第13話

 





 人間じゃなくなったからかは分からないけど、食欲は基本的に無いらしい。


 空腹感も無いし、満腹感も無い。

 疲れも全く感じないし、汗もかかない。

 ...もしかしたら髪も爪も伸びないのかもしれない。


 いや、それはまだ分からんけど。


 まあでも、美味しい物を食べると満足感はある。


 ので、私は美味しい物を食べる訳です。


 本日の昼食は、鳥肉を少し辛いタレのような物で炒めた物と、レタスみたいな野菜のサラダ、それからフランスパンみたいな感じの少し硬めのパンと、朝食で食べた物とは違う、あっさりしたスープだった。

 何となく鳥肉の味がするのでチキンスープみたいな物なんだろう。


 美味しいものは、正義だね。


「アルフレード」

「は、なんでしょう」

「美味かった、と伝えておけ」

「畏まりました、……それと旦那様」


 珍しく付け足されるように呼び掛ける執事さんに視線だけを送り、尋ねる。


「なんだ」

「クリスティア様がおいでになるまで、少々お時間が御座いますが、如何されますか」


 あれ、そうなんだ。

 まあ、そのクリスティア様が何処の人か知らんけど、移動に時間が掛かるのは仕方ないよね。


 後で記憶探ってみるかなー。

 今はちょっと情報が足りなさ過ぎて同じ名前の別の人とか引っ掛かりそうなので後回しです。


 それより、この後どうするかだよね。

 んー。


「……そうだな、書簡でも書くか」


 執務とかやっても良いけど、あれ、めっちゃ時間が過ぎちゃうから暇潰しには向かないんだよね。

 ならもう、消去法で書簡書くしかない訳です。

 仕方ないね。


「畏まりました、ではそのように」


 そんなどうでもいい事を考えながらの私の答えを聞いた執事さんは、恭しく礼をしてからそう言って下がって行った。


 だんだんと執事さんの、この恭しい礼を見慣れてきた自分の順応性の高さに、やっぱり自分日本人だなぁ、と実感しつつ、席を立つ。


 しかし、ちょっと前も聞いた気がするけど、これから合う予定のクリスティア様、って誰なんだろうね。


 名前から予測すると女性だとは思うけど、……まさかオーギュストさん、浮気か?


 …………いや、無いな。

 あんだけジュリアさんの事好きなんだから、絶対無いわ。


 一人で納得しながら、執事さんに連れられて執務室へ向かう。

 道はオーギュストさんの記憶があるから一応分かるんだけど、多分これも執事さんの仕事の内の一つだから、一人で移動する事は出来ないんだと思う。


 ……うん、貴族って面倒臭ぇー……!


 まあ、そんな事を考えていたらいつの間にか執務室に到着していたので、早速部屋に入って席に着いた。


 机の上には、綺麗な真っ白い紙が一枚。

 それと、予備なのか何枚かの同じ紙。


 そこで、書簡に使われるのは羊皮紙じゃなくて、紙。

 という知識がフッと湧いて出た。


 ……書類に使われてたあの紙はどうやら羊皮紙というらしい。

 へー、なるほど、なんか微妙に書きにくいと思ったら動物の皮か。

 そりゃ書きにくいわ、羽ペンのせいかと思ってたよ私。


 知識を探ると、紙を作るには専用の魔道具とやらがあって、それの数が少ないせいで紙は未だに主流になってないらしい、とあった。

 結構貴重なので貴族しか使わないとか。


 ……ウチは使わない、っていう選択肢は無いな。

 めっちゃ偉い貴族だもん、逆に使わなかったら不自然だよね。

 何よりナメられたら困る。

 暗殺の可能性は出来る限り減らしておきたい。


 もしくは執事さんがキレる。

 困る、超困る。

 主に私が。


 ……まあ、良いか、とりあえず手紙書こう。


 こういう時こそオーギュストさんの知識だよね、と、知識を探ったら、流石は貴族と言うべきか、なんか普通に出て来た。

 ふむふむ、書簡とやらの書き方は…………うん、よし、なんとかなりそう。


 頭の中で文章を纏め、用件とかその他を組み換えたり、どう書いたら失礼じゃないかとか、不審がられないかとか思案する。

 まあ、とりあえず挨拶は文頭に持って来て、それから用件、と。


 そして流石はオーギュストさん、あっという間に頭の中で文章が組み上がって行く。


 ……私じゃ、こうは行かないわ。

 基本頭が悪いから手紙の文章なんてアホみたいなメール形式でしか書けないもん。


 ハロー! なんか私賢人になっちゃったみたい! 今度挨拶にそっち行っていい? 的な。


 ……うん、ダメだね。

 どう考えてもダメだわ。

 内乱になるわ。


 とりあえず、要約すると同じような意味だけど、全く違う雰囲気の、とても頭の良さそうな文章が頭の中に出来た。

 なんかめっちゃ堅苦しいけど、貴族だから良いんじゃないかと思う。


 ……あ、そうだ、無理ならキャンセルして構わない、って文章も居るよね。

 だって、なんか知らんけど私めっちゃ偉い貴族だから、めんどいって嫌がられそうだもん、逃げ道は用意しとかないと。


 これで断られても問題無い筈だ。

 わざわざ出掛けなくて済む訳だし、むしろ逆に断ってくれた方が良いのかもしれない。

 だって移動手段なんて馬とかそんなんだから、移動するのが基本的に面倒臭いんだもん。

 いや、オーギュストさんだから問題ないだろうけどさ……。


 ……まあ良いや、とりあえず書こう。


 ペン立てに突っ込まれていた羽ペンを手に取り、インク壺の蓋を開けてペン先を浸ける。

 それから、頭に浮かぶ文章を一気に書いた。


 途中何度かインク壺にペン先を浸けながらも書き上げたそれは、何と言うか、ホントにそれっぽかった。

 いや、ぽい、とか以前に書簡なんだけどさ。


 ……よく一発で一言一句間違わず書けたな、コレ。

 流石はオーギュストさんだよね。


 私? 絶対に書き損じる自信しかないけど何か?

 まあ、手紙なんて書いた事無いから仕方ないよね。


 うん、と一つと頷いてサラッと諦めた私は、インクが乾くのを待ちながらぼんやりと窓の外に視線を送ろうとして、

 次の瞬間、音も無く立っていた執事さんの存在に硬直した。


 びっ、……くり、した……!

 えっ、待って、いつから居たの?


 色々突然過ぎて、なんかもう心臓が痛い。


「アルフレード」

「は、お預り致します」


 居たのなら声掛けてよ! と言おうとしたけど、それよりも先に書いた書簡を回収されました。


 ……うん、もうヤダこの執事さん怖い。


 泣きそうになるか弱い乙女の精神を、物凄く無理矢理奮い立たせ、演技に集中する。

 泣いちゃ駄目だ。頑張れ私。


「……来たか?」


 執事さんがここに居るって事は多分、今日合う予定のクリスティア様とやらが来たんだろう、と当たりを付けて、静かに尋ねる。

 すると、執事さんは恭しく礼をしながら口を開いた。


「はい、先程馬車が到着致しました。

 メイドにはいつもの客室へと案内するように伝えてありますので、今から行けば丁度良いかと」


 本当にナイスなタイミングなんだね。

 こんだけ有能だと恐怖しかないよ。怖いよ。

 頼もし過ぎて、今後一人じゃ何にも出来なくなりそうだよ。

 いや、多分もう出来ないよ。


 そんな事を考えたものの、今更どうしようも無い訳で。

 私は結構すぐに諦めた。


「……そうか、では行こう」

「ご案内致します」

「あぁ」


 椅子から立ち上がって、執事さんに続いて部屋を後にする。


 しかし、当主自ら客室にまで会いに行くって、そのクリスティア様とやらはそんなに重要な人物なんだろうか。

 私に限ってそれは無いと思うけど、なるべくボロが出ないように細心の注意が必要かもしれない。


 そう判断し、気を引き締めた。


 それから執事さんに案内された場所は、客室と言うだけあってとても豪華な扉の前だった。

 そのまま執事さんが、何の気負いも無く、その扉をコンコンと2回ノックする。


『どちら様でございましょうか』


 聞こえて来たのは女の人の声だった。


「アルフレードに御座います。クリスティア様に、旦那様がお見えになられました、とお伝えを」


 執事さんが扉へ向けてそう呼び掛けた次の瞬間、ドタバタという物音と、お嬢様! という、多分さっきの女の人の声も聞こえる。

 一体何が起こってるんだろう、と考えたその時、ドパーンという効果音がピッタリな、結構な勢いで扉が開かれた。


 そして、身構える間もなく、私に突進して来る小さな影。

 その姿に、思わず硬直してしまった。


 金糸のようなストレートの綺麗な髪、薄緑色の、大きな瞳、薄い水色の、可愛らしいドレス。


 見覚えの有り過ぎる色彩に脳裏を掠めて行ったのは、オーギュストさんの、愛しい人で。


 ただ、彼女が違うのはその大きな瞳が、ジュリアさんと違って吊り目である事と、その小さな体躯。


 「おじさま……っ! よかった! お元気になられたんですね! クリスティアは、クリスティアはもう、おじさまに会えないかと……っ!」


 そう涙ながらに、小さな腕を精一杯伸ばして私に抱き着き、腹部にグリグリと頭を押し付けてくる幼女。


 そう、幼女だ。


 もう一回言おうか。


 紛う事無き、幼女である。


 年齢は多分、11とか、そこら辺だろう。

 幼女だね。


「ほんとうに、ほんとうに良かっ…………あれ、おじさま、もしかして痩せられました?」


 大きな吊り目にいっぱいの涙を貯め、それがぽろぽろと零れていく中で、はた、と目が合った幼女ちゃんが、驚いたように私を見上げる。


「……あぁ、寝込んでいる間にいつの間にかね」

「まあ……! ステキ……! なんてことかしら……! わたくし、こちらのおじさまも好きですわ!

 あっ、でも、前のおじさまも好きですのよ! とても包容力がおありなんですもの!

 どうしましょう! 普段からおじさまは、とてもステキでしたのに!」

「そうかね」


 まだ目尻に涙を残しながらも頬を染め、あわあわと何処か慌てた様子で戸惑う幼女ちゃん。

 だけどその大きな吊り目は、私の顔を捉えて離さない。

 ていうかガン見されている。


「えぇ! だけどわたくし、今のおじさまの方が好きだわ! だって、とってもカッコいいんですもの!」

「カッコいい……」


 つい、幼女ちゃんの言葉を反芻してしまったけど、仕方ないんじゃないかと思う。

 なんせ、面と向かって褒められたのは初めてだったから。


「そうですわ! この間面会させられた、この国の第一王子とかいう小生意気な子供とは比べ物にもなりませんわ!」


 そう言って、頬をほんのり桜色に染めながら、熱に浮かされたみたいな表情でポーッと私を見上げる幼女ちゃんは物凄く可愛い。


 でもなんか知らんけど、幼女ちゃんは私を物凄く高評価している。

 なぜだ。


 だって、前の姿って、ブタだよ?

 ブタでも好きとか、おかしくない?


 ……まさかオーギュストさん、光源氏計画してたとかか……!?


 説明しよう!

 光源氏計画とは、幼い子供を囲って自分好みに育て、そのまま妻とか夫とかにする、なんとも変態チックな計画の事である! 早い話洗脳だね!


 洗脳されてたなら、あんなブタが好きでもおかしくないはずだ。


 ……そんな事をオーギュストさんがしてたとしたら、許せないんですが。

 いくらジュリアさんに色彩が似てても、この子はジュリアさんじゃない。

 そんな犯罪、許せない。


 っていうか、ちょっと待って、今この子なんてった?

 いかんよ、そんな事言ったら!

 何処で何が聞いてるか分からないんだから! つーか私が殺される!


「……仮にも王族、余り暴言を言うものではないよ」


 やんわりとそう注意した途端だった。

 幼女ちゃんはその大きな吊り目をこれでもかと吊り上がらせて、激昂し始めた。


「でも! あの子供、よりにもよってわたくしのお母様譲りの、この吊り目を笑いましたのよ!

 しかも、流石はヴェルシュタイン公爵の姪だ、性格の悪さが滲み出ている、なんて馬鹿にしたように!」

「ふむ」


 むきー! なんて言いそうな剣幕に若干ビビりそうになるけど、子供だからかそんなに怖くは無い。


 ていうか、なるほど、オーギュストさんの姪っ子ちゃんですか。

 早とちりしちゃった。てへ。


 情報を整理して記憶を探ってみると、該当者が1名。

 オーギュストさんの妹が嫁いだ、ローライスト伯爵家の長女、クリスティア・ローライスト伯爵令嬢ちゃんらしい。


 ……ローライストってどっかで聞いたぞ……?


 検索中、しばらくおまちください。


 該当が1件見つかりました。


 って…………ジュリアさんの実家じゃねーか!

 あ、あぁー……、なるほど、オーギュストさんの妹さん、ジュリアさんのお兄さんに嫁いだのか。

 オーギュストさんの記憶の中から二人の顔を思い浮かべれば、吊り目でキツそうな外見の銀髪ウェーブで青目の、オーギュストさんによく似た美女と、物凄く優しそうな大きな垂れ目が特徴の、ストレート金髪で薄緑色の目の美青年の姿が。

 …………見事に目元だけ母親似になっちゃったのね……。


 いや、でも、将来的にめちゃくちゃ美人だと思うよ! 良かったね! 姪っ子ちゃん!


 ……ていうか、これってお互いがお互いに義兄になってないか?

 ややこしくない?

 ……いや、うん、まあ、良いや。


 一人で呑気にそんな考察をしていたら、いつの間にか姪っ子ちゃんがヒートアップしていた。


「絶対に許せませんわ! あんな腹の立つ子供! 外見だけで判断するなんて、王族として恥ずかしいと思わないのかしら!

 あんなのの婚約者になる方が気の毒だわ! わたくしなら絶対に嫌ですもの!」

「クリスティア」


 うん、だからね、オジサンが処刑されるからそんなに王族を悪く言わないでお願い。

 まだ死にたくないんだ私。


 切実にそんな事を考えながらも、冷静な演技で呼び掛けると、姪っ子ちゃんは慌てたように自分の口をその小さな両手で塞いだ。


「……っ、ごめんなさい、おじさま、わたくしったらついカッとなって……」

「いいや、私の前では気にする事は無い。

 だが立派な淑女になる為にも、もう少しだけ、冷静さを持たなくては」


 でないとオーギュストさんが処刑されちゃう。

 多分王族侮辱罪とかで。


「まあ! おじさままでリーナのような事をおっしゃるのね」

「おや、クリスティアには良い先生が付いているようだね」

「もう! わたくし、これでも気にしているんですのよ! それに、リーナは先生じゃなくて侍女よ、おじさま」



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る