05話.[可愛いやつだな]
「お兄、来たよ」
「一人になってからどんな感じだ」
「うーん、やっぱりまだ慣れないよ、家事なんかも誰かと協力してやるよりも大変だと分かったしね」
「そうか」
いやでもあれは必要なことだった、いまは効果を実感できなくても気になる異性との仲が本格的になれば分かってくるはずだ。
「ん? あ、よく見てみたら席替えをしたんだね」
「ああ、なんか唐突にそういう話になってな」
伊丹とは依然として離れたままだから用があってもこの前みたいには行きづらい……というのは言い訳で、初回の失敗を引きずっていて結局あれから近づくことはなくなっていた。
朝に挨拶やちょっとした会話をすることはあるものの、昼や放課後に過ごすほどではないから意思とは関係なく勝手に一人になっている。
「あ、それと早速友達を呼んでみたんだけど『こんなところでお兄さんと二人きりで過ごしていたとかやばいよ』と言われちゃったよ」
はっきり言ってくれればいいがこういうことをはっきりと言われても困るということを知った、それと妹の友達は俺のことをかなり悪く想像していそうだ。
俺が呼んだわけでもないのにということと、妹に手を出すような人間だと思われていることが残念だった。
なにより直接見たこともないくせに自由に言うのは――やめよう。
「自分にも人間らしいところがあって安心できたよ」
「ん……? えっと、あ、登下校にかかる時間が増えて疲れちゃっているのかな?」
「さきなはそのままでいてくれ」
で、妹がこうして教室に来たときは伊丹も来るという連続だった、こうなったときは仲良さそうに会話している二人を見ながらぼうっとするのが常のことだ。
「こら」
「簡単に触れたりしない方がいいぞ」
「それよりなんで砂森さんと私がいるのにそんな顔をしているのよ」
「ちゃっかり自分も含めるところが伊丹の面白いところだ」
「私もいるんだからそんなの当たり前じゃない」
人気者だとか美少女だとか今回みたいなことだとか、見ているだけでは分からないそんな彼女の面白いところが関わっているとよく分かる。
ただ、自分一人で盛り上がっている分にはいいがそこに他者が関わってくると自信満々ではいられないということも知っている。
「やっぱり砂森君には大城先輩の存在が大事なのよ、全く来てくれなくなったから暇な時間が増えてそんな呆けたような顔をすることが増えたのよ」
「あ、そうですよね、お兄のところにみずきちゃんがいないとなんか自分のことでもないのに調子が狂うんですよね」
だが、俺一人でなんとかできるようなことではない、興味を抱いている存在に集中しているのだから邪魔をするのも違う。
確かに若干の物足りなさはあるが……。
「なら私がお昼休みに行ってくるわ、この子が自分で動くことを期待して待っていると高校生活が終わってしまうからね」
「私も行きます、男の子として意識しなくてもいいけども友達としては一緒にいてほしいので」
おいおい、なんでこの二人は自分のことでもないのにここまでやる気を出せるのか、だが、すぐに止めなかったからとかそういうことも関係なく盛り上がってしまっていたからどうしようもなかった。
普通に存在していればあっという間にその時間はやってきて、会わなくて済むように結局自分の決めたルールを破って教室から出てきていた。
「お兄ー、逃げちゃ駄目だよー」
「一応聞いておくが、一緒に行くんじゃなかったのか」
昼休みになった瞬間に教室を出たというのに場所がばれてしまっていることが気になる。
「それがかつき先輩から『砂森君が逃げるだろうからあなたは一緒にいてちょうだい』と言われちゃってね、これって戦力外通告みたいなものだよねぇ……」
いや、自分が残るよりも妹である彼女を残した方が効果があると判断しただけだから全くそんなことはない。
「伊丹は俺のことがよく分かっているな、短期間しか関わっていないのにすごいな」
「滅茶苦茶嫌そうな顔だね、だけどお兄って分かりやすいときもあるからね」
「とにかく降参だ、もう逃げたりしないから腕を掴んでおく必要はないぞ」
もっとも、頼まれたからといって先輩が来るとは思えない、何故なら先輩が誰かになにかを言われて変えないと言っていたからだ。
だから逃げておいてあれだが特に焦ったりとか不安になったりとかはしていなかった、まあ、そういうときに限って来るわけだが。
なんでこう自分の考えた逆のことが起きるのかという話だよな、先輩も後輩相手に強気に対応をすればいいのになんで付いてくるのかという話だった。
「おいおいおーい、気にしていないみたいな態度でいたくせに女の子を使って私を呼ぶとかどんだけだよー」
「すみません」
まじで申し訳ない、結局止めればいいところで止めていないから悪いのは俺だ。
はぁ、まあでもこれが最後だろうから最後だけ付き合ってもらえばいいか。
「ま、立ちながら話すのもあれだから空き教室にでも入ろうか、あ、二人きりでいいかな?」
「分かったっ、だけど放課後にちゃんとどうなったかを教えてねっ」
「分かりました、その寂しがり屋君の相手をお願いします」
寂しがり屋なんかではない、なんて言ったところで説得力が多分微塵もないから特になにかを言ったりはしなかった。
「じゃあ行こうか」と口にして歩き出した先輩の少し後ろを陣取って歩いていた。
「お昼休みに無理をするのはやめて放課後にしてよかったよ」
「なんか本当にすみません」
「いいからいいから、さあほらたくさん話そうか」
沢山話そうかと言われても困ってしまうわけで、どうしたいいのかを考えていたら「おいおい、女の子に頼んでまで呼んだのになにもないの?」と。
でも、無理やり出しておかないと多分「じゃあもう帰るよ」と言われてしまうだろうから無理やりひねり出すしかない。
「えっと、いまどんな感じなんですか」
「ん? はは、まあいいか、どんな風なのかと言うとね、やっと頼まれていた物が完成したってところかな」
「頼まれていた物、ですか」
「うん、知らないだろうけど私って絵がすっごく下手くそなんだけどさ、その絵をやたらと気に入っている同級生がいるの」
先輩が下手くそだと思っているだけでその人にとっては違ったというだけの話だろう、いまの話だけで逆にどんな絵を描くのかと気になり始める。
だが、そんなことよりも一緒にいた人が件の人ではなくてがっかりだった、だってこの言い方だと異性として気になったから近づいているというわけではないからだ。
自分で他者になにかを言われて動く人ではないと言っておいてあれなものの、恋に生きる人がそれでいいのかとぶつけたくなる。
「じゃああの人はこの前言っていた人じゃないんですね」
「いやいやいや、実はそうなんだよなあ」
「じゃあ俺の理想通りの展開ということですよね」
紛らわしいというかなんというか、敢えてこのタイミングで頼まれていたことの方を口にするとかどうかしている。
ただ、がっかり感はなくなったからそんなに悪い結果ではない、多分そう経過しない内に本当に大事なことを吐いてくれることだろう。
「あ、恋をしているとかそういうことじゃないけどね」
「それじゃあ駄目じゃないですか、格好いい人で絵であっても求めてくれているのならいいじゃないですか」
「はは、君は意外と恋愛脳だよね」
「恋愛脳なのは伊丹とかさきなです」
「うんうん、素直に認められるときばかりじゃないということだよね、いやあ、砂森君にも可愛いところがいっぱいあるねー」
黙っていても喋っていてもどうせ勝てないが喉が乾いているのと付き合わせているのもあって飲み物を買うことにした。
一方的に買って一方的に渡して、ごちゃごちゃしている内側を奇麗にするために一気に飲み干す。
「ふぅ、ねえ、どうして実家に戻っちゃったの?」
「さきなのためです、それに先輩もさきなとゆっくりしたいでしょうからね」
「君がいたって全く気にせずにさきなとは話せるんだけどなー、それにこれから仲良くするという段階なのに家を譲るとかおかしいでしょ」
「別に俺が金を払っているわけではありませんからね」
だから譲ったという言い方は合っていない、勝手に気にして勝手に戻ったと言うのが正しい。
「あーあ、やっと終わってまた砂森君といようと思ったのにあっちじゃ遠いじゃん」
「え、嘘ですよね」
「嘘じゃないよ、あ、試したくてしたとかじゃないからね? どんどん描けどんどん描けってうるさかったから集中するしかなかったの」
いやその人もなにをしているのか、知らないだけで所謂オタクとかそうやって呼ばれる類の人なのだろうか。
整った容姿の異性が自分のところに何度も来ているのに求めるのは絵ってその歳で既に枯れているのだろうか。
先輩は確かに派手だが……いや、異性なら誰でもいいわけではないからそうなってもなにもおかしなことではないか。
ある程度の仲であれば安心できすぎて逆にそういう目で見られなくなるときもある、また、仮に見られたとしてもこれまで積み上げてきた物が崩れてしまうときのことを恐れてやめておこうなんてことになる可能性もある……よな。
「んー、だけど砂森君が私と一緒にいたがっていることが分かって嬉しいかも」
「なにを言っているんですか」
「ふふ、素直じゃないなー」
少し離れているから帰るか。
ちなみに礼を言って別れる前に先輩の家の場所を聞いてみたが、実家の方ではないということらしかった。
学校がある日の朝にああして早めに行動をして件の人のところに行くぐらいだからまた嘘をついているだけでなにかがあるという風にしか思えなかった。
「あっちー、なんでこんなに暑いのー?」
「七月だからですかね、でも、もう夏休みになるんですからいいじゃないですか」
あ、いや良くない、夏休みになったら暇すぎてどうしようもなくなりそうだ、自分から誘えるような人間でもないから最初から最後までローテンションのままで終わりそうだった。
「七月ということはどんどん卒業までの時間が減っているということなんだけどね、就職組だったらもう本格的に動いているところなんだよ?」
「そういえば先輩って受験勉強をちゃんとやっているんですか? 俺のところに来るか他の人のところにいたりして全くやっていないんじゃないですか」
「ちゃんとしているよ、両立ができる女なの」
「そうですか、なら安心していられますね」
考えに考えまくって結局先輩、伊丹、妹に甘えるぐらいなら先に言ってしまっていた方がいい気がする、その瞬間はからかってくるだろうが約一ヶ月近くある夏休み期間中にずっとからかってくるということはないだろう。
「先輩、両立できるのであれば夏休み全部忙しいというわけじゃないですよね、だからその――後輩が頑張っているところなんですからにやにやするのはなしでは」
「知らないよそんなの、ついついそうなっちゃったんだから仕方がないじゃん」
「一日とか二日でもいいので相手をしてください、俺が言いたいのはそれだけです」
言ってしまえばこんなものか、相手も関わってくるからなにも考えずに繰り返すことはできないが言わずに夏休みを終えるよりもいい。
しかし、自分から先輩を誘う日がくるなんてな、なにがあるのかなんて分からないものだ。
「よく言ったっ、ま、あっちまで行くのは遠いからその場合は来てもらうけどね」
「当たり前じゃないですか、付き合ってもらうのにわざわざ来てもらったりしませんよ、自分から行きます」
「おお、そういうところは砂森君のいいところだね」
「いいところなのかどうかは知りませんが、とにかくよろしくお願いします」
お、ゆっくりしている間に可愛い存在がやって来てくれた、顎の下をわしゃわしゃと撫でつつ今更ながらに目のやり場に困るということを知った。
派手な人で少し緩めなところがあるから夏用だと薄くて困る、何故積極的に見せようとするのかが分からない。
「可愛いやつだな」
「本当にね、野良なのに大人しいのもすごいよ」
いちいち近い、この前みたいにもっと分かりやすく行動すればいいのにと言いたくなる。
勘違いされたくはないはずなのに変なことばかりをしてくる、だが、ぶつけたところで勘違いをする方が悪いでしょと返されて終わるだけだろうな。
「……もうちょっと離れてください」
「え、なんで? あー、もしかして私にドキドキしちゃったりしているのー?」
「……もっと気をつけた方がいいですよ」
「ふふ、そっかそっかー」
前のように可愛い天使的な存在が去ってここにいる意味もなくなった、この先も同じであれば別れて帰るところではあるが今日は別になにかがあるというわけではないからまだまだ外にいても問題はないことになる。
ただ、さっきから先輩の汗がすごいから仮に解散にしない場合はどこか屋内に移動した方がいい気がした。
「まだ時間は大丈夫ですか」
「うん」
「じゃあどこか店とか屋内に移動しましょう、先輩が調子悪くなっても困るので」
店か、自分で言っておきながらあれだが同じ店に長い時間いるのは苦手だった。
「じゃあ私の家に来てよ、ここから近いから帰るときに遠くなって大変! なんてことにはならないよ」
「え、……いいんですか」
「大丈夫大丈夫、もう一年半は一緒にいるんだから家にぐらい上げても問題はないでしょ」
とにかく俺としてはこれ以上先輩が汗をかくことにならなければそれでいいため、上がらせてもらうことにする。
長くいるつもりはないし、しっかり見ておいてそろそろ迷惑そうだとなったら帰ればいい。
「はい、上がって上がって」
「失礼します」
「ははは、お邪魔しますでしょ? まあいいけど」
せめてもう少しぐらい判断するのを待っておくべきだったのだろうか、妹がいるあの家でならいちいちこんなことを言わなくて済んだわけだが。
こっちは特に汗をかいていないから床に座らせてもらったが「ソファに座りなよ、かもん」と言われて移動することになった、距離が近くないと落ち着かない病にでもかかっているのかよ……。
「ねえ見てこれ、最近ちょっと頑張って運動をしていたんだけどこんなに筋肉がついたんだよ、すごくない?」
「いいですね、もっとむきむきになってください」
「ちなみに君の腕はどんな感じなの? ――お、へえ、やっぱり男の子なんだね」
「どうなんですかね、全然ない方だと思いますが」
筋トレと言ってもあくまで時間つぶしのためにしかしていなかったし、全身を満遍なく鍛えていたわけではないから普通にしょぼいと思う。
そりゃ異性である先輩よりは現時点であるだろうが、多分、本気で鍛えている異性がいたら間違いなく負けているだろうな。
それとこの筋力が分かりやすく役立ったことなんてなかった。
「お腹もね――あれ、これは不味い?」
「はい、俺が彼氏ってことならそこまで問題の行為というわけではないですがね」
「でも、こうして触れちゃっているのはいいの?」
「……すみません」
いやこれはずるいだろ、止めなかったら止めなかったで「あ、見たかったんでしょ」などと言いつつにやにやしていたに違いないところだ。
「先輩ずるいですよ」
「ふふふ、もっと私に集中しろ~」
話題を変えるために飲み物に頼ったら想像以上に美味しくてそのまま飲み干してしまった。
よくあるオレンジジュースという見た目をしているのに全く違う、それとも俺の舌が微妙なのだろうか。
「これ美味しいですね、何円だったんですか」
「それは二百五十六円だね」
二百六十円か、五百円とかなら躊躇するところだがあまり気にならないそんなレベルだ、だから帰りにでもスーパーに寄って買おうと決める。
両親には世話になっているからちゃんとできることをしていかなければならない、……手伝いは結局させてもらえていないから○○をしたいのだがなんて言う前に直接持って行ってしまった方がいい。
「この後買います、多分両親も喜んでくれると思いますから」
「うん――じゃなくて、話題を無理やり変えようとしたって無駄だよ?」
「こ、ここは前回みたいになにかを買うということで無理やり終わらせませんか」
「駄目ー」
駄目か、それならまともにここに存在しておくことができなくなるわけだから帰るかとするか。
いつも一方的で申し訳ないものの、別に先輩がこの選択でなにか損をするというわけではないのだから許してほしい。
「砂森君ちょっと待って、はいこれあげる」
「はい――これは絵……ですね」
「はははっ、滅茶苦茶下手くそでしょっ? でもね、こんな絵でも求める人がいるんだよねぇ」
「別にそんなことはないと思いますよ、あ、それじゃあくれるということなので貰っていきますね」
なんのキャラクターかは知らないが普通に可愛く描けていた。
というかこれで下手くそなら俺の絵とかどうなるのかという話になるからそういうことでこれも終わらせるしかなかったのだった。
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