第3話 参

「あれから両親と連絡が取れないの……。絶対おかしい」

 私は友人のもとを再び訪れた。昨晩、実家の納屋で妹の日記を見つけ、それを読んだあとから奇妙なことが起き始めていた。

「実家に直接行ってみたら?」

「それも駄目だった。何度も行こうとしたけど、実家に辿り着いて中に入ろうとした直後に私は自分の家へ戻って……って、この会話も何回目だろう」

「え? まさか実家に戻るたびにループしてるわけ?」

「そう」

「ははん。当てて見せましょうか。あなたはループすると分かっているのに実家に戻っちゃうんでしょう?」

「凄い。さすが。なんでもお見通し」

「……いや、でもそれって思った以上に深刻かも。恐らく……あなたは触れてはいけないものに触れちゃったんじゃない?」

「どういうこと?」

「んー……仮にこの世界を創造したものがいるとして、恐らくこの世界には私たちの常識や知識が全く及ばない次元で働くその創造主が設定したルールがあるはずなのよ。たとえそんな創造主がいなくて宇宙そのものが全だったとしても、単元宇宙だろうと多元宇宙だろうと、宇宙にルールが存在するのは法則が証明しているわ。けれどそれを超越する何か――禁忌と呼べるものが生まれてしまったとき、創造主あるいは宇宙は必ずそこに修正を加えるはず。それがどのような手段なのかは全くもって想像すら出来ないけれど」

「つまり……私がそれに当てはまるってこと?」

「もしくはその禁忌に触れた何かに近づいた、とか。いずれにしてもその怪しい先生とやらをとっ捕まえるしかないわね」

「ちょっと待って。てことは何? 仮にその説が正しいとしたら、知らずにルールを破った私はもう実家には帰れないの?」

「全くもう。帰る方法はあるじゃない」

「え、なに?」

「記憶を消しちゃえばいいのよ」

 他人事だと思ってなんてふざけた事を……と思ったけれど、確かにそれしか方法はないのかもしれないと思った。可能かどうかはさておき。

 とはいえ、いずれにせよそれが現実的ではない事ははっきり分かっているので、それよりも現実的なループ回避手段を見つける事にした。私は試行回数を増やせば何かが変わるかもしれないと考え、昼間のうちに再び実家を訪れた。

 ところが。

 友人が言うところの修正が既に加えられていた。

 実家へと続く道の途中、線路を渡ればもうすぐ実家という地点――その線路の向こう側が見知らぬ景色へと変貌していた。

 私の知る景色は両側には一軒家が立ち並んで車一台通るのがやっとだったのに、今見るとだだっ広い田んぼが広がっている。そして田んぼの間を縫うように道があるが、その道だってまったく見覚えが無い。

 私は途方に暮れた。

 車を降り、見知らぬ土地を線路越しに見つめて佇む。

 一応落ち着いてはいるものの、あまりにも唐突過ぎて現実感がまったく無い。酷く惨たらしい悪夢でも見ている気分だ……。いや、今の私には夢と現実の区別もつかないだろう。どうすれば現実を現実だと認識する事が出来るのか。

 見えざる何者かの手でこうも容易く現実が書き換えられるのなら、私達がいつも何気なく過ごしている日常にはいったい何の意味があるのだろう? 否、意味なんて無いに等しい。であれば頼れるのは自分自身の記憶……いや、本当にそうか? 現実が変わるなら記憶だって例外ではない。もし今ある記憶が正しいと錯覚させられていたら……。ああ、一体どこからどこまでが自分の記憶なのだろう? 記憶がここまで不確かなものであるなら現実なんてものは存在しないと同じではないか。

 そうだ……友人に連絡しよう。彼女なら何か……。

 次の瞬間、私はケータイを落とした。

 天と地がひっくり返り、私の身体は宙に浮いた。右や左といった方向感覚も消失し、呼吸が荒くなる。ごーん、ごーんという鐘を突く音が耳に木霊する。手足の感覚もいつの間にかなくなっている。やがて鐘の音は小さくなっていき、ふとすれば呼吸も落ち着いてきた。そのまま私は小さな鐘の音に耳を傾け、遠くのほう僅かに見える光を見つけた――。

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