第2話
「なあちゃんは、
「どうしたの?貴子。」
明美ちゃんは私の同級生だ。中学校の頃までは友達があまりいなくて、正直すごく辛かったけれど、高校生になったら彼女、明美ちゃんという可愛い女の子が私なんかと友達になってくれたのだ。
「尚保君はね、いつも上から目線で、私のこと見下してるの。犬かなんかだと思ってるの。そりゃ、仕方ないよ?だって私弱いから、しかも一人ぼっちだし。」
「貴子。それは違うわよ。貴子は中身が詰まっていて、それが周りの人には知られにくいだけ。知ってしまったら誰も抜け出せないのよ。私も、そうじゃない?」
明美ちゃんは私が自分のことを卑下すると、いつも肯定する言葉をくれる。私は、ずっと他人に否定され続けてきたと思っているから、その言葉を聞くと涙が出てしまうのだ。
「もう、泣かないで。でも私、貴子のそういう情緒的な所も、好きよ。嘘ばっかり言っていて、ロクでもない奴なんかと比べたら、本当に素敵なんだから。」
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それは一体、誰と比べているのかは全く分からないけれど、とにかく明美ちゃんは私と違って友達も多く、利発な子だった。だから本当になぜ、この子は私と一緒に居てくれるのだろう。考えてみても分からなかった。だからもうそのままにしておいて、気にしないことにしてしまったのだ。
でも、それが良くなかったのだ。
「あのさ、貴子尚保君ってかっこいいよね。」
「え?尚保君?別に、そうかな?眼鏡だし、地味じゃん。」
「いや地味じゃないよ。メガネはそうかもしれないけど、性格が全然そんなことないし、何か大人びているっていうか、そういう所が良いと思うんだよね。」
「…そう。」
いきなり、何だ、とは思った。
尚保君のことはいつも明美ちゃんと話題にしている。だって二人で話すことなんか特になくて、でも明美ちゃんが私の近くに来てくれるから、そしたら何となく尚保君の話になっていたんだ。
でもよく考えたら、いつも切り出していたのは明美ちゃんなのかもしれない。
私が、黙って座っていたら、あのさ、貴子。尚保君ってさ、とか言っていた気がする。
じゃあ整理して考えてみると、明美ちゃんは尚保君のことが気になっていて、尚保君と仲が良い私に接近してきたということなのだろうか。それって、だって。孤独で一人ぼっちの私に、そんなことがあっていいのだろうか。分からないよ。
全然分からないよ、私。
尚保君、私どうしよう。
「貴子。」
頭の中が混乱して、顔を背けてしまっていた。
でも目の前にはぼんやりとした顔の明美ちゃんが心配そうに私を覗き込んでいるだけで、いつもの、何ら変わらない日常が繰り返されているだけだった。
「大丈夫?ちょっと疲れてるの?」
「いや、大丈夫。それで何だっけ?尚保君のことだよね。尚保君、まあ確かにカッコいいかもしれない。そう言えば中学校の時は地味にモテてたような気もするし。」
「そうなの、でもやっぱりね。みんな分かるんだ、大人の魅力を持った男が誰かってこと。何てね。」
明美ちゃんはいつもの可愛らしい顔で私に向かってはにかんだ。その笑顔があまりにも可愛すぎて私はしばらく呆然としていた。何で、こんなに美しい子が、何で尚保君を。尚保君は私にとっての唯一なのよ。ずっと孤独でいるしかなかった私にとって唯一の人間で、味方で、だから。
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考えれば考える程涙が溢れてきた。私の強欲な内面性を考えるだけで、吐き気のようなものがせりあがってくる。私は、醜い。目の前の綺麗な少女を目にしながら、私は自分の醜さを恥じる。嫌な、気分だった。
寝覚めが悪く、夜中に起きてしまった時のことだ、尚保君が私に電話をくれたのだ。
「なあ、お前最近怒ってるよな?私が話しかけてもうわの空で、どうしたんだよ。言ってくれないと分からない。私は言葉で伝えられないと理解できない奴なんだ。何ていうか、お前と悪い関係でいるのは嫌なんだ。だってお前は唯一の、そういう存在なんだから。分かるだろ?家族と疎遠になっている私が、唯一素のままで親しくできるんだから、頼むよ。」
そうだ、私と尚保君は繋がっている。
家族がいない、という単純なその一点で、薄くも強固につながっているのだと思う。
でも、尚保君と私の場合では事情が違っていて、私には完全に家族というものがいない。だから親戚であるおばさんの家に居候をしていて、それでやっと私は呼吸ができるのだ。たった一人ぼっちにされたときは、本当に死んでしまいたいと願った。
家族は、私を一人置いてあの世へと旅立った。なぜ、私を連れて行ってくれなかったのかと呪ったけれど、そんなことに意味は無かった。目先の不安と、絶望。私には抱えきれないそれらを、彼が担ってくれたのだ。
「尚保君。」
多分私は一生、尚保君から逃れることはできない。私は、だから尚保君だけを見て生きていくのだと思う。そう、思い込むのだ。
それが、今の私にとっての幸せだから。
「貴子。待った?」
「ううん、待ってない。じゃあ行こっか。」
「そうだね。」
今私の隣を並んで歩いているのは、もちろん尚保君ではない。二十歳になった私は、運命の出会いを果たした。運命ってあるんだなあと思っていた。だってそれほど奇跡的だったから、こんなに好きで、好きで仕方が無い人がいるなんて、そんな人がこの世の中に現れるだなんて、私は知らなかったんだから。
彼の名前は
「貴子、私の都合に付き合わせてごめんね。ちょっと今忙しくて、立て込んでいるんだ。だから、貴子と会えてうれしいよ。会うだけでいいんだ、君と会っているだけで、私は良いんだから。」
そうなのだ。彼は私とただぶらりと公園を歩いたり、そんなことをしているだけで満足できてしまう。いい大人なのに、どうしてだろう。
でも、やっぱり私達は、私達で、私達でしかないのだ。
この場所に流れるのは、ただ二人だけの空間だった。
私達は、私達は。
私は、もう尚保君のことは考えない。考えなくても大丈夫になってしまったから。私には、千田さんがいるんだから。
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だから尚保君が女の人と遊んでいたって大丈夫。大丈夫なはずなのに、なぜ?
一人ぼっちでいる個室で、私は涙が止まらない。私には千田さんがいるのに、なぜ?
一日の中でこうやってぼうっと一人の空間を保てるのはこの時間だけだった。みんなが休憩で外出していて、たった一人になれる稀有な時間。
私はだからその時を見計らって一人トイレの個室で物思いに耽る。こうしている時間が私にとっては心地良くて、救いだから。
「千田さん。」
私は、だけど千田さんと会うと、心が躍る。一人舞い上がって溢れそう、壊れそう。感情が溢れてしまって、笑ってしまうから。それを分かっている千田さんが私を抱きしめてくれるから。
「一人にしてゴメンな。私、初めてなんだ。こんなに大好きになれた人、初めてなんだ。なぜかは分からない、君はやっぱり特別なんだ。」
千田さんは体格のいい男だ。理系で、でも設備を担当しているからか、傍から見れば太ったおじさんに見えるのだろう。でも、
でも私はそんな千田さんが大好きで、大好きという感情が当てはまるのかは分からないんだけど、私が一人で叫び出したい程孤独な時に、彼はいつも私を救ってくれるから、だから、私。
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「それはヤバいって。だって相手20以上上なんでしょ?パパじゃん。そんなのきっとうまくいかないよ。」
「そうかな…。」
仕事終わり、私は明美ちゃんと会う約束をしていた。明美ちゃんは大学生で、いかにも花の女子大生といった感じて、正直浮かれてしまう。だって明美ちゃんはとてもきれいで、華やかだったから。対する私は仕事終わりでくたびれていて、だって事務所の中にもほとんどおじさんしかいない会社でいかにもOLという感じの人はいないから、必然的に私もつなぎを着て作業をしている。
「てか、貴子は最近どうなの?仕事平気?」
「うんまあ。だっておじさんしかいないから、人間関係もほぼ無いようなものだし、まあ気楽かな。」
「良かった。貴子って少し人苦手じゃん?だから心配した。でもそうやってうまくいっているなら安心できる。」
やっぱり、明美ちゃんは私にとっての大事な友人だ。高校生の頃は尚保君を狙って尚保君と親しい私に近づいたのかと思ったけれど、正直に聞いてみたら、違う、と言われた。確かに尚保君は良いと思ったけれど、貴子は貴子。私は貴子といたいからいるんだって言ってくれた。そして、その言葉を呟く時の明美ちゃんの顔は、いやに真剣で、信頼できたのだ。
「ねえ、明美ちゃん、尚保君とはね、一緒に住んでるんだけど。」
「うん、そうだね。貴子と尚保君はお互い一人ぼっちだから、一緒に居るんだよね。」
「それでね、でも私。そろそろ一人で暮らすか、明美ちゃんと一緒に暮らせないかなって思ってるんだけど。」
「え?え、別に、いやむしろうれしいけど、私も一人で寂しいし。でも、何で?おじさん世代は良いけど尚保君の世代の人は超絶な就職難でしょ?特に男性は、立場が弱いもんね。」
「…そうなんだけど、私。だって尚保君、女の人と暮らしてたんだよ?違う、暮らしてたんじゃなくて、何かホテルに泊まって仲良くしていたらしいの。何か、そういうの。嫌で…。」
嫌、そう、確かに嫌なの。私は、尚保君といたい。ただ、恋人とかそんなことじゃなくて、ただ唯一の家族として一緒に居たかっただけなのだから。
それなのに、彼女を、鶴草さんという彼女と一緒にいたんだって、それが私には許せないの。なぜかは、本当に分からないんだけど。
私は辛くなると、夜一人になった時に彼に電話をかける。
千田さんはいつも暇ということは無いはずなのに、一日で消費した感情を含んだような疲れた声で、でも私を愛してくれているという様な優しい声で、呟くのだ。
「大丈夫、大丈夫だから。」
私は、ここ最近一人になるととてもじゃないが耐えられない。年々ひどくなってきていて、尚保君が家を空けることが多くなってきたから、ますます一人ぼっちになって、多分そういう理由で辛いのだ。
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辛い、確かにすごく辛い。
辛いという言葉にするのがはばかれるほど、私は辛かった。何が理由なのかははっきりと分からない。年々意味もなく年を取っていくことに対する思いなのか、それともただ単に孤独が嫌で仕方が無いのか、分からない。
だから、
「千田さん、お待たせ。」
「おお、久しぶり。三日会えなかったもんな。私ちょっとめげてたよ。貴子に連絡したかったけれど、忙しいっていうし悩んだ。だから耐えた。だけど良かったこうやって貴子と一緒に居られて、今すごく幸せだから、何か、今までのこと全部が報われたような気持になる。」
「はは、大げさだな。それより友達とかは?みんな既婚なんだっけ?それじゃ誘いずらいよね。」
「いや、独身の奴もいるんだけど、私がずっと忙しくて連絡を怠っていたから、最近疎遠なんだ。まあ、お互い忙しいっていうのもあるし、予定も会わないんだよね。てか、貴子は?」
千田さんとは何気ない話がとても楽しい。お互いがお互いを大事にしているのが共有出来て、そうゆう大人な所がきっと好きなのだと思う。千田さんはだから、もしかしたら、こんなことは言葉になんかしたくないんだけど、言ってしまえば私にとっては父親のような存在なのかもしれない。
父親。
でも彼氏なんだ。
「お父さん、来たんだ。」
「え?」
「私の父が家に来ていてね、病気なんだって。だからちょっと顔が見たくて飛行機に乗って来たんだ。」
何だ、そんな話、聞いてない。
千田さん。
「それでね、私少し実家に帰ろうと思っていて、ちょうど会社でテレワークが本格化してきたから、行こうと思えば大丈夫なんだ。それで、しばらく会えない。ごめん。」
私は、何を話せばいいのか分からなかった。だって千田さんに何を言えばいいの?何を言えば千田さんを安心させられるのだろう。全然、分からないのだから。
でも、
「ねえ、その話今まで黙ってったてことは、何か考えてたんじゃないの?」
「…え?」
「言ってよ。言っていいから。私は全部受け入れるから。言って、大丈夫だから。」
千田さんは少しうつむいて、そして頷いた。
「あの、あのな。だからちょっと長い間ここを離れることになるから、君にね。もしかしたら来てくれたらいいのにな、なんて考えてしまったんだ。でも君は若いし、仕事があるし、私は。」
そう言って黙ってしまった千田さんの目には、ただ動き回る気配だけがあった。
「…そっか。そうなんだ。」
「…ああ。」
話は止まってしまった。今、この場の空気は平行線をたどっている。だけど、私は。
6
今日はとても寒い日で、でもまだ秋だったからそんな耐えられないということはなく、私はポケットに手を入れ暖を取る。
いつもより人出が多くなぜか憂鬱な気分になっていた。
私は、一体私は何をすれば満足できるのだろう。今まで私を傷つけてきた諸々を責めていればいいのだろうか、いや。
私は一人になって、なあちゃんと一緒ではなくて寂しくて虚しくて辛くても何かをしたい。虚しさを抱きしめながらただ一人、時間を有意義に使って生きていきたい。きっと、私のやろうとすることは人から見れば馬鹿らしくてたまらないのだろう。でも。
「千田さん、ちょっと話があるの。明日の仕事終わりに会えないかな?」
もちろん返事は即受諾され、むしろ千田さんは何か息を呑むような緊張を全身に貼り付けていた。
「…おまたせ。」
いつも通り少し遅れて彼は来た。千田さんは本当に正直な人だなあと改めて思う。だってくたびれた体をちゃん抱えながらやってきて、嘘偽りを一切許さないという意志が見えているから。
普通男の人ってくだらない嘘を平気でつくのに、彼は違って常に正直でいなくては何かバチが当たるのではという頑なな拒絶を示していて、そういう所が歪んでいるなあ、と私は思った。
歪んでいるところが好きだった。
初めてその歪みを見つけた瞬間にのめり込む自分に気づいてしまった。
何ていうか、あなた、同類なんだねって感じたんだ。
「うん、急に誘ってゴメンね。あのね、この前の話だけど。」
私はもちろん断るつもりでいた。そしてそれが伝わったのか彼は話を遮り眉間にしわを寄せ、でも笑顔を作りこう言った。
「その話は食後に、まず食べようか。」
私もいきなり気まずくなるのは嫌だったし疲れて空腹でもあったから了承した。
そしたら千田さんはいつもの穏やかな笑みで私を見つめてくれた。だから私は罪悪感に苛まれていたたまれなかったのだ。
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「よし、じゃあ話そうか。」
「…はい。」
私達は今日いつもより高い値段設定の店に赴いて、向かい合いながら食事をしている。私は、この感覚がなぜか嫌で、何ていうかくすぐったくていたたまれないのだ。
「うん、つまり私達がこれからどうするかってことだよね。私はね、貴子のことがすごく好きなんだ。だからずっと一緒に居たくて、私は貴子を守りたい。」
千田さんは真剣な目をしながらそう言った。でも傍から聞いたらそんなこそばゆいセリフ、よくつぶやけるよなあ、という客観性が私の中にあって、そんなことを言ってくれてうれしいという相反する感情と一緒に混在していた。
「ありがとうございます。私もね、千田さんのことがすごく大切なんです。今までずっと孤独で、安心したことなんか正直無かったから、本当に一緒に居ると安らいだの。でもね、私はずっとそうやって誰かに依存していたことに気付いたの。このままじゃだめ、そういう気持ちが抑えられなくなってきたの。なぜかは分からないけれど、千田さんとか、なあちゃん、尚保君との関係なんかも影響しているんだと思う。だって、千田さんは私が尚保君と一緒に住んでいても平気だったんでしょ?それって、やっぱり。」
そう言ったら、千田さんは少しうつむいてしまった。きっと、そうだ。やっぱり図星なんだ。私はずっと疑問に思っていた。だって、自分の恋人が幼馴染といっても他人の男と一緒に住んでいるなんて、いやに思って当然だ。なのに。千田さんは、ねえ。
「…そうだね。」
それしか言えない、といったような言い方だった。
そうだ、千田さんはきっと私のことを好きな人として大切に何か思っていない。ただ、年下で身寄りが無くて、憐みのような心が生まれ始めて、それを救うことが快感になっていたのだろう。つまり、全部は千田さん自身のためだったのだ。彼が救われるためには、私を救う必要があった。そんな、分かりやすい関係。
「だからね、千田さん。」
私は、もう間をつくことも無く話を進めることにした。だって千田さんの瞳にはもう、もう揺らぎしか残っていなくて、畳みかけるなら今しかないのだ。今、今。
「別れて。」
私達はこれで終わった。
帰り道清々しいような気持になっていた。風が優しく包んでくれる、本当にそんな感じで、いやに心地が良くて、また悪いことが降りかかってくるんじゃないか、なんて思ってしまう程だった。
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「もう私が抱えることなんかじゃない。今はそう思えてるの。」
「やだ、貴子大人になったね。てかその話聞いた時は驚いたよ。だって貴子がそんな強気なセリフ、他人に吐けるだなんて思ってなかった。前、私と尚保君のことでモヤモヤしてた時、ずっと口にしないでため込んでいたもんね。」
「そうだっけ?」
「そうだよ。」
今日は女子二人でお茶会、つまり女子会を開いているんだけど、ていうか私と明美ちゃんが同居を始めた記念の日なのだ。だから盛大に買い込んで派手に決め込んでいる。明美ちゃんは欲望に忠実で、そういう所が尊敬できる。したいことをしないでうずくまっているより、ずっと健全なのだから。
「私は明美ちゃんみたいな人がすごく好きなの。目で追っちゃうしね、きれいで、本当に綺麗だから。」
「何言ってんの、貴子。逆に私は貴子みたいな女の子が好きで、だから声をかけたんだよ。高校の時、クラスの中で自然と近くに集まるのは派手な子だったんだけど、ちょっときつかったんだ。私は確かに目立つけど、でも内心ではじっくりとゆっくりと本音を語り合えるような女の子に出会いたかった。だから、貴子と今もこうやって一緒に居られることがとてもうれしいんだ。」
「…ありがとう。」
もう、明美ちゃんと私の己の褒め合い合戦みたいな、そんなことになっている。だってでも、これはきっと明美ちゃんが気を使ってくれているのだろう。
そもそも明美ちゃんは千田さんとの関係には反対していた。彼女なりに何か良くないと思う決定打のようなものがあって、その話になると私達はよく喧嘩をしていたから。喧嘩をしても、何か寂しくなってすぐに仲直りできるんだけど、だから私は明美ちゃんには何でも言えてしまうのだ。嫌いになんて、なるはずがないから。
「じゃあそろそろ、締めのケーキでも食べようか。」
そう、明美ちゃんが駅前のケーキ屋でとても美味しいと評判のショートケーキを買ってきてくれた。私、お金出すよなんて無粋なことを言ってしまったけれど、明美ちゃんは手をはねのけてそれを断った。
「はい、食べて。」
きれいで可愛い猫の柄のお皿にそれを乗っけてくれて、私にはイチゴが大きい方の、あと添え付けの人形が飾られてある方を差し出してくれた。そうか、追加で頼んでくれたんだ。すごく、うれしい。
「…おいしい?」
眉根を寄せて心配そうな顔で私を覗き込んでいる。明美ちゃんは自分の彼氏の前でもきっとそのような顔をするのだろう。そう思わせてしまう程、可愛くて破壊力があり、魅力的だった。
「もちろんおいしいよ。」
「あは、良かった。」
花が咲いたような笑顔で彼女は微笑む。
私はほんの数時間前、とても追い詰められていた。千田さんと別れるのかどうか、その話し合いをしていて、それで別れることになってそのまま明美ちゃんの家へと向かうことになったのだ。
だから私と尚保君が住んでいる家は少し時間をかけて退去して、でも明美ちゃんが今日から来なよ、と言ってくれて本当は甘えていいのかどうか悩んだけど、今はとにかく決意を実行しなくては、という思いがあり決断を急いだのだ。
「いやー、うれしいね。一人はやっぱり寂しくて、でも知らない人と暮らすのは嫌だし、貴子が来てくれるならもう最高で、ホントうれしい。」
「そんな…私の方が明美ちゃんの家に押しかけているんだし、もう気を使わないでよ。」
私達は笑い合った。多分今はこれが幸せで、もしかしたらずっと続けてしまってもいいのかもしれない。結婚とか、出産とか、介護とか全部。そういう既成概念に縛られないで、ただ私の幸せの形を探せば、それでいいのかもしれない。その日の夜は、明美ちゃんの隣でそんなことを考えながら眠っていた。とても、幸福なことだった。
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