130作品目

07話.[先輩はすごいよ]

「よし、無事に仲直りできたね、お兄ありがとう」

「おう」

「それじゃあこのまま着替えなんかを持ってあの家にレッツゴーだね」

「その話なんだが、俺はなし――無理そうだな」

「当たり前でしょ、はい早くレッツゴー」

　せめて伊丹や先輩を呼ぶのは別の日にしてくれと内で願っていたのだが、途中で当たり前のように合流することになってため息をついた。

　先輩はともかく伊丹はメリットがないのにいいのだろうか、それでじっと見ていたら「心配しなくて大丈夫よ」と言われてしまった。

「あ、手伝うけど今日はお兄にご飯を作ってもらいたいな」

「それぐらいならやるよ」

「それまではトランプとかをして遊ぼう」

　トランプ……？　そんな物はなかったと思うが、だが、今日のためだけに買うなんて不効率だから実は持っていたということなのだろうか。

「今日は静かですね」

「合流してからそう時間も経っていないんだからその判断は早いよ」

「そうですかね、いつもの先輩なら関係なく喋るじゃないですか」

　なるほど、泊まるのはいいとしても初日にやるつもりはなかったということか、でも、誘われてしまったから仕方がなく来たことになるとそういうことか、そもそもこれは俺が頼んだことだから先輩の意思は半分ぐらいしかここに関係していないのも影響しているのかもしれない。

「ねえ砂森君、ちょっとだけ別行動しない？」

「別にいいですよ」

「じゃあ行こう」

　二人に許可を貰ってから別れて、だが少し離れた場所で先輩はすぐに足を止めた、それから振り返ってこちらを見てきたがなんか微妙そうな顔をしていた。

「やめておくんじゃなかったの？」

「そのつもりだったんですがさきなに逆らえなくてですね」

　駄目だよとか直接言われたわけでもないのに顔だけで十分伝わってきた、だからもしあの場面で貫いていたら夏どころか冬ぐらいまで話せなくなっていたと思う。

　一度受け入れてしまったのも影響している、そのときも断っていたらもう少しぐらいは違う結果になっていたかもしれない。

　と言うのも、相手が嫌がっているのにしつこく誘ってくる妹ではないからだ、で、そうやってちゃんと考えて発言や行動をしてくれるからこそ周りは受け入れたくなるのだろう、俺はいまも言ったように逆らえなかったからだが。

「伊丹ちゃんがいるからというのもありそうだね」

「いや、伊丹や先輩がいるなら参加するべきじゃないという考えが強くあったんですが、妹に嫌われたくないのでこうなりました」

「はぁ、シスコンめ」

「そこまで妹贔屓というわけじゃないですがね、でも、やっぱり嫌われたくはないですね」

　だが、本当なら伊丹か先輩かどちらかが妹を止めてほしいところだったがな。

　家族というわけでもないのに狭い同じ建物の中に異性がいるとなれば、泊まるとなれば普通は止めるだろう、が、残念ながらそんな普通のことをしてくれる異性が俺と関わってくれる存在達の中にはいなかったということになる。

「最近はおかしいですね、少し前までならなにも気にしないでからかってくるところじゃないですか」

「おかしいのは君だよ」

「それじゃあどうすればいいんですか、直せることなら直せた方がいいので教えてくれませんか」

　妹にすらおかしいなんて滅多に言われないから自分で気づくというのは難しいのと、聞くことは別に恥ずかしいことではないから聞いていくことにした。

　これですぐにではなくても直せるのであれば先輩もいちいち不安定になったりしなくて済むわけだから無駄にはならない、そういうのもあって答えてくれると考えていたのだが結果は「……自分で気づきなよ、なんでも教えてもらえると思ったら大間違いだよ」というものだった。

「俺には無理ですよ、だから教えてください」

　と諦めずに続けてみたものの、先輩は違う方を向いてそのことに答えてくれることはなかった。

「あの家に行こうか」

「もういいならそうしましょう」

「それともお買い物をしてから行く？」

「俺はそれでもいいですよ、夕方頃に行くよりは効率がいいと思います」

「それじゃあさきな達になにが食べたいのかを聞いて買っていこうか」

　ある程度の金を持っておいて良かったというところか、四人分ぐらいだったら大したことがないからささっと買ってあの家に行こう。

「こうして一緒にお買い物に行くことなんて全くないからなんか不思議だよ」

「でも、食材を買ったりしない買い物というやつには先輩は異性と何回も行っていますよね」

　相手が本気だろうがなんだろうがお得意のやつでにこにこ笑みを浮かべながらも躱しまくる先輩が容易に想像できた、それでもと頑張れる人ばかりではないから踏み込んだりはせずに自分自身で終わらせた人もいただろうな。

　どんな人だろうが怖いことというのはあって、皆が皆、躊躇なく踏み込めるわけではないからそういうことになる。

　ただ、先輩的にもこの人だとなる存在も現れるだろうから、そんな人には頑張ってほしいなんて勝手に考えた。

「デートなんかしたことはないけどね」

「別に嘘をつく必要はないかと」

「したこともないのにあたかもしたことのあるように言っていたらそっちの方が嫌でしょ、なにより自分が嫌だよ」

　とりあえずこの話はここで終わらせて必要な食材をカゴの中に集めた、会計は決めていたようにこちらが済ませて外に出る。

「やっぱり夕方になるまでは私の家で過ごそうよ、食材なら冷蔵庫にしまっておけばいいんだからさ」

「いいですよ」

「……やっぱり君のせいなんだよなぁ」

　え、なんでそうなるのか、受け入れていてもそれならそれで文句を言われる、そしていいですよと受け入れているのに何故か腕を掴まれていた。

「ふぅ、やっぱり自宅は落ち着くなー」

「一応聞いておきますがご両親はいないんですか」

　スーパーにいるときに聞いておけばよかった、もしいるのであればなにかを買ってくるべきだったからだ。

　まだまだこれからも娘さん（せんぱい）には世話になる予定だし、どんな人間なのかを一ミリぐらいだけでも知ってもらうことができれば――こっちはいらないか、付き合うとか結婚とかそういうことではないのだから馬鹿な考えだった。

「いないよ、専業主婦でいられるほどお金持ちの家というわけじゃないからね」

「そうですか、別に俺は大丈夫ですが先輩と二人きりの方が落ち着けるので良かったです」

　流石に何回も同じ場所に行くのは面倒くさいから助かる、そういうことをするのは次の機会にか。

「落ち着ける、ねえ、君ならどうせ真顔で『あ、お邪魔しています』とか言って普通にいられるでしょ」

「いやほら、俺的にはそうですが向こうは気になるかもしれないじゃないですか、大事な一人娘に近づく野郎ということで」

　本当のところはそんな野郎に近づく大事な一人娘というところだが、向こう的にはそう見えないだろうからこれで進めていくしかない。

「砂森君のことなら私のお母さんは知っているよ」

「先輩って何回も嘘をつきますよね」

「嘘じゃないよ、そこまで遅い時間にはならないから今日実際に会って話してみたらいいよ」

　いや、もし本当にその通りだったら流石の俺でも怖いと感じるからそれもまた次の機会に、ということにしよう。

　今日は多分、会話をメインにしたいだろうから早めに飯を作ってしまった方がいい、遅めにすると全てが遅くなって寝るときに盛り上がられて徹夜に～なんてことになりそうだから俺のためにもそうするのだ。

「あ、そういえば私服ですね」

「えっ、今更っ？」

「そういう服を着るんですね、制服のときよりも落ち着いていていいと思います」

　暑がりのくせに薄長袖を着ているのは日焼けをしないためか、派手で緩めなのに意外とそういうのを気にするんだな。

　休日ということもあって化粧もそんなに濃くない、休日の先輩の方がいいな。

「派手なのは嫌いなの？」

「嫌いじゃなくてそういう服装の方が見やすくて助かります」

「……いつもじーっと見てくるじゃん」

「そりゃまあ先輩と話しているときはそうですよ、とにかく俺的には休日の先輩の方が好きです」

　しっかり着てくれていればじっと見ていても会話をしているからで終わらせることができる、流石にそこで「おいおい」と言ってくるような人ではないからそうだ。

「えぇ、言ってしまえばいつもと違った休日仕様の手抜きみたいなものなのにこっちが好きなの？」

「はい、積極的に出していかなくても十分なんですよ」

「うーん、女心がやっぱり分かってないよー……」

　これは俺からすればという話だから言ってしまえば先輩の自由だった。

　これぐらいにしておくか、地雷を踏んで一人だけで行くことになったら結果として妹に嫌われそうだからそうした方がいい。

「ん……？　あれ……」

「もう行きますか、それなら食材も忘れないようにしないといけませんね」

「いや、もうちょっとはゆっくりしようよ……ってそうじゃなくて、なんか、うーん……」

「まだここにいるなら足を伸ばさせてもらってもいいですか」

「いいよ」

　礼を言って足を伸ばしてなんとなく天井を見る、真っ白でそれ以外の色を見たことがないなという感想を抱く。

　ちなみに先輩は未だにうーんうーんとなにかが引っかかっているみたいだが俺関連のことではなさそうだからゆっくりしておけばいい。

　もう行くかなんて言っておいてあれなものの、急いだところで女子達の会話を見ることになるだけだからここにいられる方がいい。

「砂森君、肩揉んで肩」

「いいですよ」

　先輩が座っているのもあって体重をかけやすいのはいいことだった、強すぎないように調整する必要はあるがそう悪くないような反応を見せてきているから大丈夫なはずだ。

「やっぱり今日はこのままこの家に泊まらない？　それかもしくはあっちの家に行こうよ」

「流石にそれはできません、別の日にということなら問題はないですが」

　冷静に対応すれば問題には繋がらないのだとしてもできるだけこういう話にはならない方がいいわけだが、先輩的にはいつも通りの緩々な会話では満足できないみたいだった。

「へえ、別の日ならいいんだ？」

「そりゃまああの家に行けば結局異性と同じ家に泊まることには変わらないですからね、そこで先輩からの要求だけ拒否するとかアホじゃないですか」

「そっかそっか――あ！」

　基本的にハイテンションの先輩であってもここまでの大声を出すことはないから珍しいと言える――とか言っている場合ではない、今回ばかりは俺が関わっているわけだから謝罪をしなければならない。

「すみません、強すぎましたか」

「やっと分かったんだよ！　さっき好きだとか言っていなかった！？」

「はい」

　なんだそんなことか、すぐに気づいてにやにやしてこないのも最近の先輩らしくなかった。

「残念だけど受け入れられないかな」と言うのが先輩だろう、それだというのにどうしてこうなってしまったのか。

　変に離れたのが悪かったのだろうか？　絵を要求してくるあの先輩になにかを変えられてしまったというところだろうか。

「おいおいおーい！　今日は一応四人で遊ぶ約束をしているのにいきなり告白をしてくるとかどういう神経をしているんだよ！」

「なんでそんなに興奮しているんです、それに告白ではなくて今日みたいな先輩の方が好きだと言っただけですが」

「はぁ……はぁ……、くっそうっ、君のせいで無駄に疲れることになったじゃんか、まあいつものことだけど……」

　楽しそうならいいか、本当にやばいときは分かりやすく笑顔が消えるうえに顔を見てくれなくなるから大丈夫だ。

　とりあえず肩揉みというか押す作業を続けていく、多分ずっとやっておけばいまのことも忘れていつも通りに戻る。

「よ、よし、そろそろ行こうか、多分これ以上ここにいるとさきなに怒られるから」

「はい、それじゃあ食材を出してください」

「うん、行こう」

　これからが戦いか、どこまで我慢して一人で地蔵みたいに座っていられるのかという話になる。

　だが、変に出しゃばって微妙な空気になっても嫌だから余程のことがない限りは続けようと決めた。

「二人は寝てしまったわね」

「伊丹は眠くないのか」

「ええ、二十三時ぐらいまでは平気よ」

　まだ二十二時を少しだけ過ぎたところではあるが、女子的には微妙だろうから聞いていた。

「早く寝ないと肌が云々という話を聞いたことがあるが」

「ふふ、今日ぐらいはいいじゃない、それにこんなことはさきなさんが言い出さない限りは二度とないだろうから早く寝てしまったらもったいないわ」

　やはり伊丹は面白い人間だ、でも、クソ真面目で頑固な人間よりは遥かにいい。

「じゃあ少し歩くか」

「いいわね、遠くまで行かなければ危ないということもないでしょうしそうしましょうか」

　少し前までと比べたら全く違う生活となっている、妹だけではなく彼女もいてくれるというのは大きい。

　好かれていることはなくても嫌われることもなく挨拶や会話ができるというだけで違うわけで、正直、これも先輩のおかげだと思う。

　教室に躊躇なく入ってきて躊躇なく話しかけてくる人だったからだ、俺が常に無言で一人で喋り声すら聞かれたことがない状態だったのであれば彼女はこうして一緒にいてくれはしなかっただろう。

「それよりどうして断ったの？　自分のことだけを考えて大城先輩の要求を受け入れておけば良かったじゃない」

「さきなに怒られたくなかった」

「ときには勇気を出さなければいけないときだってあるのよ、例えさきなさんに怒られることになったとしてもね」

「ほとんど強制的にだったとしても結局付いて行ったのは俺なんだ、だからそんな適当なことはできない」

　説得力は残念ながらないだろうがそれでも俺はこうして断って約束を守るためにここに来たわけだから許してほしい。

「ふーん、私はお昼にあなたや大城先輩と話したかったけれど二人が別行動を始めてしまって話せなかったわ、それは適当じゃないと？」

「う、嘘だよな」

「嘘なんかついてどうするのよ」

「い、いまから付き合えば許してくれるか」

「はぁ、許してもらえる前提なのがむつつくわね」

　先輩が不機嫌にならずに基本的ににこにこしていていい状態になったかと思えば今度は彼女が少し前までの先輩みたいになってしまった、いや、それよりも怖いと言ってもいい。

　だが、興味がない相手にここまで怒れるのはある意味すごい、相手が全く理想通りに動かなくて嫌なら駄目だと判断して一緒にいることをやめればいいと思うが。

「もういいわ、いまからは付き合ってちょうだい」

「ああ」

　不機嫌になりそうだから本人が帰ると言うまでは付き合うことにしよう、多分歩くことよりも話を主にしたいだろうからコントロールはしやすい。

　遠くに行くことにならなければ庭みたいな距離までしか歩いていないので一瞬でも心配をする必要がなくなる。

「いえ、やっぱり大城先輩とどうだったのかを教えなさい」

「先輩から聞いたんだろ」

「でもあの人、結構隠すところがあるから本当のところが知りたいのよ」

　別行動をしていたとはいっても結局夕方頃まで先輩の家でゆっくりしていたわけではないから説明をするのは楽だった、これを聞いてどうするのかは知らないが本人がそれで満足できるということなら無駄とはならない。

「あなたって好きだなんて簡単に言う子だった？」

「俺なんてこんな感じだよ、いつもは一人でいたから知ることができなかったというだけのことでしかない」

　俺も普通……人並みの感情はあるというだけだ、ロボットでもないのだからこれはなんらおかしなこととはならない。

　違和感があってもこちらにはどうしようもない、俺にもあるのか程度で終わらせてもらうしかなかった。

「なるほどね、驚いたような反応を見せたようだけれど大城先輩もすごいわね」

「先輩はすごいよ、さきながいないときも一年中俺のところに来てくれていたわけだからな」

「はぁ、それなのにこの子ときたら……」

「あ、どう直せばいいのかを細かくなくていいから教えてくれないか、先輩は教えてくれなかったんだよな」

「どうせ大城先輩のときもそうやって聞いたのでしょう？　大城先輩じゃなくても女心が分かっていないと言いたくなるわよ」

　いやでも開き直っているわけではなく、どこをどう直せばいいのかを聞いて向き合おうとしているのだから協力してほしいところではあるが、一方的に分かっていない分かっていないとぶつけたところで時間の無駄にしかならないぞと言いたくなる。

「戻りましょう、大城先輩を叩き起こして話させないといけないわ」

「可哀想だから明日にしよう」

「それなら明日、明日は絶対に話し合いをさせるから」

「ああ」

　なんだかんだで先輩が味方をしてくれそうだなんて願望があった、だが、妹もいるということを忘れてはいけないという考えもあった。