怪物共演

「ルルノア様、少し」


「離れないわよ」


「……りょ、了解しました」



 うーん即答。

 背中のルルノア様はいつになく憤った様子で目の前の彼女を睨みつける。



「ちょっとあんた!」


「んお? なんだい嬢ちゃん?」


「さっき言った『ヴェルナーもどき』って言葉、取り消しなさい! こいつはリュートであって他の誰でもないわ。ぶっ殺すわよ」


「おーおー血の気多いなぁ! どこぞの竜を思い出すねぇ」



 ルルノア様の言葉を余裕綽々で躱す女は、我慢が効かないように頻りに身体をゆらゆらと忙しなく動かす。

 

 目を離すな。

 あれは手持ち無沙汰なわけではない。

 虎視眈々と、そうとは思わせないように俺の隙を窺っているだけだ。


 一瞬。たった一瞬でも目を離せば――



「——ッ!」



 飛び出した。

 俺が彼女の足取りに気を取られた一瞬で、彼我の距離はゼロに変じた。

 繰り出されるのは顎を跳ね上げようとする掌底だ。



「ッ!? ぐお……っ」


「やーやーこれも躱すか――ねっ!」



 身を引いた俺の眼前を腕が通り抜ける。辛うじて目で追える速度で繰り出される拳打は一度では終わらない。

 突如現れたかのように視界に入る青白い脚が俺の首に巻き付こうと襲来する。



「——人のモンに足向けてんじゃないわよ!」


「おっと、こっわいね」



 耳元で感情の籠った言葉が発されると、俺と彼女の間で小爆発が起こった。

 予期していたように距離を取った女は少し意外そうに目を細める。



「守られてると思えば、精度、速度共にバケモンみたいな魔法撃つじゃないか」


「崇めなさい」


「生憎、もっとヤバいの見たことあっからそこまではしてやんないよ」


「いつまで言ってられるかしらね?」


「残念ながら、相手に後れを取るほど鈍っちゃいないんでね」



 ――きた。

 ほんの少しの、一秒にも満たない――隙。



「——みえて、なかったね。——さんにん、だよ」


「————おッ?」



 崩皇仙女と名乗った彼女との接敵から、一度も声を発さず、姿を現さなかった。

 


「つかれるから……こんかいだけ――虚構発散りあらいず


「……お、おいおい、誰だよお前さん――いつからいた!?」


「ずーーっと、いたよ」



 女の腹に剣を突き立てたのは、バビロンだ。

 バビロンは両の足で立ち、剣を手に持ち、真っ白な肌を返り血で染めた。

 その顔には嗜虐的な笑みが貼りつき、いつも平坦な彼女とは思えない程楽し気だ。


 バビロンの奥の手、虚構発散リアライズ

 俺も話でしか聞いたことはなかったが、これはどうやら彼女の最大の権能にして切り札らしい。


 バビロンが言うには、『バビロンにはできないことができる』という能力だ、と。

 正直、聞いた時は何を言ってるのかさっぱりわからなかったが、今のバビロンを見れば一目瞭然だ。


 バビロンは今、自分の足で立っている。

 英雄国では俺の部屋から動くことが出来ず、今でも実体化する時は俺が抱えているバビロンがだ。


 バビロンは歩けない。

 だからこそ、この権能中は歩けるようになる。



「ばびろんは、たたかえない」


 

 ならば今は……


 女の腹から剣を引き抜いたバビロンはいつもからは考えられない速度で女から距離を取る。



「お前……まじか」


「……ほめろ」


「違和感がすげえよ。いや凄いんだけどさ……」


「あいぼう、だから」


「……時間は?」


「…………ごふん」


「超短期決戦じゃねえかよ……!」


「……もんくいうな」



 不機嫌に顔をしかめたバビロンは、真っ白な剣を崩皇仙女に向ける。



「————生きてたら、多分痛かったんだろうねぇ。つーか魔獣とか……つくづくそっくりじゃねえの」



 おびただしい血を流しながら、女は牙を剥く。



「何百年も時を超えて……吊るされた男ハングドマンとのリベンジマッチ……いいじゃねぇの」



 そして腹の傷は、見る影もなく姿を消した。



「肉塊になってでも生きてた甲斐があるってもんだ。ヴェルナーからは右腕しかもぎ取れなかったが……お前さんからは何を取れるかな?」





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