~ん♥ いいよぉ~~~♥」


 じ、自分は何を言った?!

 この口は何を!?

 自分で噛み切ることもできないこの舌で、あろうことか宿敵であるシャイニとラブリィに……偽りの愛を囁いた?



「ずるい。抜け駆け。ジャーくん独占禁止」


「ぬっ!?」



 さらに、横たわり、二人の女を左右の腕で抱きしめている自分の目の前に空間の歪み。

 時空間移動の魔法。これを扱えるのは戦乙女勇者戦団で一人だけ。


「ジャーくん……私と……子供作ろうよ」

「ッ!?」

「「キルルちゃん、それはダメぇええええええ!」」

「ぬぐっ!?」


 こ、こやつ、抑揚のない淡々とした声で、自分の腹の上に馬乗りになりながら、なんというとんでもないことを口にする!

 もし、シャイニとラブリィが止めなければ、自分は宝玉に従って、目の前の女を……


「騒がしいですよ、一体……ジャーくん、目覚めたのですね!」

「ちょっとぉ、あんたたち何やってんのよぉ! って、し、しかも抱きしめて、う、うらやま、な、何してんのよぉ!」


 そして、部屋の扉が勢いよく開き、血相を変えたアネストとディヴィアスまで現れた。

 こんな一つの部屋に、まさか人魔界を懸けて死闘を繰り広げた5人の女勇者と大魔王たる自分が集うなど……しかも……



「何をなさっているのです、シャイニ、ラブリィ、キルル! 人の旦那様にまとわりつくなど、どういうつもりですか!」


「し、しかも、間違いなく、え、エッチなことしようとしてたでしょ! いくら宝玉があるからって、エッチはちゃんと合意なしではダメって協定でしょ!」


「私無罪。有罪、シャイニとラブリィ。二人はジャーくんに抱きしめられてイチャイチャしてた」


「あぅ、そ、それは仕方ないんじゃないかなぁ! 生まれて初めてできた彼氏とイチャイチャしたいもん!」


「んふふ~、あ~、ジャーくんのナデナデはとっても上品で~、ラブリィとっても気持ちよかった~♥」



 おかしい、何故だ? 何故こんなことに?


「ぐっ、ジャーくんのナデナデなど……あとで体験するとして、ジャーくんも混乱していますよ。まずは説明をしなければ……」

「あ~、そうだね。うん。とりあえず、ジャーくんももう勝手に死ぬこともできないし、私たちからも逃げられないし、てか逃がさないし、まずは説明からだよね……」


 悍ましいほどの寒気のする言葉を口にする五人だが、確かに今どのようなことになっているのかは自分としても知らねばならぬ。

 一体……



「まず、ここはトティモトーイ大陸のカンゴウク地方の辺境にある屋敷」


「な、なんだと!? 自分たちとの最終決戦地から世界で最も離れたそんな辺境地に!?」


「うん、キルルちゃんが以前ここに来たことあったみたいで、時空間魔法でひとっとび~」



 なんと、自分が気を失っている間にそれほど遠く離れた場所に。

 確かこの地は連合非加盟で文明もそれほどではない、途上国で、人口もそれほどいない辺境の田舎。


「でね、今日からここに私たちと一緒に住むの。本当はジャーくんと私の二人でラブラブな同棲にしたかったんだけど、他の皆がしつこくてさ~。そこで、ジャーくんを公平に5人で共有しようってことになったの」

 

 うむ、分からん。


「待つのです、シャイニ! 本来であれば、私とジャーくんが新婚生活を―――」

「もう、シャイニちゃんってばお馬鹿さんだな~。ジャーくんはラブリィのだよ?」

「まったく、どいつもこいつも人の彼氏に何を……ま、私も心が広いから許してあげるけど」

「笑止千万」


 そして、こやつらも!

 だが、今は小娘たちのバカな色恋よりも大事なのは……


「ま、待て、とりあえずその話は置いておくとして……戦争はどうなった! 魔王軍は? そして貴様ら人類の軍は?」


 自分は敗れ、戦争に勝利したのは勇者。であれば、世界は大魔王の生存を決して許さぬであろう。

 そして、自分がそうなれば魔王軍も……



「戦争はね、勇者と大魔王は決戦の中でドカーンって大きな光に包まれて両者行方不明! 私たちは大魔王が敗れたことも、私たちが勝ったことも公表しないで、そのままみんなの前から消えることにしたの!」


「……なに!?」


「だから、ある意味で戦争の決着は曖昧なまま。人類の軍も、魔王軍も、今頃大慌てで私たちを探して、戦争どころじゃないって感じかな~かな~♪」



 これまで、大魔王を討ち取り、魔王軍を滅ぼすことを使命として戦ってきた勇者であるシャイニが、笑いながらそんなことを口にした。

 そのことを、他の四人も笑いながら頷いている。



 だめだ……分からん

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