04話.[声をかけてくれ]
「謝れよっ」
「さっき謝ったばかりじゃない、ぶつかったのは確かに悪いとは思うけれど何度も謝るほどではないと思うわ」
なんか伊丹が絡まれているみたいだが、どうすればいいのか。
いまのだけで無駄に絡まれているだけというわけではないことは分かった、当人達だけで解決するまで待つべきか。
だが、通り道でやっているから行きづらいというのも事実、
「すみません、その子に用があるのでいいですか」
「なんだよお前は」
「この時間中になんとかしなきゃいけないことがあるんです、そうしないと担当教師が大爆発して酷いことになりそうなんですよね」
そういや俺、係の仕事を誰かとやったことってないな、話し合うよりも自分がやってしまった方が楽だからこれは小中学生時代から変わらない。
教師も最初は言ってきていたような気がするが途中からは注意をしてくることはなくなったのもあってあくまで一人が当たり前だった。
「じゃあお前が代わりに謝れ」
「すみませんでした」
それにしてもこの広い廊下でぶつかるってどうすればできるのだろうか、この先輩がわざとぶつかったということなら正直に言って謝り損だ。
だが、ここだけ無難にやり終えられればその後は平和ということなら、まあなにかしらのトラブルにはいつだって巻き込まれる可能性はあるがこの先輩に絡まれなくて済むのであればこうしておいた方がいい。
「はぁ、もういいから行け」
「ありがとうございます、伊丹行くぞ」
それであともう少しで教室に入れるということで腕を引っ張られて無理になった。
やっぱりただの謝罪だけでは許せなかったのかと思って振り返ると、そこには伊丹しかいなくて困惑した。
「そういうことか、自分一人でなんとかできたって言いたいんだな」
相手のためになるかどうかは実際に動いて本人から聞きでもしない限りは分からない、また、今回も自分のために動いたということが相手からしたら分かりやすいのだろう。
「え、違うけれど、助かったからありがとうと言いたかっただけよ」
「それなら普通に声をかけてくれ、いきなり引っ張られれば俺でも驚く」
妹や先輩でもこんなことはしない、だからそのまま声をかけるなどでなんとかしてほしいところだ。
聞こえていればちゃんと反応をする、反応できていなかったらただ触れるだけでも十分だから引っ張るのはやりすぎだと言える。
「教室に入ってしまえば相手をしてくれなくなるじゃない、だから廊下にいる内に言う必要があったのよ」
「そうか、迷惑というわけじゃなくてよかったよ」
「迷惑なわけがないじゃない、そういうところは砂森君の駄目なところだわ」
駄目なところなんて沢山あるし、なんらかの失敗をする度にここは直さなければならないと一応努力をしているつもりなのだが、減るどころか寧ろ増えている感じすらした。
「誰かといないと直せないよな」
「そうね、一人でいたら余計に悪化するだけよ」
「ああ」
疲れたくないなどと言い訳をして一人でいることを正当化していては駄目だと最近はそういう考えになってきている、が、こういう考えに変わってから先輩が来てくれなくなってしまったから期待するべきではないとすぐに戻そうとする自分がいて忙しかった。
「あー、伊丹」
「ふふ、珍しいわね」
昼休みは飯も食べないのもあってどうせ暇だからと声をかけてみたものの、すぐに後悔することになった。
そもそも俺はよくても彼女はこれから多分弁当かなんかを食べるはずだからタイミングとしては間違っているということだ、せめて授業が始まる十分前ぐらいにするべきだったか。
「たまには別の場所で食べようかしら、ずっと教室じゃもったいないわよね」
「悪い」
「別にあなたのためにこうするわけではないわ」
黙って後ろを歩いていたら「ここにしましょう」と、ちなみに靴を履き替えたから相当遠くまで来ていることになる、俺としてはどこでも構わないからベンチに座った彼女から少し距離を空けて座った。
「あなたはすぐに直そうと動けるのね」
「諦めて現状維持をするにしてもまず動いてからじゃないと自分を納得させられないだろ」
「あら、自分を納得させるのなんて簡単じゃない、俺は○○だから、それだけで足りるわ」
「それをするにしてもある程度は動かなければならないという話だ」
他者が飯を食べているところをじっと見る趣味もないから外なのをいいことに遠いところを見ていた。
この歳までずっとこの土地で過ごしているが行ったことがない場所はまだまだ沢山ある、暇なことが多いから今度行ってみてもいいかもしれない。
付き合ってくれるということなら誰かがいてくれた方が最近の自分的にはいいと言える、だが、自分の都合で歩いたり帰ったりできることを考えると一人の方がいいのではないかと考える自分もいるのだ。
「見て」
「先輩か、ちゃんと仲良くできているんだな」
「ああ、あの人が何回も言っていた人なのね」
「あ、本当のところは俺も知らないぞ。違う人かもしれないし、そうかもしれないってところだ」
結局、先輩は恋に生きる人だったというだけの話だ。
というか、こうして直接見ていなくても本人が吐いていたことを聞いておけばそうだということは分かるから特になにかを感じたりすることはなかった。
「お兄格好いい子がいるんだよ!」
「さきなもか」
「ん? ああ、最近はみずきちゃん、あの人とばかりいるもんね」
あの勢いから一気に冷静になられるとそれはそれで気になるということが分かった――なんてことはどうでもよくて妹も恋をするみたいだ。
先輩と違って何回も異性に対して頑張る妹ではなかったから今回は相当珍しいこととなる。
「そうか、だから帰宅時間なんかも変わるって話だな」
「え、それは変わらないけど」
「まあ待て、無限というわけじゃないから本気なら一生懸命になった方がいい、俺がいると連れて来づらくなるから俺は向こうに戻る」
登下校にかかる時間が増えても損どころかメリットしかない、これもまた寧ろそういうことで時間をつぶせるのであれば最高とすら思っている。
少し気になるのはこうして妹と話せる時間の確保が安定しなくなるということだが、前にも言っていたように余計なことで微妙な状態になってほしくないのだ。
「えっ? ちょちょっ、そんなのいらないよっ」
「俺が気になるからそうするだけだ」
「お兄……」
「そんな顔をするなよ」
「……でも、お兄と二人だけで暮らしているって話をすると毎回微妙な反応をされるんだよね、だから……」
そんな話とかもするのか、これも伊丹からすれば一人で過ごしてきたからこその悪いところなのだろう。
分からないことが多すぎる、で、そんな人間が急に動こうとするから他者を巻きこんで迷惑をかけるだけになってしまうという連続だった。
「女子なんだからちゃんと早めに帰るようにな」
「……うん」
「あ、やっぱりここで飯を食べてからにする、いきなり帰ってもないだろうから」
「じゃあ私が作るよっ」
「頼む」
物自体はほとんどないからいますぐにでもまとめて帰ることができることはいいことだと言えるか。
「ねえお兄、みずきちゃんに私から言っておこうか?」
「いい、寧ろこれまでがおかしかったんだ」
「あり得ないあり得ないと言いつつもすぐにお兄のところに来ていたよね」
多分傍から見ている人間的には露骨とも言えるぐらいの頻度だったが、一瞬もそういう雰囲気になることはなかった。
経験がないから分からないものの、これは逆にすごいことなのではないだろうか。
「ああ、それよりその異性のことを教えてくれないか」
「え、きょ、今日はどうしたの?」
「別に知って見に行こうとかそういうことを考えているわけじゃない、ただ、自分と関わる存在がどんな存在を気にするのかを知りたいだけだ」
「え、真面目になんて言えばいいんだろう」
邪魔するのはやめよう、作ることに集中してくれと言って黙った。
作り終えたら礼を言ってすぐに食べさせてもらう、いつもと同じで安定していていい味だ。
食べ終えたら洗い物はやらせてもらって荷物を持ち家をあとにした、構ってちゃんにはなりたくないから早く寝ろよとだけ言っておいた。
「ただいま」
「本当に帰ってきた、さきなちゃんとなにかあったの……?」
「さきなの今後のために帰ってきたんだ、だから今日からはまた頼む」
一応連絡はしておいたが全く顔を見せていなかった人間が唐突に帰ってくればこういう反応にもなるか。
自分のために帰ってきているわけではないことが救いだろうか? もうそういうことにしておきたい。
「それはいいけど、ねえ?」
「ああ、だが、さきなは一人で大丈夫なのか? まず起きられるのかどうかが不安になってくるぞ……」
「朝は苦手だがちゃんと自分で起きてくるよ、洗濯物とかだって自分で干せるから大丈夫だ」
洗い物とかだってできるし、風呂掃除だってしっかりできる、掃除をすることも好きだからちょっと家を離れたことでゴミ屋敷に、なんてことにはならない。
というかなんかさきな……と言いたくなるような両親のさきなへのそれは自分のことでもないのに悲しかった。
「近くで見てきた
「ああ、俺よりしっかりしているから大丈夫だよ」
風呂の前に懐かしい自分の部屋に行ってみると意外と奇麗で驚いた、少し固まっていたら「掃除をしておいたんだよ」と母が教えてくれた。
礼を言ってベッドに座る、妹があの家に来てからはベッドに触れてすらもいなかったからこれもまた懐かしかった。
「さきなが家に来たとき『お兄といたかったから』と言っていたが本当はそれが理由じゃないんだろ」
「うん、実は喧嘩をしちゃったのがああなった原因なんだよ」
「喧嘩か、じゃあまだ仲直りできていないのか」
「そうなんだよ、さきなちゃんが出て行ってからはみずきちゃんも来なくなっちゃったからお母さん寂しいよ」
それは仕方がない話だ、母や父に会うためだけに行くわけがない。
いまなら先輩的にもあの家に行きやすいからそういう点でもいいことができたということだ、これから色々な意味で気持ち良く寝られそうだった。
「おはよう、朝ご飯もお弁当も作っているところだからもうちょっと待っていてね」
「あ、昼は別に――」
「食べなきゃ駄目だよ、食べていなかったとか言わないよね?」
「……作ってもらった物を食べずに残したりはしない」
「うん、もうちょっと待っていてね」
そうか、こういう点で母に甘えることになってしまうのか。
勢いだけで行動したところもあるから細かいところまでは考えていなかったが、いまから考えて行動をしないとぐうたら人間になってしまう。
だからとりあえず朝飯ぐらいは作るぞと言ってみたら「私がお父さんに作ってあげたいから」と言われ敗北、それなら弁当ぐらいはと諦めずにぶつけても「たまには食べてもらいたいな」と敗北……。
「母さん、俺もできるから俺に任せられることってないか」
「純輝ちゃんってそんなに自分から動きたがる子だったっけ?」
一年と半年ぐらい顔を見せなかったことで忘れてしまっているかもしれないが、俺は元々この家にいるときもじっとしているのが嫌だったから動いていた。
そりゃ母や父に比べればやっていたことのレベルは低いものの、なるべく手伝いたいとそうやって動いていたつもりだった。
だが、忘れているとかそういうことではなく、母の反応的にやはりしょぼかった……というところか。
「こうして唐突に戻ってきて世話になるんだ、なにかやらないと申し訳なくて気になってしまう」
「元気でいてくれれば大丈夫だよ、あ、ちゃんとご飯も食べてくれたらもっといいけどね」
……とりあえず食べたらすぐに出るとしよう。
時間がかかりすぎても困るから初日ぐらいは普段よりも早くを意識した方がいい。
「電話……さきなか、もしもし?」
「お兄……寂しい!」
「はは、すぐに慣れるから大丈夫だ」
先輩や気になる異性との時間を増やせば兄のことなんてすぐにどうでもよくなる、少し寂しいが優先順位が低くなるのは仕方がない。
「それよりさきな、なんで喧嘩したことを言ってくれなかったんだ」
「うっ、お、お母さんから聞いたの?」
「ああ、母さん大好きなさきなが喧嘩したとは思っていなかったがな」
来たときにああ言われてそうかで終わらせたのは興味がなかったからではない、が、もう少し興味を持ってやるべきだったと今更後悔している。
だってそこでちゃんと聞き出しておけば少なくともここまで長引くことはなかったし、妹は大好きな母や父といられたのだ。
「……お兄がいなくて寂しくて八つ当たりをしちゃったの」
「なんだ、それなら謝ればすぐに仲直りできるな、いま近くにいるから代わろうか」
「い、いい、今度……そう、夏休みになったら直接謝るよ」
「そうか、じゃあまた学校でな」
「うん」
決めていた通り飯を食べたらすぐに出た。
なるべく早起きをしているのもあってまだまだ早い時間ではあるものの、実は朝のこういう余裕がある中歩くのが好きだった。
「あれ、珍しいこともあったものだね」
「こんなに早い時間からなにをしているんですか」
いやまじでなんでこんなことになるのか、先輩ってこっちの方に家があったのか? まあ、そこはいいとしてもなんで朝から出会ってしまうのか、なんで普通に話しかけてくるのかと色々と言いたいことがある。
「なにをって、例の男の子と約束をしているからいつもより早めに出てきたんだよ、それより砂森君がなんでここら辺にいるの?」
「じっとしているのが苦手なので散歩をしているだけですよ」
「そっか、それじゃあ邪魔をしても悪いからこれで失礼するよ」
切り替える能力というか一人に集中する能力がすごい、妹も振り向かせたいのであればこれぐらいの意識でいるべきだと思う。
歩くのにもリスクがあると分かってさっさと学校に行ってゆっくりしておくことにした。
「あっ」
「あ」
同じように早く来ていた伊丹が変なことをしていたというわけではない、だが、本人的には違うのか教室から走り去ってしまった。
まあいい、俺はこうして席に張り付いていればいい、そもそも廊下に出たところで付き合ってくれる存在がいないから意味がない。
トイレや移動教室のときだけ移動すれば今朝みたいに変なことが起きることはないだろう、所属しているクラスにいて文句を言ってくる存在はいないからな。
「か、勘違いしないでちょうだい、ずっとしていると疲れるから外していただけなのよ、決して眼鏡を外したら美少女かも! なんて気分で教室にいたわけではないの」
「落ち着け伊丹、全部吐いてしまっているぞ」
別に眼鏡をかけていようがそう変わらない、容姿も多分整っていると思うから自信を持てばいい。
ただ、俺が言うのは違うからそう言ってくれるであろう男子を探してほしいところだった。
「あ、あなたのせいよっ、責任を取りなさいっ」
「俺にできることならする、どうすればいい」
「……嘘に決まっているじゃない、真顔で返されて余計にダメージを受けたわ」
よく分からないが彼女は結構繊細なのかもしれなかった、普段失敗をしない分、失敗したときに俺よりもダメージを受けるのかもしれない。
そういう点では失敗ばかりもそう悪くないのではなんて考えが出てきたものの、正当化をするべきではないとすぐに捨てる。
「それよりいつもはもう少しぐらい遅い時間に来るのにどうしたのよ」
「ああ、いつもはすぐに着かないように敢えて余計に歩いているんだが微妙なことがあってな」
「微妙なこと? いえ、それより余計に歩いているって……」
「じっとしているのが苦手なんだよ、それで学校に来てみれば伊丹が変な反応をしたってだけだな」
よく考えなくてもこの歳にもなってじっとしているのが苦手とか子どものままだということが分かってしまう。
だが、これからは先程も決めたようにほとんど教室から離れないだろうから大丈夫か、心配させたくないから寄り道もせずに帰るだろうから家での方も問題はない。
ちなみにそんな俺を気にせずに「そ、それはもう忘れなさい」と彼女は寧ろ自分の方から先程の話を出していた。
そんな人間らしいところに何故だか落ち着けたのだった。
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