第92話
「何を……! 言いがかりにも程がある!」
「てめぇふざけんな!」
さすがというか何と言うか、いや、やっぱり案の定って言葉の方がしっくり来るか。
神父は無言で、周囲の男達や少年のブーイングが辺りにこだましそうなくらいに響き渡った。
正直うるさいし鬱陶しいのでマジで黙ってて欲しい。
「ふむ、心当たりが無いと?」
「そんなもの、あるわけがない! ですよね神父さま!」
私の問い掛けに即座に反論を返す少年が、神父の方へ必死に視線を送りながら言葉を待つ。
しかし当の神父はというと、硬い表情で無言を貫いた。
「神父さま……?」
どこか不安そうな少年の声は、神父の鼓膜を叩いたのだろう。
ハッとしたような、慌てたような表情を一瞬だけその顔面に浮かべた神父は、取り繕う為の言葉を発し始めた。
「そ、そうです、そんな事をする筈がありません」
若干どもったから全体的にも怪しさしか無い筈なのだが、頭の悪い彼等はそんなことにすら気付いていないらしい。
嬉しそうに、そして誇らしげに納得した顔が神父へ向けられていた。
……どうしよう、私の領民達、頭悪すぎ……!?
ついそんなどうでもいい事を考えてしまうくらいには余裕がある私だった。
だって私、賢人とかいう規格外の存在なのだから、大体の事はなんとかなる気しかしてないのだ。
ちょっとどうかな、と思わないでもない。
楽観的過ぎる気はとてもしている。
この万能感は、少しというか、かなり危険だ。
ゆえに私はなるべく危機感を持つようにしていた。
最悪を考え、予測し、何が起きても対処するつもりで、細心の注意を払いながら。
万能感に邪魔され、楽観的すぎる考えになってしまう事も多いが、なんとか最悪は避けられているので及第点だろう。
それはともかく、だからこそ私は今回も何者かの、いや、神の介入があるのでは、と思ったのだ。
これは、普通であればそんなこと思う筈もない程の不可思議な考えだ。
これは、あの時忘れさせられたからこそ曖昧になってしまったあの出来事や、神の介入を受けたという事が、あの時に本当に、現実だったのだと証明出来る唯一の方法だ。
多分これに気づけたのも、賢人とかいう規格外の存在だから、なんだろう。
そしてその、規格外なスペックのこの身体の感覚が、言っている。
ここに転がした人間達の数と、今私が感じている気配の人数が五人分、合わない、と。
そしてその気配は私が立っているこの床の下と来れば、何かしらこの建物の地下にあるという事なんだろう。
ちらりと視線を床に向け、それからもう一度神父を見れば、あからさまに焦った顔をしているのが見えた。
「ではこの教会の地下を調べても、問題無いね?」
「何故ですか、意味が分かりません、そんなのは横暴です!」
これが横暴だからなんだっていうのか。
こちとら領主だぞ、そのくらい許されるに決まってんだろ。馬鹿なんですか。そうですか。
「おや、後ろめたい事が無いのであれば何も気にする必要は無いだろうに、何を焦っているのかな?」
「何も無い腹を探られて、平気でいられる人間ではないだけです!」
面倒くせぇな、強行突破したい。
……けど、そうもいかないんだろうなこれ。いやマジ面倒くせぇ……。
「さて、それは困ったな。
このままでは神父殿は無実の罪を着せられることになるのだが」
このまま協力しなかったら面倒だぞー、と暗に伝えてみるが、神父は完全に無言である。
代わりに聞こえてきたのは、床と仲良くなっている男達の盛大なブーイングだ。マジうるせえので聞こえなかった事にします。
「ふむ」
こうなってしまうとどうしようもない。
こちらの話なんて聞く気もないという態度で、完全に私をなめくさっている。腹立つね。うん。
なので、神父にも軽く圧を掛ける事にした。
他にやりようはあるのかもしれないけど、何となく悪手な気がしたので多分これは正解なんだろうと思う。
その辺に転がってる男達と同じくらいの圧ではあるのだが、神に仕える者だからか彼には少し抵抗力があったらしい。
神父はがくりと膝を付きながら、それなりに辛そうな顔でこちらを睨み付けた。
「っ、こんなことで、屈する訳には……!」
「神父さまぁっ!!」
悲痛な声が響く中、どう頑張っても私の方が悪者に見えるなぁ、としみじみしてしまった。
仕方がないとはいえ、悪評やらなんやらがどう広がるのか、とかそういうのも気になるのでやはりこの方法は最善だったらしい。
どうせ悪役にしか見られてないし、何言っても聞く耳持ってないみたいだから、全力で悪役になってやろうかな。腹立つし。
演技しなかったとしても悪役顔が標準装備だから、何やっても変わらない気しかしないんだけどね。
そうと決まれば、とばかりに私は腹筋へ力を入れた。
一歩も動かないまま、背骨に芯を通すような、そんなイメージだ。
これは、発声の為の準備と、ついでに気合いを入れる為の予備動作みたいな、なんかそんなアレである。
鼻からすっと息を吸い込んで、声は口から出すのではなく、腹の底というか、身体の中を通すような意識をしながら声を出す。
そうすることで何故か迫力のある声になるのだ。理由はよく知らない。
「地下に、一体何を隠している?」
静かに、それでいて確信があって、そう言っている。
問い掛けというよりは断定に近い響きを声音に乗せ、神父を見下ろした。
なお顔面には、冷徹、冷静、冷ややか、のお
すると、よっぽど迫力のある顔になったのか、神父の顔色は真っ青に変わり、微かに震え始めた。
「……っ……地下には、奴隷商人から保護した年若い子供たちがいます。
彼等は傷付いている……外に出せるような状態じゃない。それもこれも、全て、高位貴族達が人々を虐げた結果です!」
「神父さま……そんなことまで……!」
震えながらも真摯な眼差しで声を上げる神父は、端から見れば確かに聖人じみて見える程度には、心から言っているように見えた。
貴族に脅され怯え、それでいて真っ直ぐに私を見据えるその目は欲に濁っていたけれど、神父を信じきっている彼等には感動しか与えられなかったらしい。
キラキラとした尊敬の眼差しと、涙ぐんだようなくぐもった声があちこちから聞こえきた。
まあ、案の定、としか思えないんだけれど。
しかし、保護、ね。
どうせこの神父の事だから自分好みの子供やら少年やら少女やら集めてるだけなんだろうに、良いように表現しやがって。本当に腐ってるな性根が。
ちなみにこれは姉妹達に付いてる上位精霊さん達からの情報です。ロリコンでショタコンな上に手を出してるってマジでアウト過ぎるよねこの神父。
「なるほど、なるほど。
奴隷が禁止されたこの国で、奴隷売買が横行しているのは、由々しき事態だな」
結構前の王様が施行した最高にクールな政策として有名らしいこの法律は、悪どい系の貴族からの反感を握り潰して出来上がったという背景がある。
しかし、随分と昔の法律だからこそ、今は形骸化してる可能性は高い。
そこを利用して色々やってる内の一人がこの神父なんだろうに、外面の良すぎる奴はこれだから厄介なんだよ。
溜め息を吐きたい衝動をぐっと押さえ付け、前もって準備していた書類を取り出した。
これは何となく役に立ちそうなので事実確認の為に持ってきていたものである。
なんか役に立ちそうなので今出すぜ!
「ここに、行方不明者を探して欲しい、というこの街の人々からの陳情書があるのだが、この行方不明者というのも、高位貴族によって奴隷にされてしまった被害者ということかな?」
大仰な動作でわざとらしく書類を広げてから、神父に見せつける為に眼前にぶら下げた。
頭の良い人間なら、ここでこの書類の内容をきちんと確認しようと必死に読む筈である。
しかし神父はというと、馬鹿にしたような嘲笑を顔に浮かべた後、真剣な声音で滔々と語りだした。
「そうです、僕達を罰するおつもりですか? こちらは正義の為に動いただけです、何が起きようとも、僕達の信念は揺るがない!」
はいはい、出たよ正義と信念。
耳障りの良い言葉ばっかり並べやがって、一切中身無いじゃねぇか。
要約したら、僕がそう思ったからやりました! っていう小学生の言い訳と変わらんぞ。
「……何か誤解していないかね?」
お冷三点セット贅沢盛り再び、とか脳内でアホみたいな事を考えながら演技してしまったけど、まあいいや。
そんな思考は一切出さずに、冷たい嘲笑を顔面に浮かべながら問い掛けた。
「私は神父殿に容疑が掛かっているという事実しか言っていない。
本当に無実であるなら、何を調べても問題無いはずだが、当の神父殿は非協力的だ」
思考は普段通り、心の中では若干の困惑があるのを感じたが、これもいつもの事だ。
敵意やら猜疑やら軽蔑の目やら向けられた人間が心の中まで平然としてられる訳ないじゃないですか。
寧ろ困惑だけで済んでるんだから、逆に凄い気がする。
「……となれば、神父殿は何かを隠している、つまり、罪を隠そうとしている、という事になってしまうだけだよ」
「神父さまにそんなもんがあるわけねぇだろ! 難しいことばっか言いやがって……!」
いや、お前らには聞いてないです。
事実しか言ってないって言ってんだろ聞けよ話を。
「では聞くが、それほどの信念があるのなら、君達は何故今まで陳情書の一つでも送ってこなかったのだね?」
「送ってない訳がないじゃないですか、握りつぶしたのはそちらでしょう!」
「では、原本をまとめて提出して頂けるかな?」
「それに何の意味があるんですか? 原本なんてありませんよ」
ドヤ顔の神父の顔面にこの拳をめり込ませたい。
絶対コイツが死ぬからやらんけど。
「はて、それは困ったな。
原本が無ければ真偽が分からないだろうに、何故証拠を一つも残していないのだね?」
「は……? 証拠……?」
あ、ダメだこいつら。
なんでそんなものが要るのかさっぱり分からないって顔してる。
神父に至ってはそんなんあってもどうせ馬鹿だから理解出来ねぇだろっていう腹立つ魂胆が丸分かりだよ。
どんだけ私の事をなめくさってんだ、ホントに腹立つんですけど。
「まあいい、それよりもその地下にいるという奴隷にされてしまった者達だが、何故親元や家に返さないのだね?」
体調回復やら精神安定やらが無理でも、心配して探し回ってる親御さんに知らせるくらいはするもんなんじゃないの?
そんな私の至極全うな問いは、鼻で笑われた。
「返せるわけがないでしょう、彼等は親に売られてしまったのですよ、捨てられたも同然です」
「ふむ、売られた、と」
なに言ってんだこいつ、って顔してるけど、それ、そっくりそのままブーメランで返せるね。
「何ですか」
「さっきと言っていることが矛盾しているが、彼等は被害者なのかね?」
「矛盾? 何がですか、彼等は貴族の横暴な政策によってやむなく売られてしまった可哀想な子供達ですよ」
「つまり、この陳情書の捜索願いは、我が子が居なくなったと嘯き、子を売り払った者達の名簿という事になるのだが、宜しいか?」
「っ!?」
ちょっと考えれば分かる事なんですけどー?
今完全に、しまった! って顔しちゃいましたねー?
あれれぇー? どっちが馬鹿なのかなー?
「ガルシア・ロー、オルセー・カイン、サンドラ・イアン、サイラス・アート、それから、ラグナー・ダール、虚偽申告罪が適用される」
神父の様子を無視して陳情書に署名された名前を読み上げて行けば、困惑したようなどよめきの声があちこちから上がった。
「え……ローんとこの坊、って貴族に拐われたんじゃ……?」
「カインさんとこも、嘘ついてたってことか? 朝晩毎日探しに行ってるのに……?」
「ダールさんとこの娘さんなんてもう十年になるのにまだ探しに行ってたぞ? あれも嘘だってのか?」
「でも、神父さまはそう言ってたよな……」
ざわざわとした不安感を煽るような雰囲気に、戸惑ったような表情を浮かべた神父が声を荒らげた。
「その名簿の子供達が、地下にいる彼等とは限らない筈です!」
えぇー……そんな顔の判別出来ないくらいの事したのこの神父……。
まじでクズじゃん……ドン引きだよ……。
「確かに、それもそうだ、俺は神父さまを信じる!」
「好き勝手言いやがって、騙そうったってそうはいくもんか!」
いや、お前らはもうちょい考えろや……。
盲目的に信じてるとか、分かっちゃいたけど神父なんなん……。
つーかお前らは邪魔でしかねぇから黙っててくれよ。
「勘違いしてもらっては困るのだが、私は君達に用はない。
神父殿と話をしているだけなので、会話に割り込まないでもらえるかな」
「信用出来るわけねぇだろ! お前が神父さまに、なにもしないとは思えねえ!」
どうしよう……なんか……馬鹿すぎてしんどくなってきた……。
「……では聞くが、神父殿を害したとして、私に何の得があるのかね?」
「え? そりゃ、だって、目障りだろお前ら貴族から見ると」
はい馬鹿ー。お疲れ様でしたー。
「気に入らない人間を害するような野蛮人と同じにされているとは心外だな」
「何が違うんだよ、その通りだろうが!」
「なるほど、君達が何も分かっていないことが分かったよ」
「てめぇ……! バカにしやがって!」
そりゃあだってあんたらすげぇ馬鹿だもん。仕方ないよ。
「さて、それでは念のため、ここの地下にいる少年達と、この名簿の子供達が同じかどうか、照合させてもらおう」
「言った筈です、彼等は人と会えるような状態ではない! 余程辛い思いをしたのか誰も話せないし、顔だって誰だか分からないくらいに傷つけられているんです!」
うん、神父、なにしてんの?
喋れないって事は喉も潰してるよね。
え? 嘘でしょ?
その子達、十中八九、神父の事信じきってたよね?
え? マジでなにしてんの?
怒りで頭が真っ白になりそうになった。
馬鹿である事を強いておいて、信じさせて、その上で?
胸糞悪過ぎて吐きそうだ。
全然出ないけどな。
冷静過ぎる頭に違和感があるけど、これは賢人の特性なんだろう。
感情の起伏は今後、どんどん無くなっていくらしいから。
「なるほど、それなら尚更照合が必要だな、他領の人間であるなら返さねばならない」
「は……? 一体どうするつもりですか、顔の違う本人かも分からない人間を、親元に返すとでも? それこそ貴族の横暴だ!」
うるせぇよクソが。
「本人かどうかが分かれば良いのだろう? 顔を戻し、話せるようになるだけで良い」
「貴族が、傷付き病んだ彼等を直視出来るんですか?」
馬鹿にするみたいな神父の耳障りな言葉に、冷静な頭が冷静に、こいつはクズだと分析を出した。
ははは、言ってら。
そんな場合じゃねぇだろうが。
私はこの事件で、この国から追放されるかもしれない。
だがしかし、それは放置して逃げていい免罪符にはならない。
目の前で苦しんでる子供が居て、助ける術があるなら、助けられるのなら、助ければいいじゃないか。
後の事はどうとでも出来る能力だってある。
財力だって、賢人なら今後も問題なく稼げる。
何より私は、こんな寝覚めが悪い事件を放置して逃げたくないのだ。
「病んでもいるのかね? なるほど、なるほど、それはやりがいがありそうだ」
つーかな。
今ふと思ったんだけど、自分が魔法をどう使えばいいか分からないなら、精霊に使ってもらえば良いんじゃないですかね?
浄化とか回復とかそういうのは、光か水の属性の得意分野らしいから、とりあえず両方呼んで、とりあえずやってもらったら、とりあえずなんとかなるんでないかなと思いました。
とりあえずが多いな。まあいいや。
なお、オーギュストさんの得意な氷は、攻撃しかないっぽいです。仕方ないね。水ならもっと色々出来るみたいだけど、なんで習ってないんだろうねオーギュストさん。偏ってるね。
ともかく、自分がそれをやるには、使える人を見た方が早いのでそうしたいだけだったりします。
なので、それはいつでもいい。
今すぐにやった方がいい時は、ちょっと精霊に来てもらった方が早いよね、と。
「さあ、案内したまえ」
今、すっげぇ極悪で邪悪な笑顔だろうなぁ、と思いながら、一気に血の気が引いて青い顔になった神父を見下ろしたのだった。
……なんやねんその顔、シバくぞ。
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