第12話 堕天使
ドクンと、腹が鼓動した。
腹から全身が揺さぶられたように錯覚する。その勢いで包丁を取り落とした。ドクン、ドクンと、腹が揺れている。先程食べた種が、鼓動している! すると次の瞬間、オレンジ色の種から、瞬く間に蔓が飛び出した。それは腹を内側から突き破る。種の効果か痛みはなかった。構わず使命をなそうとしたら、蔓に体を捕われる。腹を中心として何本も伸びる蔓は、脚と腕に絡みつき、力を入れてもびくともしなかった。
これでは使命が果たせない。やらなくてはならない。私は包丁を拾って、目の前の人間を殺さなければならない。ならないのに。
無理に体を動かす。腕を下に伸ばすと、体の軋む音がした。きっと本来なら痛みを感じているのであろうが、今の私なら大丈夫だ。
「こらこら。無理をしてはいけないよ」
どこからか声が聞こえた。
「君はもう死んでいる。そうだとしても、まだ、ここじゃあ、無理をしてはだめさ。半分しか死んでいないんだから」
それは鈴の音のように爽やかで、人に死を告げるものとは思えなかった。
「この世界はいわば狭間の場所」
その声の主は、上から降りてきた。
「現世で辛い思いをしてきた君に、一つプレゼントを渡す場所」
金色より白に近い透き通った髪に、深海のような深い青色の瞳。背からは羽が生えており、片方の羽は焼けきれた様に中途半端な長さだった。毛先は焦げて黒くなり、生え際も焦げとは異なる黒になっていた。残った羽の真ん中だけが白い。
「殺せ」
その声は、私の思考を食い破る。穏やかな声音で、穏やかに紡がれたその言葉。
先程私がやろうとしていたことのはずなのに、あまり理解ができず、天使に目で問いかける。
「君は裁きの使徒になる。手始めにここで一つ仕事をしてもらうのさ」
天使は細く白い手で背後の人間たちを示す。その手につられて私は皆を見る。恐怖に染まった表情をしていた。
「現世で罪を犯した者を、殺す。今回は君のよく知る、いや、憎む人たちだから、ちょうどいい」
小さい頃から私をストレスのはけ口にしていた女。暴力を受けた記憶しか私の中にはない。そんな女を愛するダーリンも、暴力的な人間だった。
汚い私を見て、何を思ったのかいじめを始めた黒髪ロング。よくもまあ色々思いつくものだと感心するほど、たくさんのことをされた。虫を食べた。土を食べた。水を被った。服を脱いだ。よくあるいじめの一種なのかもしれないが、苦痛でなかったわけがない。それを助けた取り巻きたちも、傍観していたクラスメイトも、同罪だと思う。
憎い。憎しみという感情。
確かに私の中の憎しみを、誰に向けるかと問われれば、この人たちに向けるのだろう。
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