第36話

 


 

 改めて記憶を探れば、あるわあるわ、王様との思い出。

 細かい所はオーギュストさんのプライバシーの侵害なので物凄く簡単に要約すると、公爵家と王家は親戚だし、年も同じだから仲良くなっとけ、とお互いの両親が取り計らった事から始まった仲らしい。


 親友であり腹心となるように、6歳とかそんな年齢からずっと、大体殆ど、二人セット状態で育ったようだ。


 『オーギュスト! お前の名前、なんか呼びにくい! 僕の権限を使って良いから改名しろ!』

 『何を言ってるんですか殿下』

 『もっと略して呼びやすい、クリストファーとかにしろ!』

 『それ、貴方の母である王妃様の飼ってる犬の名前です、殿下』


 そんな、楽しそうな声が頭の中で反響した。


 そんなやり取りを冗談で出来るくらいに、二人の仲は良かったらしい。


 なんていうか……いたたまれない。


 頭の中に響く楽しそうなやり取りと、国王夫妻の仲睦まじい様子に、ついそんな気持ちになっていると、次の瞬間、王様は軽く身形を整え、先程とは打って変わった真剣な眼差しを、私へと向けた。


「……ヴェルシュタイン公爵、積もる話もある、どうか一緒に来てもらえるか」


 あ、やっぱそうですよね、お呼び出しされますよね。

 これで終了とかありえませんよねー。

 あかん駄目だコレ、やっぱり私また死んだかもしれん。


「仰せのままに」


 いざとなったら賢人のスペックをフル活用して誰も居ない所に逃げよう。

 そんな事を考えながら、貴人へ向けての貴族の礼をしたのだった。




 そして私は、王族に案内させてしまうのは駄目だろ、との事で、急遽近くに居た息子さんの案内の元、王様の用意した別室に、まるで売られて行く子牛の気分を味わいながらドナドナされて行った。


 屠殺される牛って、こんな気分なんだね。

 とさつ、なんて難しい言葉、本来の私ならあんまり出て来ないけど、オーギュストさん物知りだからね。凄いね。


 そんな現実逃避をしていたら、メイドさん、というか、そんな感じの女の人が私の座る席、つまり目の前にティーカップを置いてから、去っていった。

 物凄く小さく震えていたから、多分めちゃくちゃ緊張してたんだろう。

 わざわざありがとうございました。


 まあ、今はパーティの途中だから、本当はお酒を出すのが正解なんだろうけど、多分、記憶から察するにこれはオーギュストさんの好みだ。

 私としても突然お酒出されたらリアクションに困るので有難い気はする。


 ちなみに、ここは王族がパーティに疲れた時、休憩する個室らしい。

 オーギュストさんの記憶では良くこの部屋で王様と色んな事を語り合っていたようだ。


 シンプルなデザインの調度品ばかり置いてある、落ち着いた雰囲気の部屋である。

 色味が基本、茶色と黒と白なので、シックな雰囲気、というのが正しいと思う。


 まあ、五人家族が普通に生活出来そうな広さと設備を備えてるけど。


 あと、どうせこの調度品とか設備とか、一般人からすれば目玉飛び出そうな金額が掛かってるんだろうしな!


 うん、もう個室じゃないねコレ。


 ちなみに息子さんは、現在私達の警護との名目の元、この部屋の外、ドアの前に待機してます。

 まあ、騎士団長だもんね、仕方ないね。


 そんな現実逃避していても、五人掛けくらいの丸テーブルを挟み、正面に国王夫妻、という状況は、図太さに定評のある私の神経でも、ギョリギョリと擦り切れてしまいそうな緊張感を感じた。


 ストレスフリーになりたい。


 真剣に考えながら目の前のティーカップを取り、口を付ける。


 あっ、このお茶めっちゃおいしい。

 なにこれ、今まで私が屋敷で飲んでたのより高い茶葉使ってるのかな。

 いや、うん、執事さんの入れてくれた紅茶もおいしいけど、高い茶葉も高いだけあっておいしい、と、そういう事なんだろう。


「さて、……本当に久しぶりだな、オーギュスト」


 現実逃避のように紅茶について考えていたのだが、王様に話し掛けられてしまった事で、そうも行かなくなってしまった。

 とりあえず、何か答えないと駄目だろう。


 何か、えーとえーと、うん、よし。


「……記憶では、三ヶ月前の第一王子殿下の12回目の生誕祝いの際にも、お会いしておりますが」


 第一王子って、たしか姪っ子ちゃんの婚約者候補だったよね?

 なんか王子に挨拶しに行ったらめちゃくちゃ邪険にされた記憶が出て来たんだけど、その後に王様に謝罪されてる記憶も出て来た。


 まあ、当時のオーギュストさん見事なブタだったもんなあ。

 とは言え、姪っ子ちゃんの婚約者としては、あんまり相応しい相手じゃないなー王子。

 性格歪んでそう。


 冷静にそんな事を考えながら告げたら、王様はまるで痛ましいものをみたような、なんとも言えない悲しそうな表情で私を見た。


「……だが、正気ではなかった、そうだろう?」


 え、何、私ってそんなに痛々しい人に見えるの? とか一瞬考えてしまったけど、王様のそんな言葉に、あ、なるほど、シリアスな方か、と納得した。


 とりあえず、ここは真実も混ぜながら誤魔化そうと思います。


「……そう、ですな、申し訳も御座いません。

 正直に申し上げますと、過去12年、記憶が曖昧です」


 曖昧っていうか、思い出そうと頑張らないと出て来てくれないんだけどね!記憶!


「そう、であったか……」


 まるで自分の事のように、悲しそうな表情で呟く王様。

 完全に他人の中身である私としては、物凄くいたたまれない。


 と、とりあえずフォローだ、頑張れ私!


「陛下、どうぞご安心を。

 記憶の大幅な欠如によって、陛下との思い出も些か曖昧では御座いますが、今後、私が公爵としてやって行く分には支障無いかと」

「待て、オーギュスト」

「はっ、どう致しましたか?」


 なんか突然声を掛けられてしまったけど、一体なんだろう。


「記憶の欠如、だと?」

「その通りに御座います」


 肯定したら、王様の表情がさっきよりも更に悲痛なものになってしまった。

 ついでに王妃様までとても悲しそうである。


 うん、私ってばどうやら失言しちゃったっぽいよ!

 でもこの、記憶が無い的な事は絶対言っとかないと何処でボロが出るか分からんもん! 予防はしとくに限るでしょ!


「陛下……」


 泣きそうな表情で王様に寄り添う王妃様。

 私がそんな顔をさせてしまった事が本当にいたたまれない。

 なんかもう、めちゃくちゃ申し訳なくなって来た。


「……うむ、オーギュスト、このシュタイルハングの疑問に、答えてくれるか?」


 そして、そんな王妃様に促されるように、静かに頷いた王様が、意を決したようにそう問いかける。


「私が答えられる範囲で御座いましたら」


 私としては、もはやそう答えるしかなかった。


「では、……そうだな、ふむ、そうは言ったものの、一体何から聞くべきか」

「どうぞ、御心のままに」


 とりあえずこの申し訳なさは置いとくとして、今後私が斬首になる可能性を少しでも減らせるのなら頑張って答えるよ!


 外面には全く出さず、というか、出したらあかんやろと思うので完璧に『普通』を演技しながら、内心だけでそう意気込む。


 しかし、王様は何か迷っているのか、全く何も言おうとしない。

 だんだんと私の意気込みが萎んでしまいそうな頃、ようやく考えを纏めたのか、王様は改めて口を開いた。


「……まずは、良くぞ帰った、と言うべきか。

 報告によると、賢人となったらしいな……、それは真実か?」


 どうやら、内容は労いと確認であるようだ。

 まあ、一番聞きたい本題は後の方の事なんだろう。


 これで、隠密さんの言った通り、あの変態は王家の手の者だった、という裏付けが取れた訳だ。

 何せ、外部で私が賢人と知っているのは、あの変態と、賢人のおじいちゃんくらい。

 おじいちゃんの方は、私との繋がりを隠しておきたい様子だったから、王様にバラしたのはあの変態、という事になる。

 賢人だって事をそこまで隠してる訳じゃないけど、公言してる訳じゃないし、大体殆どの人はそんなの考えもしないと思う。

 賢人ってレアらしいし。


「その報告した者が間違っていなければ、そうなります」


 淡々と答えると、王様は少し不思議そうな表情を浮かべた。


「何故、他人事なのだ?」


 いや、だって、ねぇ?


「……恐れながら陛下、私もまだ余り実感が無いので御座います」


 賢人とか言われても、それがどういう立場なのか、イマイチ分かってなかったりする。

 珍しくて凄くて数が少ないから、めっちゃレア、っていうのは調べたから分かってるんだけど、それがどのくらい凄い事なのか分からない。

 神様になりかけとか言われても、私の他にも何人か同じような人が居るんだし、そんなに凄い事なの? ってなる訳で。


 実感も無ければ自覚も無いよ!

 自分の事ながら困ったもんだね!


 めちゃくちゃ他人事のような感覚しかしないからか、結果危機感も全く無い、ってのが私の駄目な所だと思う。


 まあ、そんな事を考えているけど、外面は若干困ったように、だけど粛々とした態度である。

 そんな私の返答に、王様は納得した様子で頷いたあと、確信したような表情で口を開いた。


「ふむ、なるほど。

 では、記憶の欠如についてだが……、毒か?」


 まあ、あの変態がオーギュストさんの倒れた理由を知らせてない訳無いよね。

 一応仕事だろうし。


「記憶が曖昧な為、不明な部分もありますが……、おおよそ、その通りかと」


 まあ、毒のせいでオーギュストさんは死んじゃった訳だから、あながち間違っている訳じゃない、と思っての返答である。


「ほう、ならば誰の仕業か、分かっているのか?」

「はい」


 隠密さんから得た情報が間違って無かったら、という前提だけどな!


 答えた途端、王様は苦笑した。


「そうか、そやつもまさか自分の仕掛けた毒で相手が賢人になるとは思わなかっただろうな」

「皮肉なものですな」


 相槌を打つように答えてから、ふと思った。


「……ところで陛下、こちらからも一つご質問させて頂きたい事が御座います」

「申してみよ」


 ダメ元で聞いてみたらなんかOKが出た。

 ならとりあえず、遠慮なく聞いてみる事にしよう。


「報告した者は、一体何者ですか?」


 どうやらあの変態のお陰で助かったらしいんだけど、賢人って一回死んでるから、なれるんだよね?

 それってつまり、死んだ人を蘇らせるような何かがあるって事、なの?


「あれについては、この王でも知らぬ事の方が多い。

 おおかた、秘伝の解毒薬のお陰で助かったのだと誤魔化される事だろう」

「……左様で御座いますか」


 あー駄目なパターンだねコレ、謎が増えただけだわ。


 ……まあ、変態の事を気にしてもなんか気持ち悪いから別にいいや、やめとこう。

 スルーだ、スルー。


「しかし、お前が倒れたと聞いた時は胆が冷えたぞ」

「……ご心配をお掛けし、申し訳も御座いません」


 幼馴染がそんなんなったら誰でもビビるよね、仕方ないね。


 そんな納得をしながらもとりあえず謝罪したら、何故か王様は真剣な表情で、苦しそうに反論して来た。


「いや、謝らねばならんのはこちらの方だ」


 苦しそうに、そして悔しそうにそんな事を言われてしまったんですが、うん。


 突然何言い出すの王様。


「陛下、何を申されます」

「いいや、謝らせてくれ」


 なんか頑なになってるんですけど、この王様一体どうしたの。


「しかし、陛下に謝罪されるような事は何もありません」

「いや、賢人となったという事は、一度死んだという事。

 つまり、このシュタイルハングは、オーギュストを、守る事が出来なかったという事だ」



 ん? ……なんか、嫌な予感して来たぞ?



 そういや変態の仕事は、私の警護と監視だった。

 命じたのは王様で、それってつまり、王様はオーギュストさんを守りたかったという事で。



 うん、なんか、凄く嫌な予感して来た。



「国の為に妻を見殺しにさせた挙句、その命まで無くさせてしまうなど、王がやっていい事ではない」


 そう言って、私から視線を逸らしながら、俯き、項垂れる王様。



 あかん、これ、確定かもしれん。



「……陛下、無礼を承知で一つ言わせて頂きたいのですが宜しいですか」

「…………申してみよ」


 悔しそうに、苦しそうに答える王様からお許しが出たようなので、遠慮なく言ってやろうと思います。


「馬鹿ですか?」

「へ?」


 予想外だったのか、思わず顔を上げポカーンと口を開けたなんとも間抜けな表情で私を見る王様。


 いや、だって、ねぇ?

 それって、王様の責任じゃない訳ですよ、どう考えても。


 いくら負い目があるからって、普通はそんな事気にしちゃ駄目な訳です。


 オーギュストさんを守りたかったというのは、まあ、理解出来る。

 だけど自己責任ってのがある訳で。


 つまり、王様は、オーギュストさんを守る為に過保護になってたって事だ。


 という事は。


「貴方がそのような事をするから、以前の私は付け上がり、好き勝手するようになったのです」


 オーギュストさんがあんなブタになってたのは、王様のせいでもある、って事だ。


「いや、しかしだな、全面的にこちらに非がある訳で…………」


 まだ何か言い募ろうとする王様に、なんかもう、イラッとした。


「喧しい。大体私はそんな事を頼んだ覚えなど無い。

 全て私の自己責任である筈のものを、勝手にそちらの責任にしないで貰いたい」


 守るとか、そんなん成人男性にしてんじゃねーよ、馬鹿だろ王様。

 社会人なんだから親みたいに世話してんじゃねーよ!


「……しかしだな、お前は恨んでいるだろう?」

「ええ、恨んでおります」

「やっぱり……」

「ただし、あの戦争を引き起こした人物に、ですが」


 だってそいつが一番の原因だし。


「だが、戦うと決定したのは……」

「そうですな、それは陛下でしょう。ですが、それは結果論です。

 本来責められるべきは陛下ではない」

「だが……!」


 突然の事に、考えが追い付いていないんだろう。

 王様は、なんとも言えない複雑そうな表情で更に言い募ろうとした。

 だが、ここは畳み掛けさせて頂こう。


「言いたい事は分かります、王とは全ての責任を負う者。

 しかし、それなら何の為に、臣下が居るのですか」

「それは……」

「時に諌め、支え、守る。それが臣下だと、本にさえも書いてある事だ。

 ならば、私が愚か者となった時、何故切り捨ててくれなかった?」


 本来なら、そんな使えない部下なんて真っ先に切り捨てられて然るべきな筈だ。

 それをこの王様は無視して、自分の感情のままに、オーギュストさんを守る為の行動をした。


 結果出来上がったのが、あの醜いブタ野郎だった訳だ。


「出来る訳がない! 王とて、情もあれば人格もあるのだ!」

「ならば尚更! あのような状態の私を、何故放置した!」

「放置などしていない! いつでも手助け出来るように、見守って……!」


 悲痛な声で告げられた王様の言葉は、私の、当たって欲しくない考えを裏付けた。


 ああ、最悪だ、この王様。


 ……そうだ、だっておかしいじゃないか、監視してたって事は、オーギュストさんのやってた事も、考えも、何もかもが、あの変態を雇ってからは王様に筒抜けだったんでしょ?


 それってさ、そういう事だよね。


「それが放置とどう違う。

 ……妙だと思ったのだ、あのような杜撰な書類で、よく毎年問題になっていないと。

 王よ、見て見ぬふりをしていたな?」


「違う! きちんと目を通し、矛盾点はこちらでカバーを……」

「……つまり、不正をしていたのだな?」

「っ……だって、そうしないとヴェルシュタイン家を潰さないといけなくなるじゃないか!」


 だってとか言うなよ! つかなんで王様が私の打首の可能性を増やして更に強化してんだ! やめてよ!


 ていうか誰か止めろよ!


「馬鹿か! 領民に負担となるくらいならいっそ潰してしまえば良かったのだ!」

「何故だ! 全部僕が悪いのに、なんでオーギュストが犠牲にならなくちゃいけないんだ!」


 ちょっと待って、この王様って自分の事“僕”とか言ってる!!


 えっ、コレが本性!?



 

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