誰かの為になりたいのです

「はあ……はあ……っ」



 この森に入ってから、恐らく三日たった。


『直感』に頼り安置を見つけ休憩を取りつつ、これまた『直感』の指し示す方向へ歩き続けた。


 この三日で俺の能力である『吊るされた男ハングドマン』について、いくつか仮説を立てた。


 まず魔物に発生する『試練』は、初見の魔物と俺より能力の高い魔物にしか発生しない。


 例えば、最初に遭遇したゴアモンク。

 あの後、何体かの同種の魔物と戦闘になったが、そのほぼ全てに『試練』は発生しなかった。

 しかし、一体だけ他のゴアモンクより体躯の大きな個体には発生した。

 その時は、存在強度は上昇したが、身体能力には変化がなかった。


 存在強度は、五感や痛み、疲労への耐性などが強化され、身体能力はそのままの意味だろう。


 この事から、多少の能力の開きがあれば討伐の『試練』が発生し、隔絶した開きがあれば、生き延びる『試練』が発生する。そう考えた。


 ゴアモンク、カニバウルフ、アシッドパラス。


 俺が討伐したこれらの魔物の一体目には必ず『試練』が発生したことから、初見の魔物という仮説も立てることが出来た。


 そして―――



「はあ……はあ……しつけえ……」


「クルルゥ……!………ジシャアアアァァァァッ!」


 先程発生した『試練』。



『魔物との遭遇エンカウントを確認。『吊るされた男ハングドマン』の試練の詳細を開示いたします』


『目の前の魔物、パラズスネークから三十秒生き延びること。初回達成報酬、存在強度上昇及び身体能力上昇』


 この『試練』により、能力にかなりの開きがあると、生き延びる『試練』が発生すると考えた。

 

 こんな状況であっても、いやこんな状況だからこそ『慎重』のスキルが発動し、冷静に頭を回し続けた。


 そして、そろそろだ。



『―――三十秒、経過。おめでとうございます。試練達成につき、存在強度及び身体能力の上昇を実行いたします』


 ―――来た。


 俺は、ふらつきながら背を向け逃げていたパラズスネークへ振り返る。



『試練達成につき、新たな試練の詳細を開示いたします。パラズスネークの討伐。初回達成報酬、存在強度及び身体能力の上昇。初討伐に限り、上昇値補正』



 パラズスネークは地に身体を這わせながら大口を開け俺に食いつこうとしている。

 黄色の液体を口から溢れさせ地面にこぼしながら自らの行路を汚す。

 『直感』が告げている。あの液体に触れたら終わりだ。


 ―――引き付けろ、引き付けろ。


 ………今っ!


 パラズスネークが俺を捉えようとし、速度を上げたその瞬間、俺は眩む視界を歯を食い縛り耐える。そして、身を翻し背後の木に向かい跳躍し、その木を蹴り宙に踊る。


 俺の下を通過したパラズスネークは俺が蹴った木にその牙を立て、噛み倒した。

 背後を取ることに成功した俺は、パラズスネークの尾を掴み振り回すと、今しがた雑に噛み倒された木の鋭利な切り株へとパラズスネークの頭を叩きつけた。



「おぉ、らっ!!」


「ジッ!?ジャアァァ――――ジュッ」



 無様な断末魔を上げたパラズスネークは暫く痙攣すると、動かなくなった。


『――パラズスネークの討伐を確認。おめでとうございます。試練達成につき、存在強度及び身体能力上昇を実行いたします』



「はあ………はぁ、ガッ、おえぇ……。っ、あ"ぁ………はぁ……はぁ……ステー、タス」




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 リュート・サカキ lv47  飢餓状態


 力 C 耐久 E+ 敏捷 C+


 魔力無保持につき魔力ステータス除外


 総合身体能力評価 D+


____________



 ステータスを確認すると力無くその場にくずおれる。

 

 水袋を必死に呷ると、パラズスネークをすがるように見つめた。

 だが、駄目だ。



「……くそ、こいつも………食えない……」



 『直感』が、これを食ったら死ぬ、そう告げる。


 俺は、もう三日。水以外何も口にしていなかった。

 この森に、少なくとも俺のいるこの周辺に人間が食べられるものはなかった。

 存在強度が上がっていなかったら恐らくもう一歩も動けてはいないだろう。


 だが、それもいつまで保つかわからない。

 いくら存在強度が上がろうとも、俺はどこまでも人間だった。


 なにか、なにか喰わないと………!


 身体が訴える異常に精神も共に摩耗する。

 だが、『慎重』の効果で昂りが沈静し、理性を保ち続ける。



『暴食による『逆転リバース』の兆候を確認。……失敗エラー、存在強度の不足により実行できません』


「うるっ……せぇ……ッ!」



 この意味不明なアナウンスも、もう何度目かわからない。


 俺は地面に手を叩きつけると、震える身体を起こす。

 『直感』が告げる目的地はもうすぐだ。

 そこに何があるかはわからない。だが、縋るものが他にない。行くしか、ない。


 重い身体を引きずるように歩き始める。



 そして、見た。


 ―――走る人影を。


 距離は近くない、だが、確かに見えた。遠くを横切った人影が。



「――――ッ!!」



 人だ。何故こんなところにいるのか。何者なのか。そんなことはどうでもよかった。


 俺は残る力を振り絞り、走り始めた。

 落ちた木の葉を踏みつけ、盛大な音をならしながら走る。

 魔物が来るかもしれないなどと言う配慮なんてしてる余裕はなかった。



 どのくらい走っただろうか。

 森にしては少し開けた場所が見え始めた。


 そして、そこには――――



「こっちに来るんじゃないわよっ!たかだかゴアモンクの分際でこの私を襲うとか、身の程を弁えなさいっ!」


「ギギギッ!!クケケッ!」



 存在強度の上昇により強化された五感がその光景を俺に見せつける。

 赤い髪の少女が木を背にへたり込んでいた。こめかみの辺りから黒い角を生やしたとても綺麗な少女だ。

 強気な言葉を発しながらにじり寄るゴアモンクへ向かい手をがむしゃらに振っている。


 だが、その眼にはありありと恐怖の色が浮かんでいる。

 それを見たゴアモンクは嗜虐的な笑みを深め、涎を滴しながら一歩、また一歩と少女に近づく。



「あ、あんたなんてねえ、私が魔法を使えれば一撃よ一撃! ぃ、今なら……まだ許してあげるわよ? 本当よ?……だからどっか行きなさいよっ!………ほんと……どっか、いってよぉ……だれか……パパ……ゼラ……ネルゥ……フィーナッ……だれかぁ……」


「グッッケケッ!!キキキキキキキキエエエエエェェェッ!!」



 俺は足にありったけの力を込める。

 全身の力は、もう、ほぼない。


 ―――やめておけ、死ぬ。


 『直感』が告げる。


 その声を無視し、拳になけなしの力を込める。


 ―――ゴアモンクは食えない。倒しても無意味だ。


 俺は疾走する。

 流れる景色のその一切を置き去りにする。


 ―――あの女は魔族だ。敵だ。


 角を見ればわかる。黙ってろ。


 ―――何も成せず、死ぬぞ。


 もとより、なにかを成す器じゃない。


 やりたいこともなく惰性で生き続け、異世界に来てからも何者でもなく、せめて誰かの為になればと話に乗り、こんなところに捨てられた。


 そして、また惰性と意地で意味のない生にしがみついてる。

 無様にもほどがあるよな。


 ―――見返してやれば良い。ここで死んだらおしまいだ。


 そんな気力も、もうないよ。だから最後くらい、俺が決める。


 ―――それはお前の力じゃない。与えられた力で自らを終えるのか。


 勝手に与えておいてなに言ってんだよ、もう返すつもりはない。ここで終わりだ。


 最後くらい……誰かの為にカッコよく死にたいんだよッ!






 ―――『誰かの為に……うん、それでこそ『吊るされた男ハングドマン』だっ!』



 視界が開ける。

 そして、より強く地面を蹴り、最高速度に達する。


 地に足を滑らせ、慣性をそのままにゴアモンクの前に躍り出る。



「―――――え?」


「ギッッ―――――!?」



 ああ、この手を振り抜いたらヤバイな。

 身体のエネルギーを全て使い果たす一撃だ。


 でも、満足できる死に様かもな。



「―――心中しようぜ、クソ猿」


「ギエエェ!!?ギッッ―――」



 ゴアモンクが腕を振り上げるが、遅い。


 俺の拳がゴアモンクの顔面を捉える。



 視界が暗くなり始める。

 なにかが弾ける音を意識の端で聴きながら、倒れ込む。


 そして、唖然とする少女の無事を確認した瞬間、俺は意識を手放した。


 


 

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