03話.[正解は私でした]
「おお、砂森君の家ってこんな感じなんだ」
「そういえば来たことがありませんでしたね」
「うん、さきなと遊ぶときは向こうの家に行っていたからね」
「ま、広くはないですけど座ってください」
茶ぐらいしかないが持ってきて机に置く、で、ここからどうしたらいいのかと悩むことになった。
人が家に来ることは滅多にないから妹がいてくれなければ困るわけだが、残念ながら友達を見つけて去った後だからすぐに帰ってくるよう願うのは無意味だろう。
「私の家じゃないけど座りなよ」と言われて少し離れた場所に座ったが……。
「なんか外にいるときと違って余裕を感じないけどどうしたの?」
「家に連れてきたことがないので」
「ああ! ふふ、ということは砂森君の初めてを貰っちゃ――ごほんごほん、普通にしておけばいいんだよ」
その普通が分かっていないからこそ困っているわけだが、ま、先輩相手にこんな状態でいるのも馬鹿らしいから落ち着こう。
「男の子の家に初めて入ったからドキドキしちゃっているよー」
「どうせ嘘でしょうがもしそうなら俺が初めてということで残念でしたね」
特にメリットもないのに毎回こんな嘘をついてなにがしたいのか。
「砂森君って私のことを遊び人とかそういう風に見ている節があるよね……」
「恋をこれまでに多くしてきたのであれば異性の家にだって何回も上がったんじゃないんですか」
「いやいや、好きな相手の家に簡単に上がれるわけがないでしょ? 私だってね、積極的に行動できるときばかりじゃないんだよ」
「じゃあ俺は違うんですね」
「何回も直接言っているように砂森君のことを意識したことはないよ」
だけどこの点に関してはいつも真っ直ぐだ、だから苦手であっても無視をしたりはしないのだ。
そこにすらも嘘をつくようだったら情けなく弱い自分の精神であったとしてもうざがって距離を作っていた、無視だってしていたと思う。
「だからいまは安心してここにいられるんだよ」
「安心ですか、じゃあ俺がこうやってきたらどうするんです」
自分で言ったように広いわけではないから一瞬で距離を詰められる、そして触れることだって容易にできてしまうわけだ。
今回はただ口にしただけではないから実際に両肩に触れているわけだが、先輩はあくまで余裕そうな感じで「まじまじと見ちゃうかな」と返してきた。
「ただいまー……って、え、お兄……」
「おかえり」
「うん、じゃないっ、みずきちゃんになにをしているのっ」
「なにをしているのって見ての通りだ」
「離れなさいっ」
そろそろ飯でも作るか、妹が帰ってきてしまえば無理をして会話に参加する必要はないからそういうことになる、面倒くさがって夜飯を食べないで寝ると確実に体に悪いからその気がある内に動いておかなければならない。
「ふっ、砂森君も男の子だったというだけさ、だけど私だって相手が誰でもいいというわけじゃないから振ることになってしまったけどね」
「えっ、やっぱりそういうのだったんだ……」
やっぱりそういうのだったんだってつまり俺が先輩に気があるように見られていたということだ、いつの間にそんなことになっていたのかと聞きたくなるが我慢だ。
多分聞いても精神的に疲れるだけだし、俺は再び無駄に振られるだけだからやめておいた方がいい。
「ま、嘘だけど、ただ両肩に触れてきたというだけだよ」
「お兄が特に理由もなくそんなことをするとは思えないし、やっぱりみずきちゃんのことが好きだったんだよ!」
「え、やっぱりそうかなぁっ? 受け入れられないけどっ」
「誰かは泣くことになるんだよ、だから仕方がないんだよ……」
「だよね、私も何回もそっち側になったからね……」
そう時間もかからずに作り終えたがそれ関連の話で未だに盛り上がっていたから外に出た。
作ってしまえばなんてことはない、それと前にも言ったように動けていた方がいいからちょっと歩こうと思っただけだ。
「今日はこのまま外にいるか」
どうせ無視できないのであればと自分らしくないことを繰り返している現在だが、一ヶ月も経過しない内に限界が見えてきてしまっていた。
他者みたいに上手くやることは一生できないのだろう、が、今回は動いた結果でもあるためそう気分も下がってはいなかった。
動いた結果がこれならじゃあ元に戻そうとなんににも引っかからずに変えることができるからだ。
「あら、今日も珍しいことがおきたわ」
「伊丹は他者と上手くやれていてすごいな」
「上手くやれていると無根拠に言われても困ってしまうわね」
「ま、絶対にないだろうが俺みたいにはなるなよ、じゃあな」
どんなに頑張ろうと俺みたいにはなれないという話か。
余計なことを言うのはやめて動くことに集中したのだった。
「さきな、そんなに難しそうな顔をしてどしたの?」
「お兄が帰ってこなかった」
「お兄……あっ、いつも無表情でさきなのお兄さんっぽくない怖い人かっ」
全く怖くはないけど関わったことのない存在からしたらこういう感想になってしまうのか。
いやまあそれはいい、違うと言ったところで直接関わりでもしない限りは変わらないことだから頑張っても意味はない、それよりも帰ってこなかったことの方が気になるというものだ。
今回ばかりは兄的にも本気で直接なし判定をされたからこそのぷち家出みたいなものなのかな。
「さきなが隠しているだけで義理のお兄さんだったりしてっ」
「違うよ、それよりちょっとお兄のところに行ってくるね」
「あーい」
とりあえずいつものお気に入り的な場所を探してもいない、廊下にもいない、トイレの前で待ってみたけど出てこなかったから諦めて教室へ突撃する。
「お、お兄」
「どうした」
「な、なんで昨日は帰ってこなかったの?」
「じっとしていたくなかっただけだと朝に言っただろ」
それはシャワーを浴びているときに無理やり聞いたから分かっているけど、時間が経ったいまだからこそ本当のところを吐いてくれると期待しているのだ、だから諦めないつもりだったけど予鈴に邪魔をされて無理になったから次の時間にも突撃した。
「後で謝っておくから心配するな」
「いやいや、みずきちゃんは上手くやれるからそういうことで来ているわけではなくてね?」
「二度とあんなことはしない、だから大丈夫だ」
いやだからそういうことじゃなくて私はお兄のことを心配しているわけで、はぁ、だけどこのまま言ったところで「なんでだ」と返されて終わるだけだからいいか。
普通に元気そうだし、初めての失恋で変なことをしてしまったというわけではないのに動いた私が悪かったで終わる話だろう。
「お兄、今日は一緒に帰ろう、それでご飯は私が作るから食べてよ」
「ああ、それならそういうことにしよう」
「それじゃあまた後でね」
教室に戻って次の授業のための教科書なんかを出してからはぁとため息をつく、難しい人……というか血の繋がった兄妹でも私とは全然違うからこういうときに大して役に立てないのが嫌だった。
救いなのはどんなときでも話しかければ普通に相手をしてくれるということか、だけどだからこそ気になってしまうものなのだ。
「難しい顔をしているね」
「お兄は難しい」
「なるほど、よし、さきなを困らせるなって私が言いに行っちゃうよっ」
「あ、それはなしの方向でお願い」
「ちぇ、つまらないのー」
つまらないと言われても困ってしまう。
とにかく、ご飯を食べてもらうことでなんとかしよう。
「昨日はすみませんでした」
「なんの話?」
「そういうのはいらないですがそういうところも先輩のいいところだと思います」
なんて今回の件に関してはもっと厳しくいてくれてもよかったぐらいだ。
駄目なことをしたのに甘い終わりなんて求めてはいない、自分に甘く他者に厳しくする人間になりたくはないからしっかりしてほしい、怒りたくもないということならやり逃げで申し訳ないが距離を作ってくれた方がよかった。
「いや、え、君誰?」
「砂森ですよ、またそれですか」
「はははっ、ごめんごめん、だけど昨日のことといい砂森君らしくないからさー」
相手の優しさを利用して、というか、謝ればこうして許してくれるだろうという甘い考えがあるのは事実なのだ。
「んー、だけど謝っただけでよしってことにするとまたやっちゃうかもしれないからなにかしてもらおうかなー」
「その方がいいです」
「んー、なにをしてもらおうかなー」
今日はなんか落ち着かなくて教室から出てもらった、それで「いまの分もなにかしてもらわないとね」と増えたみたいだが構わなかった。
毎日やることがあった方が絶対にいい、無茶な要求だと結局できなくてそのまま時間オーバーになんてことになるが先輩もそんな無駄になるような選択は選ばないことだろう。
「よし、じゃあ砂森君は伊丹ちゃんと仲良くすること! あれだけ普通に喋ることができるのなら大丈夫でしょ?」
「それじゃあ意味がないじゃないですか」
「いやいや、お姉さん的にはお姉さんが行かないといつも一人でいる君のことが気になるわけですよ、その点、特別じゃなくてもある程度の仲の子がいたら卒業してからも安心して過ごせるからさ」
いやそんなことはどうでもいい、先輩が卒業して高校から消えても俺は変わらない、それと文句を言った俺も悪いが他者を巻き込むようなことはやめてもらいたい。
俺が一人でいるのは自然とそうなっているのもあるし、他者と違って上手くできないからで、自分から近づくようになったら間違いなく失敗をして迷惑をかけるから駄目だった。
「誰かに言われたからと来られても伊丹としても微妙でしょう」
「ちょっと待っててっ」
まあ、こうと決めたら余程のことがない限りは変えない人だかららしいと言えるが、せめてもう少しぐらいは聞いてもらいたいものだ。
「伊丹ちゃんを連れてきたよ!」
「悪い」
「いえ、気にしなくて大丈夫よ」
説明をしている間、違う場所を見ることでなんとかしていた。
気まずい……というか逃げたいと思ったのは人生で初めてだ、これなら悪口を言われていた方がよっぽどマシだと言える。
「なるほど、だけど私としては砂森君の意思で来てもらいたいわね」
「む、やっぱりそうかあ。んー、となるとしてほしいことは……」
「急ぐ必要はないと思います、砂森君なら逃げも隠れもせずにちゃんと言うことを聞いてくれますよ」
「そうだね、急いで答えを出しても後悔するかもしれないからもうちょっと考えてみるよ」
「それじゃあ砂森君、戻りましょうか」
なんか終わってしまった、だが、結局先輩の指示で近づいていなくても結果としてはあまり変わらないそれにため息をつく。
「でも、大城先輩も面白いことを言うのね」
「関係ない伊丹を巻きこんでしまっている時点で面白い選択とはならないぞ」
「その伊丹が言っているのだからいいじゃない」
本人が○○と言ってくれているからいいでこれまでも終わらせてきてしまったから問題になっているのだと思う。
このままでは不味い、直せないまま大人になれば被害者量産マシンになってしまうことだろう。
だからやはり今回はそうですかで終わらせるわけにはいかないのだ、彼女でもいいからどんどんと正論をぶつけてきてくれればそれでいい。
「悪い」
「ふふ、今日は駄目みたいね」
駄目か、そういうことを望むのも結局自分のためということで見破られてしまっているのか。
教室に着いたらすぐに自分の席の方へ移動してしまったのもあって自分の席でじっとしているしかなかった。
「お兄ー、みずきちゃんから話を聞いて来ましたよー」
「さきなか」
妹はもっと無理だろうな、怒ればいいところで怒れずに疲れてきたのが妹だから期待するべきではない。
まあでも、妹はそれでも他者と上手くやれているわけだから俺とは全く違うということになる。
はぁ、なんで兄妹でここまで違うのか、これなら俺が年下の方が遥かによかったわけだが……。
「さあほら、みずきちゃんのところに行きましょうねー」
「さきな、とりあえずいまは二人だけでいいか」
「え、あ、まあ……みずきちゃんも忙しいかもしれないから今回はそうしようか」
すまない、だがいま先輩のところに行ってもなにかをすることはできないから仕方がない話なのだ。
逃げているわけではない、求めてきて自分にできることならちゃんと向き合って先輩のために動くと神に誓おう。
「さきなもいつもありがとな」
「え、えー、私は特になにもできていないよー」
「いや、本当に一人だったらどうなっていたのかは分からない、先輩もそうだがさきなのおかげでもあるから言わせてもらったんだ。先輩にだけだとあれだからさきなにもなんか礼がしたいぞ」
身内で良かった、こういうことだって口にしやすい、妹だって兄からであればきっと「じゃあねー」と考えてくれるはずだった。
少なくともよく知らない男子から同じことを言われたときよりはいいだろう、なにか損をするというわけではないからいい方向に捉えてくれるはずだ。
物欲というのはないから金はそれなりにある、だから結局欲しい物を買ってあげられませんでしたなんてことにはならないから期待してくれていい。
「それならこれからも仲良くしてよ、お兄はよく怖いって言われるけど私は大好きだからさ」
「家族が相手でも気軽に大好きとか言わない方がいい、さきなのことを気にしている男子が気にしてしまうかもしれないだろ」
どこで誰が聞いているのかも分からない、なんならこのクラスにだって妹のことを気にしている人間がいるかもしれない、仲がいい方が間違いなくいいがそれを良く見る人間ばかりではないから恋をしたいのであれば気をつけておくべきだった。
真っ直ぐにぶつかった結果無理だったということなら恋はそういうものだという風に終わらせることができるが、こんなしょうもないことで無理になったら嫌だから俺は何回でも言わせてもらう。
俺ではなく妹のために、妹がいつもにこにこしていられるようにできることはなんでもやりたい。
「ははは、だからそういう子はいないって」
「そう? 砂森さんのことを気にしている子は実際にいそうだけれど」
「かつき先輩までそういうことを言うのはやめてくださいよ」
「ふふ、普通のことを言っただけよ」
「もー」
先輩も持っているこの能力はどうすれば得られるのだろうか? 相手を嫌な気分にさせないで会話に参加できるというだけで結構効果があると思うのだが。
まあ、俺が使えるのは妹か先輩にというところではあるものの、それにしたっていまよりはもっと良くなることが分かる。
いやでも、遮って無理やり自分のペースにしているわけでもないのにすごいな。
「だーれだ、正解は私でしたー」
「あの、普通は答えるまで待つんじゃないんですか」
「そんな時間はありません」
約束もしていないのに俺がなんとか一緒にいられる存在達が集まることとなった。
「それよりあの二人は盛り上がっているみたいだから廊下に行こうよ」
「あ、決まったんですね、行きましょう」
「え、決まっていないけど行こー」
教室からそう離れていない場所で足を止めてこちらを見てきた、先輩の顔は見慣れているからこちらも意識を向ける。
「ねね、一応聞いておくけどなんであんなことをしてきたの?」
「気をつけてほしかったからです」
「それはまた彼氏探し云々に繋がっているのかな?」
「と言うより、異性の家に簡単に上がって無防備な発言なんかをするべきではないと知ってほしかった、というところですかね」
「で、あんなことをしちゃうんだ? やっぱり砂森君も男の子なんだね」
別にあのタイミングで妹が帰ってきていなくても気をつけてくださいねなどと口にしてすぐにやめていた、相手が依然として余裕満々であってもこのくそと感情的になることは間違いなくなかった。
先輩が云々ではなく俺が元々そういうことをしない――はずだったのに、ああして触れてしまった時点で説得力なんかは微塵もない。
「そういえば私のクラスに格好いい男の子がいるんだよね、運動も勉強もできちゃうそんな男の子がさ」
「先輩はクラス全員と話せるみたいですから意識すればあっという間に仲良くなれるんじゃないですか」
「ちょいちょい、私がその子と、というか、男の子と仲良くしちゃったら君といられなくなっちゃうんだよ?」
「さきなでもそうですけど、楽しそうならそれでいいです」
先輩がなにかを言うよりも先に予鈴が鳴って別れることになった。
もし先輩が本気で狙うということなら少し偉そうではあるが頑張ってくださいと言いたいところだった。
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