魔王の娘だそうです
死んだ。
帝国の奴らの思い通りだ。
俺は勇者じゃなかった。
無様に足掻き、苦しみの中で死んでいく。
でも、我ながら頑張ったんじゃないだろうか。
一介の学生であった俺が誰かを助けて死ぬなんて、面目躍如の大活躍である。
最後は笑顔で死んでやる。
ザマァみろ帝国。はははっ!
――――――とか、思ってたんだけどなぁ。
「ちょっとっ!なにボーッとしてるのよ!?早く食べなさいっ!死んじゃうわよ!?」
「………いや………あの」
「はいはい!喋るためじゃなく食べるために口を動かすっ!あーん!」
「むぐっ!?…………ごくっ……うまい……」
「そっ!良かった! 私の魔力が籠ってるから、すぐ元気になるわよ!」
俺は今、助けた美少女に膝枕をされ、あーんをされている。
え、なにこれ夢?
だとしたら童貞の妄想全開である。
だが、恐らく現実だ。
俺が目を覚ましたのが約半日前。
彼女が俺を引きずり、今いる洞窟に連れ帰ったのが一日前だそう。
彼女は、目を覚まさない俺に、今と同じく擦り潰した果物のようなものを与えてくれていたようだ。
そのお陰か、上手く身体が動かないのは変わらないが、飢餓から来る身体の異常は消え去っていた。
そして何よりも衝撃だったのが―――
「まったく!魔王の娘を救ったやつがこんなところで死んじゃうとか情けないったらないんだからっ!元気になるまで安静っ!わかった!?」
「……え、あ……わかりまし、た」
「ふんっ!不敬よ不敬!私の命令には、「仰せのままに」って答えるのっ!さ、もう一回!」
「……お、仰せのままに……?」
「うんっ!よろしいっ!……ふふっ」
こんなことを言うのだ。
いややばすぎるだろって。
え、魔王討伐に必要ないって捨てられた俺が魔王の娘と飯食ってる件について。
ラノベじゃん、この状況。
本当に魔王の娘だったらもちろんやばいし、嘘だったらそれはそれでやばい。
しかも、しかもだ。
『アルカナ所持者からの魔力供給により両者へ存在強度を加算いたします。対象者、『
「なんだこれ」
「……? どうしたの?」
「あ、いえ。なんでもありません……」
「そう……? あっ!もしかして身体が綺麗になってることに驚いたの? ふっふっふっ、私が洗浄魔法を掛けてあげたのよ!ホントだったらもっとすごい魔法使えるんだけど………今はこれが限界なの、我慢しなさいっ!」
「……ありがとうございます……」
彼女は的外れなことを自慢げに語っているが、そうじゃない。
彼女には、このアナウンスが聞こえないのだろうか。
『うーん、届いてないみたいだねぇ……なんか封印掛けられてるっぽいね。そんな強くないものだけど、解呪士に見せないとだね!』
お前急にめっちゃ喋るじゃん!
誰だよお前!
『だって、ハングドマン面白いんだもん!誰かの為に死にたいんだよ!とか言っときながら、自分のことしか考えてないとことか、マジで人間だねぇ。自己満足お疲れ!』
うるせえよ。
痛いところをついてくるくせに、こちらの質問には答えない。
黙りこくる俺を、彼女が不思議そうに見ている。
そういえばまだ名前を聞いてなかったな。
「あの、すみません。……名前を教えてくれませんか?」
「私? そういえばまだ言ってなかったわね!―――私はルルノア!正真正銘の魔王の一人娘よっ!さあ、讃えなさいっ!」
ものっすごいドヤ顔なのだが、整った顔から繰り出されるそれはすごく絵になっている。
端的に言えばめちゃくちゃ可愛いのだ。
「………魔王の娘がなんで、こんなところに?」
「私、昨日誕生日だったでしょ?その贈り物の中に、魔封呪と転移の魔具が隠されてたみたいでね……そのまま、気付けばこんなところってわけっ! あっ、魔封呪っていうのは、魔力をいっぱい使えなくするって呪いなの!酷いと思わない!?」
いや、でしょ?って言われても知らないんだけど。
ていうか、そんな贈り物されるってそれ殺されそうになってるってことじゃん。
「そう言うあんたはなんでこんなとこにいるわけ?ここ魔族領よ? 人族の来る場所じゃないわ! 危険よ! まぁ、私にとっては庭みたいなものだけどっ!」
「……庭で遭難して襲われて泣いてたんですか……?」
「ぅ、うっさい!」
ルルノアさんは、顔を赤くして俺の額を優しく叩く。
なんでこんなに距離近いんだろう。
俺は、自分の素性を明かすか悩む。
普通に考えれば敵だ。だけど、なんだろう。
俺の顔を見ながら嬉しそうに笑う彼女を見て、毒気を抜かれたのだろうか。
「……信じなくてもいいですけど、一応、勇者……もどき、みたいな。異世界の人間だったり、します」
「――――――」
ルルノアさんが固まる。
かと思うと、すぐ目を輝かせながら話し出した。
「異世界っ!? ホントに!? すごい!私初めて見たわ、異世界人! 話には聞いたことあるけど!」
「え、えっと、そっち……ですか……?」
「……?………どっち?」
「いやだから……勇者……」
「うん、人族の中でも強い人のことよね? 確かにあんたは強かったわね! 助けてくれたし………か、かか、かっこよかったしっ!」
あの、どきどきするんで恥ずかしそうな顔しないでくれませんかね。
『ひゅー、やるね!ハングドマン!』
黙ってろ。
『辛辣だよ~』
脳内でのやり取りもそこそこに、俺は力を入れ身体を起こす。
少し目眩がするが、飢餓状態の時ほどじゃない。
「ちょっ!? ダメよ!まだ寝てないと―――」
「俺は、魔王を、あなたの親を殺すためにこの世界に喚ばれました。敵……なんです。それを知っても――――」
「寝てなさいっ!」
俺は肩を引っ張られ、元の膝の上に戻らされる。
「なんでだよっ!」
「パパを殺すぅ? こんな森でお腹空いて死にかけてた奴がなに言ってんのよ! ていうか、魔族の私を助けた時点であんた矛盾してんのよ!」
「そ、それはっ……俺はただ……満足できる、死に方をですね……」
「―――死に、かた?……死のうとしてたの?」
余計なことを口走ってしまった。
もう………自棄だ。
「俺は……捨てられたんですよ」
「―――――」
異世界に召喚されてから今日までのことを、ただ淡々と語っていく。
数十名で召喚され、勇者ではないと言われて、ここに厄介払いだ。
身寄りもなく、宛もない。
生き抜いても希望はない。
復讐なんてできるわけない。
生き続ける意味も見失った。
もう、死んでしまいたかったんだ。
いや、異世界に来てからだけではない。
漠然とした将来への不安とか、周りへの劣等感とか。
世間では、死ぬのは悪いことだ。だから生きていた。それだけだ。
そういうの諸々に、もう辟易していたのだろう。
魔物を殺しながらも何処か、自分の人生の落とし所を探していた。
魔物に殺されるのではなく、飢餓で野垂れ死ぬのではなく、納得できる落とし所を。
「そこに、たまたまルルノアさんがいた。それだけです。あなたを助けたのは、結果的にそうなっただけなんです。……あなたの命の危険を、人生の華にしようとしたんですよ、俺は」
我ながらあまりに自分勝手だ。
確かに俺は勇者じゃないな。
「………そう。そうなの」
「……はい、そうなんですよ。だから、俺はあなたが思うような人間じゃないんです。あなたみたいな人にかっこいいなんて言ってもらえる人間じゃないんです……」
くだらないよ。本当に。
自分を貶して、達観したふりして、人に言われる前からわかってる感みたいなの出して、話して数時間の女の子にこんなこと言って。
気持ち悪い。
気色悪い。
自分に酔っちゃってんじゃないの?
ほらまた、頭の中で自分を貶す。
本当に死ん――――
「それでも、いいわよ。かっこよかったもの。初めてなのよ……他人に、命を賭けて守ってもらったのなんて」
「―――――」
「魔王の娘なんて……敵が多くてね? こんなとこにいるのがその証拠よ! 怖くて……寂しい。あっ、もちろん友達はいるのよ? でも、魔族って命を狙い合う種族なのよ。バカみたいよね」
あっけらかんとそう語るルルノアさんは、それでも真剣な眼差しで俺を見つめる。
「だから、あんたが助けてくれたのがすごく、すっごく嬉しかったのっ!名前も、顔も、何も知らない死にかけのあんたが、助けてくれた。打算があってもいいの。助けてもらったのには変わりないでしょ? ……あ、そうよ、名前!名前は!?」
「……え……あ、リュート、です」
「リュート! 私はね、死んでほしくないわ、あんたに。助けてくれた人に、死んでほしくないの。何もおかしくないわよね? だから、こんなにお世話してるの!」
照れたように目を逸らしながら、それでもはっきりと俺に声をかけるルルノアさん。
正直に言うと、めちゃくちゃ嬉しい。
チョロい、チョロいよ俺。
でも嬉しいんだ、仕方ない。
だけど、嬉しいだけだ。
何をしようもない状況や、怖い魔物、俺を殺そうとしたルクス帝国の奴ら。
この世界で生きるのは、俺にはきつい。
心が、折れてしまった。
「ありがとうございます。でも、もういいんです。もう、どうしようもなくて……」
「じゃあリュート――――」
ルルノアさんが俺の頬に手を当てる。
「ウチに来なさいっ!」
「………は?……ウチっ……て……」
「魔王城よっ!」
いや、いやいやいやいや……!
まじで言ってんのかこの人……っ!
「……流石に……無理では……?」
「なんとかするわ!」
「なんとかって……」
「もうっ!うじうじしないのっ!いいこと!?」
「―――ッ!」
そう言うとルルノアさんは馬乗りになり、両手で俺の頬をはさみ、顔を近づけた。
「生きる意味とか言うんだったら私があげるわ!リュート!あんたが今まで意味の無い人生を送ってきたのは、この世界で!私を助けるためよ!そして!これからは!――――私を守るために生きるの」
……なんだよそれ。
どんだけ自分に自信あんだよ。
ていうか意味の無い人生なんて言った覚えない。
一度、助けただけだ。なのに
「なんで、そんなに……」
「言ったでしょ。死んでほしくないの。私はね、外聞も気にせず、臆面もなく、会ったばっかりのあんたにはっきり言えるわ。――あんたが生きててくれて良かったわ。だから、私が今、生きてるんだもの」
魔族に死体を晒すためにここに捨てられた俺に、魔族がそんなこと言うなよ。
「……俺は……どう……」
戸惑いを口にする俺を見て、ルルノアさんは嬉しそうに口角を上げた。
「迷ってる時点で決まってるじゃない!諦めた人は迷わないわ!―――リュート、もう一度言うわ!私のために生きなさいっ!」
「………っ」
多分、ルルノアさんを助けたのが運の尽きだ。
もう、死なせてはくれないだろう。
なら、俺も彼女を死なせられないな。
互いに命を繋ぎ合ったんだから。
「リュート! 私の命令よ! 返事は!?」
「―――――仰せの、ままに……っ」
彼女の笑顔は、太陽のように眩しかった。
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