第3話
『小森君。今日も一緒に帰らないか?』
『生徒会の仕事はいいんですか?』
『心配ない。昼の内に終わらせた』
『そうですか。でも、今日はちょっと予定があるので』
『そうか……。では、また誘うよ』
小太郎からの返信を見て、千鳥はがっくり肩を落とした。
千鳥の頭の中は小太郎の事でいっぱいだった。
以前からそうではあったが、告白した事で余計に酷くなった。
断られはしたが、振られたというよりも前向きに検討中という感じである。
高校生活は残り二年を切っている。
学校一の美少女なんて呼ばれていても、千鳥の青春は鉛色だ。
早く小太郎と親密になり、恋仲になっていちゃいちゃしたい。
油断していると他の女子に取られるという事もあり得る。
本人は気づいていないが、小太郎の周りには色々と女の影がチラついている。
学校一の美少女とはいえ、これまで直接的な関りがなかった分、ライバルたちに大きく出遅れている。
正式に彼女にして貰うまでは、心配で心穏やかではいられない。
「ふっ。まさかこの私が、片思いで苦しむ側になるとはな」
これまで多くの者達を振ってきた報いだろうか。
なんて事は考えない。
それはそれ、これはこれだ。
むしろ、普通の女の子になったみたいでドキドキした。
片思いは苦しいけれど、成就するまでのドキドキだって楽しい物である。
それはそれとして、どんな用事なのか気になったが、グッと我慢して聞かない事にした。
あれこれ詮索したら、重い女だと思われてしまう。
「はぁ、小森君。私をこんなにドキドキさせるなんて、君は罪作りな男だよ」
ほぅっと甘い溜息をつくと、千鳥は生徒会室に向かった。
明日こそ小太郎と一緒に帰る為に、前倒しで仕事を片付けておきたい。
†
「こ~もりん! カラオケ行こう~!」
騒がしい一日がようやく終わった放課後のこと。
帰り支度をしているとニコニコのリリカがやってきた。
「放課後に制服のままカラオケに行くのは不真面目だよ」
ジト目になって小太郎が言う。
先生だってホームルームの際に、放課後に制服で遊び歩かないようにと言っている。
「かたい事言うなし! みんなやってるじゃん!」
「みんなはみんな、僕は僕だから」
「ぶ~。ほんっとうこもりんは真面目だよね」
唇を尖らせていじけると、リリカはニコっと笑顔になった。
「な~んてね! そう言うと思って、私服を鞄に入れてきたんだ。その辺で適当に着替えるから、これならいいっしょ?」
「う~ん、それもどうかと思うけど」
「校則は破ってないじゃん?」
したり顔で言われて、小太郎は肩をすくめた。
リリカの言う通りではある。
先生も、私服に着替えてから遊べと言っているし、セーフと言えばセーフなのだろう。
「でも、僕は私服持ってきてないし」
「こもりんの分もあるから大丈夫デース! あーしセレクトの可愛い奴!」
ペロッと口の端から舌を出し、悪戯っぽくリリカがウィンクする。
「それ、わざわざ買ったの?」
「うん。パパに買って貰った」
「やめてよ恥ずかしい! お父さんにも迷惑でしょ?」
「そんな事ないって! パパもこもりんの事は気に入ってるし! 娘をよろしくって言ってるじゃん?」
「そうだけど……」
リリカの父親は忙しい人なので、ちょっとした病欠程度では中々休む事が出来ない。
そういう時、小太郎は心配して、放課後に様子を見に行く事が何度かあった。
病気になると心が弱るのか、リリカは物凄く寂しがり屋になる。
それで、夕食を用意したりして、父親が帰って来るまで家にいてあげたこともある。
だから父親とも会った事があり、なにかと頼られていた。
「どっちにしろ今日はダメ。予定があるから」
「え~! なんで~!」
「図書室で読書したいの」
「そんなんいつでもいいじゃんか!」
「リリカちゃんが遊びに誘うから全然読めないんだよ。カラオケだってこの前行ったばっかりでしょ?」
「……じゃあゲーセン。ショッピングでもいいけど」
むぅっと片方の頬を膨らませる。
「いいってば。お金ないし」
「あーしが奢るから!」
「そういうの、よくないって言ってるよね?」
父親がエリート会社員なので、リリカは沢山お小遣いを貰っている。
それでしょっちゅう小太郎を遊びに誘うのだ。
家にいても一人だから寂しいのだろう。
だから小太郎も時々付き合ってあげている。
でも、別にそこまでカラオケやゲーセンが好きなわけではない。
奢って貰うのも抵抗がある。
特にリリカの場合は、一度オーケーしたら毎回奢って来そうだ。
それではヒモになってしまう。
「……だって、こもりんと遊びたいんだもん」
「いっつも遊んでるでしょ? また今度ね」
「絶対だかんね!」
「僕が約束破った事ある?」
「……ないけど」
「そんなに暇なら他にも友達作ればいいのに」
「余計なお世話! あーしはこもりんがいればそれでいいし!」
「そういう態度だから友達が出来ないんじゃない?」
「あーあーあー! 知らない聞こえない! こもりんのケチ! バーカ!」
耳を塞いでリリカが教室を出て行った。
こんな事は日常茶飯事だ。
喧嘩ですらない。
寂しいのはわかるが、こちらにもやりたい事があるし、甘やかすのはリリカの為にならない。
むしろ、時々素っ気なくして、他にも友達を作って欲しい所である。
今は同じクラスだから面倒を見てあげられるが、三年生になってクラスが変わったら寂しい想いをするのはリリカである。
余計なお世話だと思いつつ、小太郎もリリカの事は心配していた。
それはそれとして、小太郎は図書室で本を読むのが好きだった。
家にいると誘惑が多くて集中して読めない。
学校の図書室なら、いつもなら難しくて眠くなってしまうような本も不思議と読めるのだ。
知り合いに図書委員をやっている子がいて、面白い本が入ったとラインが飛んできたので、読みに行くと約束してもいる。
他の子と遊ぶ話をするとリリカが臍を曲げるので、詳しくは言わなかったが。
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