第2話 勇者終了

「ま、待て! そ、そなたら、何を!?」


 トドメを刺されるかと思ったら5人から一斉に抱き着かれ、しかも身体を摺り寄せられるは頬を摺り寄せられるわ、ど、どういうことだ!?

 しかも、彼氏とは……恋人的なアレか? 好き? え? いや、自分はそんなこと一言も言ってないぞ!?



「ちょっと皆、何やってんの、離れてよぉ! 魔王は私を口説いてるんだから、ここからは私と魔王の問題じゃないかな? かなぁ!」


「は? いえいえ、あなたは何を言っているのです、シャイニ。バカだと思っていましたが本当にバカなのですね。魔王が私を口説いたことに何故気づかないのです?」


「え? ええ? シャイニちゃんもアネストちゃんも何言ってるのぉ! 魔王は私の彼氏さんだよぉ!?」


「はぁ? あんたたち、全員揃ってバカじゃないの? どう考えても私を口説いてたじゃない。そうでしょ? 魔王……待って、彼氏に魔王って変ね……大魔王ジャークレイだから……」


「……『ジャーくん』……これから人のいない辺境で気ままにスローライフ送ろう」


「あ、いいな~、ジャーくん! うん、私も! ジャーくん、私と一緒に生きよう! 連合軍とか魔王軍とか、あと政治とか私はよく分かんないし、皆に説明もめんどくさいから、私とどっか行こうよ!」


「何を言っているのです、シャイニは! ジャジャ、ジャ……ジャーくん……倒れていった者たちの魂を背負い、私と共に世直しの旅に出ませんか?」


「んもう、まずはデートだよぉ! ……デート……きゃ~~~~、男の子とデートなんてお話の世界でしか知らないよぉ~ね、ジャーく~ん♥」


「へぇ~、デートかぁ……い、いいじゃない、それこそ彼氏彼女のやるべきことだわ。いいわね、ジャーくん! 私の彼氏にしてあげるんだから、拒否権ないわよ!」


「ジャーくん、子供は何人欲しい? 私、いっぱい産む」



 待て待て待て待て、何が起こっている!?


 誰が『ジャーくん』だ!


 数千年生きた自分が、そんな風に呼ばれるなど、生涯初だぞ!?


 し、しかもこの小娘たち自身が自分に口説かれたと思って、何やら喧嘩を始めてないか?

 ちょっと待て、どうしてこうなっている?




 そう、自分は気づいていなかった。




 地上の男の数は圧倒的に少なく、現在世界の担い手は女たちである。戦いも女たちが行い、やがて牙の抜けた男たちは……そう、地上の男女の感覚は既に逆転しているのだ。



 そして何よりも男女比が大きく異なるが故、女のパートナーとなる男が少ない。たしか、一夫多妻が普通であるとか。


 

 勇者の娘たちもこれまでの人生、ほとんど男と関わりなく生きていたのだろう。



 ただ、関わることができなかっただけで、色々と憧れるものもあったのだろう。



 そんな中で、男である自分が不用意に口にした言葉で、これまで明るみに出なかった奥底の理性と欲望が決壊し……



「とにかくさ~、戦いはもう終わって、魔王は死んだことにして、ジャーくんは私たちで連れ帰る。それで、5人で改めて話し合うってのはどう?」


「「「「異議なし!」」」」


「ま、待て、自分の意志は!? 待て、自分は負けたのだ! 敗軍の将として、王として、最後は潔く散らせよ!」


「では、ジャーくんはグルグルにして退散だー!」


「「「「オー、わっしょいわっしょいわっしょい!」」」」


「待てええええ! くっ、殺せえええ、自分を殺せえええええええええ!」



 ふざけるな。こんなこと予想もしていなかった。

 こやつら、自分を飼い殺そうとしているのか?

 あってはならぬ。

 大魔王と呼ばれた自分が、そのような末路を歩むなど、死んだ方がマシ。

 ならば、誇りに準じて……



「自分から離れろ、小娘共!」


「「「「「ジャーくん!!??」」」」」



 誰がジャーくんだ! 

 受け入れられるわけがない。

 ならば、せめて最後は自分自身でケリをつける。

 


「せめてそなたたちの手でトドメをと思ったが、そんなふざけたことになるぐらいなら……自分に残る最後の魔力で……自己崩壊――――」


「「「「「自爆!? させない、ジャーくん!!!!」」」」」



 本来であれば、捕虜になり情報などを抜かれぬようにする自害のための呪文。

 まさか自分で使うことになるとは思わなかったが――――


「とりゃああああああ!」

「ッ!!??」

「私の彼氏を自殺なんてさせないんだから!」


 だが、次の瞬間、シャイニが一閃。

 その剣で、魔力コントロールを司る自分の角を……斬り落とした?!

 

「な、そ、そなた、何を! これでは呪文が……」

「私の恋人を死なせるわけがないでしょう、ギガ・バインディング!」

「ぬおッ、じょ、上級の捕縛魔法ッ……」


 アネストが最上級クラスの捕縛魔法で自分を拘束してきた。

 まずい、通常時であれば逃れられるが、疲弊し、更には角を切断された今の自分では―――


「ラブリィの彼氏さんが、そんな悲しいことしたら、駄目だよ? お仕置き~♥」

「ぐうぅッ!?」


 そして身動きとれぬ自分に、ラブリィが自分の四肢に魔法の矢を突き刺した。

 これは……神経系を……


「あのねぇ、せっかくできた彼氏をさ~……あの世にも地獄にも逃がすわけないでしょ?」

「ごふっ!?」


 腹部に強烈な一撃……ディヴィアス……まずい……意識が……こうなれば、舌でも噛んで―――


「おやすみ、ジャーくん」

「ッ!? ぐっ……」


 キルルが何かの薬品を自分に嗅がせて……何ということだ……体力も魔力も角も失った今の自分では、こんなものにすら抗えず―――――――――



「危なかった~、まさかジャーくんが自殺しようとするなんて……」


「まったくです。そのような悲しいことを……しかし、どうします? このままでは、仮に目を覚まし、そして角が再生して魔力が戻ったらまた同じことを……」


「えぇ~~、そんなのやだよー! これからいっぱいイチャイチャしたいのにー!」


「させないわ、そんな悲しいこと……もう戦争は終わりにして、人里離れた辺境でジャーくんと暮らすんだから……」


「そして、生まれてくる子供たちと……ポッ」



 そして……薄れゆく意識の中で……



「あっ、そうだ! いいのがあった! ほら、コレ! 炎竜王を倒したときに手に入れた……『永久隷属の宝玉』が!」


「おお、それは! 史上最強のギアスの呪法宝玉ではないですか!」


「あー、それでジャーくんが炎竜王を従えてたってやつぅ! うん、いいよね!」


「たしか……自害から反抗含めた行動を全て封じ込めるって奴よね。彼氏に使うのはどうかと思うけど……でも、自殺なんてされるぐらいなら!」


「異議なし」


 

 大魔王の尊厳死と、そして世界の歴史が変わった。

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