第32話

 





 ……うん、困ったな、出来るなら統一して欲しい。


『えー! ちがうもん! わたしがただしいもん!』

『かぜのせいれいがまちがってるだけです!』

『……む!』

『われのおうは、そんなこといってないぞ!』

『そんなことよりキンニクみせろよケンジン!』

『ちょっとみなさん、おちついてください~!』


 なんだか若干混沌として来た訳ですが、何となく分かって来たので一応情報を統合してみようと思います。


「……つまり、風の精霊王殿は挨拶に来いと言っていて

 水の精霊王殿と土の精霊王殿は挨拶したいと言っており

 闇の精霊王殿はこちらへ挨拶に来たい

 火の精霊王殿は私の実力を知りたい

 光の精霊王殿は顔合わせがしたいと」


 本人達の言っている事に嘘が無ければ、そういう事になる。


 つまり、彼等は精霊であり、それを束ねる各属性の精霊王の使い、という事だ。

 よく分からんけど。


 あと、今さっき嘘じゃなければ、とか言ったけど、感覚的にそれは有り得ないように思う。

 つまり、精霊という存在は嘘を吐かないんじゃないか、と。


 いや、吐けない、が正解なんじゃないかな。


 これも感覚なんだけど、精霊とは意思と、チカラのある何かだ。


 いや、何かがよく分かんないんだけど、例えるなら、

 小さい頃からずっと大切にしてたヌイグルミが、ある日勝手に動いた、とか。

 そういう、なんだっけ、つ、つ…………つくし神? あ、絶対違う。

 なんか一気にのどかになった、何だよ、つくし神って。

 違う違う、えっと、なんだっけ……あ、ヤバイ、もう『つくし』しか出て来なくなった。


 うん、…………もういいや、つくし神で。


 まあとりあえずそういったチカラのある、なんか神様っぽいけど違う感じの、小さい何かが精霊という存在で、意思の塊である。

 故に、思った事は何もかも全てを言葉として相手に伝えてしまうから、彼等に嘘を吐く、という概念は無い。


 精霊王、って人達がどうかは会ってみないと分からないけど、こういう小さな精霊達は多分、そうなんだと思う。


 つーか、赤にオレンジに白に紫に緑に水色って、六つ全部の属性の精霊が来てるよねコレ。

 そういう事を考えながらテキトーに答えたんですが、それを聞いた光達は若干鬱陶しいくらいにテンションを上げ、飛び回った。


『そう!』

『さすがはケンジン!』

『すっげー!』


 肯定の言葉が返って来た事で、私の推測が正しかった事が判明。


 彼等はホントに精霊らしいですよ。


 いやはや、しかしホントに居たんだね、そんなの。

 いや、でも、集中して仕事してたから意識してなかったけど、記憶を辿ればここ暫く、小さい何かがあちこちに居るような気がしてた気は、なんとなーくする。

 そのなんとなーく、な感覚の中で、羽虫か何かかなーとかぼんやり思ってた。

 多分殆ど無意識だね、これ。

 何せ精霊なんて居なかった世界から来たし私。


 まあ、良いや。

 とりあえずこの小さな精霊達に返答する事にしよう。


「なるほど、ではまず、私は風の精霊王殿が本来何処に居られるのか知り得ない。

 挨拶に行くにも何処かひとつの場所に留まって貰えないと難しいのだが、どうすれば良いだろうか」


 遠回しに場所が分からんと無理だよ、と伝えながら淡い緑の光に視線を送る。

 風、なら多分緑だろうという安易な考えである。


『そっか! ケンジンはニクのカラダだもんね、わかった! おうさまにきいてみる!』

「すまないね。頼んだよ」

『まかせて!』


 運良く間違っていなかったらしい。

 淡い緑色の光は明滅しながら、なんだか嬉しそうに私の周りを飛び回った。


 なんかよく分からない納得をされた気がするけど、まあいいや。


 なんとなく元気な女の子のような感覚がするので、精霊によって性格が違うんだろうな、なんて考えながら、今度は別の方に居る光達に声を掛ける。


「それでは、水の精霊王殿と、光の精霊王殿と、土の精霊王殿に、こちらはいつでも構わないので、そちらのご都合に合わせる、と伝えて貰えるだろうか」


『わかりました!』

『では、またショウサイがケッテイしましたら、ここにきますね~!』

『……わかった!』


 水色の光はキチッとした女の子、白い光は少しのんびりさん、オレンジの光は言葉少なで、実直そうな男の子。

 なんとなくそんな印象である。


「あぁ、助かるよ」

『まかせてください!』

『これもわたしのヤクメですから!』

『……まかせろ!』


 何処か誇らしげに応える精霊達に視線を送って、ひとつ頷いたあと、適当にアタリを付けた紫の光の方へ顔を向ける。


「では、闇の精霊王殿に関してなのだが、こちらもいつでも構わないので、好きな時間に来られると良い、とお伝え願えるか」

『うむ! われにまかせよ!』


 ちょっと待ってこの子、自分の事、われ、って呼ぶの?

 いや、うん、良いんだけどね。

 なんか偉そうだけど、小学生のちょっと生意気そうな男の子が必死にカッコ付けてるみたいな感じにしか思えない。


 そんな事を考えながら、今度は赤い光に視線を送る。


「では次に、火の精霊王殿には、場所によっては無理な場合があるので、こちらから場所と日時を指定しても構わないかどうか、お聞き願えるか?」

『あー、ケンジンだもんな! ヒトのシガラミってめんどくせーから、しかたねーな!』


 何となくだけど、ガキ大将みたいな印象である。

 頭の弱そうな脳筋っぽい言動の割に意外と賢いみたいで良かったです。


 きっと彼等は王の使いという事だから、ある程度分別のある、コミニュケーション能力の高い個体なんだろう。


 うん、とりあえず一個言いたい。



 何コイツら可愛い。



 めっちゃ可愛い、もうなんか、どうしたら良いか分からないくらい。

 可能なら、床をバシバシ叩きながら転げ回りたい。

 やらないけど、やって良いならやってると思う。全力で。


 だってなんか、めっちゃちっちゃいのが、皆でわちゃわちゃしてるんだよ?

 なんていうか、アレだ、ヒヨコとか、そういうのが私に向けてピヨッピヨ言ってるみたいな、そんなのを彷彿させる感じ。


 あーもー、なにこれ可愛いー、ちっちゃいから余計に可愛いー。


 そんな私の思考は、お菓子とお茶をカートに乗せ、ガラガラと音を立てながら帰って来た執事さんの登場で中断となった。


「旦那様、お待たせ致しました。紅茶と、クッキーにございます」

「あぁ、助かる」


 席から立ち上がり、執事さんが私のすぐ側まで持って来てくれたカートの上に置かれていた皿からクッキーを一枚手に取った。


『くっきー?』

『なにそれ?』

『しってる! ニンゲンがつくってるオカシだよ!』

『オカシってなんだ?』

『わかんない!』


 途端に私の、というかクッキーの周りを不思議そうに飛び回る光達。


 うん、可愛い。

 そっかー、クッキー分かんないかー。


「意外と美味だぞ、待たせた詫びだ。土産に持って行くが良い」


 そう告げながら、コインを弾くのと同じように上へとクッキーを指で弾くと、上手くクッキーを受け取った淡い緑の光が嬉しそうな声を上げ、『わあっ』と、はしゃいだ声を上げた。


『あっ! マリョクとちがうけど、おいしい!』


 クッキーを口に入れたらしい緑の光の子が、驚いたような、そして嬉しそうな声ではしゃぐ。


『ねぇケンジン! わたしは?』

『おれは? おれは?』

『もちろん、われのぶんもあるだろうな!』

『む……!』

「その皿の分は皆で好きに分けて持って行って構わんぞ」


 私の周りを飛び回りながら、不満気な声を上げる彼等に、内心でめっちゃ悶えながらも外面の演技は平静を保ちつつ、さらりと告げる。

 途端に小さな光達はクッキーの皿に集まり、一人一枚ずつ持って私の周りを嬉しそうに飛び回った。


『やったあ!』

『さすがケンジン!』


 可愛いなー、……なんか、めっちゃ癒やされるわ……。

 今度から精霊見掛けたら餌付けしよう。そうしよう。


「…………旦那様、今、何が?」


 精霊達が見えていない執事さんには、私の弾いたクッキーと、皿の中にあった筈のクッキーが空中を飛び回っているように見えているのだろう。

 戸惑ったような声音で尋ねながら、私を見る執事さん。


 ……うん、そうだね、訳わからんよね執事さん。ごめんね。


 とりあえず、簡単に説明する事にしよう。


「精霊達に捧げただけだ」


 あ、めっちゃ簡単になった、ごめん執事さん。


 だがしかし、流石は執事さん。

 それだけの説明で納得と理解をしてくれたらしい。

 驚いたように目を見開いた後、慌てたように辺りを見回した。


「なんと……! ここに精霊が……!?」


 しかし当の精霊達は、クッキーに夢中で執事さんには目もくれていない。

 ひとしきり食べた後、満足したらしい彼等はまた私の周りを飛び回る


『ケンジンありがとー!』

『ありがとー!』


 口々にお礼を言いながら飛び回っている彼等に、改めて言葉を口にする


「気にするな。

 そういえば、名乗りが遅れたな、私はオーギュストだ」


『オーギ?』

『ギュ?』

『ギ?』

『ギー?』


 飛び回っている彼等から、怪訝そうな反応が返ってきた。


 ……あー、一番印象に残った音だけ頭に残っちゃったかー。


『んー、もうギィでいいや!』

『ギィ!』

『ギィありがとなー!』


 あ、めんどくさくなったのね。

 仕方ないね。

 でも可愛いから良いや。


 その時、ふと何かを思い出したように緑の光が慌て始めた


『あ、おうさまにホーコクしなきゃ!』

『そうだった!』


 忘れていたらしい者も慌てたような声を上げる。


『ならばかえるか! ではな! ギィ!』

『じゃあねー! くっきーありがとー!』

『また、くる!』


 彼等は思い思いにそんな言葉を発しながら、効果音を付けるなら、ピュー!だろうか、そんな音がしそうな速さで換気用の窓から外へと消えていった。


 うん、あっという間に見えなくなったなあ。

 気配は、……うん、いつまでも辿れそうだからやめとこう。


 しかし、どうやら彼等にとって、私は『ギィ』で確定してしまったようである。


「……まあ、良いか」


 可愛いは正義、って現代日本でどっかの誰かが言ってた気がするし。


「精霊の声を聞き、姿を見る事が出来る者は稀と聞きますが……、流石は旦那様……!」


 なんか感激したような声で呟く執事さんの信頼と過大評価が、地味に私の心へダメージを与えて来た。


 なんだよ、流石、って。

 なんもしてないからね、私。


 そんな事を考えながらも、とりあえず休憩用のソファへ腰掛け、紅茶のカップを手に取った。


 あ、この紅茶おいしーい。


 そんな風に優雅に紅茶のカップを傾けていたら、不意に執事さんが爆弾を落としてくれた。


「あぁ、そういえば旦那様、本日の夜会のご衣装をお持ちしたと、針子のシェリエが来ております」


 へえー、針子さんが来てるんだ。


 ……いや……ちょっと待って、夜会?

 って言うと、パーティ?


 え、今日?


 って事は、今日が建国記念日?

 この間日付知って満足しちゃって確認忘れてたとか、いやいやいやいや、そんな事無いですぅー、違いますぅー。


 なんか小学生が言い訳する時みたいなノリでそんな事を考える。


 オーギュストさんの知識から確認すると、ほーら、違う。

 建国記念日は明日でしたぁー。


 …………明日?


 えっ待って待って待って、明日?


 いや、うん、ごめん。

 正直言うと確認忘れてました、ごめんなさい。


 だから時よ戻れ。

 いや、やめとこう、ホントに戻ったら怖い。


 しかし明日かよ。

 マジかー……。


 あれ、じゃあ今夜の夜会ってなんだ?


 よし、こういう時こそ検索だ!


 また知識に検索を掛けると、瞬時に答えが湧いて来た。


 ・建国記念パーティ

 

 国を上げて建国を祝う為に開催される。

 7月の9、10、11の三日間あり、前日、当日、翌日と、国を上げて飲めや歌えや踊れやの大騒ぎをする。

 三日間国中がお祭り状態になるので、国民からすれば第二の新年祭。

 前日から王城に入れるのは、王と共に祝える事もあり、大貴族のみ。



 ……何その文化祭みたいなノリ。


 あれかな、日本でいうクリスマスみたいな?


 この感じから考えると、常識であり、国民なら誰でも知ってる当たり前の事なんだろう。

 だけど一応確認しておくべきか。


 そう判断した私は、優雅に紅茶を傾けながら、外面だけは冷静に、内心で冷汗とかダラダラ掻きながら執事さんへ声を掛けた。


「アルフレード、記憶の混濁のお陰で曖昧なのだが、今夜の夜会は王家主催であり、王城でのもの、で合っているか」

「は、間違いございません」


 マジかよ。


 いや、うん、大丈夫、大丈夫だ私。

 頑張れ私。


「では、用意した服はそれに見合ったもの、という事か?」

「それに向けて作っていたようで、素晴らしい出来だ、と」

「……そうか、なら良い。ところで、どういう服か、聞いているか?」

「先日旦那様がご依頼された12年前の物を今風に作り変えた物、だそうです」


 あぁ! そういや頼んでた! すっかり忘れてた!


「ふむ、アレか……。お前は確認したのか?」

「いえ、今からお持ちするとの事で、わたくしもまだ……」


 執事さんはそう言って、残念そうな様子を見せながら微かに苦笑する。


「……そうか、ならば細かい調整もあるだろう、通せ」

「畏まりました、暫くお待ちを」

「あぁ」









「先日は、大変お見苦しい上に、失礼な事を致しまして、誠に申し訳ありませんでした!!」


 あれから少しして執事さんに連れられて部屋にやって来た針子さんは、開口一番そう言って、なんかもう速攻、全力で土下座してしまったんだが、この人なんかやったっけか。

 しかし土下座までするとか、めっちゃ気にしてるっぽいね、針子さん。


「ふむ、覚えていたのか」


 私は覚えてないけどな!

 いや、なんかあった気はするけど、なんだっけか。


「はい、いくら徹夜していたとはいえ、旦那様のお召し物を剥ごうとするなんて……!」


 ……あぁ! そういやそうだった!

 いやぁ、その日の夜に起きた出来事がヤバ過ぎて掻き消えてたわ……。


 それもこれも全部変態のせいだな。


「わたくしの命一つでどうかお許しを……!」

「ふむ、気にするな、と言っても無理だろうが……、ならばその命、良い作品を生み出す為に使いたまえ」


 キッパリと言い放つと、驚いたように目を見開いた彼女は、震える唇で恐る恐る答える。


「……お許し頂けるのですか……?」

「許すも何も、私は気にしていない。

 だが、今後はきちんと睡眠をとるよう、気を付けたまえ」

「……っはい!」


 感極まったみたいに涙を見せる彼女に、罪悪感が湧く。


 ……泣かせちゃったよ私。


 その後、針子さんが持って来てくれた服を調整の為に着せてもらったんですが、流石はオーギュストさん、めっちゃカッコ良かったです。


 紺色で銀縁の、なんか豪華な装飾の付いたコートと、白に銀縁のなんか豪華な装飾の付いたベストに、白いシャツ、それから、なんか豪華な装飾の付いたスカーフみたいな何かを首に巻いて、ヒラヒラさせている。

 そして灰色のズボンと、なんか豪華な装飾の付いた紺色のロングブーツ。


 前がどんなだったか全く分からんから、これが古いのか新しいのかもサッパリなのが残念である。

 何が残念って、凄さが全く分らないのが残念。


 あと現代ファッション以外の服の呼び方なんぞ知らんので、めっちゃ適当な説明になったけど仕方ないよね。

 まあ、知識を検索したら出て来るんだろうけど、めんどいし、いつでも出来るから今は良いや。



 この格好で、私は今日の夜会に参戦するらしいです。


 ……………………うん。


 正直に言おう。



 行きたくねぇえええ!!




 

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