第14話

 




「そうかね。ならばクリスティアは良い侍女を付けて貰えたのだな」


 そう言った途端、ふ、と微かに笑っている自分に気付いて物凄くビビった。


 なんか、今オーギュストさんの顔、物凄く自然に笑ったぞ!?

 今まで意識して笑おうとしなかったけど、なんか勝手に笑顔になった! ナニコレ!


 もしかしなくてもオーギュストさん、ジュリアさんに目元以外そっくりな姪っ子ちゃんを猫っ可愛がりしてやがったな!?


 記憶を探れば、うん、なんかめっちゃ可愛がってた。

 息子さん可哀想だろオーギュストさんの馬鹿。


 その時ふと、何処か感慨深そうな表情で姪っ子ちゃんが私を見上げている事に気付く。


「……おじさま、やっぱり変わられましたわね」

「…………ふむ、そう思うかね」


 なんか、よくそんな顔されるな、私。

 いや、うん、まあ、仕方ないんだけどね。

 中身違う訳だから。


「えぇ、前からとてもお優しかったけれど、いつもピリピリしておられました。

 でも、今はスッキリしたような、おだやかな顔、してらっしゃるわ」

「……そうかね」


 なんだか嬉しそうに告げる姪っ子ちゃんの笑顔が眩しくて、頷く事しか出来ない私。


「一体何が原因だったのか、わたくしには想像も付かないですけれど、ようやく、おじさまの憂いが晴れたのですね、……本当に良かったです」


 幸せそうに笑う姪っ子ちゃんの表情は、皮肉にもジュリアさんにそっくりで、なるほど、猫っ可愛がりする訳だと、つい納得してしまった。


 姪っ子ちゃんの言葉を頭の中で反芻しながら、考える。

 確かにオーギュストさんの憂いは晴れただろう。

 それは、死んでしまったから、というのが、なんとも皮肉だけど。


 ……まあ、私の憂いに関しては、めちゃくちゃあるけどな。

 むしろ憂いしかない。

 切実に癒やしが欲しいよ!


 そんな事を思ったけど、いつまでもこんな所で立ち話もいかんよね、と判断した私は、姪っ子ちゃんに視線を送りながら口を開く事にした。


「……ありがとう、クリスティア。

 さあ、お茶にしよう。君の話を聞かせてくれるかい?」

「えぇ! もちろんですわ! リーナ、紅茶の用意を」

「全て滞りなくご用意しておりますわ、お嬢様」

「まあ! さすがはリーナね!」


「アルフレード」

「は、既に茶菓子はお持ちしております」

「うむ」


 そうして客室に入った私達による、茶会、のようなものが朗らかな雰囲気で始まった。


 嬉しそうに笑いながら、美幼女の姪っ子ちゃんはどんどん語り始める。


 オーギュストさんの記憶にも無い、寝込んでいた一ヶ月の間に起きた事は一応調べていたけど、他人の、しかも子供の目線でのそれらはとても新鮮だった。


 例えば、姪っ子ちゃんの家が治めている領地の、隣にある他家の領地で魔物が出て、駆け付けた騎士団に討伐されたけど、その魔物から取れた素材は姪っ子ちゃんの家の領地に売られた、とか、別の領地では、交易で手に入れたらしい珍しい作物が実ったので、わざわざ取り寄せた、とか。


 魔物というものが何なのか、っていうのはとりあえず後日余裕ある時に考える事にして、今はスルーさせて貰おう。


 そんな中でも、姪っ子ちゃんが第一王子の婚約者候補として面会させられた話は、なんとも感情が篭っていた。

 主に、怒りの。


 放っておくとまた噴火しそうだったので、論点を変えたり宥めたりするのが大変でした。


 しかし、姪っ子ちゃんが王子の婚約者候補か、知らんかったわ。

 後で調べよ。


 まあ、爵位はともかく、血筋は妥当なんだろう。

 何せ、ヴェルシュタイン公爵家と繋がってるという事は、王族の血筋に連なってるって事なんだから。


 年齢も大体同じ位だし、丁度良かったのかもしれない。


 あとの理由は、……魔力かなあ。

 意識してみたら、今まで会った誰よりも姪っ子ちゃんは魔力が高そうだ。


 知識を探ったら、王家は基本的に、血筋と魔力を重視している傾向が有った。

 それを考えると、姪っ子ちゃんはかなりの有力候補なんだろう。


 本人、めっちゃ王子の事嫌いみたいだけど。

 第一印象最悪ってやつですね、仕方ないね。


 まあ、物語の定番としては、この後なんだかんだでお互いに惹かれていく、とかありそうだけど、……此処現実だからなあ。


 無いか。


 でも、王子をここまで嫌ってしまったら、後々大変な事になってしまってもおかしくない気がする。

 例えば、反逆罪に問われてしまったり、反王国派の過激な人達の御輿に担がれたり、考え始めたらキリがない。

 この子の周りがきな臭くなるって事は、私の周りも、きな臭くなるって事だ。


 そうなる前に、摘める芽はさっさと摘んでしまおう。

 今からならまだ全然修正可能だろうし。


 という訳でちょっと頑張ろうと思います。


「クリスティアは、好いた者と結ばれたいと思うかね?」

「それは、たしかに理想ではありますけれど……、わたくしは貴族ですもの、ムリだとは分かっておりますわ」


 私の問い掛けに対して、姪っ子ちゃんは少し苦しそうに、そう答える。


 貴族の子供は、市井の子供より勉強してる分頭が良い、っていうのはオーギュストさんの知識にあったけど、姪っ子ちゃんは特に顕著かもしれない。

 まあ、女の子は基本的にそういう現実的な所あるよね。

 しかし、打てば響くとはこの事か。


 個人的に、この姪っ子ちゃんの事は好きかもしれない。


 取り留めなくそんな事を思いながらも、私は迷い無く口を開く。


「確かに貴族にとって、血筋も、立場も大切だろうな」

「えぇ、ですので、わたくしは貴族として、父の定めた婚約者ならば、受け入れるつもりですわ」


 キリッと、真剣に決意を話す姪っ子ちゃんは、とても子供とは思えない表情をしていた。


 私がこの位の頃は、小学校の遊具でどれだけ高く登れるか、とかよく分からない遊びをして、先生にシバかれた思い出しかないっていうのに、えらい違いだ。


 しかしなるほど、自分の立場を弁えているとは、貴族の子供というのは無理に大人にならなきゃやっていけない、という事か。


「それが例え、第一王子でも、かね?」

「……えぇ。物凄く、嫌ですけれど」


 確認の為に尋ねれば、めちゃくちゃ嫌そうに、まるで青汁を飲んだみたいな苦々しい表情で、顔を顰める姪っ子ちゃん。


 ホントに嫌なんだね。

 うん、でも相手王子だからね、自重しようね。


「クリスティア、君は第一王子がどのような人物か、知っているかね?」

「クソ生意気なバカですわ」

「これ、何処で覚えたんだね、そんな言葉」


 私の問い掛けで、お嬢様らしい楚々とした雰囲気の姪っ子ちゃんの口から飛び出た、なんかもうあんまりな言葉に、つい反射的に注意してしまった。


「もうしわけありません、おじさま……」


 途端に、殊勝な態度で反省する姪っ子ちゃん。

 私の注意が余程効いたのか、今にも泣き出しそうなくらいに、しょんぼりと落ち込んでいる。


 うん、ごめんね、オジサン顔怖いもんね、怖かったよね。

 でもびっくりしたんだよ私。


 てゆーか駄目だよ、お嬢様がそんな汚い言葉王子に向けて使ったら。

 私が処刑される未来が一気に現実的になるじゃないか。


 やめてよマジで。

 子供ってそういう所が怖いわー。


 内心でそんな風に姪っ子ちゃんに対して複雑な恐怖を感じつつ、私は紅茶のカップに口を付けた。


 あ、これ美味しい。


 ……うん、ちょっと落ち着いたので話を戻そう。


「……まあ、反省しているなら良い。

 話を戻すが、……私が知る第一王子は、寂しい子供だ」


 そう言って、コトリ、と小さな音を立てながら、カップをソーサーの上に乗せる。


 私個人は王子と会った事は無いけど、オーギュストさんは挨拶程度は交わした事があるらしい事は、王子の事を検索した時にさっき知った。

 オーギュストさんのプライベートを詮索する気は無いけど、公的な場の記憶を見るのは問題ないと思うんだ。私的に。

 今後の人間関係を円滑にする為にも必要だと思います。

 という訳で、その記憶の中での王子の、私が感じた印象は、寂しさを誤魔化す為に傲慢に振る舞う子供、だった。


「寂しい、子供?」


 不思議そうに、私の言葉を反芻する姪っ子ちゃん。


「……王位継承権第一位という事はどういう事か、分かるかね?」

「将来王になる可能性が一番高い、という事ですわ」

「そうだな。だがそれはつまり、自分を持てない、という事だ」

「自分を、ですか?」


 私が何を言いたいのか、まだ幼い彼女には分からないのだろう。

 とても不思議そうに、私の顔を見ている。


「……クリスティア、君は伯爵令嬢である前に、クリスティアという人間だろう?」

「はい」

「だが、第一王子は、小さな頃から王太子として育てられる。

 次の王として相応しく、だ」


 静かにそう告げるけれど、姪っ子ちゃんはよく分からない、という表情で困ったように首を傾げた。


「……えっと……」


 あれ、なんだこの子可愛いな。

 何だこの小動物見てるみたいな気持ち。


「ふむ、少し難しかったかな。

 そうだな、つまり、全く自由も無く、意見も聞いてもらえず、理想ばかりを押し付けられ、それが当たり前になっている子供だ」

「そんな事が当たり前に……?」

「そうだ。寂しい子供だろう?」


 同意を求めるように尋ねれば、彼女は少し俯きながら考える素振りを見せて、ふと、顔を上げた。


「お友達は、いらっしゃられないの?」

「従者や、ご学友なら、居るだろうね。そして彼等は、王子を王子としてしか、見ていないだろう」


 彼女の問いには、静かな態度で言葉を返す。

 すると彼女は、息を飲むように瞠目した。


「まあ……! なんてこと……」


 そう言って、考えも付かなかった、という表情で私を見た後、何処か悲しそうに、そして申し訳なさそうに、表情を歪める。


「……そんな時に、勝手に婚約者まで決められそうになったものだから、腹が立ったんじゃないかね? 反抗期、または八つ当たり、だな」


 まあ、ちゃんとした友達が居るなら、姪っ子ちゃんに八つ当たりするような人間になってる筈無いと思うんだよね。

 だから多分、私のこの考えは正解だと思う。


 違ってたとしても、まあ、姪っ子ちゃんが王子を嫌い過ぎなければそれで良いから、なんの問題もない。


「……あの子供がわたくしに言った言葉は許せませんが……、心情は理解できたように思います」

「なら次会った時には、婚約者ではなく、友になってやれば良い、と私は思うよ」

「……そうですわね、次代の王が、友の一人もいないなんて、……どう考えてもロクな王になりませんわ……」


 若干の沈黙の後、彼女は意を決したようにそう呟いた。


 あれ、そういう考えに行っちゃうんだキミ。


 可哀想だから友達になる! とかいう子供らしい安直な考えにならないのは、姪っ子ちゃんらしいと言えば、姪っ子ちゃんらしいのかな。


「……ふむ、君がそう思うならそうしてあげたまえ。

 彼本人は望んで居ないかもしれないが、誰かがお節介を焼かねばロクな事になるまい」

「えぇ、機会があればそうしてみますわ」


 コクリ、と一つと頷いて、決意したような表情を浮かべながら、私をじっと見つめる彼女に、なんだか若干の罪悪感が湧いた。


「……焚き付けておいてなんだが、良いのかね?」

「構いませんわ、自分の身よりも国の平和が大事ですもの」


 あー、なるほどー、本当に頭が良いなこの子。

 頭良い子は好きだよお姉さん。


 でも、そのせいで自分を蔑ろにされるのが当たり前になっているのは、ちょっと頂けないな。


「……そうかね。……ならばお詫びに、相談くらいならばいつでも乗ろう」

「良いのですか!?」


 頬を染めながら、とても嬉しそうに私を見る姪っ子ちゃん。


「あぁ、可愛い姪の為だ。それくらいは当然だよ」


 自然と緩む口元に、なんかオーギュストさんに対する苛立ちを覚えてしまいながらも、そう告げた。


「ありがとう、おじさま……! わたくし、もっとがんばりますわ!

 良い意味で、流石はヴェルシュタイン公爵の姪だ、と言われるように!」


 あー、うん、そんなつもりで言ったんじゃないんだけどな。

 なんで甘やかして決意を新たにされるのかよく分からない。


「……余り無理をしてはいけないよ」

「おきづかい、いたみいります。ですが、これはわたくしの本心ですの」


 なんともキリッとした顔でそう告げられてしまって、なんとも居た堪れない気持ちになった。

 誰だこの子の教育したの。


「……ふむ、我が一族の姫の決意は堅いようだ。

 だが、一つだけ約束してくれるかね?」

「なんでしょう?」


 王族でもないのにこんな小さな頃から、心を殺して生きていくのが当たり前みたいな、そんな生き方、させられる訳が無い。

 そういうのはもっと育ってからでも構わないんだよ。


 それとも、この子の場合頭が良過ぎて勝手に察しちゃったのかな。

 だとしたら、この年齢でこれは危う過ぎる。


 そんな考えの元、目の前の年端もいかない小さな少女をじっと見詰めながら、告げた。


「どうしようもなくなる前に、頼る事。私が君に望むのはそれだけだ」


 すると、少女は困ったように、でも何処か嬉しそうにはにかみながら、口を開いた


「……わたくし、あまり頼る事はしたくないのですが、他ならぬおじさまのお言葉ですもの、お約束させていただきますわ」


 はい! 言質取りました!

 子供は素直が一番。


 彼女の表情を見れば、私の言葉が彼女にとって望んでいた言葉だっていうのはすぐに分かる。

 だって物凄く嬉しそうだもの。


 「絶対に、違えてはいけないよ」


 「はい!」


 念を押す私に対して、元気なお返事をする姪っ子ちゃんは、とてつもなく可愛らしかったです。


 あかん、この子可愛い。


 ちょっと頑張ろうかな、と思える午後でした。



 

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