第2話 弐

 死の淵で待ってるとはいったいどういう意味なのだろう……?

 深夜、私はソファに寝そべり、ただじっと妹の遺書を眺めていた。

 時折起き上がっては神の河を舐め、また寝そべっては読むを繰り返す。

 もしかして……私の知らないところで実は妹に強い恨みを持たれていたのだろうか? ……いや、それはまずあり得ない。自分の死が見えたのならいっそのこと一緒に、と心中を謀るだろう。少なくとも私ならそうする。

 断言出来る。私は恨まれてはいなかった。――それを前提とするならば、可能性として考え得るのは、私の余命もあと僅かということを暗に知らせたか。

 もちろんただの遺書かもしれない。

 特別なチカラを持った妹のことだから何か特別な意味があるのだろう、と私が勝手に思い込んでしまっているのか、何かきっと意味があると思いたいだけなのか……。

 四日後、私は同じ大学で考古学の助教授をしている友人に相談した。神智学もかじっている彼女は妹の特別なチカラについて私が話をした数少ない相談相手である。

「ただの悪戯にしては度が過ぎてるし、妹さんの事だからきっと深い意味があるんでしょうね。たとえば、死後の世界で待ってるからあなたが死んだあと一緒に転生しようね、とか」

「でもそれをわざわざ手紙にする必要ある? そのまま黙って死後の世界で待ってれば済む話でしょ?」

「それもそうね」

「あーもう、いくら考えても、わざわざ『待ってる』って私に伝える意味がぜんぜん分からない。なんでこんなにも意味深な言葉を選んだの!」

「ただの想いのこもったメッセージだったのかも、と深く考えないのもひとつの手じゃない? 人知を超越した者にしか分からないことは、結局のところ私たちのような凡人には分からないものなのよ」

 ゴーグルを装着している友人は、いったいどこから仕入れてきたのか、壊れて誰も使わなくなった眼鏡をひたすらトンカチで砕いている。それにいったいどんな意味があるのかわたしには全くわからない。

「あーあ、私にも超能力があったらなぁ……」

「妹さんって確か予知能力とサイコキネシスだったっけ?」

「うん、そう」

「その他には無かったの?」

「たぶん。私の知る限りでは」

「じゃあ妹さんだけが知っていた他の力があったのかもしれないわね。私たちが知り得ない未知なる存在と繋がっていて、対話出来るとか」

「……確かに。だとしてももうそれを知る手立てがないのは悔しい」

 わたしは机に突っ伏した。

「日記とかないの?」

「日記?」

「妹さんの。遺書のことを忘れてたなら他のものについても忘れてる可能性は十分あるでしょう?」

「ああ……日記かぁ」

 その日の夜、私は急いで実家に帰り、いきなり帰ってどうしたとしつこく聞いてくる両親を無視して、私は再びあの納屋へ戻った。

 納屋の中は相変わらずカビ臭くて妙にジメジメしていた。空気中に害のある細菌がいそうな気さえする。そしてやけに暗い。明かりは一応つくが、なぜか未だに古いかたちの電球で心許ない上、光に照らされた埃がこの目にはっきりと映ってなんとも不快感である。それに……先日整理したとはいえ、もともと溢れかえる程の荷物がところ狭しとあったようなところだから、足下に何か小さな生物がいたとしても私は気づかないだろう。

 私はそれらを見て見ぬふりをして、早速何か手がかりになりそうなものを探し始めた。

 両親の思い出なのかゴミなのか分からないガラクタが次々と出てくる。その中に時々私が幼い頃に遊んでいた懐かしい人形や色鉛筆などが混ざっていたり、妹が小学校に上がる時に買ってもらっていた玩具もあった。

 さらに奥へと手を伸ばし、学生の頃に使っていた懐かしい教科書を発見。まだ捨ててなかったんだと少しあきれた。

 ふと妹の教科書群の間に挟まっていた小さなノートが気になった。

 当時流行ったアニメキャラクターの表紙が懐かしい。

 ちょっとだけ罪悪感を覚えつつ開けてみる。


『五月十日。

 先生とはじめて会った。やさしい人でよかった。

 来週もまた会う約束をした』


『五月十八日。

 先生が会いにきてくれた。先生がいうには、わたしのお姉ちゃんは病気みたい。

 だからわたしは我慢するしかない』


『六月三日。

 お姉ちゃんがまた病気になった。こわかったけど、我慢できた』


 先生……?

 私が病気……?

 妹はずっと我慢していた……?

 私はその後も続く妹の日記を読んでいったが、何ひとつ具体的な答えは記されていなかった。分かった事といえば、これまでに大した病気をしてこなかった事が自慢だった私が私自身知らないところで『病気』にかかっていた事――それについて妹は『先生』という人に相談していた事――そして、私がその『先生』を凄く嫌っていた事だった。

「私もここに書かれている先生と面識があるってこと……?」

 何かしら手がかりがあると思っていたが、妹の日記を読んだことでますます謎が深まってしまった。私が憶えている限りでは毎週家に訪れてくる先生なんて知らないし、私が病気していたことも全く知らなかった。

 私は慌てて納屋を飛び出し、母屋にいる両親のもとへ向かった。


 しかし気がつくと――私は自分の家にいた。

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