第91話
「なんだ!?」
「何が起きた!?」
困惑と驚きと、なんかその他諸々色んな感情の混ざった声が聞こえる。
ついでに、ガラガラとかゴロンゴロンとかパラパラとか色んな音が混ざって聞こえるし、壁からもミシミシとかいうちょっと危険そうな音も聞こえる。
視線を下に向ければ、バラバラの木片になってしまった扉らしき物の残骸が、壁の一部だった物だろう残骸と共に辺りに転がっていた。
素足で踏んだら棘みたいな木片がささりそうなくらいには危険そうである。
うん、なんでや。
何がどうして爆散しちゃったのか分からない。
オーギュストさんの家じゃこんな事絶対有り得なかったじゃないか。なんなのマジで。やだこれ怖い。
そんな事を考えたその時、その疑問に対する答えになりそうな知識が脳裏を過ぎった。
・魔素含有量の少ないものに魔力の高過ぎるものが接触する時、魔力が魔素となって流れ込む事がある。
しかし、物質の魔素含有量にはそれぞれの限界がある為、それを越えた時に起こる現象は崩壊か、魔力の暴走に似た現象、つまり“爆発”である。
いや、つまりって言われても結局それは一体どういうことなの。
普段そんなんなった事無いやん!
検索しています、しばらくお待ちください。
該当が1件ありました。
・貴族専用の調度品や衣服、備品には魔力が魔素となって流れ込まないよう、一流の職人により特殊な加工が施されており、その為、とても高い。
これだ!
その知識から芋づる式にオーギュストさんの知識を掘り返してみると、貴族には基礎魔力が高い人が多い為、そういう加工が施されてないものを使うと壊してしまう事があるらしいとあった。
なお、触ったのが人間でも最悪死んでしまうらしいので、貴族は基本的に手袋が必須らしい。
そりゃ魔力高い人同士で結婚するわ。だって死ぬもん。
魔力を使うことに慣れた人なら死ぬことは無いらしいけど、貴族が貴族同士で結婚しなきゃいけない理由が分かった気がする。
なにそれめっちゃ不便。
……だとしても扉なんて皆が使うものだろうに、何でそういう加工しとかないのか、と思ったけど、今考えたら自分でドア開けたことが少な過ぎた事を思い出した。
そういや私、いつも執事さんに扉を開けてもらってた……?
……よく考えなくても執事さんって、こういう事が起きない為の人……?
あと、毎日手袋めんどくさいと思ってたけど、そういう理由があったんだね。
そして今付けてるのよく見たら色々加工が施されてますね。凄いね。
全部がオーギュストさんが偉いからその威厳を保つ為だと思ってたけど、全然そんなことなかったんだぜ。
誤解してごめんなさいなんだぜオーギュストさん。
うん、でもなんで今も手袋してるのに扉爆散したのかな??
こんなんじゃ俺の力は抑えきれねぇぜ! っていうなんかそんなあれなの? やだー。
確認してみたら本当にそうっぽいのが分かってしまって、全然笑えなかった。
ここまで考えてまだ十秒も経ってないんだから、オーギュストさんの思考力というかなんかそんなあれ、凄いよね。
うん、何て言ったら正解なのかなこれ。わからん。
そんな現実逃避していたら、砂埃やらなんやらが落ち着いたのか視界が静かになってきた。
そうなるとどうなるかというと、私の姿が誰にでも視認できるという訳で。
「おい、なんだあれ」
「貴族……?」
「一体何しに……」
あちこちから聞こえる困惑の声は、そういう、私が一体何なのか、という部分に注目が集まっているらしかった。
何をしにって、なんだったっけ。
あかん、扉が爆散した事で頭真っ白になった。
えーと、あ、そうだ、違う意味の方の爆弾落としに来たんだった。
物理的なやつじゃなくて、爆弾発言的なあれの方がしたかったんだった。
なんで扉の方が爆散しちゃったかなー。
まあインパクトはあったかな。後で直せばいいよね。
折角ここまで来たし、頑張りますか。
正直めちゃくちゃめんどくさいけどやるしかないのでやりますよ。ちくしょうめ。
「さて、これで外に出られるようになった訳だが、君達はいつまでそこに居るつもりだね?」
苛立ち紛れに喋ったらなんかすげぇ辛辣な事言ってそうな声音になったんですけど、もしかしなくてもオーギュストさんの標準装備なのかなこれ。
内容微妙なのにめっちゃ馬鹿にしてるみたいな声音になったんですけど。凄いのかなこれ、わからんけど。
前も似たような事あったような気がするね、忘れたけど。
ちらりと見渡せば、こちらを警戒した様子で睨み付ける男性達が、何人だこれ……? 面倒だしまあいいか。
すぐ分かるんだろうけど今はそれどころじゃないしな。
「くそっ、領主の差し金か……!」
「どうすんだ、こんなんがくるなんて聞いてないぞ……!」
「どうするったって……!」
こんなんとか言うな、こちとらイケオジだぞ。
こんなイケオジを目の前にして出てくるのがそんなセリフってなんなのこいつら、全然理解出来んのだけど節穴なのかなその目は。
あー腹立つわー、マジなんなのこいつらぶっ飛ばそうかな。駄目だ皆死ぬわ、やめとこ。
「こうなったら、やるしかねぇだろ!」
「神父さまを守れ!」
「うおおおお!!」
思い思いにそれぞれ気合いを入れながら、私の進路を塞ぐように集まって威嚇するみたいに歯を剥き出して私を睨み付ける男達の姿は、なんか暑苦しいな、という感想しか出てこなかった。
悪いけど、君達相手に制圧とかしたら死人が出そうなんで、ちょっと大人しくしててほしい。
「待って下さい皆さん!」
「ダメだ神父さま! 殺されちまう!」
「そうだ! あんたは死んじゃいけない人だ!」
慌てた様子で男達を止めようとするオッサンを発見。
神父さま神父さま言われてるから確実にアイツが神父なんだろう。
しかし、神父本人は止めようと頑張ってるのに周りの男達がわざわざ隠そうと神父を後ろへ押しやってしまった。
大人しくしてて欲しいのに無駄に邪魔してくるな、さすがは洗脳されてるだけある。
「君達ではなく神父殿に用があるのだが、退いてもらえないかね?」
「黙れ貴族め!」
「神父さまは悪くねえ!」
「そうだ! 神父さまに何する気だ!」
案の定、私の言葉は一蹴されてしまった。
丸腰ながらめっちゃ睨み付けて来る男達を前にしてるのに、あんまり怖くないのは一体何故なんだろうね。
やっぱり、賢人とかいう訳分からない存在になってしまったせいかもしれないというか、絶対そうなんだろうけど、深く考えても疲れるだけなので今回もスルーします。はい。
「はて、悪くないのなら何故匿う? 君達がやっていることは犯罪の幇助になるのだが、その自覚は無いらしいな」
「なんだと!?」
「分からないのならもう一度言おうか、君達の行動は犯罪の幇助だ」
「てめえ……難しい事言って誤魔化そうとしてるな!?」
なんかいきなりマジギレされました。
どうやら馬鹿にされたと思わせてしまったらしい。
幇助が分からないって大人としてどうなんだろう。
いや、私も台本で出た時に調べるまでは詳しい意味とか全然分からなかったけど、雰囲気的に何かしらの助けなんだろうな、くらいは、私でも分かったのに。
えええー……。
いや、なんかそんな気はしてたけど、マジかよ……。
結構な大人が考える素振りもなく思考放棄でマジギレするだけって、大分駄目だと思うんだけど……。
駄目だよね?
平民とか貴族だからとか関係無く、駄目だよね?
「話にならんな、ここの責任者は神父殿なのだろう? 何故隠す?」
「うるせぇ! 貴族の言うことなんて聞くわけねぇだろうが!」
「なるほど、では君達は自分達の行動が神父の首を絞めても良いと思っていると」
「何わけわかんねぇこといってんだ!」
あー、駄目だこいつら。完全に話が出来ない人種だ。
頭悪いとは思ってたけどここまで悪いのか……大丈夫じゃないよなぁ、この領地。
私はそんなに頭が良くない、だけど、それよりも頭が良くないってかなりヤバイと思う。
オーギュストさんの知識から考えても日本の教育水準は高い、にも関わらず頭が良くない私もなかなかヤバイとは思うけど、今回はスルーします。
うーん、面倒だけど今回の件に証言者は必要だし、そうなると気絶させたりするのも悪手だから、無力化だけしたらいいかな。
えーと、こうか?
「ぬぐぁ!?」
「うわぁっ!?」
軽く手を上げて、下ろすという動作をしながら魔力で上から押さえ付けるみたいに圧力をかけると、彼等は面白いくらいに床と仲良くなった。
死なない程度に、だけど動けないくらい、ついでになんかちょっと喋りにくそうな程度である。
なんかガツンとかゴチンとか凄く痛そうな音がしたけど、転んだ程度だし大丈夫でしょ。こいつら馬鹿だし分かんないさ。きっと。多分。
ちなみに、何でこんなことが出来るのか考えるのはもう諦めました。もう知らん。
「さて、これで神父殿と会話が出来そうだな?」
「くそっ、神父さま! 逃げて下さい!」
床で転がりながらも必死に神父へと声をかける男達と、わざとらしく困ったようにおろおろと右往左往している神父。
優しそうな顔してるけど、なんか腹黒そうなんだよなぁ。
まぁ、実際こんな犯罪が出来るんだから腹黒いんだろうけど。
っていうか、なんで私が神父殺すとか思ってんのかなこいつら。やっぱり節穴だよね、目。
私は殺人とか絶対したくない平和主義者です。
「逃げるのかね? その場合は、罪が更に重くなるだけだが」
「この、ひきょうもの!」
私が神父へ押し付けがましくありがたい忠告をしたら、ふと、どっかで見たことあるような雰囲気の少年が叫んだ。
どこだったか忘れたけど、どうでも良さそうなのでまあいいや。
とはいえ、神父と私以外全員が床と仲良くなっているので、少年も勿論床と仲良くなっているんだけど、そんな事よりも少年にとっては神父なんだろう。
「卑怯? はて、私は誰も傷付けていないが」
あ、たんこぶは除外します。あと擦り傷。
「うるさい! むずかしい事ばっかり言いやがって、ちゃんと分かるように言えよ!」
案の定キレられてしまった訳ですが、そんなに難しい事言ってたかな。
私本人そんなに頭良くないから、そんなに難しい事言えないんだけど。
そんな事を考えはしたものの、結果として通じてないのでどの程度なら通じるのか検証した方がいい気がしてきた。
「ふむ、ひとつ聞きたいのだが、この街には嫌われ者は居ないのかね?」
「いるわけねぇだろ!」
どいつがいったのか分からんけど、どっかから返答があったので、こんな感じの言い方なら通じるらしいと判明。
「では、犯罪者が出たこともないと」
「当たり前だろ! 話そらすなよ!」
少年の方を見ながら尋ねると、キッパリした返答が返ってきた。
犯罪者、は子供にも通じるのか。偏ってるなぁ。
「つまり、貴族こそが悪だと?」
「そうだ! 神父さまは何も間違ってない!」
聞けば威嚇する子犬のようにキャンキャンと吠えたてる少年。
間違えた、怒鳴り散らす少年。
ここまでの返答から分かった事は、見事に、全員がヤバイ思想に染まりきってるって事だった。
犯罪者出たことないってそれ知らないだけじゃないの?
犯罪者になった人は貴族に嵌められた被害者だと思い込んでる、ってのもあるんだろうけど、それも結局無知が原因だし、マジで頭がおかしいとしか言えない。
笑えないよここまで来ると。
「なるほど、では荷物を纏めてこの国から出て行ってくれたまえ」
「はっ!?」
驚きに目を見開く少年と、ついでに周りの男達。
自分の立場を分かってないのがありありと分かるくらいには、思考放棄していたらしい。
少し考えれば分かることだろうに、それすら出来ない程中途半端な知識しか持っていない彼等には、理解出来ないものだったのだろう。
「なんだよそれ!?」
「貴族という存在を認めたのは王だ。
それに異を唱えるという事は王の決定に背く事になる。
それが嫌なら出て行くのが一番簡単なことだろう」
少年の喚きに丁寧に答える私、マジ親切。
ちゃんと説明してあげるとか私めっちゃ優しくないですか、ですよね。破格の待遇だよね。
だが、しかしというか、案の定というか、彼等は全く納得出来ないらしく、やいのやいの文句を垂れ始めた。
「ふざけんな!! 先祖代々住んできた国を、なんで出てかなきゃならねぇんだ!」
「ばかにしてんのか!?」
「勝手な事言いやがって!」
「…………勝手はどちらだ?」
イラっとしたのでつい言い返してしまったが、仕方ないと思う。
床に転がる男達を物凄く冷ややかな視線で見てしまっている自覚はあった。
オーギュストさんが彼等にそのくらいの事をしてしまったとも理解しているのだが、どうしても言いたくなってしまったのである。
しかし、空気の読める人や賢い人なら恐怖で硬直してしまう程のオーギュストさんの視線は、馬鹿で鈍感な彼等には通用しなかったらしい。
案の定、彼等は好き勝手に喚き始めた。
「俺たちの税金で贅沢ざんまいだったお貴族さまが勝手じゃなかったらなんなんだよ!」
「そうだそうだ!! はなっから貴族なんぞいらねぇんだよ!!」
なるほど。
「では、街を警備する為の予算は要らないな?」
「は?」
「それから、壊れた塀を直す予算も、あぁそうだ、氾濫した堤防を直す事もこれからはしなくていいな」
「待て! 何がどうしてそうなるんだよ!?」
訳が分からないと声を荒らげる男達を見下ろしながら、堂々と腕を組む。
そして緩く頭を傾けながら、心底不思議そうに見えるように、わざとらしく悩む素振りを見せた。
「ふむ、税金が何の為に集められ、何に使われているのか、知らなかったのかね?」
めっちゃ知識偏ってるなぁ。全然笑えないけど。
一般常識な筈なんだけどな。
見たところこいつらまだ若いからこのくらいで済んでるんだろう。
あと何年かすればもっとヤバイ事になってたんだろうな。怖い怖い。
まぁ、知らないなら親切な私が教えてあげましょうかね。
「君達の街から預かった税金は、王に送る国税と、街の維持費、道の維持費、兵の維持費、非常時の際の貯蓄になっている。
私の生活費はそれらに比べれば雀の涙程だよ」
まあ本来は、という注釈が付くんだけど。
なんせオーギュストさん着服してたし。
とりあえずそれは有事の際の貯蓄という名目にさせて頂きます。
売れば金になる物は貯蓄ですよ。間違ってない。うん。
「さて、これからは不作の年には他領からの支援を受けられなくなるが、仕方ないな? 貴族は悪なのだから、他領の貴族など頼りたくもないだろう?」
「この地を、放棄するおつもりですか!?」
神父が慌てたように声を荒らげる。
おー、わざとらしく困ってますね。
そんなんされたらめっちゃ困るって顔だけど、……演技だな、これ。
凄く一瞬だけど、今すげえ嬉しそうな顔しそうになってたよあのオッサン。
なるほど、奴の第一の目的は私を無能だと世間に知らしめる事か。
へぇー、好都合。ならそれに乗っかってやろう。
「いや、王に進言するだけだよ。
この領地は我が国から独立するらしいと。
勿論、今まで預かっていた税金は全額お返ししよう」
「な……!」
これなら私が無能だと世間に広がるよね。
ついでに色々マイナスなオプションも付くけど、別に良いよね!
驚くというよりは困惑する神父と、嬉しそうに笑う男達を見据えながら、神父の様子を探る。
「そりゃあいい! 早速やってくれよ!」
「いけません! それだけは駄目です!」
今度は必死に止めようとする神父の姿を見て、神父の目的が見えたような気がした。
「なんで止めるんだよ神父さま!?」
「そんなことになってしまったら、この街は終わりです! 反乱の意思ありと見なされて、皆殺しです!」
「ええっ!?」
「それくらいの事も分からないように育てたのは、神父殿、あなただろう? よかったじゃないか、立派な反乱軍の完成だ」
「っ……!」
私の評判を落とすだけが目的なら、神父はさっきの言葉に乗った筈だ。
反乱軍制圧の混乱に乗じてこっそり逃げればミッションコンプリートなのだから。
しかし、話に乗らずに止めようとしているということは、目的が他にもある筈。
探る為にも、少し揺さぶってみようか。
「神父殿、あなたの教育の賜物だな」
「何が仰りたいのか、さっぱり分かりませんが……」
「おや、謙遜しなくても良い。
お陰で民は皆、判で押したように貴族嫌いの馬鹿ばかりだ」
「神父さまを悪く言うな!」
少年が喚く声を聞きながら、彼等に何を言うべきなのかを考える。
ここまで来ると、もうあの事を言うしか無さそうだ。
投下するべき時が来た、と言っても良いかもしれない。
「健気だな、騙されているとも知らず。
ではそんな健気な君達には、神父殿にとある容疑がかかっている事を教えよう」
「なんだと!?」
激高する少年たちへ向けて人差し指を立てた。
「ひとつ、人々を洗脳し学ぶ機会を奪った罪」
次に中指。
「ひとつ、人々を監禁し街を混乱させた罪」
次は薬指。
「最後に、幼い子供達を暴行した罪だ」
堂々とした態度のまま、最後にそう言って小指を立てる。
さぁ、爆弾は投下した。
問題はここからどうなるか。
神父の反応によって、彼の目的が見える筈だ。
そして、この発言以降、事がどう転ぶかによってオーギュスト・ヴェルシュタインという存在がどうなるかも決まる。
久し振りに心臓が早鐘を打っているのを感じながら、私は神父を見据えたのだった。
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