第7話
「それじゃあ、改めて話し合いを行いたいと思います」
今後の事について! と書かれた黒板の前に立ち、真面目な顔で小太郎は言った。
放課後、小太郎と恋する乙女達は千鳥が生徒会長の権限を乱用して借りた進路指導室に集まっていた。
仕方がない。
真面目な小太郎としてはこういうやり方は主義に反するのだが、放課後の教室で話し合おうと思ったらクラスメイトは面白がって全然帰らないし、昼の騒動が噂になって大量の野次馬が押し掛けてしまった。
まぁ、進路について話し合うという意味では間違っていないのだろう。
本題に入る前に昼の騒動について触れておく。
あの後栞は二人に対して、自分も小太郎に告白したのだと宣言し、お昼を一緒に食べる権利を主張した。
あとはそれまでの繰り返しのように激しい口論に発展し、それぞれがお互いの立場からいかに小太郎を好きであるか、一緒にお昼を食べたいか、食べるべきか、食べるに相応しいか、相手がお邪魔虫であるか、小太郎に相応しいか、相応しくないか、あーだこーだ、ピーチクパーチク、当事者である小太郎を無視して喚き合った。
最初はなんだこのモテ野郎許すまじと見ていたクラスメイトも途中から面白がり、誰が勝つか賭けが始まる。
騒ぎはあっと言う間に広まって廊下には大量の野次馬が押し寄せて大迷惑。
最初はあわあわしていた小太郎だが、不本意ながら自分の蒔いた種だし、このままではいかんと行動に出た。
「いい加減にしてよ! そんな風に喧嘩するなら、僕は一人でお昼食べるからね!」
と、弁当を持って教室を出て行き、食堂で昼食を食べる事にした。
それで三人も頭が冷えたのだろう。
程なくして解散となり、賭けは大荒れ、胴元一人がほくそ笑む結果となった。
とはいえ、これではなんの解決にもならない。
明日になれば同じ事の繰り返しだろう。
それどころか、一緒に帰る権利とか、その他諸々の権利を持ちだして喧嘩しかねない。
こんな冴えないチビの普通人である自分に想いを寄せて取り合ってくれるのは嬉しいしありがたいし恐れ多いし申し訳ないとは思うのだが、それはそれとして、喧嘩はよくない。
それで周りに迷惑をかけるなんて言語道断である。
そこで小太郎は真面目に考え、一度しっかり話し合いの機会を持つ事にしたのである。
「はい! 小森君!」
真っ先に手を挙げたのは千鳥だった。
「なに、千鳥さん?」
「昼の件はすまなかった。改めて謝罪させてくれ。私としたことが、君を想うあまり気持ちが暴走してしまった。こんな事は二度と起こさないように心がける。許して欲しい」
心から申し訳なさそうに謝罪する千鳥を見て、小太郎の胸が罪悪感で痛んだ。
最初に千鳥の告白を受け入れていればこんな事にはならなかったのかもしれない。
……いや、そうだろうか。
その場合、間違いなくリリカは病んでいただろうし、栞の事も傷つけたかもしれない。
でも、恋愛ってそういうものじゃないだろうか?
そう思いつつ、だったら別にリリカの恋心に気付いて付き合うというルートもある気がする。
同じ事が栞にも言える。
それでもやはり、他の二人は傷つく。
どうあがいても小太郎は罪悪感を覚えずにはいられない。
そもそもまだ誰の事も好きではないし。
あぁ、恋愛ってなんて面倒くさいんだろう!
なんて事をこの一瞬で走馬灯のように感じつつ、それはそれとして千鳥が謝るのも違うような気がした。
とりあえず、別に怒ってないと伝えておこう。
そう思った矢先。
「そうやって真っ先に謝って一人だけ良い子ちゃんぶっちゃって! あーしら当て馬にして一人だけ優等生ぶる気?」
「リリカちゃん!」
「だってそうじゃん!」
小太郎が叱ると、リリカは不貞腐れてそっぽを向いた。
「千鳥さんはそんな人じゃないよ。一年の頃同じクラスだったんだし、リリカちゃんもそれくらいわかるでしょ?」
「そうでしょうか」
予想外に異議を唱えたの栞だった。
「鶴川さんは聡明な方です。したたかと言ってもいいでしょう。そうでなくてはこの学校の生徒会長なんて務まりません。その程度の打算は当然あったと考えるべきです」
漫画の知将キャラみたいにメガネを直すと、冷ややかな視線を千鳥に向ける。
二人を意識しての戦闘モードという事なのだろうが、栞は普段とは別人のような態度だった。
困惑しつつ視線で千鳥に尋ねると、美しき生徒会長は苦い表情で目をそらした。
「……そのような考えが全くなかったと言えば嘘になる」
「ほらぁ!」
「こういうこすい女なんですよ」
ここぞとばかりに二人が責め立てる。
「チラッと思っただけだ! 頭に浮かんだだけ! 申し訳ないと思っている気持ちは本当なんだ! 信じてくれ小森君!?」
バン! と机を叩いて立ち上がり、涙ながらに訴える。
「分かってるから落ち着いて。その気なら白状する必要はないし。正直者な人なんだって思うだけだよ」
「小森君……」
千鳥は胸の前で手を組み救われたような顔をする。
「騙されちゃダメだってばこもりん!」
「そうですよ。見抜かれたから同情を引く作戦に切り替えただけです」
「二人ともいい加減にしてよ! どうしてそんなに鶴川さんを嫌うの?」
リリカはともかく、栞までどうしてしまったのだろうか。
人の悪口を言うようなタイプではないと思っていたのだが。
「だって、あーしからこもりんを盗ろうとするんだもん!」
「僕は別にリリカちゃんの物じゃないでしょ?」
「そーだけど……。あーしにはこもりんしかいないもん! 鶴川は男選び放題なんだからわざわざこもりん盗る事ないじゃん!?」
「リリカちゃん……」
本気で泣きそうになっているリリカを見て、小太郎は胸が痛んだ。
まさかここまで拗らせてしまっているとは。
その責任の一端は、甘やかしてしまった自分にもある。
「異議ありだ。漆場君だってその気になれば恋人なんて幾らでも作れるだろう。勝手にボッチになっているだけで、立場は私と変わらない筈だ」
「身体目当ての猿みたいな男子なんか絶対ごめんだし! その点こもりんはあーしの色仕掛けにも屈しないでちゃんと大事にしてくれるもん!」
「その言葉、そっくりそのまま返させてもらう。私も小森君のように外見に捉われず紳士的に向き合ってくれる男性がいい」
二人が睨み合って火花を飛ばす。
話の腰を戻すように、小太郎の視線が栞に向いた。
「私は本気で小森君と付き合いたいんです。その為なら、悪魔にだって魂を売る覚悟をしてきました。一番のライバルは鶴川さんですから、警戒するのは当然です。小森君にはわからないかもしれないですけど、恋は遊びじゃないんです。綺麗事を言って後で後悔するくらいなら、たとえ小森君に嫌われる事になったとしても、出来る事はなんだってします。そうじゃなきゃ、わたし程度じゃ鶴川さんには勝てないんです!」
涙の滲む栞の目は、直視しがたい程に真剣だった。
これが本気で人を好きになるという事なのだろうか。
その凄まじさに、熱量に、迫力に、小太郎は圧倒された。
気が付けば、二人も栞に負けない必死さで小太郎を見つめている。
それこそ、命懸けとも言えるような目をしていた。
「あーしだってこもりんと付き合いたいし!」
「私だって! 学校一の美少女なんて称号に驕るつもりはない! ただ一人の女として、貪欲に君を求めるつもりだ!」
「ストップ、ストップ! 三人の気持ちは分かったから、ちょっと落ち着いて! このままじゃお昼の繰り返しだよ!」
理解出来たのは、恋する乙女に冷静さを求めるのは無駄だという事だった。
ここは自分が舵取りをしなければ。
深呼吸をして考えると、小太郎はものすごく真面目に考えた。
そして、今この三人に伝えるべき言葉を探し、黒板にでかでかと書き記した。
「注目!」
バン、と黒板を叩いて視線を集める。
「僕にとって、三人はまだただの友達! もう一回言うよ。三人はまだ、ただの、友達なんだ! その事を忘れないで! 節度を持って行動して貰わないと困るよ!」
声に出してはっきりと、小太郎は黒板に書いた文字を朗読した。
三人の気持ちはわかった。
その想いはものすごく嬉しい。
本当にとても嬉しい。
だが、それはそれ、これはこれだ。
好きだからといって周りに迷惑をかけたり、喧嘩をしたり、わがままを言ったり、その他諸々のトラブルを起こしていい理由にはならないのである。
「僕はなにか間違った事言ってる?」
血も涙もない正論パンチに、三人の美少女が同じように頬を膨らませてプイッと視線をそらした。
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