第6話
「なるほど。そういう事だったか」
事情を説明しても、千鳥の顏は怒ったままだ。
眉間に深い皺を刻み、ギロリとリリカを睨みつける。
「相変わらずのようだね、漆場君。一年の頃から思っていたが、少し悪ふざけが過ぎるんじゃないか?」
「鶴川には関係ないじゃん」
不貞腐れた顔でリリカがそっぽを向く。
一年の頃から、二人はあまり仲がよくなかった。
千鳥も世話焼きな性格なので、入学したての頃は孤立するリリカを心配してあれこれ世話を焼いていたのだが。
リリカ的には千鳥の小言が鬱陶しかったようで、事あるごとに喧嘩していた。
その内に千鳥もリリカに世話焼くのは諦めて無視するようになり、気付けば小太郎がリリカの世話係のようなポジションに収まっていた。
「関係なくはない。私は小森君に告白したんだ。恋人でもない人間がいちゃいちゃしていたら見過せない」
告白の二文字に、リリカの眉毛がピクリと揺れる。
「……振られたくせに」
ぼそりと言った言葉に、千鳥の頬が引き攣った。
「リリカちゃん!?」
「だって、ほんとーの事じゃん!」
「だからってわざわざ言う事ないでしょ!?」
「いや、いいんだ。振られたのは事実だからね」
強がりにしか見えない笑みを浮かべると、千鳥は再び好戦的な表情を作ってリリカを睨んだ。
「確かに私は振られたが、小森君は友達からはじめようと言ってくれたんだ。この言葉の意味がわかるかね? 友達から。つまり、彼には私とその先の関係に進む覚悟があると言う事だよ」
リリカはハッとして、口惜しそうに千鳥を睨み返した。
「ち、千鳥さん!?」
「小森君は黙っていてくれ。これは女同士の戦いだ」
「でも――」
「そーだよ! こもりんは黙ってて!」
「そういう訳にはいかないでしょ!? 喧嘩はよくないよ! 千鳥さんも、僕に用があるのなら向こうで聞くから!」
リリカと千鳥は火と油だ。一緒にしておいたら大火事になる。
とりあえず引き離し、千鳥にはいったん帰って貰おう。
そう思ったのだが。
「それには及ばないよ。すぐ済む用事だ。一緒に昼食を食べようと思って誘いに来たんだ」
リリカを意識するように言うと、千鳥が猫柄の弁当バッグを軽く掲げた。
「残念でした~。こもりんはあーしとお昼食べてるから」
「約束でもしていたのかね?」
視線で尋ねられ、小太郎はふるふると首を横に振った。
「なら、私にも誘う権利があるという事だ」
「ないから! あーしと一緒に食べてるじゃん!?」
「漆場君の事だ。どうせ無理やり押し掛けたんだろう? しかも隣に座って見え透いた色仕掛けまで使って。そんなに私に小森君を取られるのが怖いのかね?」
「千鳥さん、落ち着いてよ! リリカちゃんは他に友達がいないだけで、別に僕の事が好きってわけじゃ――」
「好きだよ!」
リリカの叫び声に、小太郎はカチンと固まった。
ビックリして振り返ると、リリカが涙目で睨んでいた。
「なに嘘でしょみたいな顔してんの? 好きに決まってんじゃん!? 好きじゃなかったらこんな事しないし、いい加減気づいてよ!?」
「そ、そんな事言われても、好きになられるような事、なにもしてないし……」
「好きになる事しかしてないじゃん! あーしがパパ活してるって噂されても信じないで否定してくれて、みんなに避けられてても仲良くしてくれて、病気の時はいっつもお見舞いに来てくれて、あーしがわがまま言って誘ってもなんだかんだ付き合って遊んでくれるじゃん! そんなの、好きにならない方がどうかしてるよ!」
小太郎としては善意でやっただけの事だ。
下心なんかまるでないし、惚れさせる気もなかった。
リリカだって、他につるむ相手がいないから仕方なく小太郎で妥協しているのだと思っていた。
そうでなければ、こんな可愛い子が自分なんかの相手をするはずがない。
……どうやら、酷い考え違いをしていたらしい。
「……ごめん。全然気づかなかった」
小太郎は正直に謝った。
そうする以外どうしようもない。
「ふっ。やっと土俵に上がる気になったかね? 小森君はギネス級の鈍感男だ。想いを隠したまま惚れさせようとしても無駄な事だよ」
「うっさい! 鶴川がよけーな事しなかったらその内あーしに惚れてたし!」
「強がりを言って。私のおかげで告白出来たんだ。少しくらい感謝して欲しいね」
「誰が鶴川なんかに! ほんっとうウザい! もう帰ってよ!」
「言われなくてもそうするさ。小森君と一緒にね。食堂でランチと洒落込もうじゃないか。それとも生徒会室がいいかな? あそこなら誰にも邪魔されず、二人っきりで親交を深められるからね」
にこやかに笑いかけ、千鳥が手を差し出す。
「冗談! こもりんはあーしと一緒にお昼食べるの!」
「うわぁ!?」
隣に座るリリカが腕を掴み、無理やり小太郎を引き寄せる。
負けじと千鳥も逆側の手を掴んで引っ張った。
「漆場君は毎日一緒に食べてるだろ! 今日は私の番だ!」
「ちょ、千鳥さん!?」
「今日も明日も明後日もその次もそのまた次もずっと先も、未来永劫こもりんはあーしと一緒にお昼食べるの! 結婚して子供作って一緒のお墓に入るの!」
「り、リリカちゃんも!? 二人ともお願いだから落ち着いてよ!?」
「じゃあこもりんが決めてよ! あーしと鶴川、どっちとお昼食べるの!」
「そうとも。君が決めてくれれば話は早い。漆場君とは毎日お昼を食べていたわけだし、先に気持ちを告白したのは私なんだ。どちらを選ぶのが公平かは、考えるまでもないと思うがね」
「好きになったのはあーしが先だし、そもそも先にあーしと一緒に食べてたじゃん! こんなの割り込みと一緒だよ!」
「あ、あぅ、あぅ、そ、そんな事言われても……」
「小森君!」
「こもりん!」
「どっちを選ぶんだね!」
「どっちを選ぶの!」
二人に引っ張られて、小太郎はほとほと困ってしまった。
たかがお昼だ。どっちとか言われても、正直どっちでもいい。
コインでも投げて、適当に決めたらいいのにと思う。
でも、そんな事を言ったら二人とも絶対怒る。
かと言って、どちらかを選んだら選ばれなかった方が悲しむし怒る。
心情的には千鳥を選ぶべきだとは思う。
だってリリカとはこれまでずっと一緒に食べてきた。
一日くらい譲ってあげたらと思う。
一方で、ここで千鳥を選んだらリリカが病むのも分かっている。
リリカはめちゃくちゃ嫉妬深い。
これまではお気に入りの玩具を独占したいだけだと思っていたが、明確に好きだと告白されてしまった。
そんな状態で千鳥を選んだら泣き出して早退しかねない。
なんならそのまま数日学校を休むかも。
あぁ、お父さんの娘のよろしくとは、そういう意味だったのか!?
今更になって色々合点してももう遅い。
小太郎は笑顔で任せてくださいと言ってしまった。
その言葉だって嘘になってしまう。
でも、そんな理由で千鳥をないがしろにするのもまた違う。
千鳥は千鳥で、フェアな勝負をする為にわざとリリカを焚きつけた節がある。
そういう真面目な所を汲んであげたい。
あぁ、いったいどうすれば!?
僕はただの冴えないチビ助だったのに、なんでこんな事に!?
クラスメイトに視線を向けても、くたばれモテ男! ペッ! っと、クズを見るような顔をされるだけだ。
慧伍なんか左手で中指を立て、右手で親指を下げている。
君だってこっちの立場になればモテるのがそんなに良い事じゃないってわかるからね!
なんて思っていると、教室の入口に見慣れた顔を見つけた。
リアルな鮫の絵がプリントされた弁当袋を両手に抱え、ニッコリ笑った栞が立っていた。
「その話、わたしも混ぜて貰っていいですか?」
訂正。
多分あれは、笑顔ではない。
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