第87話
あれからどうなったかというと、説明が面倒臭いけど頑張ってダイジェストでお送りしたいと思います。
まず先生に魔法で知った詳細を、なんか適当にソイした結果。
オーギュストさんのお母さん、ヴァネイラさんの病気を治すには、手術で異物を取り、ラスト・エリクサーを使って治すのが最善という事になった。
ただ、ヴァネイラさんの体の中にある魔石を全て取り除いてからしか使えないらしいので、それも問題の一つだったりする。
しかも、頑張って全部取り除いても結局再発生するだろうから、根本の呪いを解いてからでないと意味が無い。
光属性の魔法による浄化、を私が使えたら良かったんだけど、それがどんなんかさっぱり分からんのでどうしようもなかったです。見た事ないもんは想像出来んよね……仕方ないね……。
で、エリクサーとやらの作り方なんだけど、先生が言うには国を囲む山の向こうの森に住むエルフなら、知っている可能性があるらしい。
ついでに浄化の魔法も勉強出来る、という事で後日エルフの住む場所に突撃訪問する事が決まりました。
可能ならフルボッコしたいところである。
積年の恨みを全力で投げ付けたいと思います。
いや私積年って程じゃ無いけどまあいいや。
その間、ヴァネイラさんには申し訳無いんだけど、このまま放置してたら病状がどんどん悪化してしまいそうなので、先生と相談した結果。
このまま仮死状態で寝ていて貰う事になりました。
寝てるだけだと色々と支障が出るから、オーギュストさんがジュリアさんの遺体の保存の為に使った時を止める魔法の、少し劣化したくらいのものを先生がちょちょいと掛けてくれました。
完全に時を止めてしまうと、解除した時に一気に時が経過してしまうらしいので、時が進んでないようで微かに進んでる、程度の劣化版がちょうど良いらしい。
なお、何故12年前にこの方法を使わなかったのか、という私の質問対して“この魔法もエルフの里で学んだ”と先生は複雑そうな表情を浮かべながら答えてくれた。
そうなるとオーギュストさんはどうやって時を止める魔法を作ったんだろう。
そう思ったけど、あれはオーギュストさんの愛が作り上げた産物だったので、必然かもしれない。
妄執というかなんというか、人間の感情って時に凄い力を発揮するから、火事場の馬鹿力みたいなそんなアレなのではないだろうか。
それはそれとして、エルフの所には学べる物が多いらしい事は何となく察せたので、今はエルフの人達から様々な知識を得たいと思います。
魔国とかの方が魔法系の知識は多いらしいけど、闇属性強化タイプらしいので医療系知識が欲しい今回は置いとくとして。
時間を止める魔法、そして、私がもしも使えるのなら光魔法、それから一番重要な、エリクサーの作り方。
最低でもそれら三つは確実にモノにしておきたい。
オーギュストさんが作り上げた時を止める魔法と、エルフの知るその魔法がどう違うのか、その辺も検証しておきたいし。
とにかくエルフからは知識全部むしり取る勢いで行こうと思います。知識のカツアゲじゃあ!
これらヴァネイラさんの現状含めての情報は、執事さんと共有しておきました。
なので、他の人達には執事さんから情報共有されると思います。
なお、後程スケジュールやらなんやらを調整して、空いた時間にエルフの所に行ける算段は整えてくれるそうです、やったね。
その時ふと、思い出した事があったので執事さんに聞いてみる事にした。
「そういえば、アレはどうなった?」
「市民の立て篭りですか?」
いや違うけどそれもあったなぁ! 忘れてたなぁ!
だがしかしここで違うとも言いづらいのでそのまま乗っかろうと思います!
主語忘れた私も悪いしね!
なによりハゲチラのオッサンの事なんかよりこっちのが大事だからね! 仕方ないね!
内心を紛らわす為、っていうか誤魔化す為に執務机の上に置かれた書類を手に取って目を通しつつ、何でもない事のように口を開く。
「何か進展はあったか」
「いえ、ご存知の通り一度当館にやって来た代表者が“自分達を罰するな”と声明を発表してからは何も」
ふむふむ。
全然存じ上げないような気もするけど、ほんのり記憶にあるから多分報告かなんかで言われた気がするな。忘れてたな。うん。
「今はどういう状態だ?」
「はいはーい、俺見てたー、なんかキツネ顔さんが立て篭り市民の代表っぽいのと密談してたー」
私の問に答えたのは、情報共有の為に一度戻って来てもらった隠密さんだった。
なんか知らんけど名前呼んだら帰って来たよ。どうなってんのか分からんけど聞こえたらしい上に一瞬で帰って来たよ。怖いね。
いやそんな事よりちょっと待って、はい???
え、キツネ顔さんっていうと、あの人だよね?
どれだけ脳内で検索しても、オーギュストさんの部下の中で該当者として出て来るのは、あの人だけだった。
細身で、オーギュストさんが大好きで、ちょっと面倒臭いタイプそうなオッサン、パウル・シェルブールさん。
「シンザ、それはどういう事ですか」
「どーもこーも、裏切ったんじゃないの?」
執事さんの質問に、タルそうな感じで適当に返すシンザさんは、なんか、あの今真剣な話してるんでもっとちゃんとしろ、と言いたい所である。
話が進まんから言わんけど。
…………しかし、そうか。
裏切りかぁ……うん、それならそれで仕方ないね。
なにせ今は中身が違うもんなぁ。
それを敏感に察したのならそうなっても仕方ないとしか思えないし、だからって人の感情をどうにかしようなんて
ていうかそんなん、出来る訳ないし、なんならただの傲慢だ。
「待って下さい、彼は私達を裏切るような男ではありません」
「えぇー、そんなん分かんないじゃん」
執事さんの進言に、隠密さんがこれまた面倒臭そうに壁に寄り掛かりながら返す。
「アルフレード、シンザ、もういい」
「しかし……!」
見終わった書類を置きながら仲裁する私に、執事さんは何か言いたげに私を見ている。
仲間が疑われてるんだもんね、仕方ない。
でもさー、喧嘩しないでよこんな所で。仲良くしてよ。
やるなら私の居ない所でやって下さい面倒臭いから。仲裁する身にもなってよね。
……いや、私が原因なんだけどさ。
「何も分からぬ状態で議論するのは早計だ」
面倒臭いって言うのは無理そうな雰囲気だったので、無難に返した私を誰か褒めてほしい。
「……は、申し訳ございません」
「差し出がましい事を言ってすみませんでした」
謝らなくて良いんだけどな。でもまあ外見オーギュストさんだもんね。怖いよね。仕方ないか。
「責めるつもりは無い、それよりも、パウルはどこだ?」
内心では罪悪感しかないんだけど、今はそれどころじゃないから、本題。
「なんか、市民の立てこもってる教会に向かったみたいだよ」
隠密さんの返答は軽いけど、なんとも言えない複雑な心境になる内容だった。
うわー、まじかよ。
「……そうか、では、帰って来たなら話し合うとしよう」
「帰って来るかなぁ……」
やめてよ隠密さんそんな不安になるようなこと言うの!
「帰らずとも良い。深意が分からぬ内に動いても意味が無い」
「では、アーネストに意見を聞きますか?」
「……本人でなければ駄目だ」
「かしこまりました、そのように致します」
お兄ちゃんの方に話を聞いても良いけど、それを今やっちゃうと先入観的な何かが生まれそうだし、なんだかなぁ。
「アーネストにこの事は?」
「まあ、あの人の事だから知ってるんじゃない?」
いや、そうじゃなくて、情報共有する事は大事よ?
「こちらも把握している事は知らせておいて良い」
「かしこまりー」
いや毎度の事だけど軽過ぎませんか。
フットワークもだけどそれ以上に態度が。
なんなのマジで。シバきたいこの男。
なんだかげんなりしつつ、それでも私はやらなきゃいけないので、指示は出しておく事にします。
「動きがあれば知らせるように」
「はーい」
良い子のお返事頂きました。
思ったんだけど、隠密さん過重労働じゃない? 大丈夫これ?
いや、なんかめっちゃ嬉しそうだし何も言えねぇ。どういうことなの。
え? 色々任せてたよね?
どうしてるのそれ、頑張って全部やってんの?
気にはなるけど、隠密さんはそれを聞く前に姿を消してしまったので、仕方ないけどお開きにするしか無いみたいだった。
しゃーない。再計算がんばろ。
ふう、とひとつ息を吐いて、私は机の上の羽根ペンを手に取ったのだった。
「はぁー、旦那サマはすげぇなぁ、全然動揺しねぇんだもん」
「旦那様ですし、当然かと」
公爵家当主専用執務室から退室した執事の真上、天井から聞こえた軽薄な声に、執事は当然とばかりの言葉を返した。
人払いのされた誰も居ない廊下に響くのは、執事の落ち着いた声と、規則正しい靴音だけ。
「で、アンタはホントにそれでいい訳?」
「……何の事ですか」
天井からの声に、執事の歩みが止まる。
「アンタ、ホントにあれだけで満足してんの?」
問い掛けに対して、執事に狼狽したような焦った様子は無い。
ただし、問い掛ける天井からの声は、普段の軽さがなりを潜めた、どこか剣呑なものだ。
「……何が言いたいんです?」
「俺は“今の”旦那サマに惚れ込んで、ここに居る。じゃあ、アンタは?」
張り詰めた糸のような緊張感と、それから、微かな、しかし確実な殺意。
「今の旦那サマと昔の旦那サマは違う。でもさ、アンタはそれを同一視してないって言い切れる?」
もしここで間違った返答をしたのなら、すぐに首と胴が泣き別れしそうな程のそれに、空気が重くなったような錯覚さえ受けてしまいそうだった。
「私がここに居るのは、あの方の為です」
それは静かで、そして、どこか決意に満ちた答えだった。
「ふうん?」
執事の背後、廊下の壁際に黒ずくめの男が降り立つ。
音も無く現れた男は、そのまま壁に寄りかかった。
「確かに私はあの日から12年間、何も出来なかった。
旦那様の変化に気付いていながら、再誕をなされてからようやく昔と同じように仕えられるようになったくらいです」
そう言った後、執事は窓の外を見る。
青い空と、初夏に咲く花、そして、少し遠くにヴェルシュタイン領の街並みが見えた。
何羽か、空を鳥が飛んで行く風景に、今、現在進行形で立て篭り事件が起きているなど、想像も付かない程には
その風景を静かに眺めながら、執事は口を開く。
「だからこそ私は、今の旦那様を信じなければならない」
「どういう事さ?」
イマイチ話が見えない、と暗に告げながら、黒ずくめの男は器用に片眉を上げる。
「今のあの方の強さは、危うい」
「危うい?」
冷静な執事の言葉を、不思議そうにそのままオウム返しする黒ずくめの男は、緩く首を傾げた。
「あのままでは、あの時のようにまた心を壊してしまう。
だからこそ私は、今度こそ旦那様を支え、信じ、疑わず、ついて行かねばならないのです」
キッパリとした断言、決意に満ちた目。
窓ガラスに反射した執事から男に向けられたそれに、男は緩く傾げていた首を戻した。
「……アンタが旦那サマに負い目感じてたり、なんの意味も無く仕えようとしてるんじゃない事さえ分かればそれでいいんだけど、その辺どうなの」
男のその問いで、ようやく執事は振り返った。
「……今思えば、目覚めたあの日、旦那様は私に“生きていいのか”と問いました」
まるで懺悔のような言葉を呟くように告げながら、執事は男を見詰める。
「私は、何になろうとも、貴方様には生きて欲しいと、答えました」
眉間に皺を寄せ、少し苦しそうに心臓の辺りを利き手で押さえながら、執事は続けた。
「今考えれば、とても残酷な事を言ってしまった」
声音に混じるのは、後悔と、それから一握りの罪悪感。
だからこそか、執事は男からそっと顔を逸らし、己の手を見詰めた。
「今の旦那様が、ああいう風になってしまったのは、きっと私のその言葉があったからでしょう」
そう続けた執事は、溜息を吐くように言葉を紡ぎながら、もう一度男を見た。
真っ直ぐに、ピンと背筋を伸ばした立ち姿は、執事という職業の見本のようですらあった。
「ですので、罪悪感が無いと言えば嘘になります。
負い目を感じるとしたらきっとそれでしょう」
キッパリと断言されたその言葉は、自己を見詰め、分析し、そして冷静に判断出来たが故の返答だろう。
「旦那様は、強い方です。
本当なら、潰れてしまってもおかしくない程の信頼や、家族の絆を感じながら、それでも尚、前を向いて、進んできた」
窓の外では風の精霊が青葉を散らして遊んでいるが、それに気付く者は居ない。
「そんな方が、私を頼っている。意見を聞き、相談して下さる。
それに応えない事は、それこそ裏切りです」
「なんでさ?」
男の怪訝そうな声音に、執事は微苦笑を浮かべ、答えた。
「旦那様は、真っ直ぐな方です。
誰よりも高潔で、曲がった事が嫌いな……奥様の言葉を借りるなら、“冷たいようで熱い人”」
思い出すのは、楽しかった記憶なのだろう。
執事の声音と表情に、郷愁のような憂いが混じった。
「困った人を放っておけない、お節介な、優しい方です。
だからこそ、今の旦那様にそれが無くなったとは思えない」
決め付けなどではない、長く共に居たからこそ理解出来る、分析結果のようなものだ。
男はそんな執事の様子を見ても気にする事なく、なんの遠慮もない態度で口を挟む。
「つまり、昔の旦那サマに義理立てしてる訳じゃない、と?」
執事は一瞬だけ考えるような素振りを見せた後、困ったように口元だけ笑いながら、冷静に答えた。
「自己満足だという自覚はありますよ」
「いや、それ言い始めたら俺だって自己満足だし」
「それに、昔の旦那様の面影を追ってないとは言い切れません」
「そうなると、俺もあの人に理想の主像を重ねてないとは言い切れない」
「昔の旦那様と、今の旦那様が違う事は理解しています」
「理想と現実の違いくらいは俺も理解してるつもり」
うんうん、と同意するように口を挟みまくる男に、とうとう執事の方が苛立ちに負けた。
「シンザ、さっきからなんなんです、私の話をしていたのではなかったのですか」
「あっはっは、ごめんって!」
笑い事で済まそうとする男に更なる苛立ちが募る執事に対して、男は全く気にした様子もなく笑う。
「なんつーか、似た者同士ってやつかなぁと思っただけだよ」
「喧しいですよ、貴方と似ているなど笑えません」
主の前では一切見せた事の無い眉間の皺を隠す事もなく晒しながら、執事は溜息を吐き出した。
「あ、ひっでぇ、なんだよ、どうせ三つくらいしか違わねぇじゃん俺ら」
「その三年が致命的な差を生んでいる事に気付いた方が良いですよ」
図星を刺された男はというと、あからさまに目を逸らしながら話を逸らすという行動を取り始める。
「ていうか、話が長かったからよく分かんないんだけど、結局アンタは旦那サマの敵なの? 味方なの?」
その言葉に、執事の眉間の皺は更に深くなったが、ここで口論する意味は見い出せなかったのか、執事は人差し指でその眉間の皺を解しつつ、答える。
「……私が旦那様の敵になる事など永久にありえません」
「それはちゃんとアンタの意志?」
「勿論です」
それは決意に満ちた、キッパリとした宣言だった。
「それに……今の旦那様は、存命だった頃の大旦那様によく似ているのです」
「それって、旦那サマの父親?」
「はい、旦那様と和解なさる前に亡くなってしまわれましたが、猪突猛進な部分というか、感情のままに行動をしてしまう事のある、不器用な方でした」
「そうなんだ?」
知らぬが故の問いに対して、執事は昔を思い返すように遠い目をしながら苦笑した。
「ええ、ですが、己を曲げぬ強さと、進むべき道を見極める目を持った、強い方でした」
「ふうん」
「その大旦那様と同じ目をした今の旦那様を無碍にするなど、私の信念に反します」
「なるほどねー、結局よく分かんないけど味方ならいいや」
あっけらかんとしたなんとも言えない返答だった。
もしここに二人の会話を聞いている者が居れば、確実に脱力した事だろう。
現に今、真剣な雰囲気に固唾を飲んで見守っていた風の精霊達は、「ズコー!」と言って次々に廊下を滑って行った。
だがしかしそれだけで済む程、執事は優しくない。
「ここまで説明させておいてよく分からないとはなんですか」
苛立ちのままに声を震わせ、執事は見る者が凍りつくような冷たい笑顔を男へ向ける。
それでも男は全く気にした様子もなく、耳を小指でほじったあと、取れた耳クソを親指でピンと弾いた。
「だって大旦那サマとか言われてもどんな人か知らんし俺」
至極真っ当な答えではあるのだが、如何せん態度が悪かった。
「それはそうでしょうが、あなたって人は……!」
「執事サンは味方なんでしょ? ならいいよそれで」
己の気持ちが空回りしたと分かったせいか、完全に投げやりである。
そんな男を見た執事はというと、懐から取り出したハンカチで男の落とした耳クソを回収した後、にっこりと微笑んだ。
「……あなたには圧倒的に教養が足りないようなので、後日私の出す課題をこなしてもらう事にします」
「はぇ!? 勉強!? なんで!?」
目ん玉が引ん剥けそうな程かっ開き、大仰に驚く男に、執事はにっこり笑った表情のままに背後にブリザードを背負っていた。
それは勿論錯覚ではあるのだが、体感温度はマイナスであるので同様だろう。
「旦那様の影として生きるのでしたら必要最低限の教養を身に付けて頂きたいだけですが?」
「ちょ、おま、それ言われたら俺が逆らえないって分かってて言う!?」
「出来ないんです?」
上から目線の、ドヤ顔である。
もはや悪人面にさえ見えてしまいそうな悪い顔で、執事は男を嘲笑った。
「ぬぐ、ぐぐぐ、くそぉ……!」
「では、後日を楽しみにしておいて下さい」
「うわぁああん勉強やだぁああ!!!」
誰も居ない廊下に、なんとも悲痛な悲鳴が響き渡った。
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