第41話

 







 腕を組み、壁際に設置されていた本棚に凭れ掛かりながらこちらを伺い見る、茶髪でオールバックの無表情なイケメン。

 聖母のような微笑みを浮かべながら、来客用のソファに腰掛ける、白いシンプルなドレスを身に纏ったハニーブロンドの天使みたいな美女。

 ニヤニヤと、どこか不敵な笑みを浮かべながら楽しそうに執務机の私のソファでふんぞり返っている、黒髪黒ずくめの怪しいバンドマン風イケオジ。

 執務机の前の若干空いたスペースで、一心不乱に片手腕立て伏せをしている、赤髪イケメン。

 何故か来客用のテーブルに腰掛け、優雅にハタハタと扇子をゆっくり仰ぐ、青髪の中華服オカッパ美女。

 そして、先程元気に帰還の挨拶をして来たのは、その前まで楽しげにちょこちょこ動き回っていた、薄緑のワンピースを翻す緑髪ツインテール美幼女である。



 ……うん、いや、うん。

 凄くリアクションに困る。


 だってこれってさ、多分また私にしか見えてないよね?

 その証拠に、こんだけ人口密度高い部屋になってるにも関わらず執事さんは無反応。

 ただ隠密さんは少し違和感を感じてるのか、なんか居心地が悪そうに辺りを見回していた。


『風の王よ、どうせ奴らには妾等の姿も声も聞こえておらなんだ、故に、おかえり、などと言っても意味は無いぞ?』

『そうだけどさー、一応言いたくなるじゃん?』


 青髪の中華服オカッパ美女が優雅に微笑みながら、緑髪ツインテール美幼女に語り掛けると、当の幼女はあっけらかんとした適当さで無邪気な返答をした。


 青いお姉さんの口調が古風な感じなのは、性格故になのか、それとも長い年月存在していたからなのか。

 まあ、とても似合っているから良いと思います。


 いやいやそうじゃないだろ私、落ち着け。


 うん、えっと何これ、どうしよう、どうしたらいいかな。

 よし、とりあえず知識見てみるか。



 ・精霊王

 光、闇、炎、水、大地、風、各属性の精霊を束ねる王であり、このルナミリア王国では国神である女神ルナミリアと仲が良かったとの伝承から信仰の対象ですらある。

 だが、精霊さえ見る事が出来ない者が多く、存在するかどうかも疑わしいとの見方も多い。

 大陸のあちこちに各属性の神殿が建てられており、そこに祀られているが、ルナミリア王国以外最近は余り信仰されていない。



 うん、なんか、辞書かなんかで一瞬だけ読んだんだな、って事が良く分かる文章が出て来たよ何これ。


 オーギュストさんのスペックについては、もう考えるのもめんどくさいのでそういうもんなんだと割り切る事にしようと思います。

 いや、たまに気にしちゃうかもだけど、その時はその時だ。


 会場では何も考えないようにしてたけど多分、予想が当たってるなら彼等が精霊王なんだろうと思う。

 自分で言ってたしね。


 それはともかく、この知識から考えると、今更ながら一つの仮説が成り立つ。


 私はあの時ハッキリ姿が見えたから、うわ、コイツら本物か、って分かったけど、会場に居た人達からすれば、光が浮いてただけで真偽不明。

 つまり、あれが真実だと思ってる人はそんなに多くないんじゃないか、って事だ。


 もしかして、そこまで大騒ぎにはなってないんじゃないだろうか。


 魔力とやらだって分かる人は少ないらしいし、たったあれだけの事で私が賢人だ、なんて完全に信じた人は少ないと見た。


 結果としては若干微妙だけど、それでも少しの光明が見えた気がする。


 めんどくさい事はめんどくさいだろうけど、それが少ないならそれに越した事は無いんですよね!

 私の事を疑う人がめっちゃいるかもしれない事はこの際考えないよ! 精神衛生上悪いからね!

 絶対裏があるとか考えて警戒する人が多いと思うけど、そこはもうスルーしてやる。



『あ、ねぇねぇ水の! これで今、あの時みたいに光浮かべたら、さすがの賢人も驚くんじゃない?』

『そうじゃのう、先程は予想されていたのか、全く驚かなんだし、良いかもしれんのう』


 そんな相談をする二人の精霊王は、楽しそうにクスクスと笑っている。



 あ、うん、ごめん、丸見えな上に丸聞こえです。


 ……えぇーと、どうしよう、どういう対応が正解なのコレ?

 聞こえないし見えてない、ってフリするべき?


 だってコレさ、彼等が見えるってかなり規格外だよね?

 言動的にも知識的にもそうだよね? 絶対そうだよね?



 いや、そんな事より何しに来たのこの人達。



「ねぇ旦那サマ、この部屋、なんかおかしくない?」


 ふと、確かめるかのように辺りを見回しながら、隠密さんが私に尋ねる。


 うん、私にとってはおかしい事だらけだよ、なんて彼に言える訳が無いので、とりあえず釣られたように私も辺りを見回しておく。


『ほぉ、こやつは少し勘付いたようであるな』


 黒いオッサンがドヤ顔で偉そうに言い放った。


 うん、ドヤ顔やめろ。


『ふぅむ、なるほど、この男、どうやら向こうの大陸人の血が混ざっておるようじゃ』


 青いお姉さんは軽く目を細め、思案するような仕草で隠密さんを眺めた。

 そんな事が何故分かるんだろう、という疑問よりも、その仕草を超美人がやると迫力がある、何これ不思議、という感情が先立った。


 以前の私も美人だったけど、やっぱり日本の美人と外国の美人だとかなりの差があるんだろう。


 やっぱ派手さが違うよね、雰囲気とか。

 他国の映画もまあまあ見てたし、他国のそれなりの美人は日本でもよく見てた。

 ついでに最近の芸能界はハーフも増えてたけど、本場外国系の美人はやっぱり違うって事なんだろう。


『あー、向こうのヒト達の血なら仕方ないねー』


 つらつらと考えている私に気付く事も無く、きゃはっ、なんて、幼女以外がやれば腹立つだろう笑い声を無邪気に上げながら、緑色の幼女が首を傾げた。


 その様子に、私も思考を切り替える。


 えっと、大陸人ってアレか、日本で言う外国人的なやつか。

 こっちにもそういう文化あるんだなぁ。


 ……切り替えてこれかよ、って今自分でも思ったけど、平和過ぎる現代日本国で育った私としては、仕方ないで済ませてしまいたいと思います。


「……ふむ、旦那様は何か感じますか?」

『それに引き換えこの執事は駄目だな、精霊達からも余り好かれてないようだ』


 執事さんが若干不思議そうな声音で私に問い掛けた瞬間、なんか突然鬱陶しそうな雰囲気を醸し出しながら黒いオッサンが断言した。


 ……うん?


『神経質そうだもんねー、ワタシも無理かなー』

『俺もヒョロっちいのは好かんな』


 困ったように笑う緑の幼女と、まだ腕立て伏せしている赤いお兄さんが続けるように答えた。


 はあ? いやいや、おい、ちょっと待て、なんか好き勝手言ってんなこの野郎共。


 なんで君達にウチの部下をそんな風に言われなきゃならんのさ。


 確かに神経質そうで細いけど、でも凄く有能なんだぞウチの執事さん!


「……旦那様? どうされました?」

「旦那サマ?」

『おい、賢人の様子、なんか変じゃねぇか?』

『あれ、なんかワタシ達を見てるような……?』


 そんな風に一気に自分へ視線が集中してしまって、内心だけで軽く焦った。


 いかんいかん、落ち着け私。

 ちょっとイラッとしただけですぐに違和感を感じられてしまうなんて演者失格だ。


「気にするな」


 とりあえずそれだけを告げて気持ちを落ち着けた。


 まだまだ私も未熟である。

 何もかも全て覆い隠してまるでそれが真実であるかのように演じるのが、演者としては最良。

 今の私では、もっとがんばりましょうの判子が押されてしまう。


 精進あるのみ、である。


 そうやってすぐに気持ちを落ち着けたからか、精霊王達は気にした様子もなく笑った。


『偶然ではないかえ? のう、闇の王』

『そうであるぞ、我等が見える者など最古の賢人くらいなものだ』

『まあそりゃそっかー、ね、光のはどう思う?』


 明るく笑いながら、話を聖母のような白い彼女へと持って行く緑の幼女。


 突然話を振られた彼女は何故か、はっとして、不思議そうに辺りを見回した後、こてり、と首を傾げた。


『え? なんです~? 聞いてませんでした~』

『なんで聞いてないのさ!』


 うん、緑の子ナイスツッコミ。


『あら~……、ごめんなさい、執事と影の者と賢人と、誰が受けで誰が攻めか想像してたら~なんだか止まらなくなっちゃって~』

『うわ、また? 止めてよ、マジ気持ち悪い』


 おっとりと間延びした口調で頬に手を添えながら、うふふ、と笑う白い彼女の、緑の幼女へと向けて言った言葉は、全く理解出来なかった。

 眉間に皺を寄せ、うげぇ、と盛大な拒否反応を示す緑の幼女。


『この楽しさが分からないなんて、貴方も可哀想よね~』

『分かりたくないよ、そんなの』



 ……うん、えっと、なんだって?



『あまねく生命はね~、すべからく愛に満ちるべきなの~、男同士は特に~』


 うふふふふふ、と聖母の微笑みを浮かべながら、薄く頬を染め、さらりとそんな事を言い放つ。


 その時、それに異を唱える者が居た。


『何を言うかと思えば、寧ろ推奨されるべきなのは女同士じゃろうに』


 これだからまったく、等と漏らし盛大な溜息を吐く青いお姉さん。



 ………………はい?



『いいえ! 男同士であるべきです~!』

『男同士なぞむさ苦しい! 女同士こそが至高!』


 きゃんきゃんと犬の喧嘩の如く言い合う女性二人。


 ごめんどっちも意味分かんない。


 周りの精霊王達も私と同じ感覚なのか、そんな二人に向けて冷めきった視線を送っていた。


『その考え、いつも思うが全く理解出来ん』

『ワタシも』

『俺も。筋肉の方が至高だろ』



 いやちょっと筋肉て。



『いや、炎のも大概意味不明だからね、分かんないから』

『我も分からん』


 黒、緑、赤、それぞれが思い思いに会話する中、ふと緑の幼女が本棚に寄りかかったまま傍観に徹していた茶髪の男性に顔を向けた。


『ねー、大地もそう思うよね!』


 その言葉で精霊王達へと向けた彼は、たっぷり五秒掛けて言葉を吟味し、口を開く。



『……幼子以外、興味無い』



 ええええええ。



『そういや大地のも大概意味不明だったわ、聞くんじゃなかった』



 いやいやいやいや、ちょっと待って、何これ。

 落ち着け私、ビークールビークール。


 とりあえず整理しよう。


 赤、筋肉馬鹿

 青、女性カップル推奨派

 茶、幼児好き

 白、男性カップル推奨派

 黒、既に見た目がヤバイ

 緑、唯一マトモそうだけど多分まだなんかある



 …………うん、なにこれ。



 

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