第13話 絶望

「さあ、殺せ」

 天使が言う。

「ここから君の新たな人生が始まるんだ」

 半分死んだ私に向かって、天使が言う。

「殺せ」

 天使は私を見ている。深い青の瞳で見ている。まるであの砂漠のようだった。

「殺せ……」

 ポケットに手を入れる。種は入っていなかった。私を助けてくれるものは、もうこの包丁だけだ。

 この包丁で憎い人たちを、感情のままに刺したら、きっと気持ちいい。

「殺せ……」

 天使の声が脳内でこだまする。骨の髄まで染みていく。それが私の使命だと、仕事だと、体の内から言われている。

「でも、言いなりにはならない」

 天使が目を見開き、一回まばたきをした。

「は?」

 そして遅れて言葉を放った。

 私の声を初めて聴いて意外だったのだろうか。それともその返答に驚いたのだろうか。

「こいつらのことは殺したいけど、あんたの言いなりにはならない」

 天使だけを見つめた。その背後にいる人間どもの表情など見たくもない。もし私に感謝するような顔でもしていたら、それこそこの天使の言いなりになる。

「……本当に?」

 天使は色々考えた末に、短く言葉を発した。機械的な声音だった。きっと天使も私の気持ちなどとうにわかっている。

「うん」

「そう」

 私と天使、一言ずつ、言葉を発した。

「なら」

 天使が羽を目一杯広げる。白い羽が窓から差し込む光を受けて、まるで自ら光っているように見えた。黒い方の羽も短いながらに存在を主張している。こっちは種を初めて見たときの、あの隙間のようだった。飲み込まれてしまいそうな黒色だ。

 私がぼうっと天使を見つめていると、その距離が少し縮まる。

「君は、用ナシ」

 天使の手が私の肩を押す。軽い力だったけれど、私の体はよろける。一歩後退した先に、教室の床はなかった。大きく口を開けた暗闇に、また、落ちていく。

「たすっ……――」

「死の世界へ、ご案内」

 私の心が、絶望に包まれる。果たして思わず漏れた言葉と、天使が放った言葉、どちらに絶望したのだろう。それは私にすらわからない。

 暗い暗い闇に、身を喰われながら、私は死について考えた。ずっと望んでいたものについて、考えていた。

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