第10話 泥濘

 顔面にばらばらと何かが落ちてきて、目を覚ました。

「なに寝てるのー。まだ遊びましょうよ」

 聞き慣れた声に目を開ける。私の周りには大量の青い種が落ちていた。でもここは砂漠じゃなかった。いつの間にか教室にいる。

「無視しないで」

 黒髪ロングが可愛らしい言葉とともに、私の腹を上から潰した。いくら体重が軽い女とは言え、思い切り踏まれれば苦しいし痛い。

 当然、種に手が伸びる。そこら中に散らばった種を鷲掴み、口に入れる。

「いやだ、汚い!」

 そんな声が聞こえたが、私は構わず種を噛み砕く。ガリゴリ下品な音を立てて食べると、体の感覚が遠く、遠く……ならない。何の味もしない。でも、嘔吐感がこみあげてくる。

 私の行動に引いたのか、腹から足はどけられていたので、体をうつ伏せにできた。そのまま胃の中の物を吐き出す。

 口から出てきた吐しゃ物は、七色だった。

「ひっ」

 周りからひきつった声が聞こえる。私自身も心底驚き、虹色の吐しゃ物を眺めようとしたが、その間もなく次のものがせりあがってくる。えずいて、えずいて、口から虹が出ていく。涙がにじみ、視界が霞んでいく。地面にたまる虹色の吐しゃ物は、まるであの日見た城のようだ。刻々と色を変え、美しく輝いていたあの城だ。

「あ、あなた本当におかしくなったんじゃないの!」

 黒髪ロングの完全に怯えた声が聞こえた。それでもしっかり蹴ってくる。腹の側面に感じた衝撃で、私の体は倒れる。そのまま意識も落ちて、おちて――

 私は、立っていた。

 真紅に変わった空と、黒になった砂の中に。きっと吐きすぎて気を失ったのだろう。私はこちらの世界に戻ってこれて、心底安心していた。

 空も地面も暗いせいで、手元も定かには見えない。いつも傷だらけで薄汚れた私にはぴったりだ。これなら誰にも私は見えない。

 気分よく私は歩き出す。種がすぐそばにないことはもう不安の要素にはならなかった。きっと歩いているうちに、落ちているのを見つけるか、空から降ってくる。

(ほら、あった)

 私は心の中で呟いて、しゃがむ。黒色の砂漠に、オレンジ色の種が落ちていた。本当にオレンジ色かはわからない。この薄暗い世界の中では、オレンジ色のように見えるだけだ。

 今日は一粒だけだろうか。それともたくさんあるのだろうか。この一粒が効きさえすればどちらでもいい。

 私は顔を上げる。

 目の前に城があった。前見た時と同じで、城の外壁のふちを彩るように植木がたくさん植えられている。その植木はそれぞれ青や黄、オレンジやピンクなど、様々な色をしている。そんな楽しい木々に囲まれた城は、変わらず最も美しかった。全体的に暗いこの世界で、城だけが輝いている。刻々と色合いは移り変わり、時に地面と同じ黒色になることもあるが、その黒は艶があり、内側から光っている。

 私はしばしその美しさに見とれていた。それから恐る恐る扉に手を置く。片側だけを押し、隙間を開けていく。漏れ出る光があまりにも眩しく、片腕で目元を覆う。早く中に入ってみたい欲が勝り、視界がよくなる前に、光の中に身を投じた。

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