第12話


『どうです? 上手くいきましたか?』


『大成功! こもりんってばもう感動でウルウルだったし? 明らかにあーしの事見直してたし! 指に絆創膏貼って手料理頑張った感出しつつお店の唐揚げ食べさせて鶴川の手料理と比べさせるとか、発想が陰湿すぎるっしょ! 流石は根暗な図書委員って感じ?』


『……それ、褒めてるつもりですか?』


『そーだけど?』


『……まぁいいです。それでは約束通り、小森君の情報を教えてもらいますよ』


『おっけ〜』


「わたしの掌で踊らされているとも知らずに、愚かな人ですね」


 必要な情報聞き出すと、栞はキラリとメガネを直した。


 別にズレているわけではない。気分の問題である。


 栞からすれば、リリカだって千鳥と同じくらいマークしなければいけない危険人物である。


 属性は違うが容姿やスタイルは千鳥と比べても遜色ない美少女である。


 千鳥と違って付き合う事で周りにとやかく言われる事もない。


 一緒に過ごした時間だってダントツで長い。


 小太郎との雑談でも、友達として頻繁に名前が挙がっている。


 自覚は薄いようだが、相当親しい関係になっている事は間違いない。


 ラブコメで例えるなら幼馴染的なポジションと言えるだろう。


 小太郎が誰を彼女にするか迷った時、情に負けてリリカを選ぶ可能性は十分にあり得る。


 そしてもう一方は泣く子も黙る才色兼備の千鳥である。


 この二人と比べたら、自分なんかモブと大差ない約束された負けヒロインみたいなものだろう。


 小太郎に惚れてから、必死に自分を磨き可愛くなろうと努力はしたが、物事には限度という物がある。ニワトリがいくら必死に羽ばたいたって、白鳥のように華麗に空を舞う事は出来ない。


 中身だって、千鳥のような立派な人格者ではない。


 リリカの言う通り、栞はただの陰湿な根暗の図書委員だ。


 そんな事、自分だって分かっている。


 つまらない現実から目をそらし、本の世界に逃げ込んだただの臆病者だ。


 そんな自分が恋をした。


 恋愛小説みたいな甘い恋。


 誰も気にとめない野の花以下の雑草のような自分に声をかけ、助けてくれた白馬の王子様みたいな男の子。


 見た目だって栞のタイプの草食感溢れる可愛いショタ系だ。


 見た目がタイプでなにが悪い!


 小説だってお洒落なジャケットの方が売れるのだ!


 人は見た目じゃないなんてそんな綺麗事を言えるのは見た目が良い奴だけである。


 小太郎の可愛い顔が好き。可愛い声が好き。可愛い仕草が好き。男っぽくない所が好き。本の話を聞いてくれる所が好き。紹介した本を真面目に読んで、真面目に感想を言ってくれる所が好き。感性の近い所が好き。それでいて予想外の事を言う所も好き。ズレているのに本人は真面目な気でいる所も好き。好き好き好き、好きな所しか見つからない。他の女にモテる点以外は全部大大大好きだ。


 だから栞はずっと小太郎を狙っていた。


 それとなくリリカの事だってチェックしている。


 ライバルがいないと安心しきり、クラスメイトの親友ポジに胡坐をかいて油断しきっていた。あの様子なら当分は色恋に発展する事はないだろう。


 その間に必死に自分を磨き、少しずつ小太郎との関係を深め、栞の趣味を擦り込んで、ズバッとかっ攫おうと思っていた。


 まさか千鳥に先を越されるとは。


 こちらは全くのノーマークだった。


 それでリリカもその気になってしまった。


 正攻法ではどうあがいても二人には勝てない。


 仕方ない。


 それは事実だ。


 どうしようもない事実。


 いかんともしがたい事実。


 ただのモブの凡人には越えられない現実という名の壁がある。


 だからどうした。


 正攻法で勝てないなら邪道に走るだけだ。


 どっちにしろこのままでは二人のどちらかに小太郎を取られるだけ。


 だったら嫌われる事を恐れずに卑怯な手だって使ってやる。


 いや、嫌わるのは普通に嫌だけど。


 そんな事になったらショックで登校拒否になりそうだけど。


 でも、それくらいの覚悟がなければ二人の美少女に勝つ事は出来ないのだ!


 そう思って栞は一計を案じた。


 表向きにはリリカと同盟を組み、協力関係を築きつつ小太郎の情報を得る作戦だ。


 栞の本当の狙いは、リリカを千鳥にぶつけて同士討ちを誘う事である。


 二人が醜く争ってくれれば不利な立場を挽回する時間を稼げる。


 喧嘩する二人に嫌気がさして、ワンチャンこちらを選んでくれるかもしれない。


 リリカは頭が弱そうだから、味方と思わせておけば便利に使える駒に出来るかもという打算もある。


 卑怯?


 そんな事は分かっている。


 普通にやっても勝てないのだ。


 だったら卑怯な手を使うしかないじゃないか!


 好きな人と結ばれる為なら、女の子は悪魔にだってなれるのである。


 †


「どうパパ? 唐揚げ、美味しく出来てる?」


「一人娘の手料理だ。美味しいに決まってるだろ?」


「あーしは真面目に練習してるの! お願いだから正直に言って!」


「…………まぁ、不味くはないかな」


「……パパ?」


「ちょっとしょっぱいかな。あと、大きさがバラバラだから、中まで火が通ってない奴がある気が……」


「嘘!? ごめんねパパ!? お腹壊すから食べなくていいから!?」


 慌てて皿を下げる。


 昨日は揚げ過ぎて焦げてしまったから、今回はちゃんとレシピ通りに作ったのだが、包丁で手を切るのが怖くて大きさが不揃いになったのがよくなかったらしい。


 やっぱり鶴川みたいに上手くは出来ないか。


 自分の不器用さに、リリカはウンザリして溜息をついた。


 ゲームだったら上手くできるのに。


「でも、どうしたんだ? 急に料理なんかはじめて?」


「……あーしも女の子だし、料理くらい出来なきゃ格好悪いかなって」


 口を尖らせてリリカは誤魔化した。


 栞の案では絆創膏を巻いて小太郎を騙す作戦だった。


 それなら楽でいいと思ったのだが、小太郎を騙すのは気が引けて、頑張って唐揚げを作ってみる事にした。それで本当に指を切ったり火傷して怪我をしてしまったのだ。


 恥ずかしいので栞には言わないが。


 それに、小太郎は楽しみにしてると言ってくれたのだ。


 だったらちゃんと作れるようになりたい。


 言い訳はやめにして、これからはもっと頑張ってこもりんに好きになって貰わないと!


 そうでなきゃ、千鳥にだって勝てないだろう。


 人間はそう簡単に変われない。


 そんな事は分かっている。


 でも、こういう言葉だってあるじゃないか。


 恋は女を変える。


 今だけは、その言葉を信じたかった。

 

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