06話.[なんとかできる]
「んー、なんか上手くやれている気がしないんだよね」
「まだまだこれからだろ」
「積極的に話しかけているし、ちゃんと相手もしてくれているけど、他の子といるときの方が楽しそうで気になるというか……」
「だからこれからだよ、夏休みを利用するのもありだ」
テストはもう終わっていて半日ばかりだからそういう時間を利用するというのもありだ、一時間でも遊べれば確実になにかが変わっていく。
「こう、お兄とみずきちゃんみたいに当たり前に過ごせるような関係になりたいんだよね」
「俺と先輩みたいにってことならさきなが積極的に行くしかなくなるな」
それこそ相手が動いてくれるのを待っていたらなにかがある前に高校生活が終わってしまいそうだ、少し矛盾しているがまだまだ時間はあると頑張ることを先延ばしにしているとそうなる可能性が高い。
今年初めて一緒のクラスになって話しかけたということなら尚更頑張らなければならないことになる、頑張らなければ余程のことがない限りはただのクラスメイトという認識からは変わらない。
「まだまだ足りないということか、でも、部活に入っているわけじゃなくてその点はいいんだけどね」
「そうだな、部活があったら一番使いたい放課後に一緒に過ごせなくなるからな」
「が、頑張るよ、最低でも一日は夏休みにあの子と遊びに行ってみせる」
そういえば勢いで先輩相手にそういう話をしたことを思い出して急に微妙な気分になった。
いやまあ、これまでと比べればいいことではあるのだが、結局いつでも自分優先で動いていてそこに引っかかってしまうわけだ。
「そうだ、それだけじゃなくてお兄に言いたいことがあったんだよ」
「なんだ」
離れたいま言いたいこととなれば先輩関連のことだろうか、というかそれぐらいしか思い浮かばない。
それとも約一年半の間に積み重なったなにかがこうして離れたことで表に出てきたというところだろうか、まあ、ただ存在しているだけで誰かにとって迷惑になっているかもしれないからもし考えた通りなら受け止めなければならないよな。
「たまには泊まりに来てほしい」
「それだと中途半端にならないか」
「ならないよ、それに家族なんだから一緒の家にいてもおかしくはないじゃん」
「そうか、じゃあ今度行くよ」
家事も掃除もきちんとできる、そんなことを言っておいて地味に心配になっているのが最近のことだった、と言うのも、一緒に暮らしていたときにしまわずに放置しっぱなしにすることも何回かはあったからだ。
誰かがいたから気をつけていただけで一人になった途端に変えるなんてこともあるかもしれない、だから直接見てみたいところではあったので地味にありがたい提案だと言える。
それこそ先輩も連れて行けばいいだろう、色々出しっぱなしにしていて目のやり場に困る場合でも同性の先輩ならなんとかできる。
「なにが物足りないってお兄が作ってくれたご飯を食べられないことなんだよ」
「それよりもそろそろ母さんと仲直りしないとな」
「あっ、忘れていたよ、そういえばそんな話をしていたよね……」
親とは表面上だけでも仲良くしておいた方がいいという考えと、少しマイナス寄りのそんなことを忘れられるぐらいには色々やりたいことがある日常で悪くないという考えと、ごちゃ混ぜになってどうしようもなかったからこれ以上そのことについては言わなかった。
「夏休み初日に動くよ、その際はお兄にいてもらうけど」
「ああ」
仕事があるから夕方ぐらいか、できれば母が休みの日に動いてほしかったが仕方がない諦めよう。
「よし、じゃあ――ぶぇ」
「ふふ、成功するとは思わなかったわ」
「もう、かつきちゃんやめてよ」
「油断しているあなたが悪いのよ」
敬語をやめることや名前をちゃん付けで呼ぶことを許可しているのに伊丹本人は依然として「砂森さん」と呼んでいるところが不思議だった、そしてそこには全く触れない妹も同じだと言える。
だからこういうところをこの目で見る度に仲がいいのかと気になるわけだが、仲がいいのかなんて聞いたところで想像通りの答えしか出てこないから意味がない。
表面上だけで本当のところは仲が良くないなんてはっきり言う人間は少ないだろうからそれ自体は別にということで難しかった。
「私も泊まりに行くわ、いいわよね?」
「え、かつきちゃんも来てくれるの? 大丈夫ならどんどん来てよ」
「ええ、行かせてもらうわ」
平和だななんて感想を抱いた直後に「となると、お兄のハーレムみたいになっちゃうね」と妹が変なことを言い始めた。
詳しいわけではないがそういうのは全員その人間に興味を抱いていなければ該当しないだろう、そのため、ハーレムどころかゴミみたいに放置される可能性がある。
三人が楽しそうに会話をしているのに一人黙って見ている男なんてすぐに異常だと分かるから日をずらした方がいいだろう。
「ふふ、砂森君は大城先輩にしか興味はないわよ」
「自分で言っておいてあれだけどだよねぇ、なんか寂しいよね」
「そうね、全く女として意識をされないというのもそれはそれで複雑なものよ」
思ってもいないことをぺらぺらと話すのはやめた方がいいとしか言えなかった。
「んー、いいねー、勉強を頑張ったから肩がこっていたんだよね、自分の力じゃいまいち気持ち良くなれないから助かるよー」
「体重をかけて押しているだけですがね」
「いいんだよそれで、それにもみもみを許していたらそのまま違うところももみもみされちゃいそうだしー」
そんなしょうもない発言はスルーしてとにかく体重をかけていく、ちなみにこんなことをしているのはこの前触れた罰ということで先輩にやらされているからだ。
俺の方から疲れていそうですね、肩を揉みましょうかなんて言ったわけではないから勘違いをしないでほしい。
「ふぅ、楽になった。さてと、してもらうばかりだと悪いから砂森君にもなにかをしてあげないとね」
「それならすぐにじゃなくていいのであの家に泊まってください、伊丹も来るみたいなので楽しめると思いますよ」
だが、伊丹と妹があれなのにそれ以上に一緒にいない先輩が加わったらやばい空気になりそうではあった。
女子のことだからそんな空気もにこにこ笑みを浮かべることでなんとかできてしまうのだろうが、もしその場にいたら間違いなくすぐに逃げたくなる。
「え、その場合君は?」
「女子だらけの中に男の俺がいたら不味いでしょう、だから泊まったりなんかしませんよ」
一人で泊まるという話もなしにした、飯を作ればそれで満足してくれるだろう。
「不味いって言うけど、普段異性とばかりいるのになんにもないのが君じゃん」
「それは抑えているだけです」
「えぇ、絶対にないでしょそれは、抑えているんじゃなくてそういう感情が全くないだけなんだよ」
「じゃあいいじゃないですか、だから先輩もこうしていてくれているんじゃないんですか」
欲望がこの内を暴れまくっていたら異性はこうして一緒にいてくれはしない、三人が揃いも揃って分からないというわけではないだろうし、今回ばかりは間違っていないと思う。
「うーん、あまりに過激な欲望なら問題だけど、ちょっとしたことなら男の子なんだし仕方がないんじゃないかなって考えでいるけど」
「ちなみにそのちょっとしたことってどの程度のレベルなんです」
「こうして触れたりとか? 男の子なんだからあるでしょ?」
「別に全員が全員そういうわけではないと思いますが、ほら、先輩に絵を描いてほしいと頼んでいた先輩だってそうじゃないですか」
今度直接話してみようと決めている、先輩も普通に教えてくれたからトラブルには発展しないはずだ。
それになにも先輩のことを意識しろと言いに行くわけではないのだ、絵をどうするのかとか出てきたちょっとした気になることを聞きたいだけでしかない。
「あー、あの子は駄目だよ、だって絵にしか興味がないもん」
「頼まれて絵を描いている最中、もやもやしたんじゃないですか」
「いや、何回も頼んでくるんじゃねえ! とむかついていたかな」
「先輩も素直じゃないですね、いちいち下手くそとか嘘を言ったりしますし」
可愛い上手いと自画自賛をしまくっていたら誰かは微妙な反応をみせるかもしれないが、その逆であっても気になる人間はいるということを分かった方がいい。
そのどこの誰かも分からない人間に気に入られようとしてしているわけではないだろうから多分これも言ったところで跳ね返されるだけだがな。
「え、私は素直だよ、だからはっきりと君に何回もそういうつもりで見られないって言ってきたでしょ?」
「その点はそうですね、先輩がはっきりしてくれているおかげで安心して一緒にいられます」
まあ、仮にそうやって言われていなくても勝手に自分自身が相手に相応しくないと判断していた可能性は高い。
「ふーん」
「そんな顔をしてどうしたんです」
「いや、なんかつまんないなーって、はっきりなし判定されて傷つくどころか安心だなんておかしいよ」
「だからそれも先輩的にはいいことなんじゃないですか、振ったりしなくて済むんですから間違いなくそうでしょう」
体験したことがないから絶対にそうだとは言えないものの、ほとんど興味もない相手が好意を抱いていたら、それを無自覚に出してきていたら疲れるだろうからその点でもいいはずだった。
「ばか、砂森君って女心が全く分かっていないよね」
「なるほど、伊丹が言っていたように女子として全く意識されないのも気になるというやつですか」
「違うよ、はぁ……」
「先輩が来てくれなければずっと一人でいるしかない人間に無茶を言わないでくださいよ」
気に入らなかったのか机に突っ伏してしまったためどうしようもなくなった。
でも、今日はいつもみたいに帰ったりはせずに最後まで付き合うつもりでいる。
「十五時までゆっくりしていいですよ」
「……知らない」
「あ、飲み物を買ってきます、先輩って水分補給をしっかりしていなさそうで心配になるんですよ」
「……勝手にすれば」
自動販売機が少し離れた場所にあってくれて助かる、なんかいきなり不機嫌になってしまったから一秒でも多く消費できた方がいい。
「あ」
「ん? って、僕じゃないか」
「いえ、大城先輩とよくいる人ですよね」
「確かにみずきちゃんとは一緒にいるけど、君は?」
なんて言えばいいのか、先輩が来てくれることでなんとかなっている年下の男です、と言うのが正解か? この人が本当は先輩のことを意識しているということであれば喧嘩を売るみたいになってしまうから難しい。
「おーい?」
「あ、二年の教室に大城先輩がいるので付き合ってくれませんか」
「特になにか予定があるわけじゃないから別にいいけど」
「飲み物を買ったら行きましょう」
余計な出費にはなるが付き合わせることになるからこの人の分も買って渡してから教室まで歩く、良かった点は簡単に受け入れてくれたことや教室で依然として突っ伏してくれていたということだった。
いやほら、連れて行ったのに目的の人物がいなかったらこの人からいいイメージは抱かれなかっただろうからな。
「みずきちゃん、おーい」
「……うるさい――ん? え、なんでいるの?」
「この子に付いてきてくれーって頼まれたんだ」
「はぁ、そういう余計なことをするのは上手だね」
余計なことをしてでもなんとかしたかったというだけの話だ、この人と遭遇できていなかったら一人で飲み物だけ戻っていたところではあるが。
「あれ、なんか不機嫌だね、もしかして振られちゃったとか?」
「別にそういうのじゃないけどその子は女心が分からないんだよ」
「いやいや、分かった気でいる子よりもよっぽどいいよ」
この人の言う通りだ、俺が分かった気になって発言をしてくるよりはよっぽどマシだろう。
「なるほどねー、男装をしているから男心も分かるってやつですかい」
「ははは、きみにはよく『女心が分かっていない』と言われるけどね」
「あ、ははは、ちょっとむかついていたけど砂森君のその顔が面白かったから許してあげる」
なんか急に不機嫌になられてなんか急に許されてしまった、少し適当すぎやしないだろうか。
やはり先輩は難しい、少しだけは知ることができてもまだまだ知らないところが沢山ある。
「これ、兄さんの制服なんだよね、まあ、残念ながら君の反応を見るにそれだけ男の子寄りの顔だったということだけど」
「狙い通りじゃん」
「ちょっとでも悩んでほしかったけどなぁ」
「ま、格好いい男の子というのはここにいるこの子の話だよ」
試したわけではないとか言っておきながら嘘みたいなものだ、俺が分かりやすく動いていたらきっとこの人は笑ったと思う。
俺がこういう人間で良かった、そもそも一人でいる人間があっという間に他者のことを好きになっていたら先輩云々関係なくやばかったからほっとしている。
「先輩」
「「ん?」」
「あ、どちらでもいいですがそろそろ帰りませんか」
まだ十三時ぐらいだからさっさと帰っておけば下校ぐらいで汗をかくこともない、となれば不安になることもないから本当はその方がいいのだ。
「おいおいおーい、十五時まで付き合ってくれるんじゃないの? やっぱり適当なところもあるよね」
「いや、先輩も回復したみたいなのでもういいかなと」
「相棒、今日はこの子と二人きりにしてくれないかな」
いやいやいまそういうのはいらない、多分ちくちくと言葉で刺されるだけだからこの人にもいてもらわなければならない。
どうしてもということなら俺が一人で帰ればいい、四六時中誰かといたいとは思ってもいないから放課後ぐらいは一人でゆっくりすればいい。
でも、自分の考えた理想通りになるのであればこうはなっていないんだよなと先輩を見つつそう内で呟く。
「分かった、それじゃあ砂森君、みずきちゃんのことを頼んだよ」
「え、あ、一緒に帰ったらどうですか」
「おいおい、みずきちゃんがそんなことを望んでいるわけがないだろう? だから僕は一人でさよならだ」
類は友を呼ぶとは本当のことらしい、でも、俺が伊丹や妹と似ているということはないからそうならない人間もいるということだった。
「校則は全然厳しくないですがあれはどうなんですか、もしかして過去に酷い目に遭ったとかですか」
「全然? あの子は昔からあれが趣味なんだよ」
面白い趣味の人もいるものだ、だが、なんにも趣味がなくて一人のときはぼうっとしている俺よりは遥かにいい。
意識して作ろうと思えばすぐにできるのだろうかとまで考えて、夏でも冬でもそこまで気にならないから歩くことを趣味にするのもありかもしれないと出てきた。
「あ、それでどうします」
「いま出たらあっちーしもうちょっと付き合ってよ」
「じゃあ……」
俺らの教室だから知らない人の席に座ることにならないのがいい――なんてことはなかった、俺の席には先輩が座っているから椅子には座れない。
まあいいか、何度も言うが妹があの家に来てからはメインのところでずっと過ごしていたわけだから床に座るぐらいでなにかが気になったりはしないというものだ。
「うーん、あっちに行くのは云々と言っておいてあれだけど泊まりに行こうかな、君達のご両親と話すのも楽しくて好きなんだよね」
「それなら荷物を持ちますよ」
俺が連れて行くのは初めてのことだからきっと母の方は大興奮で落ち着かなくなる、そのときに先輩も同じテンションでこられると対応しきれなくなるからなるべくそういうことをすることで落ち着かせようという考えからの発言だった。
「そういうところはいいのになぁ」
「したくなったら連絡をしてください」
「うん」
いつもとは違う雰囲気でこれ以上変なことにならないように変えていきたいところではあるものの、言葉選びに失敗をすれば余計に悪くなるから悩んだ。
そもそもいつもであればあの流れで先輩が不機嫌になることなんてないわけで、なにかが変わってきてしまっているということなのだろうか。
「えい」
「俺の頭になんか触れてどうするんですか」
「なるほど、女の子とはやっぱり髪質が違うよね」
「人によるんじゃないですか、しっかりしている人じゃないと似たような感じになりそうです」
「適当だよとか言う子もいるけど、結局みんな奇麗にしているからね」
男でもいい匂いだったり髪がやたらと奇麗だったりする存在はいるからやはり人によるとしか言いようがない。
ちなみに俺は洗っておけば問題ない派だから多分意識して気をつけている人に比べれば酷いと思うが、臭わなければいいぐらいの緩さだった。
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