勇者の威光です
勇者。その概念はどこから生まれたのか。
かつて世界に転機が訪れた時、その中心にいた人間は定められたようにそう呼ばれ、伝説として語り継がれてきた。
では、今世において、勇者と言う言葉が誰を指すか。
この世界の人間ならば、百人が百人こう答えるだろう。
ルクスの礎——イルナレッタである、と。
彼女が成した功績は枚挙に暇がなく、代表的な功績を聞けば十人十色の答えが返ってくるだろう。
それらは神話と同列に語り継がれ、英雄譚として民衆に広く浸透している。
人族の限界、歴代最強の人族として名高いイルナレッタ。
そんな彼女は、いつしか道を違えた。
虐殺、掠奪。それらの乱心を境に、彼女の威光は地に堕ち、誰もが口を噤んだ。
決して彼女の名を口にしないよう、過去を栄光を礎とし、実情から目を逸らした。
抱えきれない期待は、少女を勇者に仕立て上げた。
背負い切れない運命は、少女に孤独を強いた。
払い切れない悪意は、少女の足を引き摺った。
耐えられない裏切りは、少女から感情を奪った。
長すぎる年月は、少女から希望を掠め取った。
誰かの為に。世界のために。
自分以外の、生ける全てのために。
少女は信じ、命を捧げた。
その結果、少女は名実ともに勇者になったのだ。
夜の王、最悪の魔人。
世界の滅亡に最も近しいそれらを討伐した彼女に与えられたのは――さらなる過酷だった。
「レーガン」
ぽつり、呟く。
すべてを救った彼女に与えられたのは、最も彼女を理解し、幼いころから寄り添った友からの裏切りだった。
彼女は身体を奪われた。
彼女の名は身に覚えのない罪によって泥に塗れた。
居場所を奪われ、功績を足蹴にされ、少女のすべては罪に埋もれた。
自分が救った世界に、彼女の居場所は残されていなかった。
平和な世界に、勇者は必要ない。
誰も……彼女を救えなかった。
——だが、今。
「またここに来てしまうのですね」
また、剣を握っている。
「逃げることなどしません」
また、死と対峙している。
「フィーナ。悪いな、引っ張り出して」
「今さらです。こうなることは、運命なのです」
世界はまた、彼女に過酷を強いるのだ。
対峙するのは死の権化。
並び立つ魔王の声に、彼女は頬を緩めた。
身体を奪われ、名声は地に堕ち、彼女を真に覚えている人間などほとんどいない世界であっても。
「私は――勇者なのですから」
その名を捨てた覚えなど無い。
かつては『レーガン』と呼ばれたこの身体を使ってまで生き永らえたのは、今、この瞬間。
「……フィーナさん?」
「愛弟子様、行きますよ」
「は、はい!」
首を傾げ、自分を心配そうに見ている少年を……。自分と同じく過酷な宿命を背負わされた彼を助けるためなのだと。
自分も随分と絆されたものだ。
世界のためにしか生きられなかった自分が、たった一人の少年を助けるためにこの地に立っているのだから。
「気合十分って感じだな」
「うるさいですダメ魔王。集中してください」
「はい……」
ニヤケ面の魔王を小突き、彼女は煌々と剣を掲げる。
「——ルクシオン」
その名を呼ぶ。
神霊ルクシオン。
大精霊の祖。星の欠片。
かつては女神と肩を並べる神格であったその剣の権能は――『摂理の調停』。
不死を許さず、蘇生を禁ずる。
物質は傷つき、命あるものは本能と限りを持つ。
そんな、自然の摂理の付与である。
『廃都の死骸は死なない』。
そんな理不尽を拒絶する。
『廃都の死骸の魔力は尽きない』。
そんな不条理を拒絶する。
『廃都の死骸は感情を持たない』。
そんな不可解を拒絶する。
最恐と呼ばれる怪物に、自然の摂理を押し付ける。
たったそれだけの権能だ。
廃都の死骸は依然として強力だ。
だが――討伐できる範囲にまで、引きずり降ろされた。
かつて夜の王や魔人ヴェルナーですら抗えなかった神霊の剣。その権能が、廃都の死骸を蝕んだ。
勇者にしか扱えない摂理の剣は、未だにフィーナの手に輝いている。
目の前の腐臭をまき散らす魔物は、限りある命を持ち、限りある魔力を持ち、限りない感情を持つ、ただの怪物に成り下がっていた。
これこそ、勇者の威光。
身体を奪われてもなお、彼女の心は勇者の仮面を脱ぎ捨ててはいなかった。
「再び名乗ることになるとは……——我が名はイルナレッタ。ルクスの勇者です」
「あなたを踏み越え、再び栄光を我が手に」
世界で最も強靭な心を持つ者の名だ。
――――――――――――
こんな感じで間は空きますが、必ず完結させますのでご安心を。
性懲りもなくカクヨムコンに新作を出してます。魔王令嬢を面白いと思っていただける方なら絶対お楽しみいただけると思うので、興味ある方は新作もぜひ……!
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