第5話
地獄は、とても公平な社会だった。
悪いこと、良いこと、それがはっきりと定まっていて、したくもないのにしてしまう、というどうしようもない人には徹底的にサポートが付属している。
一体、誰がこんな社会を築き上げたのだろうか、分からない。全然分からない。何で、何で。
「何でってそんなの。私達が作ったんだよ。」
「………。」
そう、真顔で語りかけてくる奴らは化け物だ。だって見た目がグロテスクで、まともな人間ではない。なのに、なぜか私は一縷の警戒心すら抱くことは無く、スルりと彼らとの会話を続けるのだった。
「じゃあ、あなた達はいったい誰なんですか?」
「私達?私達はただ地獄にいる者。あなたは、そうだな。最近来たって思っているみたいだね。そうか、そうなのか。」
何がそうなのかは分からなかったが、私はもう訳が分からな過ぎてただ頷いていた。
「ねえ、逆に聞いてもいい?」
「別にいいですけど、何ですか?」
含んだような言い方で、笑みを浮かべながら一番友好的な雰囲気を醸し出しているおじさんが声をかけてきた。
考えたけれど、分からないんだ。
どうして分からないのかも、分からない。
まったく、いたちごっこのような状態だった。
本当に、全く。本当に、全く。………。
でも、本当は私は自分が何者なのか、全く掴めない。男なのか、女なのか、誰なのか。何者なのか、そもそも存在している者なのか、考えれば考える程全てが分からなくなり、私の不安は増大していくばかりだった。でも、周りを見回せば我自由に、といった顔で色々な化け物が宙を漂っている。そんな中、私はいつまでたっても浮かび上がることもできずに、地面に這いつくばったままだった。
「ちょっと、聞いてもいいでしょうか。」
私はたまりかねて、何だか話しかけやすそうなほがらかなおじさんに声をかけた。そのおじさんはなぜかずっと笑っていて、それがいつまでも消えることが無く、私はヤバい、声をかけるやつを間違えたかもしれない、と焦り始めていた。
「いいよ、質問してみな。」
という予想には反して、最初の印象通りとても人のよさそうな人物だった。だから私は甘えて、今抱えている不安を思い切りぶつけてみた。
「そうだよ、何でもいいんだ。」
むしろおじさんは暇を持て余しているのか食い気味に私に先を急がせようとしているから、私もそれに乗じて色々な質問をぶつけていた。
それで分かったことは、この地獄はみんな記憶が定かではないということ、幽霊のように宙を漂っているのはおかしいことではないということ、次第に自分の感覚がこの地獄に染まっていき何も感じることが無くなるということ、そんなことをだらりと説明していた。
じゃあ、おじさんは?
感覚が染まってしまうのならば、おじさんはなぜ自分が変わっていくことを知っているのだろうか。
私がそれを何とか形にして質問を投げかけると、おじさんは少し間をおいて、こう言った。
「そう思っていなきゃ、いけないんだ。俺たちはずっとここにいなくてはならない、だから君もそうしなさい。」
その諦めたような口調が何だか痛くて、私は少し耳を塞ぎたかった。つまり、私達は本当にぼんやりとしたあいまいな存在なのだと分かっただけだった。でもそれが身の振り方であるのならば、私はそれに順じようと思う。それが正解ならば、それに従うまでなのだから。
「ありがとうございます。」
私はお礼を彼に伝えた。はずだったのに気が付けば彼の姿はどこにも無く、少しうすら寒い気配を全身に感じながら私はまた歩き出した。
しばらくここで過ごしていた。
ここの生活は苦しいことが何も無く、欲しいと思えば何でも手に入った。しかし、そもそも欲しいなどという欲求が無く、私はそれに疑問すら抱かずぼうっと彷徨うのだ。それが悪いことなのか良いことなのか、それすらもどうでも良く、私はただひたすら歩き続ける。
2
いくら時間が経過したのだろうか。
いくら待ってみても何も起こらない。とても退屈で辟易としてしまうのだ。
私はいつになったら救われるのだろう。
考えてみてもよく分からない。分からないのにずっと、このまま?
「嫌よ。絶対に嫌。このままでいるなんて、あり得ない。私は耐えられない。耐える必要なんてない。何が正しいのかなんて、知らない私は。私はね。」
意識はどこか遠くへ行ってしまった。
目の前にあるのはただ、地獄だ。
きっと私はここから抜け出せない。どこに行ってもきっと、ずっとここにしか居場所はない。
口にする言葉は全部嘘くさくて、誰にも信用なんてされないのよ。
「尚保君。」
「とうとう気づいてしまったようだね。」
「ああ、あの子はどこか壊れていて、自分をまやかすことでしか甘えられないらしい。」
「消してしまえればラク、でもそんな前提では私達は形を保つことができない。私達は、今しかない。いま以外にはなれない。その事実に助けられているんだから。」
「………そうだね。」
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