第15話【姪視点】

 




 わたくしの名は、クリスティア・ローライスト。

 ローライスト伯爵家の第一子であり、今年の冬に齢12をむかえる女児でございます。

 そんなわたくしですが、他家の同じ年の子供と比べると、少々、いえ、少しばかり頭が良過ぎるらしいです。


 わたくしの家庭教師達が口を揃えて同じようなことを言うので、わたくしの機嫌を取るために嘘をついているのでなければ、多分真実なんでしょう。


 お母様は、お父様に似たのね、とおっしゃっていたけれど、お父様は、お母様に似たんだね、とおっしゃっておりましたので、なんとも似たもの夫婦だと思います。

 わたくしはお二人の子供ですので、お二人共に似ていると思いますけれど、お互いしか見えていないお二人ですから、仕方がないのだと思います。


 出来ることなら、人の目がある時くらいはもう少し落ち着いていただきたいです。


 両親の仲がいいのは恥ずかしいとかそういうことじゃなくて、人の迷惑になっていることがあるのです。

 なので、そういう時はわざと癇癪を起こしてお二人の意識をわたくしに向けさせているのですが、そのせいで周りからワガママ娘だと思われているらしく、最近周りの目が冷たく感じます。


 でも、仕方ありません。

 そうでもしなければ、魔力の強いわたくしの両親は、居合わせた人など気にせず魔力を放出して、怪我をさせてしまうかもしれないのです。

 仲がいいのはよいことですが、それはダメだと思うのです。


 仲良くケンカする両親は、とても楽しそうなんですけれど。


 ケンカの原因は、主にお父様が他家の奥様とご挨拶したとか、お母様が他家のご当主にご挨拶したとか、なんとも些細なことですが、パーティの会場で魔力の伴うケンカは、どう考えてもダメだと思います。


 お陰で、お友達らしいお友達なんて一人もおりません。

 腰ぎんちゃくのような、わたくしの機嫌を取る他家のご令嬢ならば、4人ほどいらっしゃいます。


 そんなわたくしですが、寂しくはありません。


 年は離れておりますが、従兄弟もおりますし、何より、叔父にあたるヴェルシュタイン公爵、わたくしのおじさまは、ただの姪であるわたくしをとても可愛がってくださいます。


 だけど、お父様とお母様以外の周りの大人は、口を揃えておじさまのことを悪くおっしゃるのです。


 大きいお身体だって、わたくしには不快に感じません。

 みんなが口を揃えて言うように、ひどい人だなんて、信じられません。


 きっとあの外見のせいで、みんなカン違いしているのだと思うのです。


 何よりわたくしにとっておじさまは、家族同然です。


 わたくしのお父様とお母様は、お互いしか見てなくて、わたくしを見て下さることは少ないです。

 だから、小さな頃からおじさまがわたくしを可愛がってくださるのが、うれしくて仕方ありませんでした。


 一度だけ、なぜわたくしを可愛がってくださるのか、聞いてみたことがあります。

 その時、おじさまはとても悲しそうなお顔でこうおっしゃいました。


 キミは、私の妻に良く似ていたのだ、と。


 お父様に、そんなに似ているのかと聞いてみたら、言われてみれば目元以外はそっくりだ、とお墨付きを頂いてしまいました。


 それでも、おじさまが、たとえわたくしが亡き奥さまに似ている、という理由で可愛がってくださっていたのだとしても、わたくしは一向にかまいませんでした。


 だっておじさまが、おじさまだけが、わたくしを見てくださる唯一の人だったのです。


 だけどある日、おじさまは病に倒れてしまわれました。

 わたくしは珍しく、激しくうろたえてしまって、侍女達を困らせてしまうほど、泣いてしまいました。


 そんな頃でございました。

 わたくしと、第一王子である、ルートヴィッヒ・シェヴァ・ルナミリア様との婚約の話が持ち上がってしまったのです。

 おじさまがお倒れの最中に、なぜわたくしにそんな浮ついた話が、と憤りました。


 ですが、ただの伯爵令嬢であるわたくしに拒否権などある訳もなく、わたくしは王子と面会するハメになってしまったのです。


 そして王城の綺麗なお庭で面会させられた王子は、ものすごく腹の立つ子供でした。



「……お前がクリスティア・ローライスト伯爵令嬢か」


 簡単な挨拶の後、王子はそんな風に偉そうな態度でわたくしを見た後、鼻で嗤いました


「なんだその吊り目。

 流石はヴェルシュタイン公爵の姪だ、性格の悪さがにじみ出ている。

 こんなのが僕の婚約者候補? 願い下げだね」


 ……はぁ?


「あら、でしたら一生お独りで生活なさるとよろしいわ。

 初対面の相手の顔をすぐさま貶すことが王族のつとめと勘違いなさっているような方、結婚などなさらない方が世のご令嬢のためになりますもの」


 あんまりにも腹が立ったので、反射的につらつらと口答えしてしまいました。

 だって、よりにもよってこの王子、わたくしの敬愛するおじさまを貶したのです。

 許せるはずがありません。


「なんだと……!?」

「それとも、結婚相手はお人形のように自分の言うことだけを聞いてくれるような方をお望みですの?

 言っておきますが、女という生き物は男と違って愛されないと分かったら心底相手を憎めるのです。

 寝首を掻かれてもよろしいのでしたら、どうぞ自分の好みのお人形さんをお探しになってくださいませ」


 つん、と澄ました態度で、またつらつらと口答えするわたくしに、王子はあっけにとられたようなポカンとしたマヌケな表情をした後、お顔を真っ赤にしてわたくしを睨みました。


「……おまえ、誰にそんな口をきいている……!」

「……図星を突かれたら腹を立て、すぐに権力に訴える。

 あなたさまにとって、王族のつとめとはそんな軽いものなんですの?」


 ああ、帰りたい。

 なぜわたくしがこんな子供と。


「何が言いたい……!」

「あなたさまは、ご自分の立場を理解しておられないのね。

 そんな方が婚約者など、こちらから願い下げだわ。

 王族がどういった役割を持つのか、何が重要視されるのか、どう過ごすべきか、きちんと理解してから出直してくるとよろしいわ」

「な……!」

「もう面会はすみましたし、わたくし、帰らせていただきますわね」


 言いたいことは全て言ってしまいました。

 こんな子供と同じ空気を吸っているだけで腹が立ちます。


 なので、その場から立ち去ることにいたしました。


「待て!」

「なんですの?」

「……っ、後悔しても知らないからな! 候補から外すぞ!」


 王子は、最後通告とばかりに、堂々たる態度でそうおっしゃいました。


 そんなことを言われても、たとえ相手が王子で、わたくしの態度が王族に対して不敬だと糾弾されても構いませんでした。

 王族に間違ったことを注意出来ない臣下など、ただのお人形と変わらないのです。


 だからわたくしは、どうなろうと知ったことじゃありませんでした。


 ので、わたくしはなんの焦りもなく、王子を睨めつけながら言ってやりました。


「構いませんわ、なりたくて婚約者候補になどなったわけではないのですから」

「えっ」


 よほど予想外だったのでしょう。

 小さくそれだけ呟いて、王子は固まってしまわれました。


 まあ、なんてマヌケなお顔。


 ちょうどいいから今のうちに帰ってしまいましょう。


「では殿下、もう会うことはないとおもいますが、御前失礼いたします。さようなら」


 これでせいせいした! とばかりに、わたくしは王子の前から退場したのです。



 それからしばらく、王子からはなんのお咎めも、更には音沙汰もありませんでした。

 だけど、そんなことわたくしには心の底からどうでも良かったのです。


 わたくしは、あれから毎日、国神であるルナミリア様に祈っておりました。

 どうかおじさまを助けてください、わたくしに、おじさまを返してください、と。


 そして、おじさまがお倒れになられてからひと月ほどたったある日のことです。

 おじさまが、ご快復されたとの知らせがありました。


 うれしくてうれしくて、わたくしはお母様に、すぐにでもお見舞いに行きたいとお願いしました。

 面倒だとおっしゃりながら、それでもその日の内に書簡を用意して下さったお母様は、次の日におじさまへ会いに行く許可を下さいました。


 その夜は目が冴えてしまって、眠る時間が少し遅くなってしまうくらい、わたくしはおじさまに会えるのを楽しみにしておりました。


 そしてとうとう次の日がやって来たのです。


 わたくしは朝から張り切っておめかしして、おじさま好みのドレスを選び、我が家の馬車へ乗り込みました。

 我が家からおじさまのお屋敷に着くまで半日近くかかりますが、そんな時間まったく苦には感じませんでした。


 それから、ようやくおじさまのお屋敷にたどり着くと、執事にいつものように客室に案内されました。


 おじさまがわたくしの好みを聞いて、わたくしの為に誂えた、わたくしの為の場所です。

 そこは我が家の自室よりも居心地の良い空間でした。


 いつものように、侍女のリーナを従えて、おじさまが来るのを待ちわびます。

 その時ふと、扉がコンコンと2回、ノックされました。


「どちら様でございましょうか」


 リーナが扉へ向けて声をかけます。

 すると、その後聞こえたのは、わたくしにとって待ちわびた、うれしくて仕方ない言葉でした。


『アルフレードに御座います。クリスティア様に、旦那様がお見えになられました、とお伝えを』


 執事の声がそう言ったのが聞こえた瞬間、リーナが止めるのも聞かず、わたくしは走り出しました。

 そして、そのままの勢いで扉を開けて、部屋から飛び出し、おじさまに抱きつきました。


「おじさま……っ! よかった! お元気になられたんですね! クリスティアは、クリスティアはもう、おじさまに会えないかと……っ!」


 うれしくて、つい涙ながらにおじさまのお腹に頭を押し付けます。


「ほんとうに、ほんとうに良かっ…………あれ、おじさま、もしかして痩せられました?」


 なんだか、おじさまのお身体が半分になっていることに、今更ながら気付きました。

 慌てて顔を上げれば、そこには、わたくしの理想を詰め込んだみたいな

 とても、表現が難しいくらいのステキな男性がいたのです。


 でも、わたくしはこの方がおじさまだとすぐに分かりました。

 よく見なくても、おじさまが大きなお身体だった頃の面影はたくさんあります。

 この方から感じる魔力の質は、おじさまと同じもの。

 濃ゆくて、深くて、でもなんだか前より膨大になっているけれど、同じなのです。

 お顔にだって、面影があります。

 切れ長の氷のような、冷たい青い瞳はわたくしを映すと、ふ、とゆるむのです。


「……あぁ、寝込んでいる間にいつの間にかね」


 そうおっしゃって、何処か困ったように、かすかに笑うおじさまは、とてもステキな男性でした。


「まあ……! ステキ……! なんてことかしら……! わたくし、こちらのおじさまも好きですわ!

 あっ、でも、前のおじさまも好きですのよ! とても包容力がおありなんですもの!

 どうしましょう! 普段からおじさまは、とてもステキでしたのに!」

「そうかね」


 切れ長のおじさまの目が、わたくしをじっと見つめます。

 あまりのステキさに、もはやわたくしは目を離すことが出来ませんでした。

 なんだか、ステキと思いすぎて、ステキがなんなのか分からなくなって来るくらいです。


「えぇ! だけどわたくし、今のおじさまの方が好きだわ! だって、とってもカッコいいんですもの!」


 前のお姿も、絵本のくまさんみたいで安心感がありましたが、今のお姿は、この方にならば何をされてもいい、と思えるくらい、美しくて、カッコよくて。

 ああ、なんだかわたくし、自分の表現力のなさに嫌気がさして来ました。


「カッコいい...」


 なんだか不思議そうにそう呟くおじさまが、とても可愛らしく感じます。


「そうですわ! この間面会させられた、この国の第一王子とかいう小生意気な子供とは比べ物にもなりませんわ!」


 あんなのとおじさまをくらべるのもおかしいけれど、婚約するならあんなのよりおじさまの方が、何百倍も良いと思ってしまいました。


 すると、おじさまがかすかに困ったような表情をしながら、わたくしを見つめました。


「……仮にも王族、余り暴言を言うものではないよ」

「でも! あの子供、よりにもよってわたくしのお母様譲りの、この吊り目を笑いましたのよ!

 しかも、流石はヴェルシュタイン公爵の姪だ、性格の悪さが滲み出ている、なんて馬鹿にしたように!」


 だからわたくしは悪くないのです。

 全ては何も考えずおじさまを非難し、馬鹿にした王子が悪いのです。


「ふむ」


 あごに手を当て、考えるような様子のおじさまはやっぱりステキです。

 でも、わたくしはおじさまになんとか理解していただこうと、必死で言葉を口にしていました。


「絶対に許せませんわ! あんな腹の立つ子供! 外見だけで判断するなんて、王族として恥ずかしいと思わないのかしら!

 あんなのの婚約者になる方が気の毒だわ! わたくしなら絶対に嫌ですもの!」

「クリスティア」


 おじさまに静かに名を呼ばれて、ハッとしました。


 いくらおじさまに分かっていただきたいからといって、今の行動は淑女としてあるまじきものでした。

 わたくし、何をしているのかしら……!


「……っ、ごめんなさい、おじさま、わたくしったらついカッとなって……」


 ダメだわ、こんなのじゃ、おじさまに呆れられてしまう……!


「いいや、私の前では気にする事は無い。

 だが立派な淑女になる為にも、もう少しだけ、冷静さを持たなくては」


 そう言って、優しい目でわたくしを見るおじさまに、ホッとしました。


「まあ! おじさままでリーナのような事をおっしゃるのね」


 口に手を当てて、わたくしは笑います。


 ついこの間もリーナから、もう少し落ち着かれてくださいと、苦言されたばかりですのに。

 わたくしって学習能力が低いのかしら。

 もっとがんばらなくっちゃ。


「おや、クリスティアには良い先生が付いているようだね」

「もう! わたくし、これでも気にしているんですのよ! それに、リーナは先生じゃなくて侍女よ、おじさま」

「そうかね。ならばクリスティアは良い侍女を付けて貰えたのだな。」


 そう言って、おじさまはそのご尊顔を、ふ、と優しく緩めながら、わたくしに微笑んで下さいました。



 

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