第97話

 


 ヴェルシュタイン公爵の一人息子、ルナミリア王国騎士団長、ミカエリス・ヴェルシュタインはというと、ちょうど人生の岐路に立たされていた。


 原因は案の定、宰相ラグズ・デュー・ラインバッハ侯爵の孫娘、白の聖女と名高い、ジュリエッタ・ラインバッハ侯爵令嬢である。


 ちなみに聖女と言っても、人々が勝手にそう呼んでいるだけなので、彼女は回復と治癒が出来る程度の能力しかない。

 本来の、神が用意した聖女が使えるという光属性の浄化魔法が使える訳でもなく、ただその聖女の素質があるのではないかという雰囲気のみであり、ただの通称である。


 ちなみに本人は過去に一度も聖女と名乗っていないので、偽物だと糾弾されたとしても知らないと言い切れてしまうのが、地味に腹が立つ。


 とはいえ、治癒と回復、両方を会得して、かつ実践にまで使用出来る者は少ないので、人材としては希少である。

 それに人格が伴っていればもっと世界は平和だっただろう。



「どうして……酷い……! わたくしが、何をしたと言うのですか……!」

「団長……これは一体……!」


 可憐な美少女が、目から大粒の涙をはらはらと零しながら、青年から目を逸らす。


 金色の髪をさらりと揺らし、青年は美少女を見下ろした。


 現在彼に何が起きたのかというと、仮眠から起きたら半裸の美少女が同衾していて、そこを他の騎士達に目撃された、という感じである。


 そんな中、青年の胸中はと言うとたった一言だった。


(……面倒臭い……)


 仕方ない気はする。

 ただでさえ付き纏われ、妙な噂を流され、業務の邪魔ばかりをされていた挙句、これである。

 むしろ彼の方こそ、私が何をしたと言うのですか、と泣いてしまっても良いくらいだ。


 しかし彼はそんな事をする程可愛げのある性格ではない。

 それに関しては父譲りなのだ。


「団長、説明して下さい! 貴族のお嬢さんに、しかもいくら好かれていたって、これはやっていい事じゃありません!」


 顔を真っ赤に糾弾してくる部下の姿に、彼はとうとう腹を括った。


「貴様の目は節穴か?」

「はっ?」


 父に良く似た青い目を、最大限に釣り上げ、細め、部下を睨み付ける。


「なるほど、部下だと思っていたが今まで何も見えていなかったと見える」


 冷たく、凍てついた空気が立ち込めた。


「貴様は私が、そんな人間だと思っていたのだな」

「こんなもの見せられれば、誰だって疑うに決まってるでしょう!?」

「つまり、その程度か。私本人がどういう人間かなど、どうでもいいのだろう」

「……騎士団長ともあろう方が言い訳ですか」


「やめてください……! わたくしが、わたくしが悪いのです……!」

「いいえ、お嬢さんは何も悪くありません……! どうか泣かないでください……!」


「もういい、茶番はこれまでだ」

「なっ……!?」


 呆れたように取り出したのは、掌サイズの水晶玉だった。


「この部屋には、盗難防止策としてあちこちに監視用魔法玉が設置されている」


「えっ?」


「ちなみに、魔術師団の方へ全ての映像が転送され、保管されるようになっている、例え偽造されようとも妨害すらも直ぐに看破されるだろう」


 呆然としている部下と美少女を置いて、青年は簡易ベッドから立ち上がった。

 さっきまで寝ていた筈なのに、青年が鎧も何もかも纏っているという事実に驚いたのは、美少女もそうだが、部下もであった。


「私はいつも鎧を着て寝ている。詰めが甘かったな」


 彼は父譲りの冷たい空気を纏いながら、仮眠室から立ち去った。

 取り残された美少女はあんぐりと口を開け、部下はというと疑ってしまった己を恥じた。

 そして流れる気まずい空気に、つい口を開く。


「あの、色仕掛け、失敗したんですね」

「うるさい」

「アッハイ」






 青年が仮眠室から出たその足で向かったのは、護衛の任務としていつも待機している王の執務室だった。

 とはいえ、そんなに都合よく王が居るのかというと、実は居る。

 仕事中、仮眠を取った後に元の仕事に戻るのは普通の事だからだ。


「陛下、騎士団長を辞任させて頂きたく存じます、というか、王国騎士を辞めます」

「えっ、ちょ、ま、嘘でしょ!?」


 王冠を被った壮年の男性が、余りの予想外過ぎる事に素っ頓狂な声を上げた。


「嘘ではありません、信用出来ない、そしてされない集団に命を預け続ける事など出来ません」

「いや、確かにそうだけど……突然過ぎんかね……?」


 キッパリと言い放つ青年は、戸惑う王に今まで起きた事を書いた報告書を差し出す。

 なお、ここに来るまでに本日の出来事も書き足してあるのは、父譲りの有能さなのかもしれない。


「こちらが報告書です、お手数ですが目を通して下されば幸いです」

「……ううむ……なるほどこういう事が……、しかし、真偽を確かめねばならん。色々と時間がかかるぞ?」

「構いません、その間は領地の実家にて待機させて頂きますので」


 キリッとした顔で断言された青年の言葉で、王の頭にふとした疑問が浮かんだ。


「うん? 邸宅ではなく領地の実家?」

「はい」

「今、オーギュストの滞在している、実家か?」

「はい、その実家です」


 無駄にキリッとしてるが、もしや。

 そう考えたらしい王が沈黙の後に口を開いた。


「…………まさかとは思うが、その為に辞めるのでは無いだろうな?」

「…………………………」


「なんで無言?」

「では、一旦御前失礼致します」


「おぉーい!? 待って!? 待ちなさい!!」

「待ちません!! 実家で父上が待っているんです!!」


 全力での言い合いに、隣室で書類の再製作を手伝っていた王妃がやって来てしまった。

 ガチャリと扉を開け、呆れたように声を上げる。


「なんですの? 騒々しい」

「聞いてくれ妃よ! こやつ家に帰りたいというだけの理由で騎士団長を辞めると申すのだ!」

「あらあら」

「我だってオーギュストの家に行きたいのに!!」

「あらまあ」


 王の謎の叫び声が響き渡り、王妃の少し困ったような落ち着いた言葉が呟かれたのだった。





   









 エルフの里。


 それは、人間とは違うけど人間のような姿をした、美男美女しか存在してない里らしい。


 いや、爺さん婆さん子供もおるやろ普通。

 多分これ美男美女としか会った事ないからそうなってるだけだよね。

 あと人間とは違うけど人間のような姿ってなんだよ。どんなんだよ。


 場所としてはこの国の外。

 すげぇ険しい山を越えて樹海に入った、その後。

 詳しい情報は不明だけど、その樹海の中のどこかにあるらしい。


 いやどこかってどこ。

 ワシ今からそこ行かなあかんねんけど。

 ひどない?

 なんで場所分からんねん。


 エセ関西弁を脳内で垂れ流しながら、それでもいつものように頑張って表には一切出さずに、静かな息を吐く。


『賢人様、どうされました?』


 それでもその吐息を耳ざとく聞き付けたのは、薄青い鱗のドラゴンさんだった。


 あの、私に卵盗んだだろと喧嘩吹っ掛けてきた挙句に返り討ちにされて小を漏らし、更に、奥さん? 旦那さん? どっちか分からんけどパートナーさんにフルボッコにされた挙句、夫妻して馬車ならぬドラゴン車、略してドラ車になったあのドラゴンである。


 ばっさばっさと大きな翼、……羽根? どっちだっけまあいいや、とにかくそれをはためかせながら、ちらりとこちらを見上げる・・・・薄青い鱗のドラゴン、略して青ドラさん。

 なんか、某国民的青い耳無し猫型ロボットみたいなものを彷彿とさせるあだ名だけど気のせいです。気のせいにしといてくださいお願いします。


 そして私が何をしているのかというと、その青ドラさんに騎乗しております。

 馬みたいに乗って、空を飛んでおります。

 

 …………どうしてこうなったのかは私もよく分からない。


 なんか、あの、執事さんが用意してくれてました。

 乗る為の、なんだっけ、あれ。

 なんていうのあれ? おしりの下に敷くやつ。


 該当が一件ありました。


 ・鞍(くら)

 馬や騎獣に乗る為に装着される専用の道具の事。

 合わない物では騎手も騎獣も怪我をするので基本がオーダーメイド。


 ……とうとう知識が先回りして教えてくれるようになってきた……。

 万能もここまでになって来ると本当に恐怖しかない。嬉しくもないし気持ち悪いし気分悪い。

 いくら普段がお気楽能天気でも、怖いもんは怖いんだよ。


 それもそのはず、現在地点は高度……何メートルこれ?

 鳥が下の方飛んでるよ?


 とにかく、執事さんのなんかよく分からん色々な計らいにより、あっという間に青ドラさんが色々と装備を装着されて、なんやかんやで送り出され現在である。

 なんで青ドラさんなのかというと、色が決め手だと思う。

 オーギュストさんに、赤いドラゴン、って微妙に似合わないから。


 そんな事は置いといて、それより何より、まさかの突然のお一人様状態に大パニックである。なんで一人で放り出されてんの私。

 足でまといになるからって誰も一緒に来てくれなかったんだけど、逆に酷いよねこれ。


 なお、オーギュストさんのお師匠であり医者でもあるあの不定形賢人さんは、オーギュストさんのお母さんの容態やら状況を確認して、後から遅れて来てくれるそうです今来て欲しい。


「問題ない」


 無言の私に青ドラさんが震え始めてしまったので、慌てて簡単に言葉を返した訳ですが、それでも大パニックオブ大パニックで脳内大騒ぎですなう。


 全部が怖くなっても仕方ない状態である。

 心細さがMAXでもうなんか変なテンションだけど、青ドラさんがいるから表には一切出せない。


 いや、うん、経験上出ないんだけどね、オーギュストさんの身体変な所で鍛えられてるから。表情筋殺す訓練とか何してんだろうね。


 飛んだ始めは外の世界だひゃっほいってなるかと思ったけど、全然そんな事なかったんだぜ。

 むしろ免許センターで原付バイクに初めて乗った時の、速い寒い怖い、というちょっとしたトラウマが彷彿されて頭の中が真っ白になりました。


 現在は、速い高い怖い、である。

 風とかめっちゃ頬を叩いてくるのに全然苦しくないし肉体的には全くもって平気なんだけど、私、ジェットコースター系苦手なんだよ。


 どれだけ安全でも怖いもんは怖いのである。


『賢人様、山岳地帯が見えて参りました』


 めっちゃ風吹いてて何言ってるか聞こえないかと思いきや全然普通に聞こえるんだけど、これもやっぱりオーギュストさんのスペックなんだろう。


 ちらりと視線を前方に向けると大きな山脈が見えて来た。

 地平線まで広がってるので相当な長さがあるんだろう。


 っていうか、知識ではこの山脈が国を囲んでるらしいとあったので相当な長さって表現はおかしいかもしれない。

 だがしかし、知らんかったので仕方ないと思う。


「そうか、越えるまでどのくらいかかる?」

『邪魔が入らなければ十五分程かと』

「ふむ、邪魔とは?」

『ここから先はドラゴン達の領域となりますので、目を付けられれば喧嘩を売りに来るかと』

「なるほど」


 めんどくせぇな。


『世の中には相手を見極められない馬鹿がおりますので』


 ドヤ顔してそうな声音ですがひとついいかな、お前が言うのそれ。


『うっ、いや、あの時は確認不足でしたから!』

「それはどうでもいい、卵探しは良いのか?」

『確かに手分けした方が良いのですが、つがいの方が私よりもしっかりしておりますので、任せる事にしました……』

「なるほど、道理だな」


 アホの子っぽいもんね青ドラさん。

 いや私も人の事言えないんだけど、……って人じゃないやドラゴンだ。

 とはいえ、赤いドラゴン、略して赤ドラさんだけで探してる訳じゃなくて、隠密さんにも冒険者さんにも手伝って貰ってる訳だからなんとかなりそうなもんだけど。


「孵化までには見付けて貰いたいものだ」

『はい、人間を親だと刷り込みされてしまうと、少々面倒な事になりますからね……』


 刷り込みってドラゴンにも有効なの……?

 よく分からんけどそれはちょっと大変だな……? 皆頑張れ……。

 

 それは一旦置いといて、まずはこれから山を越えるのに通行を邪魔されるのはちょっとアレなので、精霊さんに呼び掛けて貰うことにしようと思います。


「風の精霊殿、おられるか?」

『はーい! あっケンジンだー! どしたのー?』

「ドラゴン達に私がこれから通行すると伝えてくれないか?」

『だいじょぶよー?』

「ふむ?」

『ケンジンのケハイってドクトクなのー! 気付けないヒトはよっぽどのバカなのー!』

『うぐぅっ』


 結果、青ドラさんがよっぽどのバカだという事が判明しただけでした。

 しかもさっきドヤ顔で言ってたセリフが物凄い急角度でブーメランとして刺さったよね。なんかごめん。

 私は何も悪くないんだけど、なんかごめんしか言えない。うん、なんかごめん。





 










 テーブルの上に置かれた箱を前に、頭髪が芸術的にわびしい男が唸る。

 箱の中には先日手に入れた“ドラゴンの卵”が入っているのだが、それが彼の悩みの種となっていた。


 これを使ってヴェルシュタイン公爵の化けの皮を剥がす予定ではあったのだが、それが予想よりも困難だったのだ。


 本来の予定では、ヴェルシュタイン公爵領の物資輸送馬車にこの卵を紛れ込ませるつもりだった。

 そうする事でドラゴンをヴェルシュタン領へ誘き寄せ暴れさせる算段だったのだが、問題が発生した。


 どうやって紛れ込ませるのか、細かい部分を全く考えていなかったのだから、指示された執事だってどうにも出来なかったのだ。

 故に執事は“無理でした”という一言で男へとそれを戻してきたのである。


 彼は元々平民だ。

 商人上がり故に狡猾に登り詰めたのは事実ではあるが、それは冷静な頭でひとつずつ確実に出来る事をやって来た結果であった。


 つまり、感情と勢いに流され、今更になって冷静になった彼は、ひとつひとつを分析して絶望した。


 ヴェルシュタイン領への物資輸送馬車は、交易品ばかりが積まれている。

 その中に商品名簿に無い箱が紛れていたとすれば、王国法に則りその場で棄てる事が原則。

 いくらヴェルシュタイン公爵が腐っていたとしても、領民の全てが腐っている訳では無い。


 手の者を紛れ込ませたとしても、それが信用を得るまでどうしても物理的な時間がかかる。

 それまでに卵が孵化してしまえば意味が無い。


 しかし、このままでは此処が危ない。


 そう思って彼はドラゴンの卵について調べた。

 まずはいつ産まれるのかが分かれば、計画が続行出来るかどうかが分かると思ったのだ。

 変更するかどうかはそれからでも間に合うと高を括って。


 結果として判明したのは、この“ドラゴンの卵”はワイバーンの卵に酷似しているという事だった。


 高い金を払って、ワイバーンの卵を手に入れた可能性が出て来たのである。


「騙されたのか……」


 元が商人であった彼は、例え騙されたとしても怒る事は無い。むしろ己の浅はかさに落胆する程度だ。

 知識と情報が不足しているのにも関わらず、調べる事もせずにそのまま取引を終えてしまったのは己である自覚はあった。


 こうなれば、作戦を始めから練り直す必要がある。

 ドラゴンをけしかけるにしても、ちゃんとした作戦が必要だと気付けただけ儲けものである。


 問題は、この“ドラゴンの卵”をどうするべきか、だ。


 ワイバーンの卵であるなら、それはそれで有益だ。

 卵から育てれば人の言う事をよく聞く騎獣として重宝される。


 ふと、顎に手を当てながら唸る彼の部屋の外から軽い足音が聞こえて来た。

 ぱたぱたと聞こえた足音が扉の前まで来たかと思えば、勢いよく扉が開く。


「とうさま! ドラゴンの卵を手に入れたって本当!?」

「これユルファ、ノックくらいしなさい」


 キラキラと瞳を輝かせながら、小さな男の子が興奮気味に問い掛ける。

 母によく似た優しい顔立ちの彼は、この家唯一の跡取り息子だ。

 父譲りの焦茶色の髪は父のように侘しくなく、ふっさふさである。

 毛の生え方は母に似たのかもしれないが、彼の晩年がどうなるかは未知数だった。

 なお、母方の血筋にハゲは居ないので、彼の遺伝子がどちらに寄るかが彼の将来を決めていると言っても過言ではなかった。


「かあさまから聞きました! ドラゴンの卵!」

「一体どこから聞きつけたのか……分かった分かった、見せてやるからこっちへ来なさい」


 無邪気な息子につい目尻を下げながら手招きをする男は、まさに親バカの顔をしていた。

 愛する妻によく似た息子が仔犬のように己を慕う姿を可愛いと思わない親は少ないだろう。


 トコトコと近寄って来た八歳という割には小柄な息子をひょいと膝に載せ、男は木箱の蓋を開けた。


「うわぁ……! これがドラゴンの卵!?」

「そうだよ」

「どうやって手に入れたんですか!?」

「冒険者から貰ったんだよ」


 もしかしなくても、これはワイバーンの卵なのかもしれない。

 そうは思いながらも、それでももしかするとドラゴンの卵なのではないか。

 可能性としては、良く見積ってワイバーンが八割、ドラゴンが二割。

 結局の所、どちらなのかは孵化してみなければ分からないという、なんとも言えない状況に男は立たされていた。


「冒険者から!? とうさますごいです!!」

「凄く大変だったそうだけど、私の為に頑張ったそうだよ」

「うわぁー! わぁー! とうさまもすごいけど、冒険者もすごいなぁー!」


 それでも男は、幼い息子には夢を見せてあげたかった。

 この国の山々に棲むドラゴンは、子供達の憧れである。

 それはこの国の成り立ちを謳った英雄譚に、初代国王がドラゴンライダーと呼ばれる存在であったことが由来していた。


 ドラゴンに乗り空を駆ける英雄の挿絵に憧れる少年は少なくない。

 例に漏れず彼の息子も、その憧れている少年の内の一人であった。


「はっはっは、そうだろうそうだろう」


 宝石のように輝いているキラキラとした少年の目は、正面から見ずとも眩しく感じられる。

 ぽんぽんと我が子の頭を撫でながら、彼は同意するようにうんうんと何度も頷いた。


「ねぇとうさま、この卵どうするの?」

「うむ、実はそれを悩んでいたところなんだよ」


 幼い無邪気な問い掛けに少しの溜息を混ぜながら言葉を返した男は、困ったように笑った。

 それを聞いた少年が、パッと父親へ振り返る。

 その目は純粋で、誰よりも無垢に、とても綺麗に見えた。


 そして少年は真剣に、本気の目で父を見据えた。


「あのっ、とうさま、もし大丈夫なら……ぼくにこの卵くださいっ!」


 この目が無ければ、男はキッパリ駄目だと返せたかもしれない。

 しかし少年の眩し過ぎる目を正面から受けてしまった薄汚い父親は、どうしても息子の期待を裏切るような事が出来なかった。


「……どんなものが産まれてくるかは分からないよ、それでもいいかい?」

「はい! 責任もって世話します!」

「……もしかしたらドラゴンじゃなくてワイバーンかもしれないよ?」

「だいじょうぶです! たとえワイバーンでもちゃんと世話します!」


 真剣な表情の息子に、産まれた時の目も開いていない赤ん坊だった時の息子の姿を思い出した。

 あれから八年とはいえ、随分大きくなった、と感慨深く思いながら、男は息子の髪をくしゃりと撫でた。


「男に二言はないね?」

「はいっ!」


 そうして卵は、幼い無垢な少年の手に渡る事になったのだった。



 

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