第96話

 


 よっす! 俺シンザ!

 古代語で“銀”って意味の名前なんだぜ!

 名付けした奴は気に入らねぇ奴なんだが、名前自体は結構気に入ってたりすんだぜ!


 いや、待ってなにこのよくわかんない名乗り。引くわ。


 よっす、ってなにさ?

 誰これやだ気持ち悪っ。


 いや、理由は分かってるんだ。

 あの時の旦那サマがマジでかっこよかったから。

 だからちょっと変な感じに高揚してるんだよね俺。仕方ないよね。


 確かに、俺はあの細目の弟を疑っていた。

 裏切り者だと思って、旦那サマの為に! つって尾行していた。

 そんで、あの弟の兄なんだから、ってあのオッサンすらも疑っていた。


 それがどうだ。

 どう見ても全く疑う要素も無い、俺が何を疑っていたのかも分からないくらいの兄弟の言動。

 外見と中身の差があり過ぎて混乱するよね。


 だからつい勢いで手助けしたりしちゃったんだけどさ。


 だって、すげえ普通に書斎に入り込んで、すげえ堂々と機密文書盗もうとしてるとこ見ちゃったら仕方なくない?

 確かに弟は気配薄いし、結構気付かれにくいとは思うけど、いくらなんでもアレはない。

 せめて誰も来ないように頑張るよね俺だって。

 ついでに忠告もしちゃうよね。

 そしたら普通に自己紹介とかしなきゃいけなくなるよね。

 

 そんなこんなで旦那サマの前に二人でコンビみたいな雰囲気で出て来ちゃったんだけどさ、それは今は置いとくとして、だ。


 なんかを忘れている気がしてる。

 だけど、それがなんなのか全く分からない。

 思い出そうとするけど、ぽっかりと穴が空いたみたいに何も無い。


 何か原因があった筈だ。


 あった筈なのに、記憶を探ろうとしたらとんでもない頭痛で動けなくなっちまった。


 あの弟だって何かやらかしそうなくらいに思い詰めたひでぇ顔してた記憶がある。なのに今では爽やか過ぎるくらいのさっぱりした表情。

 執事だって何か気にして胃に穴が開きそうな様子だったのに、今は何の悩みもない真っ直ぐな顔してやがる。


 何か悩みが解決したんなら喜ばしい事なんだろう。だけど、何故かどうしても喜べなかった。

 何かの犠牲の上でこうなったような、そんな漠然とした罪悪感。


 それに気付いているのは、俺と、兄の方の二人だけだ。

 俺と同じような妙に含みのある、何かに納得していないようななんとも言えないそんな顔をしていたから、多分間違いは無い。


 しかし、弟はともかく、あのオッサンと俺は面識が無い。

 だけど、この違和感を知る者として情報の共有はしておくべきだろう。

 そう判断した俺は、奴のすぐ近くに降り立った。


 奴以外には誰も居ない休憩室の、窓ガラスから陽の光がさんさんと射し込む気持ちのいい場所だ。


 奴の少し後ろの、手が届くようで届かない絶妙な位置。

 これは職業病とでも言うべきか、この後何が起きてもすぐに逃げられるようにとそんな意味での癖が付いてるから仕方ない。

 それに、俺はまだこのオッサンを全面的に信用した訳じゃないから。


「……おゥ、お前か、弟が世話ンなったみてェだな」

「どーも、ハジメマシテ」


 誰から何を聞いたのか、思い出そうとするだけでズキズキと痛むこめかみを、親指で揉みほぐしながら言葉を返す。やっぱ思い出せないか。

 しかし、音も気配も無かった筈なのにどうして気付いたんだろう。

 窓ガラスにも背を向けてるし、対面に景色が反射するものなんて何も無いのに。

 とはいえ、あの旦那サマの部下なのだから凄くて当たり前か。

 むしろ鈍感だったりしたら腹立って殺しちゃうかもしれないから、ちょうどいい。


 オッサンはというと、振り返りもせずに煙草を取り出し、指先に火を灯した。


「ウチの弟は猪突猛進つーか、すーぐ回りが見えなくなる癖があってな、お陰で詰めが甘ェンだ」


 そう言って煙草を口にくわえたオッサンは、指先の火で煙草の先を燃やした後、煙を一気に吸い込んだ。


「まぁ、人様の弟さんを悪く言うのもアレだから、何も言わないどくね」


 正直な所、弟の方はオッサンの言う通りに迂闊で視野狭窄だったけど、それを言うのは蛇足というか野暮だよね。

 そう考えての返答だったのだが、当のオッサンは吸い込んだ煙を盛大に吐き出しながら宣い始めた。


「もしここでそんな事しやがったら殴っとくつもりだったンだが、お前意外と慎重だなァ」

「こっわ、何それ罠じゃん」


 良かった言わなくて。

 あんな太い腕で殴られたら頭部陥没しちゃうよマジで。こっわ。あと煙くっさ。

 匂いが移ると困るからこの後お風呂行こ。そうしよ。


「冗談だ、ジョーダン」

「全然ジョーダンぽくないんですけど」


 喉の奥でくつくつと笑うオッサンに正直イライラしたけど、頑張って抑える。


「ンなこたァどうでもいいだろ。で? 用があるから来たンじゃねェの?」

「そうなんだけどさ、顔見て話さなくて良いの?」


 全然こっち見ないんだけどこのオッサン、と思ったのも束の間、奴は煙草をプカプカと吹かしながらなんでもない事のように口を開いた。


「お前影だろ? 顔知ってる人間は最小限にしとくべきだ、違うか?」


 ただの正論ですちくしょう。なんだろ腹立つ。


「違わないけどさ、まあいいやそれよりも、アンタ、気付いてるよな?」


 腹癒せとして適当に返して、本題に入る。

 するとオッサンが急に無言になった。

 何かを思案するようなそんな雰囲気だが、ふと息と一緒に煙を吐き出しながら、奴は呟く。


「…………まァな」

「一応情報の擦り合わせに来たんですよ俺」


 若干イライラしたせいか、感情は表には出さなかったものの無感情過ぎて些か不自然な言葉になってしまった。

 しかしそれでも、当のオッサンは心ここに在らずといった様子でぼんやりと煙草を燻らせる。


「…………そうだろォな」

「……なんでそんなテキトーな感じなのか聞いても?」


 イライラしつつそれでも問い掛けると、奴は火がついたままの煙草を、突然、ぐしゃりと握り潰した。

 じゅうっと肉が焼けるような微かな臭いと音で、奴の中に燻る苛烈な怒りの存在に気付く。


「俺ァよ、今まで生きて来て何かを忘れた事なんかなかったンだよ、ただの一度もだ」


 そう呟くように告げる奴の腕は震えていない。

 だがしかし、鋼さえも曲げられそうな程の力が込められている事だけは、その手の中で紙よりも薄い厚さになるまで握り潰されていく煙草の様子で理解出来た。


「それがどうだ、忘れちゃいけねェ、なんかすげェ大事な、知ってなきゃいけなかった何かを忘れちまってるじゃねェか。

 許せるか? そんなん許せねェだろ、俺は自分が許せねェ」


 無感情に、声音にすら怒りを出さず、それでも腹の底から湧き上がる怒りを止められていない。

 それが理解出来るのは、奴の身体から立ち昇る魔力の奔流が、まるで湯気のようにゆらめいているからだ。

 自分が許せないのは俺も同じなんだけど、その俺よりも物凄く怒っているのは見ているだけでよく分かった。


「俺がこんだけキレるってこたァ、きっと坊ちゃんに関することなんだろうよ。だが、にも関わらずこれを深く考えちゃいけねェと俺の本能が言ってる」

「本能?」

「そォだ、人間の根源、本能的な部分が何らかの危険を察知してンだ」


 奴の言うそれは、俺の心の中の奥底にある漠然とした不安感と同じ位置にあるような気がした。


「……それってつまり、俺達の知らない何かの仕業で忘れさせられてる、って事だよね?」

「あぁ、だがそれ以上はダメだ、目ェ付けられっぞ」


 キッパリとした断言は、俺に対する忠告であるにも関わらず、何かからの宣告のようですらあった。

 このオッサンが、それが何なのかを知ってる訳でもない事は分かっているが、それでもそう思ってしまいそうな程の気迫が奴の言葉には存在していた。


「……分かった、つまり解決策は無いんだな?」

「無ェな、もしあるとすりゃ、鍵は坊ちゃんだろォよ」


 同意するようにこくりと頷く。

 それはきっと旦那サマへの信頼だけではなく、俺達共通の直感だ。

 俺達が不甲斐ないばかりに、あの人の負担が増えるような事を任せなくてはならない。

 その事実に苛立ちはするが、俺達では何も出来ないのもまた事実だった。


「俺達に出来るのァ、忘れた事を忘れない・・・・・・・・・事だけだ」

「分かった、そんじゃもしどっちかがこれを忘れちまったら、思い出させあおう」

「……そうさな、それしかねェか…………お前、名は?」

「俺はシンザ、アンタは?」

「俺ァ、アーネスト・シェルブール。ネスと呼べ」


 そう言ったオッサンは、こちらを見ないまま緩く拳を挙げた。

 肩口からこちらに向けられた拳は、これで殴られたら物凄く痛そうだなと素で思ってしまう程鍛え上げられている。

 だけど、だからこそ頼もしく見えた。


「分かった、ネスの旦那、これから宜しく」

「おゥ、ヨロシク」


 一歩だけ足を踏み出して、オッサン、──ネスの旦那が軽く挙げた拳に、自分の拳を合わせるように軽くぶつける。

 それは世間一般で仲間や同志を見付けた際にする挨拶だった。


「もし同時に忘れた場合どうするよ?」

「その場合は忘れた事に気付くだろうから、相談するでしょ俺達」

「それもそォだ」


 軽く笑い合ってから、どちらともなくこの場を去った。

 この場では正反対の方へ進んでいるけど、お互いに主を信頼しているからこそ、同じ目標を見ている事実に気付く事が出来た。

 全てはオーギュスト・ヴェルシュタイン……────親愛なる主の為。



 さぁ、仕事だ。



 …………でもその前にお風呂行ってこよ。



  











「おじさま、今頃何をしてらっしゃるかしら……」


 ぽつりと呟かれた少女の言葉には、憂鬱と憧憬、それから微かな苛立ちが含まれていた。

 それは彼女にとってこの状況が不本意であり、他にもやりたい事があるのに出来ないでいるという事に他ならない。


 そんな彼女が現在どういう状況であるかというと、母に連れられて、とある貴族の主催するお茶会に参加させられていた。


 お茶会という言葉単品では楽しいイメージが強いかもしれない。

 しかし貴族のお茶会というとやはり暗雲立ち込め群雄割拠する闇のお茶会である。


 笑いたくもない所で笑い、内面を一切出さず、立場の高い相手には媚びへつらい、己よりも下の者には傲慢に振る舞う人々との対話ばかりのそれに、少女は辟易してしまっていた。

 しかも、大人だけならまだしも彼等に連れられた子供達すらも似たようなもので、それを目の当たりにしてしまった少女はどうしても、つまらない、という感情に支配されてしまうのだ。


 こんな事しているなら屋敷に帰って魔法の勉強や鍛錬をしている方が何倍も有意義だわ。


 そんな言葉を無理矢理に飲み込む。

 そうしておかないと耳聡い者達に揚げ足を取られ、母の顔に泥を塗る事になる。

 ひいてはローライスト伯爵とヴェルシュタイン公爵、両家の名に傷を付けてしまう恐れがあるからだ。

 そうなれば、伯父であるヴェルシュタイン公爵にも迷惑が掛かってしまう。

 それだけは絶対に避けたい少女は、去年母から誕生日プレゼントに貰った薄緑の扇子で、への字に曲がってしまいそうな口元を隠した。


 それでも、先程呟いてしまった言葉には気付かれてしまったらしい。

 同席の男爵令嬢と伯爵令嬢が顔を見合わせ、頷き合った。


「ローライスト伯爵令嬢のおじさまというと、今話題のヴェルシュタイン公爵の事でございますか?」

「わたくし知っていますわ! 今年、めでたく賢人になられたそうで……」


「ええ、わたくしも聞きましたわ! 切れ長の青い瞳が美しくて、それはそれは見目麗しくなられていたって!」

「まあ! 今年の建国祭、あと一歳年齢が合えば遠目からでも見られたかもしれませんのに……残念ですわ~」

「わたくしも一目拝見させて頂きたかったですわ~」


 この会話もグループのメンバーが変わる度に似たような話題として上がっていた。

 本日何度目かのそれらに内心げんなりしながらも、少女は己が発言してしまった事で発生してしまったのだと理解しているが故に、丁寧な態度での対応を返す。


「デビュタントの際、おじさまにエスコートをお願いしてみようと思っておりますの。でも、お忙しい方ですから受けて頂けないかもしれませんわ」

「まあ! 楽しみですわ!」

「きっとお受け頂けますわよ!」

「ありがとうございます」


 ニコニコと笑い合う小さな貴族令嬢達。


 だがそれぞれの言葉には裏がある。

 それを開示するとこうだ。


「ローライスト伯爵令嬢のおじさまというと、今話題のヴェルシュタイン公爵の事でございますか?(賢人になったという伯父の自慢かしら?)」

「わたくし知っていますわ! 今年、めでたく賢人になられたそうで……(それが本当かどうか分からないけど)」


「ええ、わたくしも聞きましたわ! 切れ長の青い瞳が美しくて、それはそれは見目麗しくなられていたって!(あの豚公爵が? 想像付かないわ、皆ちょっと話を盛り過ぎよ)」

「まあ! 今年の建国祭、あと一歳年齢が合えば遠目からでも見られたかもしれませんのに……残念ですわ~(見られれば噂の真偽を確かめられたのに)」

「わたくしも一目拝見させて頂きたかったですわ~(虚偽でない証拠が欲しいわね)」


 そして、それに対する少女の返答はこうだ。


「デビュタントの際、おじさまにエスコートをお願いしてみようと思っておりますの。でも、お忙しい方ですから受けて頂けないかもしれませんわ(あなた達に構う暇なんておじさまには無いのよ、どうしてもっていうならあと四年待ちなさい)」

「まあ! 楽しみですわ!(首洗って待ってなさい)」

「きっとお受け頂けますわよ!(泣いて謝罪するのが目に浮かぶわ)」

「ありがとうございます(好きに言ってるといいわ)」


 まだデビュタント前の少女達が大人顔負けに腹の読み合いをしているというのは、貴族達の界隈ではどこでもある光景である。

 しかし、その中に投入されている少女の心中はもはや、面倒臭い、の一語のみだ。

 

(帰っておじさまにお手紙を書きたいわ……)


 うふふふふ、と笑い合う少女達の声が喧騒に混じっていく。


 大人達は大人達だけ集まったテーブルで腹の探り合いをしているので、貴族というものはそういう生き方しか出来ないのかもしれない。


 とはいえ、それが向いているかはともかく、心の中までは染まりきれない少女は溜息を押し殺すしかない。

 ふと大人達のテーブルの方に視線を送ると、少女の母であるロザリンド・ローライスト伯爵夫人と目が合った。


 一瞬の事ではあったが、それは予め母と決めてあった合図だ。

 少女は口元を扇子で隠したまま、厳かに口を開いた。


「それよりも皆様に、お耳に入れていただきたい事がございますの、聞いていただけます?」

「あら、何かしら」

「どうか遠慮なさらないで」


 令嬢達の目には少しの好奇心と、それから、もしつまらなかったらどうしてくれよう、という気持ちが滲み出ていた。

 噂話しか話題の無い、こういった貴族のお茶会では話題の面白さや重要さが物を言うのである。


「わたくし、第一王子殿下の婚約者候補から正式に降りる事になりましたわ」

「まあ! 一体何があったんですの?」


 少女の言葉エサは、見事釣り上げに成功したようだ。

 令嬢達の目が好奇心にキラキラと輝いている。


「……いけませんわ、殿下の悪評になってしまいますもの……、王族の方を悪く言う訳には……」

「大丈夫ですわ、ここの方達は皆口が固いのよ」

「そうですわ、どうぞご安心なさって?」


「ありがとうございます……実は……」


 それは、不遇の王の息子、希望の王子の現在の様子の話だった。


 かの王子は、両親の愛を充分に受けられずに育ったせいか、人を信じる事が出来ないのだという話から始まり、彼を支えるには、魔力や血筋以上のものを持った人間でなければ務まらず、自分では王子を救う事は出来ない、という涙ながらの言葉で締め括られた。


「地位や名誉、血筋、魔力、そんなものは持っていて当たり前なのですわ……、あの方に必要なのは、それよりも信用出来る相手なのです……」

「まぁ……そうなのですね……」

「なんてことなの……」


 令嬢達から漏れるのは悲嘆の声だ。

 しかしその中で疑問の声を上げる令嬢が現れた。


「そこまで分かっていて、どうしてご自分で支えようとは思わないのです?」

「……殿下は、わたくしのおじさまが信用出来ないのですって。だから、わたくしも信用出来ないそうですわ」


「そんな……」

「いえ、良いのです、確かにおじさまは、何も知らない方達から色々と噂されておりましたもの……、純粋な殿下がそれを信じてしまっていても仕方ありませんわ……」


 寂しげに告げた少女に、少しの心当たりがある令嬢達がバツが悪そうに視線を逸らす。

 それを視界に入れながら、少女は構わずに言葉を続けた。


「わたくしは、時折殿下を手助けする、友人という立場に立つ事も出来るかどうか分かりません……、ですのでどうか皆様、是非婚約者候補に立候補してくださいませ、殿下の為に……!」

「ローライスト伯爵令嬢……、……分かりましたわ、わたくし、お父様とお母様に御相談してみます」

「わたくしも」


「皆様……ありがとうございます……!」


 少女は目に涙を浮かべながら、扇子を下げて微笑む。

 それは消えてしまいそうな程に儚げで、居合わせた者達の庇護欲を大いに掻き立てた。


 ここまで来れば、計画は大成功である。


 居合わせた者達の言葉には裏の意味が多少なりともあるのだろうが、余り深い意味も無く、長くなりそうなので今回は割愛しよう。


 何故今少女は此処でこの話をしたのか。

 それはテーブルに着いている令嬢達が噂好きであり、それなりの立場の貴族令嬢であるからだ。


 少女は以前起きた王子とヴェルシュタイン公爵のやり取りやその他もろもろを両親に話し相談した結果、王子の婚約者候補を辞退する方向で決定した。

 その際、ささやかな意趣返しとして今回の噂好きが集まるお茶会に参加する事が決まったのである。


 さて、これをする事で何が起きるかというと。


 王城に王子の婚約者候補希望者が殺到、ではなく、逆だ。

 婚約者候補には、家柄、魔力、人柄、人間関係全てが最高品質の完璧な人間のみなる事が出来るという馬鹿みたいに高いハードルが課せられたのだから仕方ないと言える。


 つまり、王子に相応しい婚約者が、候補でさえも見付けられない可能性が出て来るのである。

 ついでに、王子の評判も少し下がるという一石二鳥の作戦だ。


 なお国王夫妻が忙しいのは国中の常識なので、王子の心の隙間を埋められなかった教育係の宰相閣下が悪い事になるのだが、宰相閣下が素晴らしい事も国中の常識。

 結果として、王子単体が悪い事になってしまう不思議な状態なのである。

 どうやら伯父であるヴェルシュタイン公爵を悪く言っていた王子を許せなかったのは、少女だけではなかったようだ。

 

 その頃、当の王子本人が何をしているのかというと。


「ローライスト伯爵令嬢……、彼女もこういう本を読むのだろうか……」


 呑気に微笑ましい恋愛系の本を読みながら、初恋の少女の事を考え、一人でそんな事を呟いているのだから人生とは分からないものである。


 この二人が今後どうなるのかは、未来が変わり、不確定となってしまった今はもう分からない。

 しかし、神が用意していたゲームのストーリーに酷似した未来へ至る事が無い事だけは、確かだった。



 

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