強欲なる黒死の仮面
「わったしっはみっらいっのまっおうっさま~!ふんふふん―――」
「……ルルノアさん、こっちで本当にあってるんですか?」
「ふんふふ―――ええ、間違いないわ! あと半日も歩けば、この森を抜けて、魔王城が遠くに見えるわ!」
長めの木の棒を振りながら自信満々にそう言うルルノアさん。
頭の悪そうな鼻唄を楽しそうに歌う姿は、先日俺を説教した人と同一人物とは、とても思えない。
あの洞窟での出来事から、はや二日。
俺はルルノアさんを護衛しながら、彼女の案内に従い森を進んでいた。
道中―――
「ジッ!?ジシャアアアアアァァァ!」
「リュート」
「はい」
俺はパラズスネークの開いた大口を下から閉じるように拳を振り上げる。
パンッ!!
森に響く破裂音を残し動かなくなる頭部を失くしたパラズスネーク。
ルルノアさんはそれを満足そうに見ると、再び歩き出す。
それに付き添い歩く俺は、簡単に弾け飛んだ魔物の姿に瞠目しながらステータスを呼び出す。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
リュート・サカキ lv82
力 B 耐久 C- 敏捷 A-
魔力 D
『
総合身体能力評価 B-
____________
ルルノアさん……すごい人なんだよな……多分。
この二日、ルルノアさんが見つけた果物を食べて繋いできた。その時籠められた魔力の影響だろうか、身体能力が軒並み上がっている。
『うんうん、随分と様になってきたねハングドマン!……この存在強度と魔力があれば『
お前暇すぎるだろ。
『むっ、失礼な!ボクにだって生活はあるんだよ!君ら二人のあっさい会話にだって口を挟まなかっただろ?』
あ、浅くねぇ!
俺は必死に悩んでたし、ルルノアさんの言葉に助けてもらった!
『はいはい、生まれて十数年、出会って数日の男女の会話なんて古今東西どこでだって浅いものだよ。気にしないで』
お前なぁ………。仕方ないだろ、異世界に来て初めて優しくしてもらったんだから………。
『うわっ……薄情だね君! ボクずっとみてたんだからねっ! 同郷のかわいい女の子いたじゃないか、あのペンダントくれた子っ!』
………ペンダント?―――なんの話だ?
そこで、ずっと聞こえていた謎の声が静かになった。
……どうした?
『……………君さ。 最初のゴアモンク……どうやって倒したか覚えてるかい?」
なんでそんなこと………あれ? どうしたんだっけな……なんか、驚いて固まってたんだっけな……?
『…………ふーん』
なんなんだよ急に。
「あっ!」
すると、脳内暇人との会話に辟易していたところへ、ルルノアさんが声を上げた。
「リュート、あれ見なさいっ!」
「あれって……煙?」
ルルノアさんが指差す先には、遠くに黒煙と紫煙が並んで上げられていた。
明らかに人為的に上げられたそれに、少しの警戒をしつつも『直感』が働かないところを見ると、危険なものではないようだ。
「あれ、ウチの騎士団の狼煙よ! 近くまで探しに来てるんだわ! 行きましょリュート!」
「あっ、ルルノアさん! 待って下さいっ」
待ちきれない様子で走り出したルルノアさんを追い俺は走り出す。
気丈に振る舞ってはいるが、やはり心細かったのだろう。とても嬉しそうだ。
ルルノアさんに追いつき並走していると、彼女が俺の後ろに周り背中に飛び乗ってきた。
「ル、ルルノアさんっ!? なにやってるんですか!?」
「走りなさいリュート! 騎士団に合流よっ! きっとゼラもいるわ! 魔王城に帰れるのよっ!」
「だ、誰ですかゼラって……」
「友達っ!」
はしゃぎながら赤い光を上空に打ち上げるルルノアさん。
あまり魔力を使わない魔法は使える、と言っていたがこんなこともできるのか。便利だな魔法。
ルルノアさんを背負い、走る速度を上げる。
身体能力の上昇により軽くなった身体を地を蹴り前へ押し出す。
景色が後ろに引っ張られるように変わっていく。
「きゃーっ!!速い速いっ!リュートッ!すごいわっ!」
俺にしがみつき、さながらジェットコースターにでも乗っているようにルルノアさんが叫ぶ。
かわいい。……かわいい。
大事なことである。
狼煙を見ながら方向を確認しつつ、邪魔な木を蹴り倒していく。
強引なショートカットの甲斐あってか、狼煙との距離が近づいているような気がする。
ルルノアさんも度々上空に光を打ち上げ、こちらの位置を知らせているようだ。
ルルノアさんを騎士団に届けたら……俺も一緒に帰れるのだろうか。
正直、その場で殺されてもおかしくはない。
でも――――
「リュートッ!魔王城へ帰ったら、まずパパに紹介するわっ!それから、ネルにも!ゼラにはこれから会うけど、安心しなさい! 私の恩人なんだから胸を張っていれば良いわ! ゼラ、人族はあんまり好きじゃないけど……どうにかなるわっ!」
未来の展望を淀みなく語るルルノアさんを見ると不安も和らいでいく。
これからどんなみら
―――跳べっ!!!
「――――――ッ!」
「きゃあっ!」
『直感』に従い真上に跳んだ俺の下を"ソレ"が通過する。
それは、黒い線のように俺の目に写った。
速すぎて実態を掴めなかったのだ。
通りすぎたソレは、自身の行路にある全てを薙ぎ倒し破壊の傷跡を残す。
木々や大岩をまるで硝子細工のように粉砕し、着地した俺の視界の中で、停止した。
ソレは。
「……狼……か?……象って言われても納得するぞおい……」
「グウゥゥゥルル……ッ!」
鎌首をもたげ悠然と身を起こすソレは、圧倒的な存在感と威圧を放つ黒い狼だ。
象のような巨体に、サーベルタイガーにある飛び出た二つの牙、口からは黒い何らかの液体を滴らせる。
その液体は地面に落ちると、鉄板に落ちた水滴のように蒸発しながら地面を溶かし、腐臭を撒き散らす。
赤い眼光を引きながら揺らめくその視界は、明らかに俺を捉えて離さない。
だが、自分の一撃を躱したからだろうか。様子を伺うようにこちらを睨むに止まっている。
「ルルノアさん、こいつ……」
「げっ!…ダーテブラッドヴォルフッ! なんでこんな浅いとこに出てくんのよっ!不味いわっ!逃げましょう!」
「そんなにやばい奴なんですか………?」
「ええっ!激ヤバよ!本調子の私でもめんどくさい奴よっ!」
本調子のルルノアさんがどのくらいかは知らないがとても焦っている様子だ。
だが、逃げようにも目を離した隙に先程の速度で突っ込まれたら躱しきれる自信がない。
距離が近すぎる……!
油断を許さない状況に焦りを募らせる。
焦りが視野を狭め、思考を縛っていく。
そこで、はたと気付く。
――――思考の沈静化が行われないのだ。
『慎重』のスキルの効果で、危機的状況であれば焦りを抑制してくれるはずだ。
なのに俺は焦り続けている。
つまりこいつは……ルルノアさんが言うような魔物じゃないんじゃないか……?
その仮説を立てた時、久しく聞いていなかったアナウンスが脳内に響いた。
『魔物との
『目の前の存在、
やっぱり……! ルルノアさんが言った魔物と名前が違う……!
ルルノアさんが懸念する魔物に似た、弱い魔物である可能性が高い。
だけどなんだこれ!?
目の前の存在? 魔物じゃないのか?
内容と報酬の変化?
今までにない情報が多すぎる……!
っていうかそろそろ『
前提にされても知らないんじゃ意味がない……!
『うへぇ……!? あのバカ狼なんでこんなとこにいんのさっ!? どっかの阿呆が飛ばしたの!? なんか様子も変だし……!』
おい!なんだその反応!? 俺勝てるんだよねこいつ!?
『いや良かったねホント!会ったのが『
そういうのいいからっ!
『
「グルルゥ……!ガアアアアアッ!」
「リュートッ!早く逃げなきゃっ!」
死塚の大狼が前足を大きく地に叩きつけ、咆哮する。
その咆哮は、空間ごと揺れ動くような錯覚を覚えるほどものだ。
ルルノアさんが焦りながら俺の肩を揺する。
『『
なんだよそれ!?
憤怒と暴食って……意味わかんねえよ!
もうどっちも寄越せよ!
この状況をどうにか出来るならなんでも良いんだ!
自分の身を守る力でも、ルルノアさんを守る力でも、ここから逃げる力でも、アイツを倒せる力でも、なんでも良いから――――
「とっとと、寄越せよっっ!!」
「リ、リュート!?」
「グガアアアアアアアッ!!」
叫びだした俺に弾かれるように死塚の大狼が動き出した。
四本の足を折り、一気に伸ばす。そうして跳躍すると、真上からの食い付きを試みてくる。
俺が上に跳んで一撃を躱したことを学習し、再び躱されることを防ごうとしたのだろう。
――速い。速いが予備動作が多すぎた。
『強欲による『
『要するに、タロットの逆位置のことなんだよ。そして、『
景色が停止する。色が消える。
それに反比例するように、鼓動が早まり、全身が熱を持つ。
『『
――なんでも良いから早く寄越せよ。俺の力なんだから、使えるもんは全部使ってやる。
俺は頭に流れ込んだ言葉を無意識に紡いでいく。
「我、己がために
『目先の力に目が眩み、将来の光を費やすのか君は……正しく、欲望に負けた者だね』
その名は――――
「
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