第2話
『千鳥さん。昨日の事でクラスのみんなに質問攻めにされてるんだけど、告白の事秘密にしておいた方がいい?』
『いや、言ってくれて構わない。好きな人がいるのにこれ以上無為な告白をされたくない。他の女子も牽制しておきたいからね。というか、私は既に言っている』
†
「嘘つくんじゃねぇよ! チビ太の分際で鶴川さんに告られるとかあり得るわけねぇだろ!?」
「そんな事言われても困るよ! 本当の事なんだから! お願いだから落ち着いて!」
「うるせぇ! これが落ち着いていられるか!」
朝のホームルーム前の自由時間。
小太郎は教室でクラスメイトの
誰かに見られていたのか、昨日の事は学校中の噂になっており、教室に着いて早々クラスのみんなに詰め寄られた。
男子が大半だが、女子の数も少なくない。
千鳥の人気を考えれば当然だろう。
気を遣ってはぐらかしたのだが、クラスメイトの追及は激しく誤魔化しきれそうにない。
それで千鳥に相談し、オーケーが出たので告白された事を話した。
そしたら慧伍がキレて追いかけてきたのだ。
慧伍はクラスのイケてる男子の筆頭で、長身のイケメンだ。バスケ部のレギュラーでもあり、女子にもモテる。
それは別にいいのだが、この通り短気で乱暴な性格をしているので、小太郎は苦手だった。
なにが気に入らないのか、同じクラスになって早々目の敵にされ、チビ太とか言ってからかわれている。困った奴なのだ。
「この俺が振られたのに冴えないチビ太が告られるなんてあり得ねぇ! てか、お前に鶴川さんはもったいねぇ! 今すぐ別れろ!」
「いや、別れるもなにもまだ付き合ってないんだけど……」
「告られたって言っただろ!?」
「オーケーしたとは言ってないよ。断ったんだ」
「嘘つけ! 今更誤魔化したって遅いっての!」
教室の端に追い詰められる。
小太郎が千鳥に告られたのが余程ショックだったのか、慧伍は完全に頭に血がのぼっている様子だった。
聞く耳を持つ気なんかまるでない。
困ったなぁと思っていると、教室の扉がガシャン! と勢いよく開いた。
「こもりんはどぉこだああああああああ!?」
全力ダッシュで来たのだろうか?
獣のような咆哮を発してぜぇはぁと息を荒げるのは、クラスメイトの
リリカは長身に巨乳で眼つきの怖い金髪黒ギャルだ。
可愛い事は可愛いのだが、遅刻や欠席の常習犯で素行が悪く、他のクラスメイトには怖がられて孤立している。夜中にサラリーマンと腕を組んで歩いている姿を何度も目撃されており、パパ活をしている不良のビッチと噂されていた。
でもそれは誤解である。
遅刻欠席が多いのは見た目に反して病弱な点に加えて、ゲーマーで夜更かしばかりしているからだ。夜中にサラリーマンと腕を組んでいるは、お父さんと外食をしているだけである。リリカは母親を早くに亡くした父子家庭で、お父さん大好きのパパっ子だった。
でも、それがバレるのは恥ずかしいので本当の事を言えずにいる。
この学校でその事を知っているのは小太郎くらいだろう。
小太郎とは一年の時も同じクラスで、病欠した際に誰もプリントを持って行きたがらなかったので、代表して持って行ったことがある。
それ以来目をつけらてしまい、なにかと絡まれたりからかわれる事が多い。
慧伍のように意地悪ではないので嫌ではないが、勝手に向かいに座って昼食を食べたり、放課後に無理やりゲーセンやカラオケに連れ回されたりしている。
お陰で小太郎もクラスではちょっぴり浮き気味だ。
それは別にいい。父親は遅くまで仕事でいないし、他に友達がいないから寂しいのだろう。可哀想そうだし、根は優しくて良い子なので小太郎もあまり文句は言わずに付き合っている。
夜更かしが原因の遅刻欠席や、放課後制服のまま遊び歩くのは不真面目だからやめて欲しいが。
そんなリリカの登場に、教室中が騒然とした。
まるで怪獣の登場である。
リリカはちょっと乱暴な所があった。
藪睨みの目がサーチライトのように教室内を探し、隅っこで慧伍に追い詰められた小太郎をピタッとロックオンする。
やばい。
よくわからないが、めちゃくちゃ怒っている目だ。
「こもりいいいいん! 鶴川と一緒に帰ったってどーいうこと!?」
肩を怒らせ鼻息を荒げ、のしのしとこちらにやって来る。
野次馬をしていた生徒の壁がモーセのように勝手に割れた。
これには慧伍もたじろいだ。
「お、おい漆場、俺が先に話を――」
「うっさい! 邪魔すんな!」
「ほごっ!?」
リリカの長い脚がスコン! と慧伍のゴールデンボールを蹴り上げる。
哀れ二年一組で一番のイケメン君は股間を押さえてその場にひっくり返った。
その尻を容赦なく蹴っ飛ばし、慧伍を脇に寄せる。
別にリリカも普段はここまで乱暴ではないのだが、唯一の友達である小太郎が危ない目に遭っているのを見ると凶暴化してしまうのだ。
小太郎は大丈夫だからと言っているのだが、どうにも直らない悪癖である。
「てーか、あーしのこもりんにてぇ出すなって百万回言ってんだろ! いい加減覚えろっての!」
フン! と鼻を鳴らしてゴミを見るような目を慧伍に向けると、リリカの視線は小太郎に移った。
「リリカちゃん。暴力はよくないよ」
「暴力じゃないし。言ってもわかんないバカを躾けてるだけだし! てか、そんな事よりなんなのこれ! どーいうこと!?」
リリカが携帯を突き出す。ちなみにちゃん付けはリリカの熱い要望の結果だ。
リリカの携帯の画面には小太郎と並んで歩くものすごく楽しげな千鳥の画像が映し出されていた。どうやら学校裏サイトに晒されているらしい。
一般的な千鳥のイメージはクールで凛としたかっこいい生徒会長だ。
笑顔が無縁という程ではないが、ここまでの笑みを浮かべる事はまずない。
ただ事でない関係だと思わせるには十分な画像だった。
リリカにとって、小太郎はたった一人の友達だ。
別にリリカがその気になれば友達なんか幾らでも作れると思うのだが、人見知りな性格も相まってその気はないようだ。
見た目で誤解されたり、大好きなパパとの外食をパパ活だとか言う連中とは死んでも友達になりたくない。そんな感じで意地になっている。
だから、小太郎が千鳥に取られるのではないかと心配なのだろう。
「説明するから落ち着いて聞いてね。昨日の放課後、千鳥さんに告白されたんだ」
リリカの目がカッ!? っと開き、くるりとひっくり返った。
そのままドミノみたいに後ろに倒れる。
「リリカちゃん!?」
ぎょっとして、小太郎は慌てて後ろに回り込んでリリカの背中を受け止めた。
「ふぐっ!?」
女の子とは言え、リリカは長身でナイスバディーの持ち主だ。
小太郎は男の子だが、この通りのチビである。
だから心配した両親の勧めで小さい頃から道場に通って身体を鍛えたりなどしているが。
それでも倒れた人間をキャッチするのは大変だ。
すぐ目の前に大きな胸と可愛い顔があるのもよくない。
もう本当、目と鼻の先でたゆんたゆんしている。
小太郎だって男の子なので普通にドキドキしてしまう。
これ以上は不真面目になってしまう!
小太郎は必死にリリカに呼び掛けた。
「リリカちゃん、起きてってば!?」
ハッとしてリリカが目を覚ます。
ギャルメイクの猫っぽい目にジワリと涙が滲んだ。
「……それでこもりん、オッケーしちゃったの?」
分かりきった答えを確認するようにリリカが尋ねた。
小太郎の返答一つでいつでも号泣準備完了、そんな様子である。
「ううん。断ったよ」
「なんでぇ!?」
腕の中で瀕死になっていたリリカが驚いて起き上がった。
野次馬に回っていた連中も「はぁ!? なんでだよ!?」と言いたげに唖然としている。
「なんでって言われても……。付き合ったら結婚するかもしれないでしょ?」
「け、けけ、こけ、こーっ!?」
リリカの喉が詰まってニワトリになった。
「僕、千鳥さんの事よく知らないし。向こうは本気みたいだから。そんな状態で付き合うのは不真面目だと思って、まずはお友達からって事でお断りしたんだ」
「……こもりんって本当に……」
ホッとしたような泣き笑いの表情を浮かべると、リリカは呆れたように溜息をついた。
野次馬もみんな呆れていた。
小太郎としては、いたって真面目な返答だったのだが。
結婚したら死ぬまで一緒に添い遂げるのだ。
愛の営みで子供だって出来るだろう。
好きかどうかも分からないのに取り合えず付き合うなんて事は出来ない。
相手にも、本当に自分なんかでいいのか見定める時間を持って欲しい。
そうでないと、不幸な結婚になってしまう。
子供達だって不幸になる。
それは嫌だ。
「とにかく、千鳥さんとはただの友達って事。そんなに面識もないし、僕の事をちゃんと知ったら誤解だったって気づくんじゃないかな?」
「いや、余計に好きになるでしょ……」
ぼそりと吐いた呟きは、小太郎の耳には届かなかった。
「え、なに?」
「……なんでもない! あぁもう、最悪! 鶴川がライバルとか勝ち目ないじゃん!? あーしが先に目ぇつけてたのに!?」
ブツブツと呟いて髪の毛を掻きむしると、リリカはハッとして尋ねた。
「ね、ねぇこもりん? じゃあ、もしも、もしもの話ね? あーしがこもりんの事好きだって言ったら付き合ってくれる?」
大きな胸元でぎゅっと拳を握ってリリカが尋ねる。
なんでそんな事を聞くんだろう。
不思議に思いながら、小太郎は真面目に考えてみた。
「ん~。付き合わないかな」
「……な、なんで?」
リリカの顔は強張って、ヒクヒクと震えて泣きそうだ。
生憎、小太郎は俯いて真面目に考え込んでいたので気付かなかったが。
「千鳥さんの時と同じかな?」
「……あーしはこもりんと仲いいじゃん。……多分」
「そうだけど、友達としてしか見た事ないから、恋愛感情はないかな。付き合うなら、ちゃんと好きになってからじゃないと」
「……じゃあ、もしあーしの事好きになったら、付き合ってくれるんだ?」
「その時誰とも付き合ってなくて、リリカちゃんも僕の事を好きだったらね。どうしてそんな事聞くの?」
「それは……」
なんでわかんないかなぁ!? と言いたげな顔で、リリカが睨む。
野次馬達もじれったそうに地団駄を踏んでいた。
小太郎的には、リリカも超絶美少女だ。自分なんかを好きになるわけがないと思っている。他に話し相手がいないから親しくしてくれているのだろう。その程度の認識だ。
一応擁護しておくと、リリカにも非がある。小太郎が奥手なのを良い事に、日頃から思わせぶりな言動でからかったり、エッチな悪戯をしたりしているのだ。恋心に気付いて欲しいという想いからくるものなのだが、この通り逆効果になっている。
「それは?」
純粋無垢な瞳に見つめられ、リリカは真っ赤になってそっぽを向いた。
「…………別に、なんとなく聞いただけだし!」
そして、底なしの鈍感野郎の可愛い鼻面に、ペシっとデコピンを食らわせるのだった。
「痛いよリリカちゃん!?」
「こもりんが悪いんじゃん!?」
「なにが!?」
全部である。
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