02話.[認めるしかない]

「うわっ、汗臭いっ、男臭いっ」

「体育がありましたからね」


 四時間目にあってくれて助かった、たまに意地が悪くて三時間目に体育で一時間授業なんてことがあるから本当にそうだ。

 まあ、こういう風に思われている可能性があるからな、俺だって一応気にしているということになる。


「シューってやるやつを貸してあげようか? そのままじゃクラスの子達が可哀想だよー」

「混じって余計に酷くなるだけだからいいですよ、それより臭うみたいなんで離れておいた方がいいんじゃないですか」


 というか、場所を教えているわけでもないのにどうしてばれるのかという話だ。


「ダイジョウブ、コウシテセンタクバサミヲシテオケバネ」

「ここを気に入っているみたいなのでそれでは」


 妹のために弁当を作ることはあっても自分のために作ったりはしないから元々休めれば場所なんてどうでもよかった。

 汗をかいている状態でなければ教室でも余裕で過ごせる、ただ、昼休みぐらいはこうして他の場所で過ごしたいという気持ちが強い。

 賑やかなところが苦手というわけではないにしても一人でばかりいるから本能が一人になれる場所を求めてしまうのだろうと考えていた。


「待ってよー」

「はぁ、他の人と過ごした方がいいんじゃないですか」

「んー、別にいま一緒に過ごしたい子はいないからねー」


 椅子に座るとわざわざ横の椅子に座る先輩、敢えて臭う相手の近くにいるとかMだろこの人という感想を抱く。

 いや別に今日に限った話ではないからもうそういうことにしてしまおう、敢えて俺といるなんてどうかしている。


「ねね、この前のあの子と話せてる?」

「いえ、関わることはありませんよ」

「それじゃあこの前はなんであんなにぺらぺら話せていたの?」

「そりゃ同級生相手にびくびくとしていても意味はないじゃないですか」


 異性だからとか同性だからとか、こいつだからとかあいつだからとか、そうやって人によって態度を変えるわけではない。

 だからこうして苦手な先輩が相手でもちゃんと無視なんかはしたりはせずに相手をしているわけで、それは見ていれば分かると思う。


「あの子が特別なのかと思ったけどなー」

「仮に俺が相手のことを好きだとしても分かりやすく表に出たりはしないと思いますよ、ま、好きになったことがないので分からないですけど」


 露骨な態度の自分を直視することは嫌だからできればこのままであってほしいという気持ちと、このままだと好きな相手ができても延々に前に進めなさそうだからもう少しぐらい柔らかくいかないと駄目だろという気持ちがごちゃ混ぜになっていた。

 ただ、そういう相手がいないのにこういうことを考えていること自体がおかしいと気づいてすぐにやめる。


「ほうほう、恋をしたことがないんだね?」

「先輩はあるんですか」

「あるよ、それも何回もね、だけど上手くいかないことばかりでお姉さんその度に傷ついちゃうの」

「傷ついているのに何度も頑張れてすごいですね、俺だったら一回失敗したらやめていますよ」


 多分大して頑張りもせずに失敗をしたら俺には無理だなどと言って言い聞かせようとするだろうな、でも、恋をしているあいつらは馬鹿だとか僻むわけではないから許してほしい。


「あー! いつもこんなところで過ごしていたんだ!」

「先輩が教えたんですか」

「違うよ、だってそんなことをしたら二度と一緒にいてくれなさそうだもん」


 何度も言うが所詮は俺だからなにがあろうとこうして話しかけられれば相手をするしかなくなる、だからその選択もあまり意味はない。


「もう、みずきちゃんも意地悪をしないでよ」

「私はまだ安定して砂森君といられるわけじゃないからね、それに口が軽い私でも大事なことをぺらぺら話したりはしないんですよ」


 安定して一緒にいられるわけではないって大丈夫なのか? 友達がいない分、先輩とばかりいる気がするが俺の勘違いなのだろうか、これでもまだまだ足りないということなら俺にはこれまで一度も友達というやつがいなかったということになるが。


「え、これは大事なことなの?」

「そういうわけじゃないから気にするな」


 いま考えたこともどうでもいいことだ、どう見るのかなんて人それぞれで違うのだから考えたところで意味はない、そもそも無駄に疲れたくないから一人でいるというのに誰かが来ればすぐにこれでは話にならないだろう。


「お兄はこれから毎日、お昼休みはここで過ごしてよ、学校でだってお兄といたいんだから」

「気になる存在とかいないのか」

「いないよ、だってまだ入学したばっかりなんだからさ」

「じゃあ化――いや、いつかそういう存在が現れるといいな」

「え、今日はどうしたの……?」


 え、そんな反応をされても困るぞ。

 ああ、ただ直前の内容に引っ張られているというのは確かにあるから別に妹が悪いわけではないか。

 だが、妹はそのことを知らないから女子は恋に生きるんだろと偏見にも近いことを吐いて終わりにしておいた。




「さきなは入学したばかりだけど私はもう卒業年なんだよねー」

「そうですね、早いですね」


 もう一年も残っていないから卒業まではあっという間だろう、だから相手をする時間もそれだけ短いということになる。


「さきながいないときは君を独占できて良かったんだけどなー」

「まあ、いまみたいに一緒にいましたね」


 気づけば近くにいて自然と話しかけてきていたし、俺も律儀に相手をしていたから違いますなんて言ったところで意味がない。

 待て、どうして妹もいなかったのに先輩は俺のところに来ていたのだろうか? ただの暇つぶしだとしても敢えて俺を選ぶ意味が分からない。

 だけどあれか、一年妹といられなくなってしまうからまたこうして一緒に過ごせるようになったときに気まずくならないよう兄である俺と仲良くしておいた方がいいと判断したのかもしれなかった。


「うーん、無視はしないけど君ってちょっと適当だよねー……」

「適当ではないですよ、先輩が言っていることは事実ですからね」

「お、おお、独占されていたことを認めちゃうとかさきなじゃないけど最近はどうしたの?」

「言い方はあれですけど、俺のところに来るのなんて先輩ぐらいしかいませんでしたからね」


 最近みたいな繰り返しだったわけだから何度も言うがそこから目を逸らしたところで意味がないのだ。

 結局、なんだかんだ言いつつも俺は先輩に助けられてきたようなもので、そこだけは素直に認めたくはないが認めるしかない。

 やっぱりなんか礼をしなければ駄目か。


「どうせ暇なら付き合ってくれませんか」

「え、デートのお誘いっ? 砂森君とはちょっと……」

「礼がしたいんです、なにか買うのでそれで満足してください」

「お礼……なんに対してのお礼?」

「これまでの、ですかね」


 恥ずかしいことでもなんでもないし、世話になったのであれば礼をするのなんて当たり前のことだからずっと目を見たままだった、今回は無理と言われてもそうですかで終わるわけにはいかないから相手が圧を感じていようとやめることはしない。


「ちょ、み、見すぎだよ、分かったからその顔でずっと見てくるのはやめて」

「じゃあ欲しい物があるかもしれないそんな店を探しましょう」


 なんとなく先輩は残る物ではなく食べ物で終わらせそうだなんて考えがあった。

 やたらと俺とは俺とはと一緒にいるくせに言ってくる人だから可能性は高い、また、本命的な人が現れたときに邪魔になるから避けたいだろう。


「あれ、甘い物はそっちにありませんよ」

「甘い物? いやいや、なにかを買ってもらえるということならすぐになくなる物にはしないよ」

「え、珍しいですね、俺からなんですよ」

「誰からであってもそうだよ、甘い食べ物は確かに好きだけどそういうのは自分で買えばいいしね」


 先輩は腕を組んでから「そう高い物じゃないし、でも、高くないからこそ高頻度で買っちゃうんだよねぇ」といらない情報を吐いていた。

 やっぱりこの人のことは分からないままだ、多分この先も理解できるときはこないと思う。

 まあでも、先輩のことを自ら知ろうと動き始めたら違和感が大きすぎて落ち着かなくなるからこれからも同じようにいてほしい。


「あ、これかな」

「新しいのを買わなくても毎日違うやつで髪をまとめてくるじゃないですか」

「えー、把握されていて怖いぃー」


 先輩の真似をするのが好きなのに髪を伸ばしたりしないのが妹の不思議なところだと言えた、化粧をする時間をなくせばもう少しはゆっくり寝られるのに依然として続ける妹であってもなんでもかんでも真似るというのはできないらしい。


「ま、それならそれでいいです、貸してください」

「いやいやっ、まだ色々見るよっ」

「なんでそんなにハイテンションなんですか」


 少なくともいまの流れからしたら変なテンションだ、また、仮にその流れに合っていたとしてもいちいちそうやって反応していたら疲れてしまうからやめた方がいい、先輩だって変なことで疲れたくはないだろうから何度も繰り返しているそういう点では先輩の俺は言いたくなるわけだ。


「なんでだろうね、砂森君が当ててみてよ」

「ただで買ってもらえるからというところですかね」

「ぶっぶー、あのさあ、私はそんな存在じゃないよ?」


 これ以上続けると前に進まないから黙って付いて行くことにする、そうしたら割とすぐにこれだという物を選んでくれたから会計を済ませて渡した。


「いつもありがとうございます」

「うぇ、これ誰ぇ」

「俺ですよ、砂森です」


 帰るか、寄り道だったり誰かになにかを買うなんて慣れないことをして疲れた。

 はぁ、だがこの程度のことでいちいち疲れていたら社会人になったときに困ることになりそうで少し不安だった。

 だからって一緒にいることでなんとかしようだなんて相手のことを考えれば言えないからどうすれば改善できるのかが分かっていないままだった。




「うぅ、痛い……」

「ちょっとじっとしていろ」

「うん――えっ!? お兄なにをしているのっ?」

「保健室まで連れて行く、この方が早いだろ」

「が、学校だからっ、他の子がいるからっ」


 他の子がいるからなんだよ、痛いのならじっとしておけと言ったら静かになった。

 反対側の校舎にあるとはいえ、そう離れているわけではないからすぐに先生に任せることができた。


「へえ、お兄さんなんだ」

「はい、保健室に行かずに俺のところに来たので本人に期待するよりも自分が動いた方が早かったんです」

「たまにそういう子もいるよね」

「そうですね、これぐらい大丈夫などと言って軽く見る人間は結構いますね」

「あ、妹さんのことは任せてよ」


 残るのも違うからお願いしますと言ってから保健室をあとにした。

 何故か出たすぐのところでにやにや笑っている先輩と遭遇したが、心配なら行ってあげてくださいと吐いてスルーをする。

 いまそういうのはいらないのだ、とにかく跡が残ったりしなければいいが。


「妹さんとはいえ、お姫様抱っこをするなんてすごいわね」

「多分伊丹でもあの場合ならするだろ、背負う方法だと傷口がどこかに当たって余計に痛んでいたかもしれないからあれでいいんだ――じゃない、なんで妹だって知っているんだ」


 教室まで来たからなんで見ているのかなんて言うつもりはないものの、そこは気になってついつい聞いてしまった。

 こういうところがまだまだなところだと言える、これもまたこの先良くなるのかどうかは分からない部分だ。


「大城先輩から教えてもらったの、大城先輩経由で呼んでもらって砂森さんと直接話したこともあるのよ?」

「そうなのか、ま、時間があるなら相手をしてやってくれ、俺と違って誰かといるのが好きだからな」


 まだ細かいところまでは分からなくても先輩といるよりは悪い影響を受けないということは分かるため、彼女といる時間をとにかく増やしてほしいと思う。

 それが無理なら無害そうな同級生の友達でもいい、とにかくあのよく分からない先輩から距離を作れば俺の理想通りになる。

 仮にそれでこっちとの時間が増えたとしても妹が真っ直ぐに、そして健全に生きていけるのであれば別に構わなかった。

 というか、苦手とかそういうのは口先だけで俺自体がそこまで先輩のことを悪く見ては――なんでもない。


「ふふ、嘘つき、お兄さんの方だって誰かといるのが好きでしょう?」

「俺がか、別に他者を拒絶しているわけじゃないからな」

「その割には私のところに来てくれないわよね」

「はは、伊丹はそんなことを求めていないだろ」

「え」


 おいおい、固まってしまったがまさか「え、砂森君って笑うのね」なんて言うつもりじゃないだろうな。

 俺だってずっと無表情というわけではない、人間なわけだから感情を表に出すことだってある。

 笑う、怒る、悲しむ……はともかくとして喜んだりだってするわけだ。


「なるほどね」

「一人で納得されても困るんだが」

「別に悪いことではないから大丈夫よ、さ、そろそろ戻りましょうかね」


 なんだったのか、まあいい、授業のために意識を切り替えよう。

 苦手な教科とか嫌いな教科なんてものはないから最後まで嫌な気分になることもなく終えられた。

 普段と違って怪我をしたわけだから妹のところに行くべきかどうかを悩んだものの、結局行くことを選んだ。


「あれ、お兄から来てくれるなんて珍しいね」

「あの後はすぐに戻ったのか」

「ああうん、だって足の怪我程度でベッドを独占しておくわけにもいかないしね」


 独占、独占ね、最近のことを思い出して微妙な気分になる。

 先輩も余計なことを言い過ぎだ、俺に変なことを言われたくないのであれば少しは我慢を覚えた方がいい。


「特に予定とかがないなら帰ろう」

「あ、ちょっと待ってて、すぐに荷物をまとめるから」

「急がなくていい」


 とは言いつつ、できれば先輩が来る前に学校を去りたいという気持ちが強かった。

 いや、もうこの時点で負けているようなものか、先輩先輩先輩ってまるで恋をしている人間レベルであの人のことを考えている気がする。

 これすらも狙いなら大成功と言えるが、俺からしたらなんて言えばいいのか分からない結果だ。


「あれ、おいおい、帰りはしてあげないのかい? どうせやるなら最後までやってあげないと駄目でしょ」

「さきな、じっとしておけよ」

「い、いいからっ、自分で教室まで戻ってこられたんだから大丈夫だよっ」


 そうか、本人が嫌がっているのであればやめておこう。

 というわけで珍しく三人で帰ることになった。

 怪我が影響してのことだからいいことだとは言えないが、本人がいてくれればすぐに話を聞けるから少し安心できる。

 話を聞き出すのが得意な先――もういい、先輩がいてくれるのも大きいと言えた。


「それで実際のところはどうなの?」

「こうして歩けているように大丈夫だよ、痛みももうないし」

「それなら良かった」

「だけどどうして分かったの?」

「ふっ、あなた達の近くにいつも私はいるのですよ」


 実際そうだから大袈裟なとか、嘘だとかそういう発言ではない。

 ただ、この感じだともしかしたら妹のところにはそこまで行っていないのかもしれなかった。

 言っていた通りか、妹とだったら簡単に過ごせるから受け入れられやすい学校のときを狙っているということだろう。


「あー、大声を出したのも影響しているのかな? 伊丹先輩にも知られてしまっていたし……」

「伊丹ちゃんかぁ、あの子、気づけばさきなとも仲良くなっていて気になるよ」

「優しい人だから好きだよ」

「ふん、最近の若いのは優しければ簡単に好きになるもんだから困るよ」


 いやでも面倒くさい人間ということでもなければそういうところを意識して発言をするものだ、だから妹がおかしいというわけではない。

 こういう場合に優しくなければ好きになっていないのかなどという意見も無駄だ、その相手がそうだからこそ気に入っているのだからそういうことになる。

 友達にしたって誰でもいいわけではないのだからよく考えて発言をするべきだ。


「あ、友達だ、ちょっと行ってくるね」

「遅くならないようにな」

「うんっ、お兄はみずきちゃんのことをお願いね」


 え、あ、お願いと言われても困るわけだが。

 妹が去ってから分かりやすく口数が減ったところに触れたくないが触れないと前に進まなさそうだから諦めて口にする。


「たまには砂森君の家に行っちゃおうかなー」

「別にいいですよ」

「ええ!?」


 うるさくて近所迷惑になりそうだったから腕を掴んで歩き始めた。

「や、やばいよー!」などと言っていてもっとうるさくなったが最後まで離すことはしなかった。

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