第37話
王様の心からの叫びは、悲しそうで悔しそうで、今にも泣いてしまいそうな程、悲痛って言葉が最良の顔だった。
ここは本来なら物凄く、シリアスな場面なのだろう。
だけど中身別人な私からすれば、もしも賢人で無かったならそりゃもう酷い頭痛に苛まれただろう事は想像に難くない程度に、脱力してしまいそうだった。
なんなの、その、まさに王様って外見で自分の事僕って。
いや、世の中の、自分を僕呼びする、なんだっけそういうの、一人称? まあいいや。
そういう人を悪く言うつもりじゃない。
だって性格とか生き方とか、とにかく人によっては凄くカッコイイからね、うん。
だけどこの王様は駄目だ。
なんかもう、言動も相俟って一気に頼りなさそうな感じになった。
いや、でも、こんなシリアスな場面で脱力する訳にも、その外見で僕かよ! と指摘する事も、出来る訳が無い。
となると、もうこのまま頑張るしかない訳でして。
あぁもう、一体なんなんだこの状況。
内心嘆いてしまいながらも、このままでいる訳にもいかず、改めて気合を入れた私は、とにかく真剣になるよう、目に力を入れて演技をしながら口を開いた。
「決まっている! それが民の上に立つ者だからだ!」
内心と、外面のテンションの差が激しくて違和感が酷いが、ぐっと我慢する。
「いやだ! 何故大事な友人を!」
拒否感も露わに声を荒らげる王様は、まるで子供が駄々をこねているみたいにしか見えなくて、カッコイイオジサマがそんな事してる現実になんとも言えない気持ちになった。
いかん、頑張れ私、切り替えろ。
大丈夫、出来る、やれば出来る。
舞台に立った時、アドリブが酷すぎて台無しにしそうだった役者を相手にしてたあの時が出来たんだから大丈夫だ。
よし、行ける。
王様の様子に意識を向けた。
ぎゅっと噛み締められた口元、筋肉の動きから、きっと拳も、血が出そうな程にきつく握り締めているのだろう。
本当に、苦しそうだ。
つまりそれくらいに、この人はオーギュストさんを大事に想ってたという事で。
そう思うと、やっぱり無性に腹が立った。
そんなに大事なら、どうして間違った行動しか取らなかったの?
憤りと共に記憶を辿れば、オーギュストさんがこの12年間で正気に返った事は、ほんの数回、そんな程度にだが存在していた。
そんな時のオーギュストさんは、自分が間違った事をしている事も、そんな事をしても、ジュリアさんが帰って来ない事も、何もかも全て理解した上で行動していた。
最愛の、ジュリアさんに会う為に。
それは自分を誰かに殺してもらうよう、ただ、死ぬ為の行動だった。
愚かな事をすれば、いずれ、誰かがきっと自分を止めてくれる。
彼はそう望んでいたのだ。
……あぁ、だからオーギュストさんは領地に引っ込んだりせず、なるべく王都に居ようとしてたのか。
そうすれば、誰かが、王様が見付けて、きっと自分を止めてくれると。
その悲しい想いが反芻されるように胸の内に去来すると、責任転嫁だとは理解していたけどそれでも納得出来ないくらい、この王様に苛立ちしか感じられなくなってしまった。
私が他人で、中途半端に知ってしまったからこその、苛立ちだった。
だけど、感情のままに怒る事は得策ではない。
賢人であるらしいこの肉体は、きっと少しの感情を表に出しただけで魔力が外に出てしまうだろう。
どうなるかは分からないけど、それがとても危険だ、という事だけは何故か理解出来た。
必死に感情を押し込めながら、頭だけは努めて冷静に、憤った演技をする。
矛盾だらけだけど、そうするしかなかった。
とにかく頭の中でセリフを組み立て、最善の言葉を探す私。
まずは、何が問題だったのか、それを指摘してやろうと思います。
グッと腹に力を入れ、王様を見る。
「っ貴様は王だ! 誰よりも正しく、そして誰よりも責任を負わねばならん!
その貴様が、情に流され不正をしたなど、あってはならない!」
テーブルを叩こうかと手を振り上げたけど、オーギュストさんのスペックだと叩き壊すんじゃね?と咄嗟に判断し、ぎゅっと握ってから、ゆっくり降ろした。
危ない危ない。
そんな私の言葉は、的を射た正論だったのだろう。
王様がどこか悔しげに表情を歪める。
当たり前だ。
だってそんな王様、国民からすれば、迷惑以外の何でもない。
むしろ、そんな王様の国なんて住みたくもないくらいだ。
王様は、そんな事分かり切ってるけど、でも納得出来なかった、そんな、なんか糞ガキみたいな顔で私から視線を逸らした。
……王様この野郎、お前全く分かってねぇよ。
ただでさえオーギュストさんてば評判悪いのに、そんなんされたら王様の弱み握って脅して不正させてたみたいな、なんかそんな事にされてしまっても、全然おかしくないんだからな。
つーか、既にそんな事になってる気がするんですけど、気のせいにしたい。
私から視線を逸らしたままに、それでも往生際悪く何か反論しようとした王様を無視して、私は続ける。
「心配なら幽閉でもすれば良かったのだ!
何故放置した!?
領民と、私の命ならば、領民の方が何倍も重い!」
これは、絶対間違ってない。
あのブタ野郎なオーギュストさんが野放しにされる事によって、どれだけの人が大変な思いをした事だろうか。
想像する事しか出来ないけど、どう考えたって大変だったに決まってる。
にも関わらずわざわざフォローなんてするから、余計に増長して被害が拡大し、更に長期化したのだ。
最悪以外の何でもない。
国の王というものは、例え友人だったとしても、100を救う為にその友人である1を切り捨てなきゃいけない立場だ。
死なせたくないなら正気になるまで、または死ぬまで幽閉するべきだった。
国を支えなきゃいけない筈の王様が、貴族の腐敗に目を瞑り、挙句の果てに守ろうとしてたなんて、馬鹿でしかない。
だって、貴族って、領民あってこその立場でしょ?
領民に嫌われたら、貴族は死ぬしかない。
例え上手く立ち回ったとしても、いずれ何処かで破綻する。
因果応報、自業自得、そんな結果クーデターで死んだりするのだ。
マジ何してんのかな、この王様。
王様は死ななくても私が全ての責任被せられて死ぬかもしれないんだからな、こんちくしょうめが。
そんな私の説教に、王様はチラッと視線を私に向けたかと思えば、ビクッと体を強ばらせ、とうとう眉根を寄せながら泣きそうな顔で俯いてしまった。
「うぅ……」
頼りなく、そんな声も零している。
……あかん、この王様ダメな子だ。
何がダメって、全部分かっててやってた事もそうだけど、王様なのに私の説教にマジ凹みして落ち込んでる所がダメだ。
だって、威厳が溢れ出んばかりの素敵なオジサマが、なんかションボリ項垂れてるんだよ?
いや、威厳どこいったん?
何コレどうしたらいいの? シバいたらいい? ダメ?
ハリセンか何かで、こう、思い切りスパーンと叩いてしまいたいんですが、……ダメか。
うん、オーギュストさんのスペックじゃスプラッタになるね。
残念に思ってしまいながらも王様を見ていたら、なんか王様の縮こまり具合がだんだんと加速していった。
初めは項垂れてるだけだったのが、いつの間にか猫背になり、更にプルプル震えながらその図体を縮こまらせ、結果として、なんだか図体の割には小さく纏まってしまった。
……ナニコレ。
その時ふと、今まで完全に空気と化していた王妃様がおもむろに口を開いた。
「……オーギュスト様、そのくらいにしてあげて下さい。その人も必死だったんです」
申し訳なさそうに、そして、どこか悔しそうに告げられた王妃様の言葉に、ふと冷静になる。
頑張って冷静なつもりでいたけど、やっぱり完全には冷静でいられなかったのだろう。
仕方ないね。
いくら腹立つからって、大の男が同年代とはいえ女性の前で、誰かを責め立てめっちゃビビらせるなんてダメだろ、自分。
うん、ダメだわ。
「……いえ、こちらこそ声を荒げてしまいました。申し訳も御座いません……」
罪悪感で素直に謝罪の言葉を口に出すけど、外見上はオーギュストさんの威厳を損なわないように必死に取り繕いながらなので、結構大変な作業……いや、オーギュストさんのスペック的にそんな大変じゃないわ。
なんかサラッと出来たわコレ、スゲェな。
「いいえ、謝らないで下さいな。悪いのはこの人なんですもの」
優しい声で、静かに告げる王妃様が、悲しそうに笑う。
うん、中身が私で無ければきっと物凄いシリアスな場面だったんだろう。
「オーギュスト、許してくれとは言えない、本当に……すまなかった」
罪悪感と、後悔、それから、自己嫌悪に彩られた複雑な表情で、縮こまった王様が静かな謝罪をした。
そんな王様につい盛大な溜息を吐きたくなったけど、グッと堪える。
どんだけ耐えなきゃいけないんだとか、一瞬考えてしまったけど今は無視だ。
「……陛下、謝るくらいなら始めからやらないでくれませんか」
「……怒っているのか?」
冷静に言ったら、ちらり、とこちらを伺うような上目遣いで、恐る恐る尋ねる王様。
うわあどうしよう今凄くシバきたい。
いや、ダメだ、耐えろ私。頑張れ。
内心では盛大に顔を引き攣らせ、外見上は全く分からないだろうけど、とにかく必死に取り繕いながら口を開く。
「……呆れているんです」
「いいや、怒っているんだろう? だからそんなに他人行儀なんだ」
当の王様は縮こまったまま今度は若干唇を尖らせ、怯えながらも拗ねているみたいな、なんかそんな腹立つ態度を取り始めた。
中年のオッサンがやってはいけない態度だとは言わないが、幼児がやりそうな事をされてしまうと、なんかもう、全力でシバきたい。
誰か私にハリセンくれ。
あ、ダメだ、なんか氷で出来たハリセン出そう、やめとこう。
「…………立場を弁えているだけですが?」
本来の私なら、修行不足故に顔の表情筋が盛大に引き攣ったに違いない。
だけど、やっぱりオーギュストさんのスペックのお陰で上手く冷静な演技が出来た。
スペック任せなのは嫌だけど、でも今は有難い。
しかし、静かに言い切った次の瞬間に、王様は悲壮な顔で、なんか大袈裟に王妃様へ泣き付いた。
「やっぱり怒ってる……! リリー、どうしよう! オーギュストが怒ってる!」
「素直にお説教されたら良いと思いますわ」
あらあらうふふ、そんな風に優しく笑いながら、サラッと王様を見捨てる王妃様。
「えええ!? リリーの薄情者!」
「なんとでも仰って下さいな」
ヒドイと大袈裟に嘆く王様を見て、王妃様はのんびりと笑う。
そんな仲睦まじい夫婦のまるでコントのような楽しそうな掛け合いに、突然私の胸の内をとてつもない罪悪感が襲った。
頭の中には、さっきみたいな掛け合いをする今よりも大分若い二人を、呆れたように、でもどこか楽しい気持ちで眺めていた過去のオーギュストさんが居た。
ああ、また始まった、そう思いながらも楽しくて、微笑ましくて。
でも、その感情を持っていたのは、私では無い。
……なんで私が此処に居るんだろう?
だって、此処は、オーギュストさんの居場所だった筈なのに。
オーギュストさんが作り上げた人間関係で、オーギュストさんが生きたからこそ出来上がった信頼関係なのに。
「……すまない」
余りの罪悪感に、つい謝罪が零れ出た。
オーギュストさんがオーギュストさんだったからこそ、この暖かい空間が有った。
大事に思われていたのは私ではなく、オーギュストさんだ。
だから。
ここは、私の居ていい場所ではない。
「何故オーギュストが謝る?」
王様の不思議そうな問い掛けに、いつの間にか下がっていた視線を王様へと戻すと、心底不思議そうな王様の顔が視界に入る。
私は罪悪感で何も考えられなくて、とにかく勢いのまま、口を開いた。
「……私は、いや、……オーギュスト・ヴェルシュタインは死んだ。
君達と共に育った記憶も無く、もう以前の、君達の知っているオーギュストではない」
口調を本来の自分に変えられなかったのは、女優である私の、なけなしのプライドのせい。
オーギュストさんがオカマ口調になるとかダメだから。
そういう風に考えて、悔しくなった。
……違う。
本当は、女子だった自分なんて受け入れて貰えないだろう、という諦めの気持ちのせい。
自分の弱さに辟易しながら小さく息を吐き出すと、僅かにだけど胸が軽くなった気がして、私は気を取り直すように、王様をじっと見つめながら、呟くように告げる。
「……私は、別人だ」
呟くような声量でも聞こえるように、腹に力を入れながら淡々と、でも、キッパリと、言い放つ。
ごめんなさい。
生きていたいと願ったけど、こんな事は望んでなかった。
全く、全然、これっぽっちも、誰かに成り代わってまで生きたいなんて、思ってすらなかった。
ごめんなさい、ごめんなさい。
私はそれでも、死にたい、なんて、米の粒程さえも思えないんだ。
「…………オーギュスト、お前は変わらないな」
そんな、優しく穏やかで、そして、少し困ったように呟かれた言葉に、またいつの間にか下がっていた視線を戻す。
すると、懐かしそうに、だけど、少し困ったような笑顔で、私を見ている王様が居た。
「……陛下?」
変わらない? なんで? 私は別人なんだよ?
意味が分からなくて、呼びかける事しか出来ない私を置いて、王様は静かに語り始める。
「真面目で、ネガティブ思考、曲がった事が嫌いで、実は熱血」
懐かしくて、嬉しい、王様はそんな表情でオーギュストさんを語る。
言われてみれば、確かにオーギュストさんも、私と一緒に生きていればきっと、似たような事を言ったかもしれないんじゃないかと思う。
実際がどうかは分からないけど、記憶の中のオーギュストさんなら、そうしてしまう気がした。
穏やかな笑みを浮かべながら、王様は続けた。
「それに、中身が別人でも僕は一向に構わないよ。
賢人となったのだから、有り得えてもおかしくない」
……この人は一体何を言ってるんだろう。
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