第63話
うん、あのさ。
「貴様、よほど頭が悪いらしいな」
『なんだと!?』
「人間が、この世界に一体どれほど存在していると思っている?」
『ふふん、有象無象がどれほど居るかは知らんが、貴様程の実力者でなければワイバーンの巣から卵を盗むなど出来まい。
故に、貴様なのだよ馬鹿め!!』
めちゃくちゃドヤ顔してそうな返答してる所申し訳ありませんが、一個いいかな。
馬鹿はお前だよ。
何をキリッとカッコつけてんだよ馬鹿か。
いや、ホントにそんな表情してんのか爬虫類だからイマイチ分かんないけどこれ絶対してると思う。
……あー、これ、ダメだ。
魔力偽装してるのがアダになったパターンだ。
なんか知らんけど中途半端に隠されてるから、自分よりも弱いと判断されたんだろう。
これ、どうやったら解除出来るのかな、そっちが早い気がするんだけど、方法が不明である。
なんせ、普段から隠蔽してるなんて無自覚だからね。
どうなってるんだろうね、このオーギュストさんのスペック。
そんな事を考えながら、コイツ頭悪いなー、と思ってたらそのままそれが台詞として出ていってしまった。
「馬鹿ではなく、阿呆だったか」
『貴様……! まだ言うか……!』
ぐるるる、という唸り声で、失言をしてしまった事を理解した私。
やっちまったぜ!
内心でそんなアホみたいな事考えながら、ちょっと焦る。
もしかしてオーギュストさんって、思った事そのままちょいちょい口に出しちゃう癖でもあるの? と若干戦々恐々としてしまったけど、言っちゃったものはもう取り返しがつかない訳で。
うん、まあいいや、いや、良くないけど良いって事にしよう。
そんな事よりもこのドラゴンをなんとかしなきゃ。
「では聞こう、私が卵を盗む理由は?」
『矮小な人間の矮小な理由など、知った事か!!』
ひでぇ言われようだな。
『貴様ら人間は意味も無く私達ドラゴンを殺す事があるだろうが!!』
「ふむ、意味はあると言っても聞かんか」
意味無く殺したりはしないと思うんだよね、何かしらの理由がある筈だよ、人間側にも。
ちなみに、オーギュストさんの知識では、ドラゴンってこの国を囲む山に住んでいて、しかもたまに発生する魔獣を倒してくれる益獣なので、意味も無く戦いを挑む人間は少ないらしい。
そういう事するのは、他国から来たよっぽどの馬鹿達か、……よっぽど誰かを救いたいかだ。
古来より、ドラゴンの血肉は万病の薬になると言われているし、皮や鱗もめちゃくちゃ丈夫で極上の素材。
ものすごいお金になる。
つまりはそういう事なのだが、……まあ、よく考えなくても人間側のエゴなんだろうなぁ。
『人間の言葉など耳を傾ける価値もない!!』
やっぱり、私の言葉なんて聞く気が無いらしい。
ぐがるるおおお!! という唸り声だか鳴き声だか不明な音を発しながら、ドラゴンが後ろを向いた。
すると、尻尾が鞭のようにしなりながら、私の身体の側面へと叩き付けられる。
まあ、そうだよね、後ろ向いたら尻尾が来るよね。
衝撃で轟音と土煙が上がって、視界が悪くなった。
でも、私にとっては、クッションが投げ付けられたくらいの衝撃しかなかった。
何コレ。
とか思ってたら、なんか知らんけど小さな風の精霊達がやって来て、私の周りをくるくる回り始めた。
『ねえねえなにしてるのー?』
『あそんでるのー?』
『たのしいー?』
いやいやいや、遊んでる訳じゃないよ、ていうかちょっと待って、なんでわざわざ今来たの君達。
私めっちゃ尻尾攻撃されてたよね?
そんな私の気持ちを察してか、きゃっきゃと笑いながら、精霊達が宣う。
『わたしたちねー、ひまなのー!』
『なのー!』
「そうかね」
そっか、ひまなのか、それは仕方ないね。
でもね、今ちょっと忙しいから、あっち行っててくれないかな。
『あそぶー?』
『あのトカゲとあそぶー?』
どうやら、どっかいって欲しいという気持ちの方は察してくれなかったらしい。
私の周りをくるくると回りながら楽しそうに笑う精霊達。
可愛いから許す。
ていうか精霊にトカゲとか言われてるぞドラゴン。
まあとりあえず、視界が悪いので精霊に魔力と引き換えに何とかしてもらおうと思います。
そしたら多分帰るでしょ、この子達。
「君達、すまないが、風でこの砂を払ってくれないか」
『いいよー!』
『ついでにあのトカゲやっちゃうー?』
「それは大丈夫だ」
こんなちっちゃい子達にやってもらうのは気が引けるので、却下です。
そっちは私が頑張ってやるんで、気にしないで下さい。
一体何をどうすりゃ良いのかさっぱりだけど、こうなったら仕方がないと思う。
だって、先に手を出して来たのはあっちの方なんだから。
私が卵を盗む理由なんてないし、むしろ意味が無いって事を分からせる為にも。
「……実力の差を、理解させてやらなくてはな」
そんな事を言っていたら、ブワッと風が吹いて、土煙が吹き飛ばされた。
精霊達のお陰で視界が良くなったようである。
魔力、ホントに持ってったのかな、減った気がしないんだけど。
『ふはは! そう来なくてはな!!』
全くの無傷な私の姿を見てか、ドラゴンが何故か楽しそうに笑う。
いや、なんで喜んでるんだよコイツ。
やだわー、今から私をフルボッコに出来るとか思ってんのかな。
全く怖く感じないし、全く痛くなかったから、多分コイツ私より弱いんだけどな。
見た目めっちゃ怖い筈なのに、なんでこんなに怖くないんだろう。
なんか、トカゲとかそういう小さい爬虫類を相手してる気分なんだけど。
まあ、そんな事はどうでもいい。
『では、これならどうだ!?』
なんか楽しそうな声と共に、今までよりも強い炎がドラゴンの口から噴射された。
その証拠に、炎の色が少しだけ青い。
一瞬、さすがにこれは私も燃えちゃうかとビビって内心身構えてしまったけど、実際どれだけ炎を被っても全くそんな事も無くて、……なんか逆に怖くなった。
『ふはははは! どうだ! 手も足も出まい!!』
ドラゴンの、そんな無駄に楽しそうな発言に、なんかイラッとした。
「……躾が必要なようだな」
イラッとした気持ちをそのまま台詞として口に出しながら、一歩、足を踏み出す。
『はっ、苦し紛れか? 無様だな、人間』
踏み出した足を軸に地面を蹴って、炎をそのまま突っ切り、前へと出る。
『へ?』
前へ出る為に踏ん張った分だけ、それが跳躍力となって発揮されてしまったのか、ドラゴンの目の前に出た私の身体は空中にあった。
さすがに無傷で向かって来るなど思ってもいなかったのか、ポカーンとした間抜けな顔のドラゴンと目が合う。
爬虫類なのに表情が分かるくらいの間抜け面になるって、一体どれだけ予想外だったんだろう。
そんな事を考える余裕すらある私は、
「伏せ」
冷たく言い放ちながら、ドラゴンの横っ面を引っ叩いた。
『ぶぇあ!?』
パァン! という乾いた音が響くと同時に、ドラゴンが奇声を発しながら地面へと叩き付けられ、体重とその他諸々の衝撃により地面が揺れる。
「……全く、服に砂埃が付いてしまった」
すたっ、と優雅に着地した私は、独りごちながら埃を払う。
執事さんにクリーニングしてもらわなきゃだわ。
端っことか焦げてなきゃいいけど、どうなんだろう。
後でちゃんと確認しないと。
そんな中、ドラゴンが勢い良くガバッと起き上がった。
『なっ、ええ!?』
口の中が切れてしまったのか、血を垂れ流しながら驚くドラゴン。
だがしかし、このままだとまた調子に乗って暴れるかもしれない。
そう考えた私は、この戸惑った状態から畳み掛けて、なし崩し的に私が強者だと認めさせてしまおう、と判断した。
「こんな簡単な命令も聞けないのかね? 本当に躾がなっていないな」
冷徹に言い放った後、私も何をやったかさっぱりだけど、一瞬でドラゴンの巨体を足で踏み付け、その顔をもう一度引っ叩いた。
『ぶへあ!?』
その勢いで、またしても地面へと叩き付けられるドラゴン。
「伏せ、と言っているだろう。寝るんじゃない」
『ぶへぅああ!?』
向きが違う、とばかりに顔の反対側を叩くと、今度はその勢いでゴロゴロと地面を転がる。
土煙というか、土埃というか、砂が舞い上がって、ただでさえ悪かった視界が更に悪くなった。
あ、やべ、ちょっと距離空いちゃった。
『き、貴様ぁあ……!! 人間の分際でぇえ!! もう許さん、絶対に許さん……!!』
案の定、起き上がって来たドラゴンが、血反吐と怨嗟を吐きながらさっきまでとは正反対の魔力を溜め込み始めた。
周囲の温度が下がっているのか、足元の地面から霜柱が上がっていく。
『驚いたか? 炎を吐いたからそれしか能がないと勘違いしていただろう!!
ふはははは! 真の強者というものは、奥の手というものを持っているものなのだ!
私は誇り高き龍族!! 人間などにコケにされてたまるものか!!』
不敵に笑いながら叫んだドラゴンの身体に、最大限にまで溜まった魔力がその口から噴射される。
それは白い光となって、辺り一面を凍り付かせた。
私以外。
『…………………………へ?』
…………いや、うん、なんかごめん。
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