試練が始まるそうです
『試練を開始します』
「わかった、わかった。ステータス」
急かすように脳内に響き続ける声に答え、ステータスを呼び出す。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
リュート・サカキ lv.0
『
力 G- 耐久 G- 敏捷 G-
魔力無保持につき魔力ステータス除外
総合身体能力評価 G-
『試練』 『
試練中につきスキル限定解除
『叡知』 自身の存在強度及び身体能力を可視化
『直感』 危機認知及び危機回避能力上昇
『慎重』 危機的状況時、気性及び思考の沈静化
逆位置 欲望
§*@&☆#@
_____________
何か、色々増えてんな。
衝撃的な記載がなされているのに、何故か思考は冷静さを保っている。
ステータスを見る限り『慎重』というスキルの効果だろうか。
俺はここにいるだけで危機的状況なのか?
lvというのはレベルだろうな。恐らくこれが存在強度だ。何も成していない今は0と言うことか。
そして、試練とやらが何を指すのかわからないが、その最中だというのに逆位置という記載は何ら変わりがない。何か条件があるのだろうか。
だが、『吊るされた男』で逆位置というのには覚えがある。
よくゲームなどに登場するタロットのカードのことだろう。
ただ、わかるのはそのくらいだ。詳しく調べたことなど無いため、思考はそこで行き詰まる。
「とりあえず、食料がないと話にならないな。水はあるけど……心許ないし」
考えをまとめるために口に出して整理する。
今はただ、帝国の奴らの思い通りになりたくないという意地の一心だ。
去っていった馬車の方向もあまり見通しが良くない。帝国に戻るわけにも行かないしで八方塞がりだ。
と、一人懊悩していたその時。
『魔物の接近を確認しました』
『直感』の効果なのか、脳内に警鐘が鳴る。
――――ザッ、ザッ、……ガサッ……。
「ギッ……ギッケケ……ッ!!」
「―――――っ」
ソレの姿は、知識にある生き物の中でもっとも近いのは猿だろう。
身長は俺とほぼ同じ大きさ。百七十センチ半ばといったところだ。腰が曲がり前屈みになっているとはいえ地につくほどの長さの腕、獲物を狩るためにそう進化したであろう鋭い爪は血を滴らせ、ソレがまさに狩りの最中であることをまざまざと見せつけていた。
そんな、奴と眼が合った。
逃げろ。逃げろ。逃げられない、手遅れだ。ならば死ぬだけだ。逃げろ。逃げろ。
思考が、興奮と沈静を繰り返しまとまらない。
状況を嫌でも理解させようとするスキルの効果で冷静にはなるがそれだけだ。状況を好転させる方法などは一つも浮かんでこない。
「ギッ、ギェ……ギエエエエエエエェェェェェッ!!」
「ッ!!クソッ!」
惑い動けない俺を見て、ソレは笑みを深め叫んだ。
どうやら獲物だと認定されたようだ。ソレはこちらに向かって走り出した。
俺は、悪態をつきながら身を翻し背を向け逃亡を計ろうとした。
すると――――
『魔物との
『目の前の魔物、ゴアモンクから三十秒生き延びること。初回達成報酬、存在強度上昇及び身体能力上昇。―――――頑張ってね、ハングドマン!』
―――は?
情報の波にさらされた思考がまたも暴れ始める。
試練の詳細? 達成報酬?
さらに、抑揚の無いアナウンスから一転、明らかな意思を感じさせる激励の声。
答えのでない思考の中であっても、追ってくるゴアモンクとやらは止まらない。
その爪でもって俺の脆い身体を破壊しようと迫ってくる。
背後に迫る気配を感じながらただただ全力で逃げることしか出来ない。
「っ、マジなんなんだよっ!」
「ギェッ、ギェッ―――ギアアァァッ!!」
しゃがめっ!
「はあっ!?」
『直感』がそう告げる。
しかし、咄嗟の指令に身体が追い付かず、つんのめる形で前に倒れ込んだ。
ドゴンッッ!!
すると、先程まで俺の身体があった場所を鞭のように通過したゴアモンクの腕が、近くの木を殴打した。
凄絶な音を立て倒れる木を見て、身体の体温が一気に下がる。
直感などなくてもわかる。
これを受けたら死ぬ。
冷静にそう理解しているのに、身体が恐怖で縮み上がり動かない。
無様に転がる俺を見て、ゴアモンクがゆっくりと近づいてくる。
まずいまずいまずい!逃げろ。無理だ!
『残り、十五秒』
場違いなアナウンスが脳内で告げる。
十五秒後何が起こるかは知らないが、今のままではその十五秒後は俺には訪れない。
どうするっ、どうする!? いや、まだある。
死の予感に焦燥する思考が無理やり沈静化され、『直感』が一つの方法を指し示した。
それは―――――木ノ本のペンダントだ。
割れると魔法が発動するようになってる。
彼女はそう言っていた。
まさか、たった一週間で約束を破ることになるなんてな………。
「………ごめん、木ノ本。大切にするって言ったのに」
俺は呟きながら、青いペンダントをゴアモンクに投げつけた。
ゴアモンクは獲物のささやかに過ぎる抵抗に苛立った様子で、その鋭い爪でペンダントを打ち払った。
瞬間―――
パンッと音を立て砕け散ったペンダントの欠片は、蒼い光を伴いゴアモンクへ襲い掛かった。
「ギッ!?ギッガガガァ………ッ?!」
驚愕するゴアモンクを光が包む。
俺はあまりの眩しさに目を閉じる。
肌に感じる冷気に身を震わせ動けないでいると、ゴアモンクの驚愕の声が聞こえなくなった。
恐る恐る目を開けると―――
「……凍っ……てる……?」
驚きに目を見開いた表情のゴアモンクの氷像がそこにあった。
木ノ本のペンダントの中身は氷の魔法だったようだ。
『―――三十秒、経過。おめでとうございます。試練達成につき、存在強度及び身体能力の上昇を実行いたします』
「……え?……あ」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
リュート・サカキ lv3
力 F 耐久 G+ 敏捷 E-
魔力の無保持につき魔力ステータス除外
総合身体能力評価 F+
____________
ほぼ無意識に呼び出したステータスが更新されている。
書いてある文字は理解できるが、これがどのくらいのものなのかあまりピンとこない。
だが、この世界に来てから初めての朗報だろう。
ようやく光明が見え始めたか……。
一息ついた俺は、ゴアモンクの氷像に眼をやる。
これ、どうすれば良いんだ……?
『試練達成につき、新たな試練の詳細を開示いたします。ゴアモンクの討伐。初回達成報酬、存在強度及び身体能力の上昇。初討伐に限り、上昇値補正。―――――次は君の番だよ!ハングドマン!』
もう、何がなんだかわかんねぇっ!!
ってか、お前誰だよっ!
新たな魔物の到来を恐れ口に出すことはしないが、様々な疑問が溢れる。
しかし、思考の沈静化が行われないのを見ると、現状は危機的状況を脱したのだろう。
全てにおいて、意味がわからない。
答えることの無い謎の声や、異世界に来てからの様々な理不尽に対する怒りが沸々と沸き上がる。
元の世界では感じたことの無い怒りに身体が震える。
「……やれば、良いんだろ……っ!やらなきゃ死ぬのは俺だ……!」
『憤怒による『
だからっ!意味わかんねぇよ!
氷像の前に立ち拳を強く握り締める。
何かを本気で殴ったことなど無いが、今はこれが正解だと本能が告げている。
今ある怒りを全て目の前の魔物にぶつける。
それが正解なのだと。
そして、深呼吸を一つ。
「―――滅びろッ!!クソ帝国ッ!!」
頭の悪い言葉を叫びながら動かないゴアモンクの顔面に拳を叩き込んだ。
―――――パァンッ!!
「…………は?」
たった、一撃。
無造作に放った腰の入っていない素人の殴打により、目の前の氷像は粉々に砕け散った。
『――ゴアモンクの討伐を確認。おめでとうございます。試練達成につき、存在強度及び身体能力上昇を実行いたします』
「……ステータス」
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リュート・サカキ lv12
力 E 耐久 F- 敏捷 E+
魔力無保持につき魔力ステータス除外
総合身体能力評価 E-
____________
「………とりあえず、食えるもん探そ」
俺は考えるのをやめ、『直感』が指し示す方向へ歩き始めた。
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