08話.[それすらも違う]

「お母さんが作ってくれたご飯を食べるのは久しぶりだ」

「それはさきなちゃんが悪い」


 話し合いもせずに勝手に悪く考えるとこういうことになるぞと教えられている気がした。


「ははは……、だって気まずかったからさ……」

「別にこっちはなにも気にしていなかったけどね、だってさきなちゃんが純輝ちゃんのことを気にするのなんて普通のことだったから」

「な、なんかそれだとまるで私がブラコンみたいじゃん、お兄のことは大好きだけどそこまでじゃないと思うな」

「えー、本当に?」


 どこからかブラコンかは分かりにくいがそういうレベルではないと思う。


「ま、兄妹いつまでも仲良くやれているようで良かったよ」

「喧嘩とかは全くないよね?」

「ああ」


 怒るぐらいなら離れるというスタンスで生きているものの、いまも言ったように喧嘩をしないから一度も実行したことがない。

 ただ、実際に喧嘩なんてことになったらどうなるのかは分かっていなかった、決めていたことを破って怒るかもしれないし、すぐにではないにせよ離れずに謝罪をして許してもらおうとするかもしれない。


「ただ、そこでうつ伏せで寝ているみずきちゃんのことが気になっちゃうかな」

「ああ、早く寝たんだけど早く起きすぎて眠たくなったんだって、不機嫌とかそういうことじゃないから心配しなくても大丈夫だよ」


 今朝、目を開けたら俺の横に立って見下ろしてきていた先輩だが、何時からそうしていたのかは教えてくれなかった。

 別に普通に起きてきていつもみたいに話しかけてくれば相手をさせてもらうというのになにをしているのかと言いたくなる。

 でも、学生時代なんかはそういう変なことをしたくなるのかもしれないから朝以外でそのことには触れずにいた。


「でも、寝ているお兄をずっと見ていたと言われたときは驚いたけどね、お兄が他の子と仲良くしていたら生霊として出てきそう」


 寝ているのをいいことに自由に言われすぎだった、そして妹は年上が相手でも容赦がないところは昔から変わっていない。

 唐突だが妹は異性から結構興味は持たれていたがいまみたいに上手く躱してきたというかばさばさ容赦なく切ってきたということになる。

 だから相手が妹に好意を抱く分には全く珍しいことなんかではない、でも、今回は気になる異性というやつを見つけて自分から動いているわけだからこの前は珍しいなんて風に言わせてもらったのだ。


「ん……」

「っと、これ以上は怒られそうだからやめておこうかな、お兄、みずきちゃんのことをお願いね」

「買い物に行くんだろ、気をつけて行ってこいよ」

「うん、ありがと」


 母も一緒に付いて行くみたいだからこの家には俺達しか残らないことになる。

 余計なことを言われても嫌だから二人が出て行ってしまう前に先輩を起こすことにした。


「……おお、温かい」

「寝ぼけていないで起きてください、それで時間があるなら先輩も付いて行ったらどうです」


 先輩みたいな人からすれば食材を買う買い物よりもそっちの方が楽しめることだろう、ずっといたいとかそういうことはないから自分のしたいように行動してほしい。

 最低でも一日はという話だったから現時点で達成できてしまったのも影響している、つまり俺はもう満足できたということだ。

 そのため、この先夏休み終了日まで一人で家にいることになったとしても全く構わなかった。


「動きたくないし眠たいからいい、服とかを見るとテンションは上がるけどお金がないと買えないからね」

「そりゃまあそうですが、女子なら見ているだけでも楽しめるんじゃないんですか」

「私、ウィンドウショッピングはあんまりしないよ? ぐぐぐとなるだけだからお金があるときしか行かないよ」


 作戦は失敗だ、二人きりになるのはいまので確定した。

 いやまあいつものことだから別に特になにかがあるというわけではない、が、伊丹みたいになられると困るから少し不安なのだ。 

 ちなみにその伊丹は去り際に「今度は他を優先されないように二人きりがいいわね」などと変なことを重ねてきたものの、気をつけろよと言うだけで終わらせた。


「だから私はこの家で抱きまくらを抱きながらゆっくり過ごすんだよ~」

「それならベッドで寝たらどうですか、まださきなの部屋はあるので気にせずに寝転べますよ」


 飯を食べていたときになんとなく聞いてみたがずっと現状維持をするようだった、そのため、妹が急に帰りたくなったとしても問題はないということになる。


「じゃあ純輝君のベッドで寝させてもらうよ、本人をこうして抱きしめているんだからベッド程度で気にしても仕方がないからね」

「後悔しても知りませんからね」

「しないよ、ほらほら、案内しておくれよ」


 部屋まで連れて行くとなにかを言うよりも前に寝転んでしまった。


「ちょいちょい、君も隣に寝転んでよ」

「先輩が俺と決めているならそうします」


 こういうことの経験はないからあくまで妄想でしかないが、なんかこれは間違っている気がする。

 健全とか不健全とかそういうことではなく、なんかもっとこう順番を守らなければいけない気がするのだ。

 俺の発言もどうなんだと自分でツッコミたくなるところだ。


「ははは、ここまできて他の子のことを気にしていると思う?」

「俺は先輩じゃないですからね、ちゃんと聞いておかないと不安になってしまって駄目なんですよ」

「自分で言うのもなんだけどここまで露骨なのに不安になれるとかある意味すごい才能だよ」


 どうするべきかと悩んでいたら「だから心配しなくて大丈夫だよ、かもん!」と言われて動くことを決めかけたときのこと、後ろから声が聞こえてきて足を止めた。


「別にこそこそ見なくても入ってくればいいだろ、なにも性行為をするとかそういうことじゃないんだから」

「それじゃあ入らせてもらうし自由に言わせてもらうけど、お兄は情けなさ過ぎる! みずきちゃんに言われないと行動できないのっ?」

「そうそう! 女の子に全て言わせるとかどうかしているよ純輝ちゃんは!」


 ちくりどころかぶさりと言葉で刺されることは予想できていた、そのため、特になにかを感じたりはしなかった。


「純輝君ならいつもこんな感じだから気にならないよ、別に私は自分から動くことになっても構わないしね」

「みずきちゃんはお兄に甘い!」

「そう? 私に甘いというか優しくしてくれるのは純輝君だけどね」

「「うぅ、これでいいのだろうか、家族としてこのまま流して出かけていいのかが分からないよ」」

「大丈夫だよ、やけになっているわけではないんだから」


 その大人の対応? を前にやがて二人は諦めて出かけて行った、扉を閉める前に「変なことをしないようにね」と言われたが、元々するつもりはないから安心してくれればいい。


「おかえり」

「はい」


 自分の部屋に先輩がいるというのは違和感がある……と言うよりも、身内以外の人間がいることがと言った方が正しいか。

 でも、これからこういうことも増えるだろうから慣れていかなければならないよな、いちいち違和感を抱いていても疲れてしまうだけだ。


「ね、みずきって呼んでいいよ」

「先輩の方が楽です」

「だからみずきって呼び捨てにすればいいでしょ? それと敬語もいいよ」

「これも後で文句を言われても受け付けないぞ」


 どこかがむかついたり気に入らなかったりした際はなにも言わずに目の前から去ってほしい、○○を直してと言われた際には動こうとするだろうが残念ながら俺の能力では直せない可能性が高いからだ。

 ただ、不満があるならどんどん口にしてほしいという矛盾めいた考えもあるからごちゃごちゃになっていく、あれだな、どうしようもなくなったらという話にすればいいのか。

 離れてほしいだなんて心の底から思っているわけがない、気に入った存在なら尚更のことだと言える。


「いいのいいの、さきなに許可しておいて彼氏に許可をしないとかなにそれって感じだし」

「彼氏、……本当にいいのかよ」

「君は私が彼女でいいの?」

「苦手意識もなくなっていまでは自分からいたがっているぐらいだぞ」

「えぇ、その割には自分から来てくれないじゃん」


 行ったら迷惑をかけてしまうからなどという考えからきているわけではなく、それは人間性が強く影響していた。

 いやそれすらも違うか、単純に自分から行くということに慣れていないだけの話だったか。


「というわけでいまからスタートね、なるべく続けられるといいねー」

「こうして関係が変わったからにはずっとこの関係でいたいが、多分、みずき的に無理だろうな」

「ちょいちょい、いきなりマイナス発言ですかい?」

「とにかく俺は続けたいと思っていると分かってくれ」

「うん、分かった」


 関係が変わったら云々と口にした俺ではあるが、こうして関係が変わっても横に寝転ぼうとは思えなかった。

 こうして話せるだけで十分だ、彼女の中からもそんな発言をしたことは意識から消えているからわざわざ口にして思い出させなくていい。


「眠気も飛んだしこれからどうしようかなぁ」

「筋トレとかどうだ、懸垂ができるやつもあるぞ」

「うーん、筋トレはいいかな」

「じゃあ緩く会話でもしようぜ」

「そうだね、それが私達らしい」


 というわけであの二人が帰ってくるまでは過去の話なんかをして盛り上がった。

 意外と細かく覚えているもので懐かしさなんかに浸れたのだった。

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