死骸の行進

 突如視界から女が消える。

 地を這うように身を低くした女は、まるで蛇のように縦横無尽に辺りを駆けた。

 その速度は、到底目で追えるものではない。



「くそっ!」


「いよっと!」


 

 突然現れたような打撃に対応するのがやっとだ。

 躱すのではなく、限りなくダメージをゼロに近づける身体使いでその場をやり過ごす。



「リュート! 飛びなさい!」


「っ!」



 ルルノア様の言葉に間髪入れずに跳躍する。

 背中で魔力を練っていたルルノア様は地面を見下ろしながら掌に魔力を収束させた。



「ちょこまかすんじゃないわよ!」



 直後豪速で撃ちだされた紅光は、高速で動き回る女を追尾するように弧を描く。

 しかし、女との距離が詰まらない。光よりも速く地を蹴る崩皇仙女は、一瞬の溜めの後、衝撃と共に空を舞った。



「どうした? ハングドマンはそんなもんじゃねぇぞ?」


 

 掌打の構えを取る女は撃鉄を起こすように腕を引いた。

 そして、引鉄を引く様に――



「させない、よ」



 女の背後に、バビロンが追い付いた。



「おいおい、マジか?」


「まじ。ばびろんはおまえにおいつけない。だから――おいつける」


「インチキ魔獣が!」



 振り下ろされる剣は確実に崩皇仙女の背中に痛烈な傷をつける。

 上からの衝撃に、たまらず女の身体は撃ち落とされた。

 それだけではない。

 ルルノア様が放った彼女の身体を迎撃し、空中で爆炎と閃光が爆ぜる。



「リュートッ!」


「はい!」



 ルルノア様を庇いながら急降下し、宙に放り出された女を追撃する。

 一度、二度……数えるのも億劫になるほどの剣戟を浴びせた。

 先ほど見た回復能力を考えれば、軽い傷での放置は無意味だ。

 徹底的に――ここで、殺すッ!



「なるほどなぁ゛……まだ足りねえか」






『——————オ゛―――――お゛――――――おオ゛』




 ————肌が粟立った。

 思考ではなく本能から後退を選ぶ。

 退こうと思った瞬間には、俺はその場から距離を取っていた。

 それはバビロンも同様で、気付いた時には足を震わせて俺の後ろに身を隠していた。



「あぁ、もう来ちまったか。自由に動けんのはここまでだわな」



 空は黒に覆われる。

 草木がくすんで、緑は色を失う。

 鼓膜を叩くのは、軍勢の足音だ。



「こっちも、青少年らも……——ゲームオーバーだ」

 


 血だらけでそこかしこに穴の開いた女は、まるでなんの怪我も負っていないように立ち上がる。

 そして女は、空を指差した。


 宙を歩む骸骨の群れ。

 瘴気と腐臭の轍。

 悪夢のような光景は、紛れもなく現実だった。



「悪いがこっからは勝負じゃなくて蹂躙だ。邪教の思惑も、アレの前でどう転がるかわかったもんじゃねぇからな」


「バビロ」


「むり。ぜったいむり」


「リュート、退避。全力で、生き残ることだけを考えるわよ」



 この世界に来て二度目。明確な死を眼前に感じる。

 一度目、辺境の森でゴアモンクと対峙した時のような無縁になったかと思い上がっていた圧倒的な無力感に足が竦む。


 屍の軍勢を引き連れて、無貌のヒトガタは骨を鳴らした。



「——『廃都の死骸』……ヴェルナーが唯一逃走を選んだ相手に、半人前がどう挑む?」






―――――――――――


 屍王を再開したり新作投稿したりしてるのでそちらもぜひに




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